第一六八号(昭一五・一・三)
  紀元二千六百年祝典について     内閣紀元二千六百年祝典事務局
  今年の精動は如何にすべきか     内閣情報部
  支那事変処理と陸軍         陸軍省情報部
  紀元二千六百年と帝国海軍      海軍省海軍軍事普及部
  東亜観光ルート           国際観光局
  戦時統制物資講座(六)皮革     商 工 省
  現地寄稿 経済的に見た南支     南支派遣軍報道部
  最近公布の法令           内閣官房総務課
  日本人の寿命調べ

 

支那事変処理と陸軍         陸軍省情報部


   はしがき

 紀元二千六百年の新春は遂に到施した。遠征のわが将
兵は大陸の陣中に早くも三回の正月元旦を迎へた。元気
溌剌たるつはものたちはこの晨、遙かに東の空を望んで
聖寿の無窮を寿ぎ奉り輝かしき紀元二千六百年の武運
長久を祈つた。到来した紀元二千六百年代こそは、わが
皇国が興亜の大業を完成し世界歴史を一新すべき使命を
有する世紀であり、今年は正にその礎を固むべき第一
年なのである。この意義深き新年を迎ふるに方り身を軍
籍に置くものの責務愈々重且大なるものを覚える。


   支那事変処理と陸軍の使命

 支那大陸に於ける陸海軍の作戦行動は今も尚ほ片時も
休むことなく続けられつゝある。成る程昨今の作戦には
事変当初に於けるが如を華々しき戦闘が展開されなくな
つたことは事実である。これは武漢陥落以後敵が専ら長
期消耗戦法を採らざるを得ないやうになつたためであつ
て、支那事変は今や長期持久戦であると謂へる。
 支那大陸の広大さの御蔭で辛うじて四川の奥地に余喘
を保ち得た蒋介石、今年の運命や如何に。重慶政府内部
には和平気運逐次濃化しつゝあるも彼は今尚ほ百万の兵
力を擁し、軍需品は一ケ年以上保ち得べく抗戦には十分
であると公言したと云はれ、容共抗日戦を続けてゐる以
上之を潰滅せんがためには、前途尚ほ相当の日子と多
大の努力を要するものと考ふべきである。
 又一面占領地域の治安恢復のための掃蕩戦が新支那
建設の基礎工作たることはいふ迄もないところである。
わが帝国の二倍に余るこの地域には、百万と称せられる
敵遊撃隊、共産軍、共産匪、地方土匪の輩が蠢動し新秩序
建設を妨げんと努めてゐる。之に対しわが将兵は日に夜
をついで討伐戦を進め山間僻地に在つて凡ゆる困苦欠乏
に耐へ治安警備の任に服しつゝある現状である。ために
徐州、漢口戦当時殆んど絶望的といはれた各地の治安状態
も今日では格段の発展を見、鉄道も通じ得るに至つた。
 満洲事変の経過に鑑みる時
支那事変に於ける治安工
作の前途に極めて長時日を要することは推測に難くな
い。満洲建国八年、今尚ほ三江省の奥地には二、三千の共
産匪を残す実状より考へるに支那の治安工作は少くも十
年以上の日子を要するものと判断すべきである。たとへ
近き将来新支那中央政府が成立したとしても新政府の武
力は当初極めて貧弱なるものとしか考へられない。遠
い将来は別として新政府が真に強化せられるの日が到来
する迄は、日本軍が根幹となつて対蒋戦は勿論、掃蕩戦
をも実施する以外に方法はないわけである。
 而してこの治安工作を破壊し抗日戦争の維持継続を
冀ふものは誰か、蒋介石と雖も恐らく焦土抗戦を本懐
とはしないであらう。実に中国共産党、共産軍及び共産
匪、之を操縦するコミンテルンこそはその元兇である
のである。今更述べる迄もなく、コミンテルンの支那事
変に対する戦法は、日、支戦争の長期戦化を図り双方の疲
弊を待つて赤色侵略の野望を達せんとするにある。
 彼は極めて巧妙陰険なる魔手をさし伸べ、既に支那西
北地区に共産政府を樹立し、陜西省を完全にその勢力下
に収め、山西も亦既にその経略に入り、河北、山東、内蒙、
一時は満洲熱河省に迄赤化の魔手はさし伸べられた。
 今日支那青年を毒してゐるものは赤化思想であり、思想
の阿片である。皇軍が掃蕩しつゝある敵の主体はこの
共産軍である。従つてたとへ支那従来の国民党が衰へ藍
衣社が消滅しても、この共産党を絶滅せざる限り支那事
変は終了したとは云へない。一言にして謂へば赤化団体
は日、支両国共同の敵であり東亜新建設の癌であるので
ある。この見地に立つて帝国は夙に北東、内蒙方面に防
共のための駐兵を主張し、日、支国交調整の基本条件と
してゐる次第である。
 以上述べた如く、治安のために、防共のために、将
又蒋介石打倒のためにも、皇軍が支那大陸に於て依然活
動を続行することは当然の筋道であつて、この活動なく
しては東亜の新建設は絶対に期し得ない。従つて新支那
中央政府が成立し事変処理に一段階を劃し得るの日が
近き将来にありとするも大陸の作戦行動には大なる変更
はあり得ない。
 更に事変を繞る第三国との国交関係も亦事変処理の重
大要素であることは国民の斉しく認識せるところ、偶々
勃発した欧州戦争は支那に旧勢力を維持拡大せんとする
英、仏等をして一時妥協的態度を採るの已むなからしめ
んとしつゝあるが、一面この欧州戦争に益々自己の地位
を有利ならしめたソ聯と英に代つて、極東旧勢力の維持拡
大を図らんとする米国とは、共にわが帝国の隣邦にして支
那に対する政策は益々積極化し来つた。新政権の成立発展
は彼等の容易に承知するものとは考へられない。どうし
ても帝国が自己の国力を以てこれを擁護し新建設を遂行
しなければならない。これには先づわが帝国が強力なる国
防国家としての態勢を完成しなければならないこととなる。
 然るに現にわが国は海外諸国より戦争遂行に必要なる
軍需原料を購入しつゝある。これ等はどうあつても近い
将来わが日、満、支の資源により自給自足出来るやうに懸
命の努力を払はなければならない。勿論完全なる自給自
足といふことは世界各国共不可能のことではあるが、主要
なるものだけはこゝより得られるのである。
 また過般満蒙国境ノモンハン附近の日満、ソ蒙軍の戦
闘に於て、わが忠勇なる将兵は寡を以て優勢なる敵に当
り、国境を守り以て支那事変遂行に支障なからしめたの
であるが、この事件の教訓として近代戦闘に於ては航空、
機械化等の科学兵器充実の必要なることを更に深刻に印
象付けたのである。
 当時赫々たる戦果を収めたわが飛行部隊は、器材に於
て、技倆に於て、精神力に於て、揃つて敵に優るものが
あつたがため、あの成功を収めたのであることは今更諜
諜する迄もない。たゞ然し、次から/\へと新手を補充
し挑戦し来る優勢なる敵機群に対してはわれも聊か心
細さを感ぜざるを得なかつた。殊に戦闘半ば以後は、敵
も更に優秀なる飛行機を参戦せしめたのであつた。決
して過去の戦果を以て未来を計り得ない。近時科学兵器
の進歩は驚くべき程で、世界列強は競うてこれが整備に
努めつゝある。ソ聯は支那事変勃発以後、益々極東戦備を
充実し既に四十万の兵力をソ満国開境の線に展開し、日
本海に六十隻以上に剰る潜水艦を浮べ遠距離爆撃隊を整
備し終つてゐる。現実の状況に即して、支那事変の円満
なる遂行を期せんとするには彼等に対応し得る武力の充
実整備を決行せなければならない。勿論これがためには
巨額の軍費を要し国家財政上最大の負担となることとな
る。支那事変勃発以来臨時軍事費は既に百億を遙かに突
破した。今年の陸軍予算も亦四十二億を越えてゐる。こ
の軍費は茲数年に亙り著るしき軽減を望み得ざることを
吾等は深く覚悟せなければならない。苟くも戦争遂行に
従事しつゝある以上は当然の負担であつて、今次欧州動
乱に関係しつゝある英、独、仏の諸国は勿論、未だ直接
戦乱に介入してゐない伊太利の如きも、それ/"\尨大な
る軍事予算を計上して来るべき世界的異変に対処せんと
する準備を整へて居り、人口僅か四百万に足らぬ芬蘭は
大国ソ聯邦を向ふに廻して総力を傾注して国家存亡の戦
を続けてゐるのである。
 このやうに見て来るとき、国家財政上の負担の著しく
膨脹しつゝあるのは独り帝国のみに限らず、世界的の傾
向となつてゐる実情である。
 之を要するに帝国が支那事変処理の根本方針とする東
亜新株序の完成を見るまでは、かゝる財政上の重圧或ひ
は物資の欠乏に堪へ得て始めて前途に光明を獲得し得る
のであり、職場に在つて一身一家を顧みず、筆紙に尽く
し得ぬ辛労を味はひつゝある将兵の苦難を思へば、国家
未曾有の大事業を遂行しつゝある現在国民個々に及ぼす
負担が増大することは当然であることを知り、前途の希
望と光明に向つて邁進せなければならない。
 以上述べたところにより、支那事変の処理解決のため
には今後前線にあると銃後にあるとを問はず、全国民の奉
公努力を益々必要とする所以であり、これがためには愈々精
神力の強化に努め速かに戦時態勢を完成しこの意義深き
紀元二千六百年を突破せなければならぬ。