第一三号(昭一二・一・一三)
 新春を迎へて国民諸君へ       広田内閣総理大臣
 義務教育年限の延長         文 部 省
 関税制度改革の要領         大蔵省主税局
 防共協定の国際的意義        外務省情報部
 選挙制度改正要綱成る        内閣官房総務課
 最近公布の法令           内閣官房総務課

 新春を迎へて国民諸君へ

                    広田内閣総理大臣

 一陽来復、茲に昭和聖代第十二の新春を迎へて、一億の我が国民諸君と共に、先づ我が皇室の御隆昌を慶祝し奉ることは歓喜に堪へざるところであります。初日影を拝して先づ聖寿の万歳を寿ぎ奉り、竹の園生の彌栄と邦家の興隆とを祈り、寔に限りなき感激を覚えるのであります。私は元旦参内して、天皇皇后両陛下に拝謁を賜はり、天機御機嫌極めて御麗しく拝し上げたのであります。元旦両陛下御揃ひにて正殿に御出ましの事は久方振の御事でありまして一層恐悦申し上げた次第であります。つゞいて三日には元始祭の御儀に列して宮中三殿に参拝し、更に四日政始の御儀に奉仕し、五日には新年宴会の御儀に御召の光栄に浴したのであります。政始の御儀に於きましては、私は御前に於て「神宮祭主申昨昭和十一年中神宮恒例臨時諸祭典総而無御滞被為遂行候事」を奏上致したのであります。政始に於て先づ神宮の御祭典の事を奏しますることは、万邦無比の我が國體の本義に顧みて寔に故あることゝ存ずるのであります。申すも畏きこと乍ら、かの地方長官会議の際、御陪食後各地方長官から地方事情を夫々奏上致します節に於きまして、三重県知事から神宮の事を申し上げますと、陛下には必ず御起立遊ばさるゝのであります。皇祖皇宗に対する大御心の程を拝して威激せぬ者はありません。寔に我が國體の有り難さを身にしみて感ずるのであります。我等は我が國體の尊貴なる所以を肝銘して、国民、朝となく野となく、官、文となく武となく悉く赤誠を捧げて皇運を扶翼し奉ることに努めねばならぬのであります。私も今年は更に一層力を竭して報效の誠を效す所存であります。若し夫れ施政奉行の詳細なる方針に至つては、来るべき第七十回帝国議会の休会明劈頭に於て陳述致す予定でありますが、私は年頭に際して、今日の時局を顧み、卑見の一端を開陳して国民諸君と共に国運の進暢に邁進するの覚悟を新に致したいと思ふのであります。
 我国は近時内外共に非常の時局に遭遇してありましたが、克く之を打開して文化に於て、産業に於て列国の驚異とする躍進を遂げ、国力は愈々充実し、帝国の国際的地位は頓に向上を見ましたことは何人も疑を容れないところでありまして、かくの如きは固より御稜威の然らしむるところではありますが、又我が国民が有史以来幾多の困難に処して来た強靭な国民性と旺盛なその精神力とに基くものと確信する次第であります。
 併し乍ら、今日世界の情勢を見まするのに、寔に混乱の坩堝の中に在ると謂ひ得るのであります。世界は今尚混沌たる不安の状態に在り、現状維持の力と現状打開の力との相剋闘争、旧勢力と新興勢力との軋轢衝突は各方面に見らるゝのであります。殊に最近の国際情勢に於て帝国の関心を有しますのは、共産インターナショナル即ち所謂コミンテルンの活動であります。その世界赤化の魔手は夙に支那に於て猛威を振ひ、支那の統一を攪したのでありますが、その戦術謀略は益々巧妙を極め、欧州諸国に於ては社会民主主義者を巧に操つて所謂人民戦線運動を起し、遂に西班牙に内乱を勃発させて同胞相食むに至らしめ、他方支那に於ては専ら日支関係の悪化に力を注ぎ、日支国交調整に関する帝国の努カを水泡に帰せしめんことを策し、その深刻な赤化工作は真に驚く許りであります。我国に於ても過去数次に亙り徹底的検挙を行つたものゝ未だ何その跡を絶たず、最近は寧ろ再び擡頭の勢を示し来つたのでありまして、その緊密且強大な国際的組織活動なるに鑑み、之が防衛の完璧を期するには何としても国際的協力の必要なるを痛感されるのであります。最近コミンテルンが我国と共に主要目標としてゐる独逸と先づ防共協定を結んだのは即ちこの故であります。この防共協定締結に依つて我が外交方針が一大転回を為したかの如く考へる者もある様でありますが。「信ヲ国際ニ篤クシ大義ヲ宇内ニ顕揚スル」の詔書の聖旨に基き、列国との交誼を一層敦くし世界平和に寄与せんとする帝国の信念は依然として確固不動なのであります。之を以てコミンテルンに対する共同防衛と共にファッシズムに向つての共同進出と見るのも亦大なる誤であります。又この防共協定の結果我国の内政までファッショ化するかの如く考へるのは甚だしき曲解であります。知識を世界に求めて採長補短よく文化の向上を図ることの大切なるは勿論でありますが、我国には我国独特の進むべき道があり、国運の進暢はこの道に従つて遂げらるべきであります。それは即ち万邦無比の國體の下に於ける立憲の洪猷であります。明治天皇の御遺訓は燦として我等のゆくてを指し示されてゐるのであります。「非常時」の名の下に、政治が苛も立憲政治の本義に背くやうなことがあつては断じて許すべからざることでありきす。
 上述の如き世界の情勢を顧み、翻つて我国の立場を稽へまする時に我国の世界に於ける使命が愈々重且大を加へ来つたことを痛感するのであります。徒らに消極退嬰に堕してはなりません。今や挙国一億東亜の安定勢力たるの実を挙げ、延いて世界平和の大理想を実現せんとする大和民族本来の使命建成に向つて十全の努力を傾倒せねばならぬ秋であります。之が為には外に向つてよくこの崇高なる使命を認識せしむると共に、内に在つてはこの使命遂行に足るべき十分なる精神的物質的力を養はねばなりません。鞏固なる國體観念を愈々明徴にするは即ちこの精神力の涵養であり、諸般の施設経営に徹底を期するは即ちこの物質力の充実であります。それ故に現内閣は曩に昭和十二年度以降に於て重点を置き施設すべき事項として、国防の充実、教育の刷新改善、中央地方を通ずる税制の整備、国民生活の安定、産発の振興及貿易の伸張、対満重要発の確立、行政機構の整備改善の七大国策を決定し、鋭意之が実現を期しつゝあつたのでありますが、愈々近く議会に提出せんとする昭和十二年度歳入歳出総予算案に於ては、経費の支出を極力之等重要国策の遂行に集中致したのであります。之が為予算総額三十億に余るに至つたのでありますが、現下内外の時局に対処して国運の進暢を期せんが為には幾多重要なる施設を講ずるの必要があるのでありまして、これまた躍進日本の当に遭遇すべき一の試練かと思ふのであります。さり乍ら基調を国民生活に置くことは申すまでもありません。「非常時」の名の下に国民生活に脅威を与へるが如きは許さるべき筈がないのであります。
 而してこの際克く国運の進暢を図り、肇國の理想の達成に邁進致しまするには、政治の衝に当りまするものゝ責務は愈々重大を加へつゝあるを感ずる次第でありますが、又国民全体の自覚、奮起に俟たねばならぬことは申すまでもないところであります。
 去る第六十九回帝国議会の開院式に当りましては、畏くも「朝野和協文武一致力ヲ国運ノ進暢ニ效サムコトヲ期セヨ」との優渥なる勅語を賜はりました。万世一系の天皇を戴き奉り、一君万民、挙国一体の実を挙げることは実に我が國體の精華であり、我が國體の世界に冠たる所以亦茲に存することは申す迄もありません。勅語の御言葉は正にこの挙国一体が今日の時難克服の最も重要な条件であることを宣明されたものと拝察するのであります。従ひまして国民は今日内外情勢の趨向をよく認識して協心戮力、挙国一体となつて報效の誠を效すことが、聖旨に応へ奉り又国運の進展と国力の充実とを齎らして、躍進日本の真面日を発揮する所以であることを深く考へねばならぬと信じます。
 然らば国民は如何にして挙国一体の実を挙ぐべきでありませうか。曩に国際聯盟脱退に関する詔書に拝する「文武互ニ其ノ職分ニ烙循シ衆庶各其ノ業務ニ淬祉V」との有難き御言葉は正にこの国民の履むべき道を顕示せられたものと拝察するのであります。即ち国民が各々の地位職務に従ひ、孜々として業務に精励し各その本分を尽すことが国家社会の発展に貢献し、健全日本を建設する所以であると申さねばなりません。
 私は我国に於きましては国民挙つて皇室を中心とし、光輝あるこの国の歴史を永遠に持続してありますことが国民の使命でありまして、その為に各人がその義務を果たして行くことが日本の日本国たる所以であることを確信するものであります。特に今日国家の国民に要望してゐるところは、その地位、境遇の如何を問はず、剛健なる精神を以てその任務を全うし、私心を去つてその責任を果たすことであると考へる次第であります。今や改革すべき事項は各方面に山積してゐるのであります。私も組閣以来各閣僚と共に鋭意努力致して居るのでありますが、何としても各方面の人々が皆一様に私心を去つて改革に協力せられるのでなければ、その達成は容易でないと思はれるのであります。
 国家の進展には国民の融和の必要なることに就ては、夙に聖徳太子がかの十七条憲法の第一条に於て「和ヲ以テ貴シト為ス」と仰せられたところであります。国民が真に協力致しまするには、清新明朗な心持を以て相接し、国内に一家の如き藹々たる雰囲気を醸成することが要件であります。我国が一大家族国家として挙国一体聖旨を奉体し克く忠孝の美徳を発揮して参りましたのは、この和の精神に依るところ大なるを感ずる次第でありまして、明朗日本の建設は躍進日本の建設と表裏を為すものと信ずるものであります。この意味に於きまして、私は社会のあらゆる分野に於て、私利私欲に発する対立を排除し、真に挙国一体、家族的精神の発露に依つて、国家の進展に寄与せねばならぬと考へるものであります。
 「非常時」といふ言葉はもう随分長い間用ひられ来つたのでありますが、内外の情勢は未だ尚この言葉を以て形容されねばならぬ有様であります。然し世界の風雲如何に急なりとするも、上に万世一系の皇室を戴き、下我等国民が一致協力して各その分を尽してやまざるに於ては、我国の前途は洋々として輝しきものあるを認むるのであります。私は年頭に際しこの意味に於て最善の努力を竭さんことを誓ふものであります。而して国民諸君の健康にしてその本分を尽されむことを祈るものであります。