第六五号(昭一三・一・一二)
 厚生省の新設     厚 生 省
 戦況 
   済南を攻略す            陸軍省新聞班
   支那空軍の再建を粉砕す     海軍省海軍軍事普及部
 軍事郵便に就て  大本営陸軍報道部 大本営海軍報道部 逓信省
 銃後の諸問題
   事変と戸籍          司法省民事局
   事変と恩給扶助料       内閣恩給局
 昭和十二年の国際政局回顧(下)   外務省情報部
 最近公布の法令          内閣官房総務課


厚生省の新設   厚生省

 厚生省は国民の絶大なる期待の裡に愈々その誕生を見るに至つた。
 顧みれば、近衛内閣は組閣の直後、其の重要政策の一として、国民体力の向上及び国民福祉の増進に関する行政を綜合統一し之を拡充刷新するが為、一省を創設することを決定したが、企画庁に於ける之が具体案の調査成つて、竟に昨年七月九日保健社会省設置要綱の閣議決定を見るに至つた。仍て政府は直ちに内閣に関係各庁職員を以て組織する準備委員会を設け、同年十月一日に開設することを目標として、新省設置に関する諸般の準備を進めしむる一方、第七十一同特別議会に必要なる予算案及び法律案を提案し其の成立を見、著々として新省開設の準備を整へてゐたのである。然るに其の間支那事変の進展著しく、国際情勢亦極めて緊張を示し、時局の前途遽に逆睹し難い状況に立至つた為、政府は新省の設置に於て更に慎重なる考慮を加ふるの必要を認め、従つて新省の設置は姑く見送りの止むなきに至つた。而して其の後事変の推移は頗る順調に進みつゝあるも、前途は尚遼遠にして且此の事態は相当永続するものと考へられ、事変中及び事変後に於ける銃後の諸施設竝に復員計画に伴ふ諸施設に就き新省の企画経営に俟つべきもの甚だ多きを認めて、政府は竟に意を決し、曩の閣議決定の趣旨に則り厚生省の新設を断行することとなつたのである。
 以下に厚生省機構の概要を紹介し、併せて新省設置の意義を考察することにしよう。


         一

 厚生省の使命は、後に述ぶるが如く、畢竟国民体力の向上を図ると共に国民福祉の増進を期するに在る。従つて新省の機構は、大臣官房の外、所謂内局として国民保健、社会事業及び労働に関する事務を分掌するところの体力、衛生、予防、社会及び労働の五局と、所謂外局として健康保険、労働者災事扶助責任保険其の他の社会保険竝に簡易生命保険及び郵便年金に関する事務を司掌するところの保険院との五局一院を以て構成されてゐるのである。以下前記五局一院の司掌事務を列挙して、新省の使命をより具体的に説明して見よう。

体力局
 (一) 体力向上の企画に関する事項
 (二) 体力向上の施設に関する事項
 (三) 体力調査に関する事項
 (四) 体育運動に関する事項
 (五) 妊産婦、乳幼児及児童の衛生に関する事項

衛生局
 (一) 衣食住の衛生に関する事項
 (二) 衛生指導に閑する事項
 (三) 医事及薬事に関する事項
 (四) 其の他国民保健に関する事項にして他の主管に属せざるもの

予防局
 (一) 伝染病、地方病其の他の疾病の予防に関する事項
 (二) 検疫に関する事項
 (三) 精神病に関する事項
 (四) 民族衛生に関する事項

社会局
 (一) 社会福利施設に関する事項
 (二) 救護及救療に関する事項
 (三) 軍事扶助に関する事項
 (四) 母子及児童の保護に関する事項
 (五) 其の他社会事業に関する事項
 (六) 職業の紹介其の他労務の需給に関する事項

労働局
 (一) 労働条件に関する事項
 (二) 工場及鉱山に於ける労働衛生に関する事項
 (三) 国際労働事務に関する統括事項
 (四) 其の他労働に関する事項

保険院
 (一) 総務局
  1 人事
、文書及会計に関する事項
  2 保険数理に関する事項
  3 社会保険及簡易生命保険の制度の企画竝に被保険者保健施設の企画及統轄に関する事項
  4 他の主管に属せざる事項
 (ニ) 社会保険局
  健康保険、労働者災害扶助責任保険其の他の社会保険に関する事項
 (三) 簡易保険局
  簡易生命保険及郵便年金に関する事項



 厚生省の設置に依つて其の所管事項に直接蒙る省は、内務、商工、文部及び逓信の四省に及ぶ。就中内務省は、衛生局所管事項の各部及び社会局所管事項の各部が新省に移管せられ、全職員の約五分の二に相当する人員が新省に移る計算となつて、其の影響最も大きく、商工省からは鉱山に於ける労働衛生に関する事項(鉱山局)、文部省からは学校に於ける体育運動以外の体育運動に関する事項(大臣官房体育課)、又逓信省からは簡易保険局所管事項が何れも新省に移管せられ、従つて関係四省の所管事項はそれだけ減縮される結果となる。尤も右の内逓信省より移管せられる簡易生命保険(郵便年金を含む)事業に関しては、其の業務運行方法に付て逓信省委託案が採用せられた結果、逓信省に於ては本事業の中簡易生命保険の募集、集金等現在郵便局の取扱ひつゝある事務及び之に対する管理事務を処理することに決定し、之が為め逓信省に其の機関を設くすると共に其の事務処理に要する経費を簡易
保険特別会計より通信事業特別会計へ繰入れることになつてゐる。
 厚生省の使命とする所は国民体力の向上及び国民福祉の増進に在り、広汎にして他省の所管事項と関渉する所が多い結果、或は他省所管事項にして新省の所管事項に関係あるものの措置、或は反対に新省所管事項にして他省の所管事項に関係あるものの措置等相当複雑な問題を生ずるが、此等に関しては関係省間の協議其の他の方法に依つて、夫々適当に処理せられることになつてゐる。
 尚中央に於ける保健行政及び社会行政の綜合拡充の問題と相関聯して、地方に於ける此等の行政の綜合拡充の問題を生じ、曩の閣議決定に於ても中央に保健社会省を設置することを決定すると共に、道府県に保健社会部を特設するの方針を決定したが、此の問題は道府県庁の組織全体に関係する問題であつて、慎重考究の必要があるので、将来の問題として残され、今回は之に関して特別の措置を講ずる所がなかつた。


          二

 厚生省は何故設置されたか。以下に新省設置の意義を考察し、其の輝かしき発足に対し適切なる指針を与ふることとしたい。
 惟ふに「人」の問題は国家百年の大計であつて、国民の精神力及び活動力を充実増進することは、産業、経済、国防其の他百般の施政の根基を成すものである。「人」の問題の核心を成すものは、何といつても其の健康の問題であり、其の体力の問題である。「健全なる精神は健全なる身体に宿る」と諺にも謳へる如く、健康の如何は人間の諸機能の中最高に位する精神力をも左右する程のものである。されば国家が国民の健康を増進し体力の向上を図る為に最大の努力を払ふべきは言を俟たない。然るに我国に於ては、従来此の点に関し概して関心が薄く、其の施設、行政共に消極に堕し、一貫せる指導方針の下に之が改善に努力しなかつた結果、国民の体力は漸次低下の傾向を示すに至つた。即ち今日各種の保健統計資料に明らかなるが如く、死亡率、罹病状況、平均寿命等何れも他の文明国のそれに比し遙かに劣悪であり、又青壮年間に於ける結核病の蔓延、学生生徒間に於ける近視及び齲歯の累増、壮丁検査に見る筋骨薄弱者の激増等寔に寒心すべき状態を現出しつゝあるのである。東亜の盟主、世界の指導者として、国力の飛躍的増進を図ることを急務とする現下の状勢に鑑み、此の憂ふべき状態は一日も早く改善されねばならない。即ち此の際特に一省を設けて、急速且徹底的に、国民の健康増進、体力向上を図る事に専念せしむることは、刻下焦眉の急務なりと謂はねばならぬ。
 国民の健康増進、体力向上を図る為には、直接之を目標とするところの諸行政を綜合強化する必要のあることは言ふまでもない。即ち体育運動、環境衛生、疾病の予防治療等に関する諸行政を綜合強化することが先づ肝要である。併し乍ら国民の健康増進、体力向上を徹底的に実現せんとするならば、此等の諸行政の刷新拡充のみに依つては其の完きを期し難く、所謂社会政策の拡充整備を必要とするものと考へられる。蓋し国民の健康又は体力の如何は、国民の生活状態を反映するところの一の指標と謂ふべきであつて、従つて国民体力の低下といふ現象は、国民生活上尠からざる不合理の存在することを物語るものである。而して斯くの如き不合理は、体育及衛生に関する問題として存在するは勿論のこと、又所謂社会問題としても相当広汎な範囲に亙り存在するものであつて、後者に対しては社会政策の拡充整備に依つて其の不合理を改善することが必要である。換言すれば体育運動、環境衛生、疾病の予防治療等に関する諸行政を概括した意味での保健行政部門と、社会福利施設、救療保護、職業、労働保護、社会保険等に関する諸行政を概括した意味での社会行政部門とは、両々相俟ち表裏一体を成して初めて国民生活上の不合理を是正し国民保健の増進、体力の向上を完うすることが出来るのである。茲に於て、新省は上述の保健行政部門と社会行政部門とを綜合して、現下我国の最大欠陥とする国民体力問題の根本的改善を断行し、其の他時務の要求に応じて適宜に施設経営することとなつたのである。
 今次の支那事変は実に我国有史以来の国家的大偉業であつて、国民は挙国一致之が遂行に協力奮闘しつゝあるが、此の偉業に直接参加せる出征将兵、戦病死者等の家族に対し適時適切なる扶助を行ひ、将士をして後顧の憂なく第一線の奉公に専念せしむることは刻下の緊要事であらねばならぬ。又事変の長期に亙る場合に対処する為、軍備の人的要素を保育し、其の他経済事情の変化に伴ふ国民生活上の不安を除去し、過重労働に起因する国民体力の消耗を予防し、以て国民の精神力及び活動力を保持することは極めて緊要なる問題である。此等一聯の事変関係の事項に就て、新省が適切なる対策を用意し、社会行政上竝に保健行政上万遺憾なきを期することは、正に新省に課せられたる当面緊要の課題である。
 以上の叙述に依つて新省設置の意義を大略明らかならしめ得たと思ふが、新省の活動分野は前述の如く保健及び社会政策の両行政部門に亙り、国民の実生活に普遍的に行き亙ってゐる。而も其の分野は何れも比較的未開拓の地であつて、今後に於て開拓せらるべき余地が甚だ多いのである。当面緊要なる事変関係対策の企画実施は勿論、目下政府に於て著々準備を進めつゝある生産力拡充計画に就ても、新省の占むべき地位は重く其の任務は大きい。況や将来国力の伸長、国民生活の複雑化に伴つて生ずべき新省の活動分野は到底之が予測を許さず、前途真に洋々たりと謂ふべきであらう。
 今や厚生省は国民の絶大なる期待の裡に誕生し、洋々たる前途に歩みを進めんとしつゝある。之を哺(はぐゝ)み育てて其の使命たる国民体力の向上、国民福祉の増進の二大目的を達成せしめることは、啻に当局者の職責であるばかりでなく、亦国民の任務であらねばならぬ。
 国民各位は新省設置の意義を充分に理解せられ、今後に於ける新省の運営に関し、適切なる鞭撻と真摯なる協力とを与へられんことを切望して已まぬ次第である。