第二六〇号(昭一六・一〇・一)
  特集 銃後援護の実際
  銃後奉公を強化しませう
  軍人援護はどう行はれてゐるか    軍事保護院
  職場に再起する人々
  新設された傷痍軍人奉公財団
  戦没者遺児の保育と教育
  隣組に見る軍人援護の活動
  頭部戦傷の問題
  銃 後 へ
   支那事変戦況           大本営陸軍報道部
   米穀管理の強化          農 林 省
   日独伊三国条約締結一周年     伊藤情報局総裁放送
   黒海と裏海
  簡易保険二五周年 郵便年金一五周年を迎ふ 保 険 院

銃後奉公を強化しませう             週報第260号(1941.10.1)

 十月三日から五日間銃後奉公強化運動が全国に展開されます。
 国家総力戦たる現代戦においては、前線と銃後を問はず、あらゆる力を捧げ尽して戦はねばならぬことはいふまでもないことで、銃後も国防の第一線です。
 国民皆兵はわが徴兵制度の本義です。身命を擲つて君国のために勇戦奮闘されてゐる皇軍将兵のことを想へば、われわれ銃後の国民も一死報国の覚悟で、銃後奉公の誠を尽さねばならぬことが痛感されます。前線将兵の心を心とし、一億国民が一つ心となつて事に当る時、いかなる困難も突破できないことはないでせう。
 行軍将兵の労苦を想へば、前線に慰問袋や慰問文を送り、その留守宅の力となつて家族の方々の面倒を見てあげることぐらゐなんでもないことです。いや銃後にある者の当然の責務です。前線の将兵に後顧の憂がある場合には、大和魂の真髄を発揮して、立派な働きをしていたゞくこともできなくなります。
 靖国の英霊の忠誠にお応へするために、遺族の家はわれわれ銃後国民の手でしっかりと護りませう。傷痍軍人に心からの敬意を表し、その再起奉公に力を添へることも、勿論われわれ銃後の者の責務です。
 申すまでもなくわが国は、皇室の下に、隣保相扶の美風によつて結ばれた世界に類のない美はしい国です。肇國以来幾多の困雑を一致団結によつて突破して来ました。今次事変に際しても和衷協力、よく今日まで銃後の護りを固めて来ました。
 しかし現在の国際情勢は、聖戦の目的である大東亜共栄圏の確立までに、なほ幾多の難関のあることを示唆してゐます。現に百万の皇軍将兵が大陸に活躍してゐます。戦ひは長期戦を覚悟しなくてはなりません。とかく長い間となると緊張がゆるみ勝ちです。しかも銃後奉公の強化はますます必要となつて来てゐます。
 十月三日、軍人援護に関する勅語下賜の記念日に当つて、銃後奉公強化運動が行はれるのは、このともすれば緩む心にねぢをまいて、援護精神の強化を図るためにほかなりません。
 勿論、軍人援護については、政府としても後に述べるやうに十分の施設を講じてゐますが、どんな施設(ママ)があつても、銃後国民の熱誠がなければ援護事業は円滑に行はれるものではありません。
 一方、銃後の国民から深い感謝と支援を受ける方でも、その栄誉を誇らず、恩遇に狃(な)れず、常に皇恩の深きを思つて、奉公の誠を尽すやうにしなければなりません。この感謝と感謝との交流するところに前線と銃後が固く結ばれ、軍人援護の実が結ばれるわけです。

週報第260号(1941.10.1)