世界の現状を改造せよ  偽善的平和論を排撃す

貴族院副議長 公爵 近衛文麿

 日本は満洲問題勃発以来国際関係に於て非常なる難局に立
つて居る。満洲に於ける日本の行動は既に屡々国際聯盟の問
題となり又現になりつゝある。即ち、日本は今や世界の法廷
に於て世界平和の名により裁かるゝ被告の立場に置かれたる
感があるのである。此時に当り我々としては単に満洲に於け
る日本の行動が我国家の生存上必要欠くべからざりし所以を
説明するに止まらず、更に進んでは、欧米の所謂平和論者に
対し、真の世界平和は如何にして達成せらるゝものであるか
と言ふ事に就て、吾々の信念を率直に表明して、彼等の考慮
を求むべきであると思ふ。

  世界大戦の犠牲

 恐るべきものは戦争である、かの世界大戦に於ては一千万
人の人命と、数千億円の財貨を犠牲にしたといはれてゐる。
 而もその影響は今尚世界を苦しめつゝあるのである。此大
戦争の結果、聯合国は独逸に対し、千四百億マークの賠償を
課し、他方、聯合国は米国から二百二十億弗の債務を背負は
されたのである。此為に大戦後、世界各国の財政経済の基礎
は全く根柢から覆されたのであつて、今日世界の大不況は実
に之に原因すると言はれてゐる。
 誠に恐るべきものは戦争である。殊に最近は化学工業の進
歩著しきものあり、もし将来戦争が起るとすれば、其時は毒
ガスと言ふ新武器が非常なる働きをなすものと見ねばならな
い、又バクテリアも活躍を演ずるであらう。
 或軍事専門家の話によると、将来の戦争に於ては人口数百
万の大都会も、毒ガスの爆撃によりて、数時間の間に全滅し
得ると言ふ事である。 或学者は、将来の戦争はもはや、軍隊
と軍隊との間の戦闘でなく、一般住民に対する大衆的殺戮と
言ふ形を採るだらうと言ふ。
 かうなつて来ると、もはや海軍の六割七割も問題ではな
い。陸軍の何個師団も問題ではない。狙はれるのは内地の老
幼男女である。
 大都会は爆撃せられ、毒ガスとバクテリアとが、地上一切
の生命を根絶して、そこに荒蓼たる廃墟を現出するのであ
る。かくの如き光景を思ひ浮べて見る時、誰人も慄然として
恐れ戦かざるを得ない。

  感傷的平和論

 こゝに於て、何とかして此戦争と言ふものを人類の社会か
ら絶滅してしまはうと言ふ要求の起つて来る事は誠に当然で
ある。我我はかの平和主義者と言はるゝ人々が、人類愛の立
場から此戦争を絶滅する事に向つて、熱烈なる運動をせら
るゝ其高尚なる心情に対しては、真に満腔の敬意を表するの
である。
 実際に我々は、単に感情の上より申せば、世の所謂平和論
者の主張に一も二もなく共鳴したくなるのである。乍然、
我々は一度理智に立返つて、冷静に考へて見る時、かの所謂
平和主義者の唱へる平和が、果して真の平和であるか否かに
つき多大の疑ひを起こさぎるを得ないのである。凡そ、戦争
は必ず其戦争を惹起すべき原因があつて起るのである。故
に、戦争をやめようと言ふには、先づ戦争を惹起すべさ原因
を除いてかゝらねばならぬ。
 此戦争を惹起すペき原因を除く事を少しも考へずして、只
戦争は惨酷なるが故にやめようではないかと言ふのが、世の
所謂平和主義者の主張であるならば、斯の如き平和主義は一
のセンチメンタリズムに過ぎないのであつて、人間の感情に
訴へる或力は持つてゐるが、人類に幸福と繁栄とを齎す所の
真の平和主義でない。如此、平和主義は感傷的平和主義であ
り、似而非平和主義である。

  戦争の原因

 然らば戦争の原因となるべき事柄は何であるか、学者は、
戦争の原因として、(一)領土の極めて不公平なる分配 (二)人種
的言語的統一を破壊する政治的境界線の存在 (三)重要原料の
偏在等を挙げて居る。
 一言以て之を蔽へば、国際間に不合理なる状態の存在して
居ると言ふ事である。こゝに増殖力の極めて旺盛にして発展
力の極めて充実したる民族があり、しかも此民族は狭小なる
領土の上に窮屈なる生活を送るを余儀なくせられて居るとす
る。又一方には、極めて広漠なる領土を擁して居りながら人
口稀薄であり、しかも天然の富に恵まれたる国がありとす
る。斯の如き領土の分布を、どうして合理的なる状態と称す
る事が出来よう。
 濠洲の面積は三百万平方哩(マイル)で、即ち日本内地の二十倍以上
である。此土地の上にどれ丈の人が居るか、僅に六百万人、
大東京の人口丈しか無いのである。此濠洲は、我々日本人に
対していかなる態度に出て居るか、断然門戸を閉鎖して日本
人の一人も移住する事を許さないのである。これをどうして
合理的なる状態と称する事が出来よう。

  下村博士の譬喩

 下村博士は、国際間の此不合理なる状態を譬喩を以て説い
て居られる。曰く、『劇場の座席一桝定員四名のところへ、
七人八人と盛り上つて中腰になり、膝の上に乗つて居る所も
ある。其一方に四桝五桝と占領して、只一人寝ころがつて居
るところがある。しかも、四桝五桝占領した一人の男は、一
人五円の座席料として八十円百円を支払つたのではない。濡
れ手に粟で手掴みにしたのが多い、今日の国際間の状態が丁
度これである。しかも、劇場ならば込み合へば帰つて又の日
に来る事もある。ところが何時来ても場所の広い所は常に買
ひ占められるならば、狭い所にギユー/\押し込められ窮屈
な日常を送らねばならぬとしたらどうするか。個人に生存権
があれば、国家にも生存権がある。一家の人口が増加すれば
家の改築も建増しもする。又分家も出来る。一国の人口は増
加すればとて国土を増す訳に行かぬ。分家を建つべき土地を
求めんにも天涯地角何処も買約済の赤札が貼つてある。さり
とて、其国民が他に出稼をするとしても、多くの国は移民制
限の札を建てゝ他国人の入国を拒絶して居る。ここに於て
益々息づまつて来る、これは一日本の問題でない。年一年と
息づまりつつある国が出来て来る、この始末がつかぬ限り世
界不安は永久に残る』云々と。

  偽善的平和論

 歴史を播いて世界各国の領土の消長と、民旅[ママ]の興亡の跡を
見れば、今日の地球上に於ける国家民族の分布状態と言ふも
のは、決して合理的のものでも無ければ、確定的のものでも
ない事が能くわかるのである。実際地球の人口三分の二以上
と、二大大陸とが少数の白人種の支配する所となつたのは過
去僅に百年の間の事である。もしも、かの所謂平和主義者の
主義が行はるれば、此地球上に於ける現在の不合理なる状態
は永久不変のものとなり、各国は此現状の上に釘付けにされ
てしまふのである。如此平和主義は此世界の現状に満足して
ゐる国にとりては誠に好都合であるが、現状に不満の国にと
りては到底堪へ得られない事である。世界大戦の折、聯合国
の政治家は何れも口を揃へて、此戦争は平和主義と侵略主義
との戦争であり、正義と暴力の戦争であると申した。彼等は
戦争を以て罪悪と前提し、戦争に対する観念の平和と、罪悪
に対立する観念の主義とを直ちに結びつけて平和即ち正義な
り、平和主義の我々は正義の味方なりと呼号したのである。
これ誠に狡猾なる論法である。現在の如き不合理なる国際間
の状態で、永遠に確定不動のものとなさんとする所謂平和主
義が何で正義であるか、我々を以て之を見れば、世界大戦は
現状維持を便利とする先進国と現状打破を便利とする後進国
との戦であつたのである。現状維持を便利とする国が平和主
義となり、現状打破を便利とする国が侵略主義となつたに過
ぎぬのである。之を以て正義と暴力の争であるとなすが如き
は、偽善の甚しきものと言はねばならぬ。先進国は今日迄
に、随分悪辣なる手段を用ゐて、理不冬に天然富源の豊饒な
る土地を或は割取し、或は併合し来つたのである。此事は殖
民の歴史に明なる所であるが、己に自分等が十分其版図を広
めた後は、此現状を維持する為に平和主義を唱へ、此現状を
打破せんとするものに対しては、人道正義の敵であるとして
庄迫を加ふるのである。凡そ世の中に是位勝手な話は無い、
斯の如き平和主義が続かれたら後進国は正義人道の美名の下
に、未来永劫先進国の後塵を拝して行かねばならぬのであ
る。

  平和の二条件

 私はいふ、真の平和は、不合理なる国際間の状態を調節改
善する事によりて始めて達成せらるゝも、戦争は其時に於て
始めて絶滅する事が出来るのである。先の世界大戦の如きも
不合理なる国際間の状態より当然起るべき運命であつたので
あつて、此状態が改善せられぎる限り、第二第三の世界大戦
が又起らないと言ふ事をどうして保証出来よう.戦争の根源
をなす所の不合理なる此状態を調節する事をせずして、徒ら
に戦争をのみ止めようと言ふ事は、只に徒労であるばかりで
なくそれ自身不合理であり、それ自身正義に戻る事である。
 然らば、斯の如き不合理なる国際間の状態を調節改善して
真の平和に到達するにはどうしたらよろしいだらうか、私は
世界の現状を其儘として此不合理を調節するには少くとも経
済交通の自由、移民の自由と言ふ此二つの原則が認められな
ければならぬと思ふのである。もしも、各国が各々其関税の
墻(しやう)壁を撤廃し、天然資源が各国に向つて開放せられること
になり、又凡ての国民が其人種の如何を問はず、如何なる国
へも移住が出来て、そこで平等の待遇を受けると言ふ事にな
れば、必ずしも、今日の地球上に於ける分布の状態を変へる
事無くとも、大いに現在の不合理なる状態を緩和する事が出
来る訳である。それ故に欧洲大戦の終頃には各国の学者理想
家等は筆を揃へて、商業投資、富源[ママ]開発に対する各国の機会
均等及び移民の自由と言ふ事を以て、真の平和の基礎である
事を論じ、米国大統領ウイルソン氏も一九一八年一月、独逸
に提示したる有名なる十四個条の中に於て、経済埼壁の撤廃
と言ふ事を最重要なる事項として掲げて居るのである。是
は、此世界大戦を以て戦争を終熄せしむる為の戦争であると
し、此戦争を最後として永遠の平和を地上に齎さうとした理
想家大統領としては当然考へる可き事であつたのである。

  私の所見

 私も亦、大正七年十一月欧洲大戦漸く結末を告げて、休戦
協定の成立せる事を耳にするや、同年十二月十五日発行『日
本及日本人』誌上に『英米本位の平和主義を排す』と題する
一文を掲げた。曰く、『来る可き講和会議に於て国際連盟に
加入するに当り、少くとも日本として主張すべき先決問題
は、経済的帝国主義の排斥と、黄(くわう)白人の無差別待遇是なり』
又曰く『若し講和会議にして経済的帝国主義の跋扈を制圧し
得ずとせんか、英米は一躍して経済的世界統一者となり、国
際聯盟、軍備制限と言ふ如き自己に好都合なる現状維持の旗
職を立てて世界に君臨すべく爾余の諸国いかに之を凌がんと
しても武器を取上げられては、其反感憤怒の情を晴らすの途
無くして恰もかの柔順なる羊群の如く瑞々焉(ずゐ/\えん)として、英米の
後に従ふの外なきに至らむ』又曰く『吾人は単に我国の為の
みならず、正義人道に本く世界各国民平等生存権の確立の為
にも、経済的帝国主義を排して、各国をして其殖民地を開放
せしめ製造工業品の市場としても、天然資源の供給地として
も之を各国平等の使用に供し、自国のみ独占するが如き事な
からしむを要す』又曰く『吾人は来るべき講和会議に於て、
吾人は英米人をして深く其前非を悔いて傲慢無礼の態度を改
めしめ、黄人に対して設くる、入国制限撤廃は勿論、黄人に
対する差別待遇を規定せる一切の法令の改正を、正義人道の
上より主張せぎる可からず』と。
 やがて、帝国より巴里に派遣せらるべき全権委員の決定す
るや、私も亦其随員の一人を命ぜられ、翌年一月、日本を発
して欧洲に向つた。途次、上海に寄港した時、偶々同地に於
て排日米人ミラードの主宰する『ミラード・レヴイユー』を
見るに、私の右論文を全訳して掲載し、『日本全権の随員中
に斯の如き論をなすものあるは注目すべし』とて、私の所論
に反駁を加へてあつた。
 当時、孫文民亡命して上海にあり、ミラード誌上にて私の
論文を読みたりとて、特に戴天仇氏を私の許に遣はして一夕
の会談を求められた。乃ち仏租界の孫氏寓居に至り、晩餐の
饗(もてなし)を受けつゝ時事を談じたのであるが、孫氏一度(ひとたび)説いて東
西民族覚醒の事に及ぶや、肩揚り頬熱し、深更に及んで談尚
尽くるを知らず、其意気、其風ぼう今尚髣髴として眼底にある
を覚ゆる。

  巴里会議と其後の情勢

 斯の如く、我々は多大の期待を持つて希望に燃えつゝ巴里
に向つたのである。然し乍ら、若き我我の期待は航海の途中
頻頻として巴里より接受せる通信に依り、次第々々に裏切ら
れて行く事を感じた。然して巴里に入るや、故国に向つて出
した最初の通信の劈頭に、私は、『力は依然として世界を支
配す』と、記したのである。
 かのウイルソン大統領が、十四個条の内に掲げたる経済墻
壁の撤廃はどうなつたか、殆ど其片鱗をだに見せなかつたの
である。移民の自由はどうなつたか。我全権は四月二十八日
仏蘭西外務省に於て開かれたる講和会議第五回総会に於て、
国際連盟草案の正に採決に附せられんとするに際し、之に賛
成する前提として移民に関する人種的差別撤廃を主張したの
であるが、列国の代表はこの至当の要求に対して一顧だも与
へなかつたのである。
 想ふに、不合理なる世界の現状を調節改善して真の平和を
建設する為には、巴里会議は絶好の機会であつた。何となれ
ば、此会議は大戦直後に開かれた会議であり、此会議に列席
したる各国の政治家は大戦争の惨禍と言ふ事を、骨身に浸み
込み体験したる人々ばかりであつたからである。然るに巴里
会議は皮膚の色により差別待遇をすると言ふ此の明白なる不
合理を除く事さへ認めなかつたのである。世界大戦の犠牲に
鑑み始めて真の平和が実現せらるべしと期待せる吾人の希望
は茲に全く裏切られたのみならず、其後の世界の大勢は自由
主義の理想家が熱望し希求したとは益々反対の方向に向つて
進んで来つゝある。今や世界到る処に於て国家主義が強調せ
られ、真実の国際主義なるものは何れの処にも見出されな
い。

  今日を生きん為に

 世界の大勢斯の如しとは云へ、我々は決して人類永遠の理
想である所の平和の達成に向つての努力を捨てる可きではな
い。我々は真の平和を達成せんが為今後国際の舞台に立ちて
は、常に経済交通の自由と移民の自由といふ此二つの原則を
旗印として進むべきである。
 然しながら一面に於て我々は年々百万に近い人ロの増加に
より国民としての経済生活を甚しく圧迫せられて居るから、
一日も速かに自ら生くべき道を見出すべき必要に迫られてゐ
る。従つて遠き将来に於ける経済交通の自由と移民の自由の
実現を便々として待つて居るわけには参らぬ。我々は真の平
和を実現すべき努力を常に忘れてはならないが、然も一面に
於て我々は今日一日を生きねばならないのである。
 今や、欧米の輿論は世界平和の名に於て日本の満蒙に於け
る行動を審判せんとしつゝある。或は連盟協約を振り翳し、
或は不戦条約を楯として日本の行動を批難し、恰も日本人は
平和人道の公敵であるかの如き口吻を弄するものさへある。
然れども真の世界平和の実現を最も妨げつゝあるものは日本
に非ずして寧ろ彼等である。彼等に我々を審判する資格はな
い。真の世界平和を希望する事に於ては日本は他のいかなる
国よりも多くの熱意を持つて居る。只日本は此真の平和の基
礎たるべき経済交通の自由と、移民の自由の二大原則が到底
近き将来に於て実現し得られざるを知るが故に、止むを得ず
今日を生きんが為の唯一の途として選んだのである。欧米の
識者は宜しく反省一番満蒙への発展をして、日本が生きんが
為に選んだ此行動を徒らに批難攻撃するを止め、彼等自身こ
そ正義人道の立場に立帰つて真の世界平和を実現すべき方策
を速かに講ずべきである。(終)
                          『キング』八年二月号