第一二一号(昭一四・二・八)
  万民補翼について         国民精神文化研究所
  国民貯蓄奨励運動の郵便貯金に及ばした影響          貯 金 局
  復興東京帝室博物館について    帝室博物館
  スペイン戦争終局         外務省情報部
  紐育・桑港両地に開かれる万国博覧会について  商 工 省 
  臣民の道(平沼内閣総理大臣演説)
  最近公布の法令          内閣官房総務課
  官庁編纂図書だより・文部省推薦図書

 

臣民の道    二月五日、「日本精神発揚大講演会」に於ける平沼総理大臣講演

 茲に「日本精神発揚週間」の第一日に当りまして、所信の一端を披瀝し、全国民諸君と共に国家総動員態勢を強化し、この重大なる時局に対処して報效の誠を效したいと思ふのであります。
 本年は畏くも神武天皇が大和橿原の宮に御即位の大典を挙げさせ給うてより、正に二千五百九十九年に相当致すのであります。思ふに我が国民が肇國以来万世一系の天皇を戴き、世界に冠絶せる國體の精華を発揚し来りましたことは疑ひなき事実であります。かゝる悠久なる歴史を持ち、而かもこの如き国運の隆昌を致したる国は、世界広しと雖も他に類例を見ざる所であります。
 隣邦支那は四千年の長き歴史を誇りとして居りますが、それは所謂禅譲放伐、易姓革命、攻防の連続でありまして、その理想とする「旧邦なれども命維れ新」なる真の王道国家の実現は、これを将来に待たねばならぬ状態であります。また世界文化史上に燦然たる光を残したエジプトやギリシヤの如きも、今や一は英帝国の覊絆の下に在り、一は列強の間に介在して昔日の面影を止めない現状であります。旧き国が次第に理想を失ひ、保守退嬰に陥ると共に衰微を来し、これに代つて新らしい国が積極進取の溌剌たる生気を以て擡頭する事は、実に歴史の示す攻防の鉄則であります。然るに我が国に於てのみ歴史は極めて古く而かも常に生活力が若々しく旺盛であるといふ事実を見るのは抑々何が故でありませうか。
 明治天皇が維新の皇謨を遂行し給ふに際しまして、天地神明に告げ給ひし五箇条の御誓文の中に「舊來ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ」といふ一条がございます。旧来の陋習を破り、天地の公道に基づいて大政を行はんとせらるゝこの御聖旨こそ、国史に顕はれたる我が国の断えざる向上発展の根本原理が存するものと、拝察致すのであります。天地の公道は畢竟万物をして各々その処を得しめるといふ事でありまして、これを国内の関係に就いて云へば、政(まつりごと)正しくして国民生活を安定し、社会正義を確立し億兆各々その分に応じて皇運を扶翼し奉り、私を捨てて公に奉ずる事に帰着するものと考へます。またこれを国際関係に当て嵌めますれば、万邦協和共存共栄の大精神の下に真の国際正義、正しい意味に於ける世界平和の確立に力を致すといふ事に帰着すると思ふのであります。
 私はこの広大無辺なる仁愛の精神こそ、御歴代皇祖皇宗の遺訓として紹述し給ふ統治の根本であり、肇國以来我が国史を一貫する八紘一宇の天業を恢弘するの基礎であると拝察致します。而して、万物をして各々その処を得せしめ給ふ仁愛の御精神を奉体致しまして、これを全うするが為めに全国民がその地位その職業の如何を問はず、挙つて天業を翼賛し奉る事が所謂万民輔翼であります。即ち旧来の陋習を破り、天地の公道に基づいて統治し給ふ 大御心が臣民の心に反映して自らなる渇仰随順の念を涌き出さしめ、その結果万民が 聖旨を奉体しこれを徹底せしめることに努めざるを得ない様になる、これが万民輔翼に外ならぬのでありまして、この万民輔翼を基礎とする所に、我が国政治の要諦が存するものと考へます。
 我が国史の展開の跡を顧みますれば、天皇に於かせられては、皇祖皇宗の御遺訓を御紹述遊ばされ、臣民に於ては私を去つて公に奉じ、忠誠以て皇運を扶翼し奉り、此の大精神が一貫して、今日に至つたことは明々白々一点の疑ひを存せざるところであります。私は我が国が古き歴史を有しながら常に新らしい生活力に溢れ、不断の発展を遂げつゝある原因は、実に此処に存するものと確信するのであります。国運の進展が常に國體に対する自覚と併行することは、歴史が如実に証明する所であります。有事の秋に際しまして、何よりも先づ日本精神の昂揚が叫ばれるのは洵に当然の事と云はねばなりません。即ち国家の大事の前に、国内のあらゆる階層が協力一致して義勇奉公の誠を尽すことが、実に我が国本来の姿であります。
 今や支那事変は武漢陥落を機として所謂建設の段階に入りましたが、国民政府は以前長期抗日を呼号して居り、一方共産党は国民政府の内部に食い入り支那全土の赤化を企てて、種々策動しつゝある状態であります。我が国は固より東亜の新秩序建設の為め、全支那の速かなる更生を望むものでありますが、彼等の迷夢が覚めざる以上は、武を以てこれに臨み、東亜動乱の本源を絶滅せねばなりませぬ。
 申すまでもなく満洲国及び支那と提携して東洋平和の枢軸を形成し、これを核心として世界の平和に貢献せんとするは、我が国不動の国是でありまして、是れ即ち天地の公道に基づく八紘一宇の精神の発露であります。今次事変の処理はこの国是に則つて遂行されねばならぬことは当然であります。前内閣によつて閘明せられました更生新支那との国交調整に関する根本方針は、実にこれを率直に表現したるものでありまして、支那は固より第三国も亦あらゆる偏見を疑惑とを去つて、中外に施して誤らざる我が大精神をよく理解すべきであります。
 苟くも虚心坦懐に事態を観察する者は、何人と雖も東亜に相隣する日満支の三国が東亜保全の共通使命の下に結合すべき必然の関係にある事を疑ひ得ないであらうと思ひます。従つて国の三国が東亜新秩序の建設なる共同の目的の為めに、善隣友好、共同防共、経済提携の実を挙げる事は極めて自然の状態であり、国民政府の誤れる政策に依つてこれが実現を妨げられ、東亜発展の進路が阻止せられ来つた事は、今更顧みて全東亜のため遺憾の極みであります。今やかゝる不自然なる妨害を除き、東亜をしてその本来の姿に立帰らしむべき時機は到来したのであります。
 今日支那に於ける具眼の士にして、真の国家建設の道に目ざめ、我が真意を諒解して速かに同文相搏つの悲劇を終熄せしめ、憂を同じくし力を協せて東亜新秩序の建設に邁進せんとする識者の尠からざる事は御承知の通りであり
ます。尚ほ各地新政権が日を逐うて順調なる発達を遂げつ
つあり、更生建設の気運澎湃たるもののありますのは、寔
に御同慶に堪へざる所であります。
 併しながら前途には尚ほ幾多の困難が横はつてゐる事
を覚悟せねばなりませぬ。皇軍の占拠地区は帝国領土の
二倍を越え、人口も約二億に達する広大な地域に亙つて居
ります。其処に出没する残敵を潰滅せしめ、治安と秩序と
の回復を図ると共に、新政権と協力して建設事業を促進す
る事は決して容易の業ではないのであります。併しながら、
われ/\は万難を排除して目的を遂行し、東亜の禍根を断
つて 聖旨に応へ奉らねばなりません。私は日本民族の光
輝ある伝統に基づく底力は、必ずやあらゆる試練に耐へ、
この大業を完成すべきを確信して疑ひません。
 今日の如く共産主義が支那大陸に瀰漫し、政権をも支配
せんとするものあるに対しましては、断乎これを払除し、
赤化の害悪から東亜を防衛せねばならぬのであります。こ
れが為めには第三国の帝国の真意に対する理解を増進しこ
れと共に、理解ある諸国と提携して行かねばならぬのであ
ります。防共の盟邦たる独伊両国が我が国の東亜に於ける
意図に共鳴し、事変当初より一貫して全幅の支持を寄せ来
りたることはわれ/\の多とする所であります。私は防共
の協定に依り結ばるゝこれ等両国との関係を今後愈々緊密
ならしめ、一層その效果を挙ぐるの必要を痛感するのであ
ります。
 而して他の第三国との関係に付きましても、帝国はこれ
を経済的に或ひは文化的に排除するが如きことは毛頭考へ
て居らぬのであります。列国が悉く帝国の真意を理解し東
亜に於ける新情勢を認識して新秩序の建設に協力し来る事
を衷心より望んで已まぬのであります。併しながら、我
が国が公明正大なる肇國の精神を以て不動の国是となし、
これに基づきまして炳(へい)として明らかなる大目的に向つて進
みつゝありまする以上は、第三国の疑惑や誤解により狐疑
逡巡するが如きは、断じてあり得ない所であります。
 今後愈々多難なる時局を克服して、光明ある前途を打開致
しますが為めには、われ/\の祖先があらゆる困難に処し
て恐れざりし如く、全国民が親和共同して皇運を扶翼し奉
らんとする不動の精神を以て一切の努力をこれに傾倒しな
ければなりません。即ち事変目的遂行の為めに国家の総て
の力が集中せられ、また発揮せられねばならぬのでありま
す。
 これが為めに政府と致しましては、国内諸般の改新を行
ひ、旧来の陋習を破る要あることは勿論であります。而し
てこの事は万民輔翼の実を挙げる事を目標と致しまして、
時宜に応じ、事の軽重緩急を量つて実行し得べきものよ
り着々これを実行すべきものと考へます。政府は今日綜合
国力の拡充、国家総動員態勢の強化を図り万全の対策を講
じて居る次第であります。而して日満支を通じ経済力の拡
充発展を図り、国際情勢に対処し得べき国防の充実を期す
ることは我が国当面の急務であります。これが為め最善の
努力を払ひ、万難を排してこれが遂行に邁進する心算であ
ります。
 併しながら、企図せられたる施設が效果を挙げ得ると
否とは、畢竟国民の決意如何に懸つてゐるのであります。
如何に完備せる組織制度と雖もこれを活用する精神を欠
いて、単なる形骸に過ぎぬのであります。われ/\は今
後益々日本精神を発揚し総親和総努力を以て万民輔翼の実
を挙げ、以て聖戦初期の目的達成に邁進致さなければなり
ませぬ。
 畏くも今期議会の開院式に際して賜りましたる勅語を拝
し、寔に恐懼に堪へまえぬ。 聖旨に奉答し、宸襟を安ん
じ奉るは臣子の義務であります。
 私は国民諸君と倶に、一致協力、固き信念と大なる希望
とを以て内外の整備建設に邁進し、天業翼賛の責任を全う
致したい所存であります。