第一六八号(昭一五・一・三)
  紀元二千六百年祝典について     内閣紀元二千六百年祝典事務局
  今年の精動は如何にすべきか     内閣情報部
  支那事変処理と陸軍         陸軍省情報部
  紀元二千六百年と帝国海軍      海軍省海軍軍事普及部
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  日本人の寿命調べ

紀元二千六百年と帝国海軍  海軍省海軍軍事普及部


 旭光燦として皇威六合に洽き紀元二千六百年の新春
を迎ふるに当り、恭しく宝祚の天壌無窮と聖寿の万歳を
寿ぎ奉り、我が国運の彌栄を慶祝し得るは、聖代に生を
享けたる我等一億万臣民を挙げて歓喜感激に堪へない次
第である。
 今や支那事変は早くも茲に第四年を迎へ、皇軍の武威
愈々揚り、皇恩洽く隣邦の民草にまで霑ひ、新支那中央
政府成立の機運漸く熟して東亜新秩序建設の曙光を
認むるに至つたことは、邦家のため寔に慶賀に堪へな
い。
 今茲にこの未曾有の事変下に光輝ある紀元二千六百年
の春を迎へた我等海軍軍人は、海国日本の過去現在及び
未来に対して無限の感懐を禁じ得ないものがある。海国
日本二千六百年の歴史は周知の通りであつて今更縷述
するまでいないことであるが、先づ帝国海軍の淵源が遠
く神武創業の史実の中に、昭々乎として存することは、
ニ千六百年後の我等帝国海軍軍人に無限の感銘と不抜の
信念を喚起させずには措かないのである。
 即ち神武天皇の御東征が主として海路に依つたことは
勿論、更に大和山中の賊軍平定に際して、天皇が舟師を
率ゐ給うて浪速より転じて南海熊野に御上陸、険路賊軍
の背後を衝いて大捷を博し給ひ、遂に大和建国の大業を
成就し給うたことは、実に「天皇の舟師」印ち「天皇の海
軍」が戦略的に千古不朽の偉業を奏した嚆矢であつたと
謂ふべきである。
 而して神武天皇御即位の詔中に「六合を兼ねて以て都を
開き、八紘を掩ひて宇(いへ)と為(せ)むこと、亦可からずや」と宣ら
せ給うた
大御心
は、近世
に至り明
治天皇が
億兆安
撫、国威
宜布の御
宸翰に、
「万里ノ
波涛ヲ拓
開シ国威
ヲ四方ニ宣布シ天下ヲ富岳ノ安キニ置ン事ヲ欲ス」と仰
せられた聖旨と同じく、御即位の初めに当つて既に国家
発展の大国是を御宣言になつたものと拝察し奉る次第で
ある。
 爾来悠久二千六百年の国史を通じ我が水軍、即ち海軍
力の消長が常に我が国運の盛衰に直接の影響を及ぼした
事実は炳として千載に教訓を垂れてゐる。如ち上古以来
中世迄に於ける我が国の大陸発展は、海上雄飛の国民的
熱意の冷却と水軍の不振に依つて二度までも挫折の歴
史を繰返してゐるのである。即ち神功皇后の新羅征伐以
後四百余年に瓦る半島の制覇も、白村江附近に於ける海戦
の結果あたら終焉を告げ、後年豊太閤の雄図も亦我が水
軍の不振に依つて九仭の功を一簣にかくに至つたのである。
 而してこの間海外発展どころか逆に大陸からの脅威
を受け元寇の国難にさへ遭遇するに至つたことは海上
権振はず海防全からざりし当然の結果に外ならぬ。更に
これが反動とレて一時倭寇の活用竝びに辺民の海外発
展を見るに至り、日本民族のために万丈の気を吐いた
のであるが、遺憾ながら組織ある海上武力の支援と海洋発
展に対する経綸を欠いたために、遂に国家的海外発展の
基礎とはなり得なかつたのである。
 かくて明治維新以後帝国は更めて海外発展、大陸発展
に乗出さなければならなかつた次第であるが、この間帝
国は、陸に備ふる陸軍軍備と併行し海軍は海の守りを全う
し、数次の戦勝を獲得して名誉ある伝統を築き上げると
同時に、帝国の国際的地位は歩一歩向上の一路を辿り、
帝国海軍の躍進と我が国運の発展とは互に因となり果と
なり、遂に今日あるに至つた次第である。
 そも/\大陸発展は我が建国の国是たる海外発展の一
形式であつて、我が大日本帝国の勢力が大八洲を中心と
して海外に膨脹発展し、或ひは大陸方面に延び拡がる
ことである.然しながら拡大する我が勢力圏の中心は
永遠に大八洲であり、この中心があつてこそ円周がある
のである。海洋の存在を無視して大陸発展のみを企図せ
んか、過去の史実に見るが如く我が大陸発展の挫折を繰
返さんことを憂ふるものである。歴史は繰返すといはれ
てゐるが、吾人にして真に歴史に厳粛なる価値を認む
るならば、常に海国日本の本質を確認しつゝ行働し、再
び過去の先例を繰返すやうなことがあつては断じてなら
ないのである。
 熟々思ふに支那事変は二千六百年の歴史を通じて真に
未曾有の大戦争であり、更に事変処理の究局の目標たる
東亜新秩序の建設といふことに至つては、これ亦有史以
来比類なき一大事業であつて、実に二千六百年の久しき
に亙つて我等の祖先が遂行し来つた、亦遂行せんとして遂
行する能はざりし綜合的成果を成就せんことを期する
ものに外ならず、従つてこの一大鴻業が短日月の間に尋
常一様の努力を以て完成され得べしとなすが如きは、認
識不足も亦甚だしと謂はなければならぬ。我等は誓つて
この大事業を継承すべき次代国民のためにも揺ぎなき
基礎を築き上げんことを期せねばならぬのである。しか
も支那事変は支那一国を相手とするものにあらず、事変
を繞る国際関係は周知の通り複雑多難であり、支那事変処
理の及ぶ範囲は必然、世界的であることは云ふまでもない。
 加ふるに今や欧州に戦乱勃発し帝国は之に介入するこ
となく、ひたすら支那事変処理に邁進しつゝありと雖
も、戦禍の波及するところ遽(にはか)に瑞睨すべからざるもの
がある。即ち帝国は支那事変処理といふ曠古未曾有の
大事業の遂行に当りつゝ変転極りなき現下の世界的危局
に対処して行かなければならぬ立場にある。
 而して今次の支那事変が我が国運将来のため是非とも
完遂せねばならぬ重大性ある以上、当面する内外の難局
は、一億一心、断々乎として克服せねばならぬ。即ち不退
転の勇猛心を振起し朝野真に堅忍持久の実を挙げ、かく
て光輝ある紀元二千六百年をして将来に向つて愈々光あ
らしめねばならぬと信ずるものである。と同時に二千六
百年の厳粛なる歴史の教訓に鑑み、吾人は海軍力の整備
充実と海上権の積極的行使が、国運将来の発展のため常
に我が国民の念頭に置くことの必要性を主張するもので
ある。