第五九号(昭一二・一二・一)
 満州国に於ける治外法権の撤廃及満鉄付属地行政権の移譲 外務省情報部
 時局と農村の使命          農 林 省
 時局と産業              商 工 省
 戦争と鉄道              鉄 道 省
 戦況
  大本営設置せらる         陸軍省新聞班
  黄浦江の水路開く         海軍省海軍軍事普及部
 日独伊防共協定記念国民大会に於ける近衛内閣総理大臣祝辞
 最近公布の法令          内閣官房総務課

時局と農村の使命  農林省

 本年十二月三日より開始せらるべき、第一回の産業週
間に際し、農林省に於ては、全個の農山漁村に対して、『銃
後の護、農村の栄』といふ標語を掲げて、時局に対する
認識を深からしめ、事変下に処すべき決意を固めしめる
ところがあつた。右の意味に於ける、啓発宣伝の趣旨の
大要を、以下に紹介することにする。

    一 銃後の農村

 銃後の農産漁村、それが事変の影響を受けて、どん
なになつて行くことであらうか。事変中及事変後に、
農山漁村をどう導いて行くべきであらうか。
 農山漁村は、多数の応召兵士を送り、軍需品を供出
し、軍需上の労務を供給してゐる。そして、それらに
よつて、農山漁村が可なり深刻な影響を受けてゐるで
あらうことは、何人も想像に難くないところである。
更に、是等の直接軍事上から来る影響のほかに、物資
の欠乏とか、配給の不円滑とか、物価の騰貴とか、収支
の不均衡---収入は増加せず、支出だけが殖える---
とか、事変に伴ふ間接的な影響も亦尠くないことであ
らう。さうして是等の影響が、どの位の程度度に迄現は
れるかは今後の問題であつて、今から逆賭し難いと
ころであるが、それは恐らく二つの方面に現はれて来
るものと思はれる。其の一は、農林林水産業の生産力の
問題であり、その二は、農山漁家の生活の問題である。
 (一) 生産力の確保増進 銃後の農山漁村に於ける
 第一の問題は、生産力の確保増進といふことである。
 戦線の将兵は勿論、全国民に充分に食糧が供給さ
 れなければならない。農産漁村は多数の応召将兵と
 徴発馬匹とを出し、また軍需工業その他に農産漁家
 の子弟が転出して、それだけ労働力を減じてゐる。
 抽象的全般的に考へれば、農山漁村には、田植時と
 か、上簇期とか、蒔付時とかの農繁期を除けば労力が
 過剰であるから、多少労力が減少しても差支へない
 様に思はれる。けれども、具体的に之を見れば、現実
 に個々の応召農山漁家に於ては労働力が欠乏してゐ
  るのである。そこで勤労奉仕その他村内労働力の調
 整を図つて、生産の減退を防止しなければならない。
  農林漁業生産力の問題に付ては、単に労働力の関
 係だけでなく、肥料、飼料、油その他の物資の欠乏も、
 生産力の減退を来す虞が、多分にあるのである。そ
 ればかりでなく、軍需として、平時に於ては予定しな
 かつた農林水産物に対する需要が喚起され、生産力
 の増進が絶対に要求されるのである。而して、生産
 力の減混は、事態を此の儘に放つて置けば、殆ど確定
 的で不可避のものと思はれるが、生産力の確保増進
 は、戦争の遂行上絶対に必要とされるものである。
 故に、農山漁村に於ては、生産力の確保増進といふ
 ことが、銃後の護として最も要求されるのである。
 (二) 生活の安定 第二は生活の安定と云ふことで
 ある。言ふまでもなく、非常時局下に於ては、全国
 民一人として安閑として居られるものでなく、何人
 もその分に応じて、能ふ限りの力を尽して、邦家の
 為御奉公を励むべきである。そして『臥薪嘗胆』の
 覚悟も亦必要であるが、此の生活の安定といふこと
 は、生産力の増進、安寧秩序の保持、国力発展の上
 から、最も必要とせらるゝところである。
  応召将兵は、戦場に於て邦家のため戦つてゐる。国
 防は国民共同の責任である。応召家庭の生活を不安
 ならしめてはならない。戦場に於ける将兵をして、
 後顧の憂なく、御国のために働かしむる上に於て
 も、隣保共助、国防の共同責任たる本質の上からし
 ても、其の生活を安定せしむることは、是非とも必
  要のことである。
  更に亦、農山漁村が極度に窮迫し、其の生活が不安
 であつては、生産力の確保増進は望まれず、時局の要
 求に応ずることも出来兼ねることになるのである。
 固より、銃後に在る者が、事変の為に種々の苦痛を感
 ずることがあつても、それ位の事は事変下の今日、当
 然辛抱しなければならないものと思はれるが、其の
  生活の基礎はどうしても安定せしめなければならな
 い。之はひとり農山漁家のためばかりでなく、事変
 所期の目的達成に導く一要因であり、興隆日本の国
 礎を愈々確乎不抜ならしむるに不可欠の要件である。
 (三)長期、堅忍持久の決意 今次事変の目的は、
 中華民国の反省を促して、速かに東洋平和を確立す
 るにある。決して無辜の支那領民を相手にするもの
 ではない。だが、目的が以上の如くであり、既に一旦
 干戈を執つて起つた以上、其の目的が建成せられざ
 る限り、飽くまで戦はねばならない。其の為には、
 事変が如何に永びいても、又如何に困難な場面に立
 到つても、敢然之を突破し、堅忍持久、所期の目的達
 成に邁進しなければならない。農山漁村の人達は、
 斯様の決意、心構へを以て、銃後の護を固めなけれ
 ばならぬのである。
 (四) 農村をより立派に そればかりではなく、我
 我は更に、農山漁村を一層明るい立派なものにして、
 戦地にある同胞の凱旋を迎へなければならない。勇
 猛果敢、戦へば必ず勝ち攻むれば必ず取る世界驚異
 の的たる我が忠勇なる同胞将士が夢寐の間も忘れ得
 ないのは、その故郷であらう。其の故郷を、農山漁
 村を、輝かしい凱旋の日まで大切に保持し、而もよ
 り快適多幸な楽土、理想郷たらしめて武勲赫々た
 る戦士の帰郷を迎へることは、我々銃後を護る者の、
 又農山漁村人総ての、同胞戦士の功労に酬ゆる所以
 であり、最上の感謝の表現ではないであらうか。そ
 して亦それは、彼等に対する我々の、忘るべからざ
 る義務ではないであらうか。歓呼の声に送られて勇
 躍征途に就いた勇士達は、其の故郷の変りない姿を
 見、更により良く、より立派になつた姿を見たなら
 ぱ、どんなに喜ぶか知れない。之こそ何物にも勝
 る、最上の慰めではないだらうか。国を挙げて一大
 事変に際会し、兎角荒廃の裡に顧みられざらんと
 する田園を、克く耕し、培ひ、生産力の減退を食止
 めるばかりでなく、却つてそれを立派にして、凱旋
 将兵の手に還さうといふことは、事変の農村経済に
 及ぼす影響を顧慮するとき相当困難なものと予想さ
 れるが、石に噛り付いても其の為に努力精進するこ
 とが、銃後の者の責務であらねばならぬ。
 (五) 農山漁村明日の動向 更に心配になるのは、
 事変後に来るべき情勢のことである。今次の事変が
 皇国の勝利に帰して終結することは唯時期の問題で
 あるが、今から気になるのは、事変後に我が農山漁
 村がどうなるかといふことである。国を挙げてとい
 はうか、事変の為に一国の全能力を総動員してゐる
 のであるから、其の結果が、社会経済其の他凡ゆる
 方面に、さうして農山漁村の隅々にまで、尠からぬ
 影響を及ぼすであらうことは、想像に難からぬこと
 である。
  恐らく事変後に於ては、我国は事変其儘の状態
 に立戻ることは絶対にあるまい。必ずや、そこに日
 本の新らしい姿が発見され、新らしい針路が開かれ
 るに違ひない。その新らしい日本の姿に農山漁村を
 如何に表現すべきか。その新らしい針路に沿うて、
 農山漁村のゆく道を如何に定むべきか。これ実に、
 今日、事変下の農山漁村に与へられた一大課題では
 あるまいか。『今からではまだ早い』などと決して云
 ふべきではなく、早晩来るべきものを予想して、今
 から充分備へる所がなければならない。銃後の護を
 念とする者は、今日の農山漁村の事を考へるばかり
 でなく、農山漁村明日の動向に付深く思を致し、之
 が対策に誤なきを期すべきである。

    二 銃後の護、農村の栄

 銃後の護を固くすることは我々国民の責務であつ
て、之が為には、農山漁村の生産力を確保し、農山漁
家の生活を安定せしめて農山漁村の現状を維持し、更
にこれが改良向上を図るべきことは、前述の通りであ
る。
 政府に於ても、此の意味から銃後の護を固めるべ
く、能ふ限りの力を尽して、農山漁村の事変対策を講
じてゐる。さうして来るべき第七十三会帝国議会に提
出すべき各種の予算案、法律案を目下鋭意準備中であ
る。又農村経済更生中央委員会に於ても、近く事変下
に於ける農山漁村対策を徹底的に検討して、明春以降
の事態に備へようとしてゐる。
 然しながら、銃後の護を固め、農村の繁栄を来す為
に最も大切なことは、個々の農山漁村に於ける具体的
対策である。農山漁家各自の真剣な心構へが、一番大
切である。試みに一例を挙げれば、
  ◇人馬の召集徴発の結果、不足となつた労力の補
  給をどうするか、畜力の不足は之をどう賄ふか。
  ◇肥料の問題はどうするか。政府に於ても、肥料
  の供給に付ては、全力を尽すが、農家もこれに対
  する措置を、今から考へて置くべきではないであ
  らうか。自給肥料の方はどうか。
  ◇飼料の問題はどうするか。
  ◇軍需品供出の責任を負うてゐる人達が、如何に
  して其の責任を完全に果すべきかを考へる必要の
  あることは勿論であるが、其の他の農林水産物に
  付ても、よく其の生産と配給の計画を検討して、時
  局に処して愆なきを期することが肝要である。
  ◇勤労奉仕班の活動は、今後現状の儘継続出来る
  であらうか。又それを継続して行くに付て、何か
  修正を加へる必要はないであらうか。
  ◇応召家族に対する経営の援助なり、生活の扶助
  は、今後どうして行くべきであらうか。万一応召
  者が戦死でもした場合、其の遺族に対して地元農
  山漁村は、如何に弔慰し、救済すべきであるか。
 等々の問題に付て、充分の考慮を払ひ、能ふ限り完
全な計画を樹てゝ置くことが必要である。是等の事柄
は、来年になつて、其の時に臨み、其の場に当つてか
ら考へたのでは、もう遅い。是非とも今から考へて、
其の計画を樹てゝ置く必要がある。
 経済更生計画を樹立実行してゐる町村では、其の更
生計画に若干の修正を加へる意味に於て、謂はゞ臨時
応急的対策の計画を附け加へてゆくことが必要であら
う。恐らくかういふことは、既に実施施してゐる所
も多いことと思はれるが、さういふ町村に於ては、此
の際更に其の計画を再検討して、より完全にし、手落
ちのないことを期さなければならない。
 事変下の農山漁村の実情を種々調査して見ても、更
生計書のよく樹立実行されてゐる町村ほど、事変下の
影響に堪へてゆく根強い底力ある様に思はれる。
 経済更生計画の無い町村では、此の際尠くとも、臨
時応急的対策の計画を樹てゝ之を実行に移すことが
肝要である。

   三 産業週間を期して

 来る十二月三日から一週間が『産業週間』である。
『産業週間』は、国民精神総動員の一翼として、産業に
関する啓発宣伝を目的とする過間である。
 此の週間に於て、啓発宣伝すべき事柄は、もとより多
多あるが、今日の農山漁村に最も大事なことは、来春
以降に対する農山漁村の『戦時編成』を整備することで
あらうと思ふ。
 此の際全国の農山漁村に於ては是非とも之を機会と
して来春以降に対する準備を完成せられ、必行の覚悟
を以て之が実硯に邁進せられんことを希望すると共
に、全国、中央地方の公私の機関は、之に対して能ふ
限りの協力指導を吝まざらんことを期待する次第であ
る。
 若し此の計画が整備し、且つ必行の覚悟が固められ
たならば、事変が如何に長期に亙つても、銃後の護は
絶対に安全であり、我々は百パーセントの確信を以て、
国力の充実躍進を期することが出来るであらう。
  戦地に於ける同胞もそれに依つてどれ丈心強く感ず
るか知れない。そして全国の農山漁村にもはじめて希
望に燃え活気に充ちた新春が迎へられることと思ふの
である。