第二二五号(昭一六・一・二九)
   第七十六回帝国議会に於ける各国務大臣の演説
    近衛内山閣総理大臣
    松岡外務大臣
    河田大蔵大臣
    東条陸軍大臣
    及川海軍大臣
   勤労と増産の日          大政翼賛会
   農林省官制の改正
   米国政界最近の動向

東條陸軍大臣の戦況説明
       (支那事変の現況について)

 唯今より支那事変の現況につきまして御説明申上げま
す。
 事変勃発以来こゝに三年有半、皇国陸軍は海軍と密接な
る協力の下支那の中原を制し敵を僻陬に圧し、且つその蠢動
を常に機先を制して粉砕致してをります。
 而して昨昭
和十五年にお
きまする敵の
抗戦の特色は
極めて消極退
嬰的なる点で
ありまして
一咋昭和十四年におきましては数回に亙り自主的反攻を企
てましたが、昭和十五年におきましては昭和十四年末より
引続き行はれました冬期攻勢のほか、彼が全面的に反撃し
て参りましたことは一度も無く、僅かに八月北支において
共産軍が梢々活溌に出撃せるのみで極めて局部的なもの
に過ぎず、蒋直系傍系軍は専ら防勢に終始したる次第であ
りまして、その戦力の低下を如実に証明致して居ります。
 而してこれに対し皇軍は敵の冬期攻勢の粉砕に引続き各
方面に寧日なき積極的作戦を実施し、更にその戦力を破砕
したのであります。特に宜昌攻略竝びに陸海協同の連続奥
地爆撃及び仏印進駐或ひは敵補給路の遮断等その敵に与へ
ました打撃は甚大であります。
 以下先づ昨年四月以降の陸軍の行ひました主要作戦の概
要について申上げます。
 北支方面 北支におきましては咋年四月以降六月下旬
に亙り山西省南部において晋南、郷寧作戦及晋南反撃作戦
等により敵第一戦区の中央軍に対し徹底的に打撃を与へま
した。
 しかるに八月下旬以降九月に亙り共産軍の活溌稍々活気
を呈し我が交通線等若干の被害を見ましたが、我が軍は機
を失せず反撃し更に十月以降十二月に亙り河北、察哈爾山
西省境及び中部山西において数次に亙り共産軍を撃滅しそ
の根拠地を覆滅し、ために目下全く地下に潜入しある状態
であります。
 中支方面 中支におきましては五月一日より七月上旬
に亙り宜昌作戦を行ひ約五十ケ師四十七万の敵を撃破し、
約九万に達する遺棄死体、約一万三千の小銃、その他莫大
なる鹵獲品をを得ました。
 而してこの宜昌攻略が政戦両略上に及ぼしました利益は
極めて大でありました。即ちこれにより航空部隊の根拠地
を同地に推進するを得、ために御存じの如き重慶に対する
徹底的爆撃の成果を収め得ましたのみならず、また補給上
の要点たる同地の占拠によりまして、武漢平地と重慶との
軍需品等の輸迭を著るしく困難ならしめ、且つ揚子江南北
の交通が遮断せられ非常なる迂回をせねば南北の連絡が
採れぬことになつたのであります。
 なは十月上旬より約一ケ月に亙り江南作戦を実施し杭州
西方地区の敵約二十万に決定的打撃を与へ、以て揚子江下
流三角地帯を覬覦する敵の企図を封殺したのであります。
 南支方面 南支方面におきましては五、六月に亙り良
口作戦を行ひ、以て中支の宜昌攻略を容易ならしめました。
 その後九月下旬仏印進駐に伴ひ同方面よりする援蒋補
給路を完全に遮断することを得、従来同様の目的を以て南
寧、龍州方面に派遣せられてをりました我が南支軍の一部
はその任務が完全に終了致しましたので、去る十月末撤収
を開始し十一月中旬一兵を損することなく、完全に欽県海岸
を徹し、こゝに機動予備兵力を増強することを得ました次
第であります。
 今後欽県海岸方面よりする援蒋補給の行為に対しまして
は我が海軍により監視遮断することになつてをります。
 仏印進駐 なほ仏印進駐について申上げます。
 八月三十日東京における仏印進駐に関する日仏中央取極
め成立に引続き爾後幾多の曲折はありましたが、九月二十
二日に至り現地協定の成立を見、二十三日北部仏印に平和
的進駐を開始致しました。
 しかるに本進駐に方り一部仏印軍との間に一時紛争を生
じたのでありますが、各方面の努力により間もなく平静に
帰し各部隊は逐次河内附近に進駐の上それ/"\任務に就
き、こゝに仏印よりする援蒋補給路の完全遮断竝びに重慶
に対する異常なる圧力を加へ得ることとなり、引続き今日
に及んでゐる次第であります。
 現地治安の状況 以上作戦の梗概につき申述べまし
たが、これに伴ふ占拠地域の治安につきましては、現地軍
の不断の努力により格段の安定を見つゝある次第であり
ます。
 しかしながら敗退の雑軍はなほ所在僻地に蟠踞し、他方
潜行する共産軍勢力の増大はなほ軽視すべからざるものあ
り、軍はこれに対し今後更に果敢なる討伐を行ふとともに、
新政府とも密かに協力し、特に支那民衆の宣撫獲得に留意
し、占拠地域の迅速なる安定明朗化を期し不断の努力を傾
注しつゝある次第であります。
 これを要しまするに、現地陸軍と致しましては、彼の広
大なる地域において約二百万の敵正規軍の撃滅とその他所
在の兵匪に対する積極的なる討伐戦闘とを継続致してゐる
次第でありまして、その苦心努力は到底内地において想像
し得ざるものがあるのであります。
 而して如上の如く治安は漸次向上を見つゝある情勢にお
きましても、軍と致しましては更に討伐粛正を続行しつ
つ今後ます/\戦力を培養するの必要を感ずる次第であり
まして、この点従来と何等変化なきものと存ずるのであり
ます。
 敵軍の戦力低下 以下敵軍の戦力低下の情況につき申
述べます。
 昨年度において敵の全面的反攻が殆んど皆無でありまし
たことは前に申述べました通りでありますが、更に敵の戦
力を詳細に観察致しますれば、敵側軍隊の精神力の低下は
最近著るしいものがあります。
 それは近時の各作戦に如実に示されてゐる所でありまし
て、例へば交戦兵力に比して遺棄死体が減少し、逆に俘虜
及び帰順兵が著るしく増加してをりますこともその現象の
一であります。またその空軍は目下約二百機の微々たるも
のに過ぎず、専ら我が空軍との戦闘を避けをる状況であり
まして、その他装備の不良、給養の悪化は甚だしきものが
あります。次に重慶の内部情勢につき申述べます。
 全支に亙る我が中原制覇と封鎖の強行とにより敵の困窮
は日に甚だしきものありと判断せられます。
 敵側財政は歳入の主体たる関税、塩税の八乃至九
割を失ひ、ために公債及紙幣の増発の結果法幣は戦前の四
分の一程度に下落し、物価指数は戦前の一〇〇に比し昭和
十五年一月においては三三五でありましたが、十一月にお
いては一挙八五〇を示してゐる有様であります。
 また共産軍は昨年度よりかへつてその勢力を拡大致し、
ために国共関係は昨春以降両者の暗闘深刻化し、一時両者
主脳部間に一応の協定と見た様でありましたが、最近再び
両者の関係は悪化せんと致してをります。
 抗戦継続の原因 以上の如く困窮の一路を辿りつゝあ
る蒋側が依然として抗戦を持続しつゝある所以に就きまし
ては、幾多の原因あるべきは固よりでありますが、その主
なるものの第一は、第三国の援蒋施策を過大に評価し且つ
これが将来の発展強化に大なる斯待を懸けてゐることであ
ります。
 御承知の通り米国よりは一億弗、英国よりは一千万磅の
借款を得たのでありますが、本借款は従来の経済的借款と
趣を異にし、多分に政治的意味を有するものでありまし
て、実際的効果は我が輪入路の封鎖強化等より見まして大
なるものなしと判断するものであります。この点は支那有
識者も既に諒解してゐるやうであります。
 主なる原因の第二は、我が國體及国民性に対する認識不
足より区々たる我が国内現象を見て、今にも政治的乃至経
済的に破綻を来やうに判断してゐることであります。
 かくの如く蒋側をして我が国を誤断せしめてをりますこ
とは我々と致しましても大いに考ふべき点であらうと存じ
ます。

           ×            ×

 蒋側の現状は大体以上の通りであり会すが、今日なほこ
百六十ケ師約二百万の軍隊は依然として蒋の命を奉じ、彼
の政治力また未だ権威を失つてをりませず、国際情勢また
楽観を許さざるものがありますから、東亜における全面平
和の日は近き将来遽かにこれを予期し得ざるものがありま
す。
 しかしながら支那事変の前途に対して赫々たる光明を確
認しあるのは勿論、内外諸般の情勢に対しても亦これに処
するの方途と準備とを有することは申す迄もない事であり
ます。
 たゞこれがため最も切要なる一事は一億国民が今日この
年が非常時中の超非常時たる所以を認識し、真に一体の結
合を以て事変処理に国家国民の総力を挙げて集中すべきで
あると存ずるのであります。
 最後に一言致したいことがあります。皇軍は有史以来の
この聖戦に常に赫々たる武勲を立て着々として建設の歩と
進め、以て有史以来の聖業完遂に邁進致してをりますこと
は実にこれ固より大稜威の然らしむる所ではありますが、
亦銃後一億同胞の熱誠なる御後援に俟つもの大なりと存ず
るのであります。
 私は先般現地に参り将兵に対し皆様の感謝の御言葉を伝
へましたが、一同は斉しく銃後国民一体の誠意に深く感激
し、更に勇躍如何なる艱苦にも打克つて聖業の完遂に邁進
すべく覚悟を堅めてゐる次第であります。
 しかし、何と申しましても異境に転戦る第一線将兵は
常に銃後を顧念致しますもので国内情勢につき想像以上の
関心を有するものであります。従ひまして、私は今回の経
験から国内事情を洩れなく機を失せず正しく第一線に伝ふ
るの有意義を痛感致しまして、本議会における各位御協賛
の状況等も逐一速かに第一線に伝達して第一線将兵を安心
させたいと思つてをります。
 こゝに現地全将兵に代り陸軍を代表致しまして皆様を通
じ全国民に対し厚く御礼申上ぐる次第であります。