失職者問題と思想善導問題
来るべき一年に於て何が世間のやかましい論議に上るだらうかの予言は出来ぬが、何が吾人の慎重なる攻究省
察を要するかと云ふなら、吾人は遅疑する所なくそは失職者問題と青年思想善導問題との二つだと断言する。所
謂国事多端の際、論ぜらるべき問題虻外にも沢山あらう。併し其の取扱方の如何に依ては遂に帝国将来の致命的
し
癌疾となるの恐あること右の二問題に若くものはあるまい。
ヽ ヽ ヽ ヽ かくしゆ
失職者問題の根本的対策は決して所謂求人開拓ではない。誠首者に対する潤沢なる給与では無論ない。若干の
退職賜金は以て一時の窮を救ふに足らんも、結局に於て多数は早晩何かの職業にありつくの必要に迫らる、。そ
み な ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
こで職業紹介が本間題の根本的解決なるかに看倣され、その為にや政府側でも或は職業紹介の全国的統一をはか
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ しきnリ 一式こと
るとか又は求人開拓デーなどと騒いで頻に応急の効果を挙げんと努めて居る。渦に結構なことだが、只一つ遺憾
なことには、折角の努力奮励も無い仕事を探すに焦り、仕事其ものを潤沢ならしむべき根本的滴養策を彼等は等
閑に附して居るのではあるまいか。諺にも無い袖は振れぬといふ。求人開拓も職業紹介もそが能く失職者問題の
ゆえ ん
解決策たり得る所以は実は世上に労働の機会が沢山ころがつて居ることを前提としての話ではないか。
所が世間に仕事がない。
が、我周には外にモ少し考
る。この圧迫が単に課税の
捌
いのは不景気の結果で不景気は戦後世界の一般風潮だといへば夫れ迄の謡だ
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
がある様に思ふ。そは民間経済に対する過当なる財政的圧迫といふことであ
こ
ゝもの、みに限らぬことは言ふ迄もない。然らば何の為に這の圧迫が余儀な
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くノ
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題
問
導
善
想
思
と
題
間
者
職
失
くさるゝかといふに、申す迄もなく第一に来るものは尤大なる軍備である。今日の軍備が量に於ても質に於ても
一大整理を要するは公知の事実。軍備以外の費目と錐も、政府従来の放慢無責任なる施設やら政治的意義を帯ぶ
ぅる すこぶ
る無謀の対外投資やらの為に、転々民間を湿ほすの用を為さずして空に飛んで了つたもの亦頗る巨額に上る。其
外にも種々の原因はあらうが、要するに民間今日の経済を此種の財政的庄迫から何とか解放してやらなくては、
産業は到底興りやうがない。産業振はずんば失職者問題の解決は駄目だ。否そればかりではない、日本国民の生
活其ものが結局に於て脅かされることになる。昨今の失職者問濱を一国の有識遊食階級の発生といふ方面からの
み心配するのは甚だ浅薄の見であらう。
青年思想の善導、之も随分云ひ触らされた問題だ。現代青年の間に思想悪化の傾向あるは吾人と錐も之を認む
すくなか
る。併し乍ら所謂悪化を以て責めらる、もの、中には、之を識る者の頑迷謬妄の線卦に出づるもの決して捗らざ
ここ
るを注意しておきたい。純真なる心を以て社会の欠陥に直面し、愛に改革の熱情を燃して胸中種々の劃策を蓄ふ
るをば、単に因習伝統に従順ならざるの故を以て、一概に罵倒し去るは間違つて居る。真に憂ふべきは寧ろ他に
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ばか
あつて滋処にはない。そは何かといふに為すまじきことを考へる斗りでなく更に之を軽々実行に移さんとする者
の昨今著しく多くなれること是である。思想そのものが恐るべさではない。直に之を実行に移したがる傾向が怖
かなめ
いのだ。この間題の要を見損つてはいけない。
此憂ふべき傾向に対し、始めから青年にそんな不都合な事を考へさせまいと骨折ることは、愚の骨頂である。
文政当局は之を適策と信じてか昨今色々劃策する所ある様だが、そは年頃の男女に性慾のことを思はせまいとす
おわ
るに同じく、労して効なきに了るや言を待たぬ。考へる丈けのことは致し方がない。要は考へることゝ実行する
ことゝを離せばいゝ。而してこの二者の間に自ら一の溝渠を作るものは実に境遇のカではないか。思想は人をラ
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ヂカルにする。而して境遇は人を保守的にする。滋にうまく釣合の取れる所に健全な進歩がある。夫の虚無党的
兇暴は全く境遇の産物なりといふ西諺は実に味のある教訓である。
ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
果して然らば本間遺の根本的対策が青年の境遇改善の外に絶対に途のないことは明であらう。斯の立場から
つとりつら
熱々当今の形勢を見ると実に琴心に堪へぬものが多い。金なくば確な勉強も出来ぬ。あつても入学試験の難関を
如何せん。うまく第一関門を通ても第二第三の難関は常に若い心を極度に不安ならしめる。数へ挙げれば際限も
さ一てつ
ないが、要するに当今の青年は人世の大事な時節を危惧不安に襲はれ通しで暮す。若し夫れ一旦途中で嵯鉄する
ことあらん乎、彼の前途は忽ち暗里首なる。斯うした陰惨な境地に投ぜられて青年の心状が如何の傾向をとるか
すべか
は智者を待たずして明であらう。青年の思想を憂ふる者は須らく先づ此点に思を致すの必要があると思ふ。
〔『中央公論』一九二五年一月「巻頭言」〕
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