×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

国家主義の思想とその限界        美濃部達吉

    一

 国家の政策の基礎となるべき大方針にせよ、又は国民思想
の統一を謀るべき指導原理にせよ、総て或る複雑な思想内容
を、分り易く表現するためには、それに簡単な名称を付する
ことが必要であり、而してそれは又大衆の心理を捕へ、其の
思想を一般に普及せしむるための宣伝用にも、欠くべからざ
る所である。其の名称が適当に選ばるるや否やは、其の思想
の普及力に大なる影響を有するもので、宗教の伝播などには
殊にそれが著しい。併しそれは勿論宗教ばかりではなく、政
治思想に付いても同様で、政府又は政党の共の時々の政策に
付いてすらも、秉公持平とか、是々非々とか、さも尤もらし
く聞ゆる簡単な語を選んで、之を其の主義として標榜するこ
との多いのは、同じ理由に基づいて居る。其の選ばれた標語
が妙を得て居れば、それに依つて言ひ表はさるる思想内容よ
りも、却つて其の標語自身の力に依つて、一般の民心を支配
するに至ることが、決して稀ではない。それは語の魔力とも
称すべきもので、殊に社会の転換期に於いては、かういう標
語が、可なり重要な役目を為すことは疑を容れぬ。
 併しながら、一旦さういふ名称なり標語なりが、広く世に
普するに至ると、やゝもすれば、本来それに依つて言ひ表は
さんとした意義とは、まるで異つた意義に歪曲して解せら
れ、然らずとも本来の意義よりも誇張せられて、遙に極端化
せらるることが尠くない。
 今日の非常時日本も、さういふ社会転換期に相当して居る
為であらう。いろ/\の標語が世に流布して居る内に、殊に
著しく各方面に振り翳ざされて居るものには、就中「皇道」
「日本主義」「日本精神」「国家主義」「愛国主義」などの語が
ある。
 その語自身においては、何れも吾々の耳に快い頗る美しい
名称で、誰もこれに異議の有るべき筈はなく、随つて又強大
な普及力を有することも当然であるが、唯其の何れもが単に
抽象的な観念で、其の語のみを以ては、明白にはそれに依つ
て示さるる思想内容を知り難く、それが為に、他の多くの同
様の標語と同様に、やゝもすれば其の正当な意義よりも極端
化せられ、又は其の意義が曲解せらるる虞が多い。其の結果
は、本来は極めて健全な、何人も異論の無い思想でありなが
ら、却つて甚だ不健全な、国家及社会を害する危険思想に変
ずることが無いとは言い難い。其の健全さを失はしめない為
には、それに依つて言ひ表はさるる思想の内容と其の限界と
を明白にし、之を極端化し又は歪曲せしめないことが必要で
ある。筆者は敢て自ら其の任務に当り得ることの抱負ある者
ではないが、此の点に付き多少の所感を述べて、世の参考に
供したいと思ふ。
 皇道といひ、日本主義といひ、日本精神といひ、これ等お
よび類似の語は、近年特に諸方面から声高く叫ばれてゐる。
其の思想の内容は説く人に依つて必ずしも一様ではないが、
恐らくは何れも日本的な国家主義、詳しく言へば日本の国体
を中心とする国家主義の思想を言ひ表はさんとするものに外
ならないやうである。因つて玄には此等の総てを略「国家主
義」の観念に該当するものと看做し、専ら国家主義の思想に
付いて、多少の検討を試みたいと思ふ。

   二

 国家主義といふ観念には、先づ二の方面を分つことが必要
である。一は国家の取るべき政策又は国是としての国家主義
であり、一は国民思想を指導すべき原理としての国家主義で
ある。
 国策としての国家主義は、其の最も極端な形においては、
国家を単に戦闘団体としてのみ観察し、国防即ち国家の戦闘
力を強くすることが、国家の唯一の目的であると為し、国家
の総ての編制及活動をして、一に此の目的を達する為の手段
たらしめようとするに在る。斯ういふ考へ方の下において
は、国民は単に国家の戦闘力を構成する為の手段たるに止ま
り、国民の福利を図ることは、それ自身国家の目的ではな
く、唯国防が完全であり、国の戦腕力が旺盛である結果とし
て、間接に国民の福利が全うせらるることにあるに止まる。
随つて又国民の教育も一に戦闘力を全うするが為にのみ行は
るべく、それは必然に軍事教育でなければならぬ。此の教育
に堪へないやうな羸弱(らじやく)な小児は、無用の厄介物として、生存
に値しないものであり、老衰してもはや軍役に堪へない者
も、徒に足手纏ひたるに止まり、国家の目的には全く役立た
ない者であるから、当然委棄[ママ]せられねばならぬ。故穂積博士
の「法律進化論」中に述べられて居る所謂「棄老俗」は、か
ういふ考へ方に基づく当然の結果として生じた風俗に外なら
ない。
 国家に付いての此の如き考へ方が、最も原始的な野蛮時代
の思想に属することは、一見明瞭である。さういう野蛮時代
には、固より国際心も無ければ、国際的な共通の文化も無
く、唯実力と実力との争あるのみで、戦に勝つことのみに依
つて、国の存立を維持することが出来るのであるから、其の
戦闘力を強くすることが、人類の最高の目的とせられ、他の
総ては其の為に犠牲とせらるることは、已むを得ない所とな
らねばならぬ。
 若し所謂「国家主義」を以て、かういう思想を言ひ表はす
ものとすれば、それは現代の国家に取つて、絶対に国是と為
すことの許さるべきものでないことは明瞭である。勿論、自
己保存の念と闘争心とは、人類の自然の本能であり、実力の
弱い者は結局実力の強い者に威服せらるることを免れないの
であるから、実力に依る闘争は何れの世にも避け難い所であ
り、国家の戦闘力を充実することは、国家に取つて必要な国
策であることは、言ふまでもないが、併しそれのみが国家の
目的であるとすることが許されないのみならず、それを以て
国家の最高の目的とすることも、必ずしも正当視し得べきも
のではない。
 現代の国家は、決して単に戦闘団体としてのみ存するもの
ではなく、同時に国民の福利を全うする為の団体であり、又
列国と親交ある国際社会の一員でもある。国民は単に国家の
戦闘力を構成する為の手段たるに止まるものではなく、人間
として各個人がそれ自身に、自己の生存を主張し得る価値あ
るものとして認められて居る。戦闘力の上には聊も役立たな
いのみならず却つて徒に之を妨ぐるに止まる老衰者又は病弱
児であつても、苛も人間として生存して居る以上、それ自身
に侵すべからざる価値を有し、妄に人命を絶つことは、許す
べからざる罪悪である。各個人それ自身に絶対の価値を認む
るに至つたことは、実に文化の発達がわれ/\に与へた賜も
のであつて、其処に国家主義の第一の限界がある。現代の国
家は又実力に依る闘争のみに依つて其の存立を維持して居る
ものではない。十九世紀以後の機械文明の進歩と世界交通の
発達とは、世界の全体をして有機的の連関あるものたらし
め、何れの一国に起つた出来事でも、忽ち他の諸国に影響し
ないものは無い有様となつた。何れの二国間にもせよ若し強
国相互の間に戦争が起つたならば、それは必然に世界的の戦
争となることを免れない。而も戦争の結果が、戦敗国に取つ
ては勿論、戦勝国に取つてすらも、如何に悲惨であるかは、
世界戦争に依つて列国の親しく経験した所であるから、列国
は出来得る限りは外交手段に依つて戦争の危機を避け、以て
其の悲惨な結果を未然に防ぐことに努めて居る.今後万一に
も第二次の世界戦争が勃発することとならば、それは前のよ
りも一層大規模に、一層長期にわたるものとなるべく、其の
結果が如何に悲惨であるべきかは、容易に想像せられ得る所
である。勿論、自国の正当な利益が蹂躙せられて、他に其の
主張を貫くべき方策も全く尽きた場合には、最後の自衛手段
として、何事の犠牲をも忍んで、実力を以て其の主張を貫徹
することを試みるのも、已むを得ない所であるが、それは最
後の手段であり、又其の主張が公明正大、広く世界に訴へ得
べきものでなければならぬ。かういふ最後の手段を外にし
て、現代の如き世界的連関の時代に於いては、国際的の平和
な交渉に依つて国家の正当な主張を貫徹することが、実力に
依る闘争よりも一層重要であり、而して国際間の平和を保つ
為には、他国の正当な利益をも尊重するを要することは当然
で、正に国家主義の第二の限界が有る。

  三

 要するに、国家を以て単に戦闘団体としてのみ観、国防を
全うすることが国家の唯一の目的であり、総ての国策は唯是
のみを中心として計画せらるるべきものであるとするやうな
思想が、現代の国家に於いて、取ることの出来ないものであ
ることは、明瞭であり、国策として取るべき所謂国家主義
は、決して此の如き思想を内容とするものであつてはならぬ。
 現代の国家に於いて、国家の目的として見らるべき正当な
る範囲は、之を三種に大別することが出来ると思ふ。国家目
的、社会目的、世界的目的、是である。
 国家目的とは、生命ある団体としての国家それ自身の存在
を維持し、国運の隆昌を謀ることの目的をいふ。国家の本質
に付いてはいろ/\の考へ方が有り、或は国家はそれ自身に
目的の主体たるものではなく、唯人類の幸福を全うする為の
手段たるに止まり、国家を構成する人類即ち国民が其の究竟
の目的の存する所であるといふやうな説を為す者も有り、甚
しきに至ると、国家は専ら支配階級の為にのみ存するもの
で、支配階級が………………する為の手段であるといふやうな
考へ方を為す者も有ることは、周く知られて居る通りであ
る。さういふ考へ方の下に於いては、国家目的といふやうな
観念は全く認められ得ないものとなり、随つて又国家主義と
いふ語も全く無意味なものとならねばならぬ。併しながら、
かういふ考へ方は、勿論私の取らない所で、国家は其の原始
的な起源に於いては、如何にして成立したものにせよ、其の
既に成立した以上は、国家としてそれ自身に存在の価値があ
り、存立の目的を有するものとして認識せらるることは、疑
を容れない所である。況んや我が国の如き、開闢以来万世一
系の皇統を上に戴き、国民の皇室に対する忠誠は宗教的とも
謂ふべき信仰を為して居る国体の下においては、国家の存立
は何者にも優る重要な価値を有し、国家がそれ自身目的の主
体として認めらるべきことは言を待たぬ。啻に国家の存立を
維持するだけではなく、進んで益々国威の発揚と国運の隆昌
とを図ることが、国家の取るべき重要なる政策でなければな
らぬ。
 正当なる意義においての国家主義とは、右述ぶるが如き国
家目的を尊重し、国策として出来得る限り其の目的を遂行し
ようとすることの主義に外ならない。此の限度において、国
家主義が正しい思想であることは固より言を待たぬ。
 併しながら、国家の目的とする所は決して是のみに止まる
ものではなく、其の外に尚それに譲らない重要な目的とし
て、社会目的が有り、又世界的な国際社会の一員として世界
の文化に貢献し、国際平和を維持することの目的が有る。
 社会目的とは、国内に社会生活を為せる一般国民の生活の
安全を保ち其の福利を全うすることの目的を謂ふ。勿論、国
家目的と社会目的とは互に離るべからざる関係に在り、国家
が隆盛なれば社会も亦随つて福利を全うすることが出来、社
会が乱れて国家独り繁栄することを得ないことは当然で、互
に原因結果の関係を為すものであるが、併し其の直接の主眼
とする所を異にし、一は直接には団体としての国家それ自身
を目的とし、一は直接には社会生活を為せる一般人民を目的
とする。後の場合には、それは国家主義の思想には含まれな
いもので、而も其の価値に於いて、必ずしも其の何れを重し
と断定することは出来難い。殊に社会の福利を全うする為に
は、各個人の人格を尊重し、国家の存立と祉会の秩序とを害
しない限度において、成るべく其の自由なる活動を許すこと
が必要である。是が所謂個人主義の思想の存する所で、国家
主義は此の点に其の限界を有せねばならぬ。
 個人主義と謂へば、やゝもすれば国家の利益や社会の福利
をも顧慮せず、各個人をして小我的な自利を主張することを
得せしむることであるとなし、或は何等の節制もなく個人の
我が儘な行動を放任することであるとせらるる傾が有るけれ
ども、正当な意義においての個人主義とは、各個人の人格を
尊重し、個人としての生存の価値を認め、国家及社会の利益
と調和し得べき限度において、個人の精神的及物質的の自由
なる活動を容認することの主義に外ならない。個人の天与の
才能を其の天分に応じて自由に発揮することを得せしめ、各
個人をして人間に価する生活を営ましむることは、実に個人
主義の真髄の存する所である。勿論、十八世紀末から十九世
紀の下半期に亙つて西洋の多くの諸国を風靡した個人主義の
思想は、其の当初の形に於いては、余りに極端に失し、余り
に社会的の連関を無視したもので、殊に経済生活においては
其の弊が最も著しく、之を調和するに倫理的社会主義の思想
を以てするの必要は之を認めねばならぬけれども、尚一般に
謂つて、個人主義の思想は現代文化の重要なる要素を為すも
のとし、之を尊重せねばならぬ。
 更に国家の重要なる目的の一として、世界的の目的が有
る。殊に世界的の強国に於いてそれは国家の重要な任務を為
すもので、日本に取つては、就中東洋の平和々維持し、東洋
の文化に貢献することが、其の双肩に繋つて居ると謂つて可
い。此の目的を達する為には、単に自国の利益のみを主張す
ることは許されない。他国の正当な利益は、十分之を尊重
し、共存共栄を謀らねばならぬ。茲に国際主義の思想の必要
を生ずるのであつて、国家主義は又此の点に其の限界を有せ
ねばならぬ。
 それであるから、国家主義は仮令それ自身は正しい思想で
あり、国家の重要な方策の一を為すべきものであることは、
疑を容れぬとしても、それは唯正当の限界内に於いてのみ尊
重せらるべきもので、それのみを唯一の国策と為すべきでな
いことは勿論、又必ずしもそれを最高の国策と為すべきもの
とも断定し難い。国家は其の外に尚社会の福利を全うするの
任務を有し、又国際関係をも整調しなければならぬ責任が有
る。国家重きか社会重きか、外に国威を張ると内に社会の幸
福を図ると何れが主たる国策を為すべきか、国際平和を重ん
ずべきか平和を敗つても尚自国の主張を貫徹すべきか、此等
は現実の場合に付き十分の考慮を以てのみ決せらるべき問題
で、必ずしも一概に断定し得べき問題ではない。唯断定し得
らるる所は、正当の限界を越えて過度に国家主義に傾き、社
会が能く之に堪へ得るや否やをも考慮せず、国際関係が如何
に成り行くべきかの見透しも付かず、妄に外に向つて国威を
張らんとするは、却つて国家の破滅を招く所以であることで
ある。殷鑑近くドイツに在り、其の覆轍を踏むことは、固く
戒むべきこと言ふまでもない。

   四

 国民思想の指導原理としての国家主義の思想も、亦適当の
限界内に於いてのみ是認せらるべきもので、それのみを最高
の道徳として鼓吹することは、弊害を免れない。
 勿論、一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運
を扶翼することは、国民の最も重要な義務であること言ふま
でもないが、それは一旦緩急の有つた異例の場合にのみ起る
ことで、国民として常時に於いて絶えず拳拳服膺しなければ
ならぬ道徳としては、家族的道徳が有り、社会的道徳が有
り、自己の人格を完成することの道徳が有り、又国憲を重ん
じ国法に遵ふことの道徳が有る。吾々は国家の一員として国
恩に浴する者であると共に、又社会の一員であり、家族の一
員であり、同時に一個人としての生存をも有する者である。
国家の一員として吾々は固より尽忠報国を念とすべきは言ふ
までもないが、同時に又社会の一員として、家族の一員とし
て、および一個人としての道徳も、之に譲らず尊重せらるべ
きものである。申すも畏れ多いが、明治天皇の教育勅語に
は、普ねく此等の道徳を明示したまひ、之を以て古今に通じ
て謬らざるものと仰せられて居る。之を顧みずして、ひたす
らに国家主義の思想を鼓吹し、之を以て唯一最高の国民道徳
なりとし、以て国民思想の統一を謀らんとするが如きは、他
の道徳を軽視するものであるのみならず、却つて多くの弊害
を生ずる源となる虞あるものである。
 第一に、過度の国家主義の主張は、やゝもすれば排外主義
攘夷主義に陥いり易い。己れ独り自ら高しと為し、他を排斥
することは、個人生活に於いても、最も賤むべき主我心の発
であるが、国と国との関係に於いても、外国の美点を認め
ず、外国の事と謂へば、是も非もなく総て之を排斥しょうと
するが如きは、日本の歴史を辱しむるものであり、又結局は
国家自身の存立を危くするもので、結果においては国家主義
の思想を裏切るものである。しかも国家主義の主張は、やゝ
もすれば自国独り尊しとする思想に傾き易く、其の結果は偏
狭な排外主義に陥いることを避け難い。其の弊害は既に尠か
らず現はれて居るやに窺はれる。
 第二に、過度の国家主義の主張は、国内に於いても民心の
統一を破り、同胞互に垣にひしめくの患を招く虞が有る。国
民道徳としては、前にも述べた如く国家主義の外に、尚社会
的道徳、家族的道徳、個人的道徳が有り、国民は教育勅語に
依つて深く之を心に印して居る。国際人としては尚国際的道
徳も有る。国民の多くは如何に国家を愛するの念が深いとし
ても、此等の総ての道徳を去つて、国家主義を唯一最高の道
徳として信奉することの出来るものではなく、又之を為すべ
きでもない。しかも過度の国家主義の主張が有ると、少数の
一部は之に追従して、之を信奉し又は信奉する如く振舞ふ者
を生じ、而して此等の者は、之に反対する者を不逞不忠の非
国家主義者と為し、暴力を以ても之を厭迫せんとする傾を生
じ易い。数年来我が国に於いて言論の自由に対する厭迫の甚
しいことの非難を聞くことの屡々有るのは、一つにはかうい
ふことが其原因を為して居るのではなからうかと思はれる。
 第三に、過度の国家主義の主張は、之を信奉する者をし
て、やゝもすれば、自己の小主観に依り、自ら国家に忠なり
と信ずる所は、国法を犯し、国禁を無視し、暴力を以ても之
を実現せんとする企を誘起せしむる虞が有る。真に国家主義
に忠なる者であれば、国家の権力に服従し、国憲を重じ国法
に遵ふことを当然と為すべきであるが、過度の国家主義の主
張は、恰もそれと正反対の結果を来す虞あるもので、無分別
に単純に国家に忠なれと訓ふることは、自ら忠なりと信ずる
所を行へといふ意味に誤解せられ易く、理智に乏しく、経験
浅き少年血気の徒は、自己の偏狭な判断に依り、自ら忠なり
と信じて国法をも犯すことを敢てするに至るのである。若し
国民の各自が、自己の判断に依つて国法の禁ずる所をも顧み
ず自ら忠なりと信ずる所を行ふこととならば、国家は擾乱の
巷となるの外は無く、それは国家自身の存在を危ふくするも
ので、国家主義の思想とは正しく反対を来たすものである。
 之を要するに、国家主義の思想それ自身は、無論賛同すべ
きものであるが、それは唯適当の限界間に於いてのみ是認せ
らるべきもので、若し其程度を超えて、余りに極端に失するな
らば、それは国家それ自身の利益とも相反するものである。

(附記)締切の間際に臨み、僅に一夜の暇を偸んで急卒に
筆を走らせたのであるから、意を尽さない所が多い。願はく
は諒恕ありたい。(十一月十一日夜)

                       「改造」四年十二月号