第二六六号(昭一六・一一・一二)
   現下の時局と臨時議会
   臨時増税案について       大 蔵 省
   昭和一七年度における修業年限の短縮について   文 部 省
   戦時下壮丁の思想調査      文 部 省
   国際危局と我が発明界      特 許 局
   職業指導と学校         文 部 省
   生活必需品読本(一〇)食肉    農 林 省
   通 風 塔
   危機迫る独米関係

戦時下壮丁の思想調査

 文部省では、昨年全国からその地方
の一般的傾向を比較的よく示してゐる
市・町・農山村・漁村を選び、それ等の
市町村で徴兵検査を受ける壮丁一道府
県約六五〇名づゝ約三万人に、青年の
思想傾向を最も端的に反映すると思は
れる問題十項目について質問し、時局
下壮丁の思想調査を行ひましたが、最
近この結果が整理されましたので、ご
紹介しませう。

   一般の思想傾向

 まづ各項目を通じ、解答の大部分は
最も堅実な意見に集中されてをり、
非常時下の青年として真にたのもしく
感じられます。教育程度の高い者ほど
批判的な態度や建設的な意見が多く
低くなるにつれて批判的な態度は少く
なり、素朴な、また時には受動的な傾
向が窺はれます。
 市---特に市の商業地区の壮丁は、物
事を批判的にみる傾向がやゝ強いやう
ですが、これは単に都会地に教育程度
の高い青年が比較的多いといふこと以
外に、環境も多分に働いてゐるやう
に思はれます。
 全壮丁の一般的思想傾向に最も近い
傾向を示し、思想的に壮丁を
代表してゐるのは青年学校卒
業程度の者であつて、前回の
調査で(昭和五年)小学校卒業
程度の壮丁が全般的な思想傾
向を代表してゐたととに比べますと、
この十年間に壮丁の思想的水準が若
干上つて来たことが分ります。

    生活態度

 まづ「我等が碁してゆくためには、
どんな心掛けが最も切だと思ひます
か」といふ第一問に対しては、「世の中
の正しくないことを押しのけてどこま
でも清く正しく暮すこと」「自分一身の
ことを考へずに公のためにすべてを捧
げて暮すこと」といふ二つの意見が最
も多数であつて、滅私奉公の精神は時
局によつてます/\昂揚されてゐるこ
とが分ります。また財産や名誉、趣味
等に執着する個人主義的な立場に立
つ解答は、前回に此べて二分の一以下
に減つてゐます。

    興亜奉公日の感想

 第二問では、興亜奉公日に対する感
想を求めましたが、これに対しては、
「本当に意義のあることだ」、「もつと真
剣にやらなければならない」といふ解
答が圧倒的でした。そして「もつと真
剣にやらなければならない」といふ意
見が、都会地の青年に比較的多かつた
のは、興亜奉公日にふさはしくない事
件が、従来、ともすると都会に多く起
り勝ちであり、青年がこれをよく目撃
してゐるからではないでせうか。

    非常時生活の態度

 第三問の「近頃国民の日常生活が不
自由になつて来てゐますが、これにつ
いて諸君はどう思ひますか」といふ問
に対しては、「国民一般がもつと物を節
約しなければならない」と物資の節約
を強調する者が最も多く、「これ位で
参つてはいけない」、「もつと生産力を
拡充すべきだ」、「統制のやり方を良く
しなければならない」といふやうな者
がこれに次いでゐます。
 このうち、生産力拡充を主張する
者は勤労青年である青年学校卒業者に
最も多くありました。(次頁の図は、解答数の
最も多かつた四つの意見について学歴別にみた率を示し
たものです。)
 さらに、市町村別にみますと、生
産力拡充の解答を選んだ者は農山村の
青年が多いのに対し、物資節約の解答
を選んだ者は漁村に最も多く、農山村
がこれに次ぎ、生活の不自由を統制の
不完全に帰した者は市に最も多いこと
は注目すべきことです。

    仕事に対する態度

 第四問の「我等が自分の仕事を一生
懸命にやるのは何のためでせうか」と
いふ問に対しては、「お国のためになる
から」「働くことは人の本分だから」と
いふのが多く、との中に「親を喜ばせ
るため」といふのがありましたが、その
内訳をみますと、学歴の低い者程これ
を選んだ率が高く、これ等の青年には
働いて親を養ふ必要のある者が多い
ことを反映してゐるのでせう。

    支那事変への見解

 第五問の支那事変に対する見解を問
うたものに対しては、「我等はどんなに
苦しくても戦争の目的を達するまで
頑張らねばならないと思ひます」とい
ふのが圧倒的に多数で、他に事変に対す
る国民の覚悟が十分でないと指摘して
ゐる者や、長期戦の覚悟を固めなけれ
ばならないとする者が多く、支那事変
に対する青年の覚悟は殆んど例外なく
強固なものがあります。なほ、この問
題については、学歴による解答率の相
違が他の問
題の場合よ
りも少く、
事変に対す
る思想戦線
が統一され
てゐる証
左として喜
ぶべきこと
です。

    遵法の精神

第六問は
遵法の精神
に関する質問ですが、「法律や規則は
必ず守らなければならないと思ひま
す」といふ素直な答が最も多く、その
中でも中等程度の教育を受けた者の率
が特に高かつたのですが、「時として
はやむを得ず法律や規則に触れる場合
もあると思ひます」といふ解答があり、
最近の経済事犯の続出と思ひ合せて一
層国民の間に遵法の精神を徹底させ
る必要があるものと考へられます。

   神仏に対する態度

 第七問の「諸君はどういふ気持で神
仏を拝みますか」といふ問に対しては、
「皇國の隆昌を祈るため」とか、「神仏
の御恩に感謝するため」といふのが多
く、このほか「拝まずにはゐられない
から」といふ解答がありましたが、こ
の解答を選んだ者は概して学歴の高い
青年に多く、神仏の前に立てば自然に
頭が下るといふ敬虔心持を抱く者
は、比較的に教養の高い者の中に多い
ことが明らかにされました。

    現政治への希望

 第八問は現代政治に対する希望です
が、「欧米諸国に遠慮なく国策を断行
してもらひたいと思ひます」とか、「力
強い政治をしてもらひたいと思ひま
す」といふのがいづれも高率を示して
ゐます。強力政治について注目すべ
きことは、「独裁政治がよいと思ひま
す」といふ解答者がありましたが、こ
れは一・三%しかなく、青年は我が国
の國體をよく認識して、強力政治は希
望するけれども、独裁政治は避けよう
としてゐることがはつきりと分りま
す。
    
    生活場所の希望

 第九問の「諸君は何処で暮さうと思
ひますか」といふ質問に対しては、職
業のためには何処へ行つてもよいとい
ふ者、大陸進出を希望する者、故郷に
住みたいといふ者、海外発展、都会、
農村等の順になつてゐます。都会に住
みたいといふ者は予想外に少く、多数
の青年が都会の文化に憧れて都会へ
流れてゆくといふ従来の常識は訂正さ
れなければなりません。青年は必ずし
も都会に憧れて居るのではないのです
が、都会における職業が、好むと好ま
ざるとにかゝはらず、青年を都会に吸
収するといふのが正しい見方ではない
でせうか。

    親善国はどこか

 最後の第十問では、壮丁の一番好き
な国を訊ねたのですが、第一位はドイ
ツ、第二位がイタリアと答へ、独伊両
国で全壮丁の約九割の人気をさらつて
ゐます。米仏英等はいづれも三%にも
充たず、最近の国際状勢から言つて
も蓋し当然の結果でせう。面白いこと
は、ドイツを選んでゐる壮丁の率は、学
歴の高くなるにつれてはつきりと上昇
してゐます。これはインテリ層が読書
等によつてドイツの優秀さを最もよく
知つてをり、また学術的方面で、しば
しばドイツの進歩した研究が参考とな
つてゐる結果でせう。

(文部省)