丹 心 録               村中孝次

2-05 

  礪部浅一とともに、同志におくれて処刑された村中が妻
   に宛てて認めた獄中の遺書。その行動の正当性を達意の
   名文で詳々と述べ、礪部の阿修羅のような憤怒の文章と
   好対照をなしている。『ニ・二六事件』より抄録0

      ・、朴
     一

   贈 妻静子
    昭和十一年七月六日

                    しやしん
 われらは護国救世の念願抑止しがたく、捨身奉公の忠
魂噴騰して今次の挙をあえてせり0しかして一度顔起す
るや、群少の妬心、反感を抱け礼者、吾人の志を成さざ
        き へん
らんとして中傷毀吸いたらざるなきがごとし。余や憂国
慨世日夜飛卸すること四周星、つぷさに辛苦顛難す、君
 ことごとくこれを知る。すなわちいま論難嘲農集りいた
 るともいささかも心頭の動揺なきを信ず。しかりといえ
ども挙世非とする時、ひとり操守して動ぜざるは大丈夫
といえども難しとするところなり。故に世上に論難非議
するところの失当なるゆえんを事実に即して釈明し、白
眼冷視に対して君を護らんとす。
 みずから慰めみずから安んじ得ればもって足れり、決
して蝶々するなかれ、人に捜見せしむるなかれ0
 賓二、今回の決行目的はクーデターを敢行し、戒厳令
を宣布し軍政権を樹立して昭和維新を断行し、もって北
一輝著「日本改造法案大綱」を実現するにありとなすは
これことごとく誤れり。群盲象を評するにあらざれば、
            そんたく    たぐい
自家の曲れる尺度をもって他を付度量定するの類なり〇
一、吾人は「クーデタ1」を企図するものにあらず∵

206

武力をもって政権を奪取せんとする野心私慾に基いてこ
の挙をなせるものにあらず、吾人の念蹄するところは一
に昭和維新招来のために大義を宜明するにあり。昭和維
新の端緒を開かんとせしにあり。
 従来企図せられたる三月事件、十月事件、十月ファッ
 ショ事件、神兵隊事件、大本教事件等はことごとくみず
 から政権を掌握して改新を断行せんとせしにあらざるは
    ど そよノ
 なし、吾曹ことごとくこれを非とし釆たれり。
 そもそも維新とは国民の精神覚醒を基本とする組織撥
 構の改廃ならざるべからず。しかるに多くは制度機構の
      ▲ノんい
 みの改新を云為する結果、みずから理想とする建設案を
 もってこれを世に行なわんとして、ついに武力を擁して
 権を専ら・にせんと企図するに至る。しかしてかくのごと
                りんかん ぴ ゆうけい
 くして成立せる国家の改造は、その輪奥の美瑛壇なりと
                        い し
 いえどもついにこれ砂上の楼閣に過ぎず、国民を険使し、
 国民を抑圧して築きたるものは国民自身の城廓なりと思
 惟する能わず、民心の微妙なる意の変を激成し高楼空し
  つい
 く潰えんのネ。
  「これに反し国民の精神飛躍により、挙世的一大覚′
 醍をもって改造の実現に進むとき、ここに初めて堅実不
 退転の建設を見るべく、外形は学者の机上における空想
 図にはおよばずといえども、その実質的価値の造かにこ
 れを凌駕すべきは万々なり、吾人は維新とは国民の精神
 革命を第一義とし、物質的改造はこれに次いで釆たるべ
 きものなるの精神主義を堅持せんと欲す。しかして今や
 吼和維新における精神革命の根本基調たるべきは、実に
 国体に対する覚醒にあり、明治維新は各薄志士の間に
猷雛として興慧る尊皇心にょってな川、憎渦の中興は
 当時の武士の国体観なく専皇の大義に昏く滑々私慾に趨
         きようゆ’                    はいじく
 りしため、農雄尊氏の乗ずるところとなり敗吸せり。
                   こえノたい
 一、しかして明治末年以降、人心の荒怠と外国思想の
 無批判的流入とにょり、三千年一貫の尊厳秀絶なるこの
 皇国体に、社会理想を発見し得ざるの徒、相率いて自由
    はし
 主義に奔り、「デモクラシユを謳歌し、再転して社会
 主義、共産主義に狂奔し、ここに天皇横閑説思想着流の
 乗じてもって議会中心主義、憲政常道なる国体背反の
 主張を公然高唱強調して、隠然幕府再現の事態を醸せ
 り。これ一に明治大帝によりて確立復古せられたる国体
             ビ とく
 理想に対する国民的信認悟得なきによる、ここにおいて
 かロソドソ条約当時における統帥権鞘密事実を捉え釆た
 って、佐郷屋留雄まず慨然奮起し、次いで血盟団、五・
                  しエき
一五両事件の憂国の士の蹴起を庶幾せりといえども未だ
決河の大勢をなすにいたらず、われらすなわち全国民の
魂の奥底より覚醒せしむるため、一大衝撃をもって警世
                         けい
の乱鐘とすることを避くべからざる方策なりと信じ、頃
 lワい
来期するところあり、機縁いたって今回の挙を決行せし
なり。
 藤田東潮の回天史詩に日く「いやしくも大義を明らか
                       ’れ
にして民心を正さば皇這いずくんぞ興起せざるを患えん
や」と。国体の大義を正し、国民精神の興起を計るはこ
れ維新の基調、しかして維新の端はここに発するものに
あらずや。吾人は昭和維新の達成を熱願す、しかして吾
            “しよ“し上人ノ
人の担当し得る任は、叔上精神革命の先駆たるにあるの
み、童に微々たる吾曹の士が廟堂に立ち改造の衝に当ら
 んと企図せるものならんや。
 第二、吾人は三月事件、十月事件等のごとき「クーデ
                  がくがく
 タI」は国体破壊なることを強調し、諾々として今日ま
 かんろん
 で諌諭し釆たれり。いやしくも兵力を用いて大権の発動
 を強要し奉るがごとき結果を招来せば、至尊の尊厳、国
 体の権威をいかんせん、ゆえに吾人の行動はあくまでも

一死挺身の犠牲を覚倍せる同志の集団ならぎるべからず。
一兵に至るまで不義好事に天誅を下さんとする決意の同
志ならざるべからずと主唱し釆たれり。国体護持のため
に天剣を揮いたる相沢中佐の多くが集団せるもの、すな
わち相沢大尉より相沢中、少尉、相沢一等兵、二等兵が
集団せるものならざるべからずと懇望し来たり。この数
年来、余の深く心を用いしところは実にここにあり、ゆ
えに吾人同志間には兵力をもって至専を強要し奉らんと
するがごとき不敵なる意図は極微といえどもあらず、純
乎として純なる殉国の赤誠至情に駆られて、国体を冒す
   ちゆ▲ノウく
貯賊を誅致せんとして鰍起せるものなり。吾曹の同志、・
童に政治的野望を抱き、乃至は自己の胸中に措く形而下
の制度機構の実現を妄想してこの挙をなせるものならん
や。吾人は身をもって大義を宣明せしなり。国体を護持
                      しんき
せるものなり。しかしてこれやがて維新の振基たり、絆
新の第一歩なることは今後における国民精神の変移が如
実にこれを実証すべし、今、百万言を費すも物質論的頭
脳の老に理解せしめ能わざるを悲しむ。
 一、吾人の掛起の目的は鰍起趣意書に明記せるがごと
 し。本趣意書は二月二十四日、北一輝氏宅の仏間、明治

207

大帝御尊像の御前において神仏照覧の下に、余の起草せ
るもの、あるいは不文にして意を尽さずといえども、一
               しんめい
貫せる大精神においては天地神冥を欺かざる同志一同の
      りゆぇノろ
至誠衷情の流露なるを信ず。真に皇国のために憂いて諌
死奉公を期したる一千士の純忠至情の赤誠を否認せんと
する各種の言動多きほ、日本人の権威のために悲しまざ
 るを得ザノ。
 一、軍政府樹立を企図せaといい、あるいは組閣名簿
 の準備ありしと言う、皇族殿下を奉じて軍政府を樹立し、
 改新を断行せんとするは陸軍一部幕僚の思想にして、吾
 人はこれに反対するものなり。軍政府樹立、しかして戒
 厳宣布、これまさに武家政治への逆進なり、国体観上吾
 人のとうてい同意し能わざるところなりとす。また今日
       止りいhソん
 果して政治的経給を有する軍人存せるや否や、軍政府な
            し上えノh′
 る武人政治が国政を奨理して過誤なきを得るや否や。国
              い し
 民は軍部の侃値となりその院便を甘受するものにあらず、
 軍権と戒厳令とが万事を決定すべしとは、中世封建時代
 の思想なり、今の国民は往時の町人のみにあらず、一路
 平等に大政を翼賛せんとす各自負と欲求とを有す。剣を
 もって満洲を解決せしがごとく、国内改造を断行し得ベ

 しとする思想の愚劣にして危険に反対し、国民の一大覚
 醒運動による国家の飛躍を期待し、これを維新の根本基
 調と考うるものなり。吾人は国民運動の前衛戦を敢行し
 たるに留まる、今後全国的、全国民的維新運動が展開せ
              ぞくしつ ち 上う
 らるべく、ここに不世出の英傑族出、地滴し大業輔巽の
 任に当るべく、これを真の維新と言うべし。
 国民のこの覚醒運動なくしては、区々たる軍政府とか
 あるいは真崎内閣、柳川内閣というがごとき出現によっ
 て現在の国難を打開し得ペけんや。

      二

 一、昭和十一年七月五日午前九時より判決の宣告あり
 て十七士死刑を宣せらる。
 一、判決文において不肖打の国体を護持せんとせし真
                         にく
 精神を認め、しかして建軍の本義を破壊せる罪悪むべし
 となして、臨むに最大限度の極刑をもってせることを示
 されたり、果してしからば国体破壊の事実を限前に見な
       しゆうしゆ
 がら、軍人は袖手傍観すべしとなすか、帝政ロシアの崩
 壊するや最後まで宮廷を守護し戦って殉じたるは士官学
 校、幼年学校の生徒なりき。かかる最後の場面に立到ら

‥ざるために、帝政ロシアの純情なる「カデット」が皇室
に殉ぜしと異りて、日本の青年将校、日本の武学生は国
               かんし
=体破壊を未然に防止するため、敢死して戦うなり、軍秩
                さ じ
・序の破壊のごとき微々たる些事、これを快復するは多少
の努力をもってすれば足る、国体の破壊は神州の崩壊な
り、裏日本の滅亡なり、ゆえに他のいっさいを犠牲にし
で国体護持のために戦わざるべからず。わが国体は万国
巾冠絶唯一独在のものなり、しかして三千年一貫連綿せる
               めいじよ      せいとく
ゆえんのものは、上に神霊の加護冥助あると、歴代聖徳
  ▲ノ
相承けしとによるは勿論といえども、またこの皇国体を
・護持発展せしめんとせし国民的努力を無視すべからず、
                     あに
上下この努力をもって万国冠絶を致せるもの豊一日偶然
                   ∫e けつ
に生じたるものならんや、千丈の埠も一蟻穴より崩る、
三千年努力の結晶も天皇機関説、共産思想のごとき目に
見えざる浸潤によりて崩壊せらる、万国冠絶なるがゆえ
にこれを保持し、さらに理想化するため、今後国民の絶
                   こ▲ノこん
対翼賛を要することを全国民とその後昆に宣言せんと欲
                      ほ▲ノてき
するものなり、国体のためにはいっさいを故郷し、いっ
さいを犠牲にせざるべからず。
 一、わが国体は上に万世一系連綿不変の天皇を奉戴し、

 この万世一神の天皇を中心とせる全国民の生命的結合な
 ることにおいて、万邦無比といわぎるべからず、わが国
 体の真髄は実にここに存す。
               こんいつ
  「天子を中心とする全国民の洋一的生命体なるがゆ
 えに、躍々として統一ある生命発展生成化育をとぐるな
                           *
 り、これを人類発展の軌範的体系というべく、これを措
 いて他に社会理想はあるべからず。
 一、わが国体の最大弱点はまたこの絶対長所と、表裏
 の関係において存す、天皇絶対神聖なるに乗じ、天皇を
                たくまし
 擁して天下に号令し、私利私慾を違うせんとするものの
 現出により、日本国体はまた最悪の作用を生ず。蘇我、
 藤原氏の専横、武家政治の出現、近くは閥族政治、政党
    ひ ぴ
 政治等比々皆然り。
 天皇と国民と直通一体なるとき、日本は隆々発展し、
 権臣武門両者を分断して専横を棲むるや、皇道陵夷して
 国民は塗炭す、歴史をひもとけば瞭然指摘し得べし。全
 日本国民は国体に対する大自覚、大覚醒をもってその官
       き せん
 民たると職の貴賎、社会的国家的階級の高下なるとを問
 わず、一路平等に天皇に直通直参し、天皇の赤子として
 奉公翼賛に当り、真に天皇を中心生命とする洋一的生命

208

 体の完成に進まざるべからず。ゆえに不肖は、日本全国
 民はすべからく限を国家の大局に注ぎ、国家官年のため
 に自主的活動をなす自主的人格国民ならざるべからざる
 ことを主張するものなり。国民は断じて一部の官僚、軍
               い し
 閥、政党、財閥、重臣等の院使に甘んずる無自覚、卑屈
 なる奴隷なるべからず、また国体を無視し国家を離れた
 る利己主義の徒なるべからず、生命体の生命発展は自治
 と統一とにあり、日本国家の生々躍々たる生命的発展は、
 自主的自覚国民の自治(修身斉家治国)と、然り而して
 この自覚国民が一路平等に(精神的にこれを言うな卜、
 形式の問題にあらず)至尊に直通直参する精神的結合に
 よりて発揮せらるる真の統一性によりてのみ期待し得べ
 し、天皇と国民とを分断するいっさいは断乎排除せざれ
 ば日本の不幸なり、国体危し。
 一、七月十一日夕刻前、わが愛弟安田優、新井法務官
 に呼ばれ煙草を喫するを得て菩ぷことはなはだし、時に
 新井法務官日く「北、、西田は今度の事件には閑條ないん
 だね、しかし殺すんだ、死刑は既定の方針だから己むを
‥得ない」と。また、一同志が某法務官より聞きたるとこ
 ・ろによれば「今度の事件終了後は多くの法務官は自発的
               は か
 に辞めると言っている、こんな莫迦な無茶苦茶なことは
 ない、皆法務官をしていることが嫌になった」と。また、ト
一法務官は磯部氏に「村中君とか君の話を開けば開くほ
 ど、君らの正しいことが解って釆た、今の陸軍には一人
 も人材がいない、軍人という奴は訳の解らない連中ば
                    ひとつ
 かりだ」と言って慨嘆せりという。渋川氏は一として謀
 議したる事実なきに謀議せるものとして死刑せられ、水
 上氏は湯河原部隊にありて部隊の指揮をとりしことなく、
 河野大尉が受傷後も最後まで指揮を全うせるにもかかわ
 らず、河野大尉受傷後、水上氏が指揮者となりたり上し
 て死刑に処したり。ああ昭和聖代における暗黒裁判の状
 かくのごとし、これを聖代というべきか。
 本事件は在京軍隊同志を中心とし、最少限度の犠牲を
             ちゆ▲フりく
 もって、国体破壊の国賊を誅致せんとせしものなり。ゆ
 えに北、西田両氏にも何ら関係もなく(もちろん事前に
 某程度察知したるべく、かつ不肖より若干事実を語りt
 ことあり、まれ事件中、電話にて連絡し北氏宅に参上せ
 しことあるも相談等のためにあらず)、東京、豊橋以外
 は青年将校の同志といえども何らの連絡をなさず(菅汝
 大府、北村大尉宛手紙を托透せるも入事せるや香や不明、一
 しかもその内容は事件発生をほのめかし自重を乞いしも
 のなり)。
 しかるにこれら多くの同志に臨むに極刑をもってせん
 としつつあり。暗黒政治、暗黒裁判も言語に絶するもの
あり、不肖断じてこれを黙過する能わず、すなわち刑死
         し せき
後直ちに、至専に悼尺し奉りて、型徳を汚すなからんこ
とを歎願し奉らん上するものなり。
 一、香田氏以下十五士の英霊よ、しばらく大内山の辺
 りにありて我ら両者のいたるを待て。
  昭和十一年七月十四日午前誌

     三

 一、話によれば、陸軍は本事件を利用して昭和十五年
 度までの尤大軍事予算を成立せしめたりと、しかして不
 肖らに好意を有する一参謀将校の言うに「君らは勝った、
 君らの精神は生きた」と。
 不肖ら、軍事費のために剣を執りしにあらず、陸軍の
 立場をよくせんがために戦いしにあらず、農民のためな
 り、庶民のためなり、救世護国のために戦いしなり、し
 かしてその根本問題たる国体の大義を明らか忙し、欝肘
      へんしエーノ
を下万民に遍照せらるる体制を仰ぎ見んと欲して、特権
階級の中枢を討ちしなり。
 不肖らは国防の危殆について深憂を抱きしものなり、
兵力資材の充実一日も急を要することを痛感しあるもの
なり、しかれども尤大なる軍事予算を火事泥式に強奪編
成して他を省みざるは、国家をいよいよ危うきに導き、
国防をますます不安ならしむるものなり、軍幕僚のなす
 ところかくのごとし。あるいは言う昭和十五年度より義
務教育年限が八年に延長せらるる、これ君らの持論貫徹
ならずやと。謬見もはなはだし。「日本改造法案大綱」
には義務教育十年制を主張しあり、この十年とそれの八
年と相似たりといえども、根本精神において天地の差あ
り、この十年は昼食、教科書官給の十年なり、貧困家庭
 の子弟といえども学び得る十年なり、その入年はドイツ
 の義務教育年限を直訳受入れての八年なり、六年制にお
 いてすら地方農村は非常なる経営困難にして、職員に対
 する俸給不渡りに陥り、また弁当に事欠く欠食児童を多
 発しあるにあらずや、入年制の地方農山漁村に与うる惨
                止りいらい
 書や思い半ばに過ぐ、不肖らは頃釆義務教育費全額国庫
 負担を主張し来たれり、地方自治体はこれによりて大い

209

に救わるべし、さらに一歩を進めて教科書、昼食等を官
給せば、児童とその父兄とはまた大いに救わるべし、し
かる後に教育年限を八年とすべく十年とすべし。今の八
                 あやま
年制は形骸を学んで大いに国家を謬るもの、官僚の為す
 ところかくのごとし、要するに軍幕僚と新官僚の結托な
 る寺内ケレソスキー時代における施政は、ロに国政一新
 を称導してその為すところ形式に捉われ、民を酷使し国
 運民命をいよいよ非に導くものなり、庶民はますます負
 担の過重に塗炭し、窮民野に満つるに至る、民、圧政に
 憤り、天、不義に震怒す、ケレソスキー時代はレーニン
 の出現のためにその出現を容易ならしむペき準備をなし
 つつあるものなり、全国民はょろしく撥に乗じ一斉に蹴
 起して軍閥官僚をいっさい香認し、しかして財閥政党を
 打倒して、これらいっさいの中間存在特権階級を杏認排
 除して、至尊に直通直参し奉らざるべからず。
 不肖は階級打破を言うものにあらず、階級を利用し地
 位を擁して不義を働く者のいっさいを排除し、これに代
                      ほ ひつ
 うるに地蔵菩薩的真の国家人をもってせば、輔弼を謬る
 なく国政正しく運営せられ、民至福を得、国家磐石の安
                         たくまし
 きを得ん。これがため政党、財閥に代りて暴威を遥うし
 つつある軍閥官僚を一洗清掃して、真に尊皇忠臣にして
                 そうもう
民の至幸至福を念鹸する英傑を草葬の間より噺起せしめ
          ひ せい
 ざるべからず、今の批政、今の不義に憤激験起すること
 なき卑屈精神的堕落ならば破滅衰亡に赴く民族にして、
 何ら将来に期待サベからず。
 しかれども日本民族魂は断じてしからざるべし、大和
                          き わ
 民族の生成発展は今後に期待さるべきもの、必ずや窮極
          ちか
 まって通ずること逝からん。ただただ天の震怒を全国民
                           ここのえ
 の瞭激に移し、一斉総験起、妖雲を排して至誠九重に通
 ずる慨あるを要す。
   七月十五日午前記