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ロンドン・タイムズ紙の観た独立後二ケ年の満洲国

              ロンドン・タイムズ=特派員

 征服者としての日本人

新京が首都になつたわけ

 「急がぬ東洋」(Unhurrying East)
とよく云ふ。然し少くとも東洋に於る一の国
家だけは、西洋生れの見物
[ママ]に眩ひを感じさせ
る様な足取りで建国の過程を急いで居る。約
二年前即ち一九三一年九月十八日、日本は挑
戦的行動に耐
[ママ]り兼ね軍を満洲に進めた。爾来
数ケ月宣戦布告のない散発的な且つ一方的な
戦争が東三省を吹き捲くり、その反響に西洋
諸国は憤激したのであった。
 一九三二年三月一日名目上は三千万民衆の
自発的意思に依り、事実上は日本の外交政策
の水際立つた早業に依り、独立国家たる満洲
国が建設された。新国家は多少定石脱れの過
程を辿つて世界に現れ、世界は此の新国家を
無視するに決したが、何の苦も無く最初一ケ
年半の難局を切抜けた。丸で窒息する位に宣
伝と云ふおしめを捲き付けられ、色々親の代
から伝る苦情で悩まされて居るが、満洲国は
頑健な嬰児として成長を遂げた。然も満洲国
には日本と云ふ厳格な裡にも慈み深く慈み深
い裡にも厳格な仙女の様な代母が控へて居る
[ママ]
 満洲国の首都は新京即ち元の長春だ。満洲
平原の中央南満洲鉄道と東支鉄道との分岐点
に位するこれと云つて別に特徴のない小都会
だ。支那の首都と云ふものは古来度々移り変
つて居るが、新京が満洲国の首都に選ばれた
主な理由は、新政権が未だ奉天に残つて居る
惧ある張学良勢力の痕跡とすつかり関係を絶
たうと云ふ抜け目のない考慮に在る。そうで
もなければ新京は殆ど取柄のない都会だ。
 旅客に対しては勿論、大人数の政府官吏を
収容する設備は未だに不充分だ。但し建設事
業は恐しい歩調で著々進捗して居る。
 満洲国を訪問する外人は満洲国政府の高官
が頗る丁寧で、外人の気持を悪くしない様非
常に気にかけて居るのを知るだらう。実際の
勢力としてか乃至は単に儀礼の首脳としてか
何れにせよ新国家で重要な役割を演じて居る
人々から非常に好い印象を受けるだろう。人
民の福祉増進の為め必要なら清帝として復位
するのも辞しないと言明して憚らぬ。俊敏瑞
麗で愛嬌のいい溥儀執政、学者で詩人で理想
主義者で支那人の心境を日本人に伝へる役割
を承り支那人の同僚よりも忙しい生活を送り
且つ実際にも勢力ある国務総理鄭考胥、恩威
忽ちにして支那人を服せしめるに足る関東軍
司令官特派全権大使その他様々の肩書を持つ
故武藤元帥、武勲赫々たる将軍参謀長小磯中
将 − その他大勢。

 満洲国に於ける最大の権力

 満洲国の政体に対しては明確な定
義を下すことが出来ない。何れ近く不磨の新
憲法の制定を俟つて政体の変革が行はれ、執
政の地位は帝王の地位に准ずべきものとなら
う「龍位」 (Dragon Throne)の継承者と言
ふことは、蒙古人に対し依然或る程度迄精神
的把握を持つて居る。日本人は内蒙古に於て
猛烈な宣伝運動を行ひ、外蒙古に於るソヴエ
ト・ロシアの勢力に対抗しようとして居る。
満洲国政府に於る各部の総長は殆ど全部支那
人だ。然し総長が行政上最少限の勢力を揮ふ
に過ぎぬことは公然の秘密で、官辺でも敢て
此の事実を匿くさうとはしない。首都に於て
だけでなくすべて重要中心地に於ても、従属
的地位乃至顧問の地位に在る日本人が完全に
実務を指導して居る。然し此の点に関連して
注意を要するのは満洲国で至高の権限を揮ふ
のは日本人官吏でないと云ふことだ。満洲国
に於る最大の権力は関東軍であり、次ぎに最
も勢力あるのは南満洲鉄道会社だ。
 満洲国政府が受けねばならぬ重大な非難
は、政治の実際が桁脱れに不公平だと云ふこ
とだ。たとへば最近阿片の栽培製造販売を政
府の管理に帰し、不治の中毒者の場合を除く
他は阿片の消費者を完全に禁止する旨公布し
た。右法令だけを見れば如何にも善政を施い
て居る様に思はれるが、事実は然らず今年度
に於ては却て従来より多量に阿片の栽培が行
はれて居る、政府の阿片専売所が一定価格で
農民から阿片を買上げ、阿片商に対し不定の
価格で売渡す。かくして政府は莫大な収入を
得るに至るのだ。
 然し外来の訪客は過去一ケ年間に於る満洲
国の財政上の迅速な進歩に驚くであらう。通
貨は安定した。一文の値打ちない旧軍閥の不
換紙幣の洪水に悩まされて居た満洲国にとつ
ては、これだけでも測り知れぬ恩恵だ。旧軍
閥の紙幣は何等の換保準備無しに発行された
もので、農産物の代価としての此の紙幣を農
民に押付け、次でその農産物を軍閥の手先き
が売捌いて「良」貨を手に入れるのが恒例で
あつた。然るに満洲国中央銀行は既に此等旧
紙幣の半分以上を買上げた。満洲国政府の財
政状態も好調で去る六月発表された最近の予
算は相当の剰余金を残して居る.此の財政上
の声明は多少「神秘的」な所もあるが、政府
の数字を照合する方法が全然ない以上、右予
算を詳細に亘り解剖しようとも何等得る所が
あるまい。
 満洲国に於る在留外人は外国商権の将来に
関して懸念を抱いて居ることは勿論だが、大
体日本人の施設に対して好感を抱いて居る。
やらうと云ふことを実際にやる、実践的な日
本人を相手にすることとなつて助かつたと云
ふのだ。丗年も前から支邦人が直ぐ始めよう
と云つて居た各般の計画が今や著々実施され
るに至つた。但し満洲の門戸は今尚開放され
て居るが、外人にとつては従来の様に広く開
放されて居ないのは事実だ。現在の所日本品
に対し公然差別的優遇を与へて居る訳ではな
いが、或る商品が関税の低い他の品目の扱ひ
で輸入されたり、実際上外国人が応募出来ぬ
短い期限を付して事業を入札に付す様な例は
決して少くない。その上日本品が満洲国に密
輸されたり、乃至は日本軍宛に無税で輸入さ
れ、日本人商社に引渡されることも珍しくな
く、かくして満洲国内の市場に日本品が廉売
される結果となる。更に日本に於ると同様満
洲国政府の財政政策に於ても、政府の独占事
業が重要な役割を演じて居る。鉄道鉱山業や
幾多企業の分野は度に政府の管理に属して居
るが、独占事業の範囲が拡張すると共に満洲
に於る外国商権は必然的に没落の運命に陥る
だらう。
 満洲国内に於る支那人と日本人との関係も
諒解に苦しむものの一つだ。在留日本人は三
十万で一九三一年九月の事件以来五〇パーセ
ントの増加を示して居る。他に七十万の朝鮮
人がある。土着の人口は三千万に一寸及ばぬ
位だらう。その大多数は自国内に日本人が割
込んで来て居ることに対し腹の内では反対だ
らう。
 此の反感は深く根ざして居り殆ど本能的で
あらうが、彼等は漸次此の反感を外面に出さ
ぬ様になり、況して彼等の行動がかゝる反感
で左右される様なことは殆どなくなつた。彼
等は従来よりも生活が楽になり、乃至直ぐ楽
になることを承知して居る。従つて腹の内の
憎悪の念を外へ現す様なことはしないのだ。
更に記憶すべきは三千万人の大半は、軍人と
して以外日本人を知らぬことだ。従来満洲付
属地帯外では日本人の居留民は極く少数に過
ぎなかつた。現在でも匪賊が出る為め奥地に
なると一般日本人が、軍人の保護無しには殆
ど居住も旅行も出来ない。鉱山地区その他に
於る日本人の移民計画が、軍隊的規律に服す
る在郷軍人から成る武装移民団に依て遂行さ
れて居るのもその為めだ。従つて日本人は満
洲の住民に対し依然征服者として臨んで居る
訳だ。

 文化に遅れた数百万人

 教育は勿論政府の管轄に属して居
り、現在の懸念は結局杞憂に終るものと見ら
れるが、匪賊討伐並に「国防費」が現在教育
費の四十八倍に達して居ることは注目に値す
る。現在手に入れることが出来る証拠事実か
ら判断すれば、満洲に於る日支両民族の関係
が果して真に密接なものとなるか否かは疑問
だ。西欧文明の代表を以て任ずる日本人には
自然のことだが、彼等は支那人に対し全く無
頓着だ。彼等は支那人を野蛮人と思つて居
る。然も満洲国の官吏は此等文化に遅れた数
百万の支那人の福祉増進を使命とし、支那人
を新国家に合流させる仕事に没頭して居るの
だ然し彼等満洲国の官吏は支那人の群衆心理
に関しては相当よく心得て居るが、個人的に
支那人を理解して居ない。否一般に理解しよ
うとして居ないらしい。日本人は例の島国根
性の上に郷愁(ホームシック)に悩まされて居るので、自分
達だけで独立を営んで居る。満洲付属地帯に
は彼等だけのゴルフ・リンクスがあり守備隊
の町には芸者屋がある。社会的には殆ど支那
人と交らない。支那語も喋べれるにしても恐
しく拙い。所が支那人は語学が達者で忽ち日
本語を会得して了ふ。
 満洲国は既成事実だと言はねばならぬ。二
ケ年前に於る日本の行動の是非は、極東の現
状乃至将来に対して最早関連のない事柄だ。
 満洲は今や「啓蒙的開発」と言ふのが最も
適切な過程を経過して居る。啓蒙的な一番
いゝ証拠は三千万の民衆が此の過程から恩恵
を受けて居ることだ勿論彼等は日本人程利益
を享けぬだらう。然し日本人は仕事の大半を
引受けて居り、利益に関しても獅子の分前を
主張するのが当然だ。現在では匪賊の横行が
満洲国の治安と繁栄とを妨げる一番の障碍
だ。且つ匪賊の掃蕩は予想以上の難物だら
う。
 満洲国の将来に関しては遽に予断を下すこ
とが出来ない。軍部が牛耳を握つて居る大陸
に於る日本の勢力圏が、今後更に拡張されぬ
と見るのは恐く当つて居まい。西方には内蒙
古がある。満洲国は頻りに蒙古王公の好意を
求め且つその支持獲得に成功した。南方には
北支那が横つて居る。
 北支那は現在でも満洲国に合併出来るが、
王道楽土建設に関する新京政府の公約が漸次
実現されるに至れば、明日を招かずして満洲
国に参加するに至るかも知れない。北方には
沿海州が控へて居る。黒龍江の国境に沿ふソ
ヴエト軍大集団の死活はシベリア鉄道の一線
に懸つて居るのだ。結局に於てアジアに於る
日本の野心を阻止するものは二つ、日本自ら
の財政状態と赤軍の性能あるだけだ。

 

  ロンドン・タイムズ紙に対する
      リツトン卿の抗議状

         (九月十五日タイムズ紙掲載)
 「満州国の現状」に関する貴紙特派員の記事
三篇、余は興味を以て読了した。此等の記事
が現状を取扱つて居る限りに於て、そは公正
であり且つ事情を伝へるに役立つもので、世
人は賛否各々の立場に従つて世界の此の部分
に於る日本の活動に関する各自の見解を支持
する如き章節を採用するであらう。然し第一
篇の記事の一節で貴紙特派員は、現存事情の
叙述者としての分野を越脱し、国際道義に関
し独自の見解を表明し
て居る。右見解は到底
黙止することを得な
い。
 特派員は曰く、
「満洲国は既成事実だ
と云はねばならぬ。二
ヶ年前に於る日本の行
道の是非は、極東の現
状乃至将来に対して最
早関連のない事柄だ」。
 一九三一年に於る日本の行動が正しかつた
か否かは最早見解の問題でない。そは国際聯
盟総会に依る全会一致の投票に依り不当な行
動を宣告された。従つて「日本の行動の是非
が極東の現状乃至将来に対して」無関係だと
言ふのは、大戦後に於る世界平和の基礎を破
壊する原則を説くものに他ならない。
   九月十四日  ネプワースハウスに於て
                 リツトン
  タイムズ紙編輯長殿


           『国際パンフレット通信』
               八年十月十一日号