出兵論と現代青年の世界的傾向
           シ ベ ‖ソ ア
 二月末以来我国に於て西比利亜出兵問題が盛に唱へられてをる。昨今聯か下火になつたやうではある。寺内内
閣も貴族院に於ける答弁に於て「政府は何等此の問題に就て決定して居らず」と言明した。又「独逸勢力の東漸
を恐るゝ程帝国の国防は無力にあらず」と豪語した所を以て見れば、政府は出兵を決行するの意なきが如くにも
    しかしながら
見える。乍併出兵論の尤も熱心なる主張者たる国民新開の如きは、去二十三日の紙上に出兵頓挫の説を否認し
      い つ なんど.書
てをるから、何日何時又此議論が復活して来ないとも分らない。何れにもせょ出兵論は昨今我国民の耳目を著し
 しようど▲ノ
く肇勤して居る事件である。
 出兵論の是非は今暫く之れを問題外に措く。唯だ之れに関聯して吾人の甚だ不思議に思ふ点は、国民特に青年
の多数が出兵論に対して極めて冷淡なる態度を取つて居る事実である。由来日本人は対外発展、領土拡張等の問
題になると、最も熟しやすきを以て知られて居る。日露戦争後亜米利加辺からは之れがため好戦国民と云ふ好ま
しからざる汚名をさへ蒙らされた。然るに斯る所謂好戦国民、中にも血気盛んな青年の輩が出兵論に対して冷か
な能産を取つて信恒儒顔な現象ではないか。況んや今日此際西比利亜方面に帝国の勢力を拡張
する事は又と得難き千載一遇の好機会なるに於てをや。否膏に多数の青年が此の閑静に対して冷静であるばかり
でない。中には之れに対して熱心に反対の意を表する者もある。之れこそ誠に驚くべき現象ではあるまいか。而
出兵論と現代青年の世界的傾向
して老成先輩中には此現象を日して、或は青年元気の類敗となし、或は国家的精神の欠乏と罵るのであるが、此
見解は果して正当であらうか。予輩の考ふる所によれば寧ろ出兵論に対して冷淡なる青年の方が、実は遥かに進
歩して居るのであると思ふ。国権の発展と云へば無暗に嬉しがり、国力の膨脹と云へば直ちに熱狂するやうな、
無批判無責任の盲目的愛国者は之れまで我国に余り多ふ過ぎた。是等の所謂愛国者のため我帝国は之れまで苦い
経験を嘗め過ぎてをる。真に強国として列国の間に伍し、確実なる地歩を占めんが為めには、我々はもつと冷静
なる判断と、根砥ある研究が必要である。併して老成の先輩が、今猶ほ盲目的愛国心に昏迷して居る間に、第二
の日本を作るべき青年の多数が、今日理性的に覚醒しっ、あるを見るのは、国家のため真に慶賀すべき事である。
之れを以て青年志気の類放と云ふのは偶々時勢に迂愚なるの醜態を暴露するものである。
 苛も日本人として誰か国権の発展、国力の膨脹を喜ばざるものがあらう。西比利亜の出兵共事には吾々も元よ
り絶対に反対するものではない。乍併吾々は相当の理由なくして、斯の如き大事を軽卒に決行しやうとは思はぬ。
此点から見て吾々は先づ何のために出兵するか、且つ出兵の結果として帝国の負担する利害得失の関係如何を精
密に考究する事なくして、軽挙盲動する事は出来ない。従つて吾々は先づ出兵論の根拠を尋ねる。而して之れが
ため必要とする国家の損失並に出兵によつて達せんとする目的が、之れ丈けの損失を払ふに相当するものなるや
否やをたづねる。此点から見れば今日出兵論者の掲ぐる所の根拠には何等の理由なき事は疑ひを入れない。或人
は帝国の自衛のため出兵を断行せょと云ふ。自衛のためと云ふ以上、緊急の危難の我に迫るものあるを前提とし
なければならぬ。併し何処に吾々を脅かす緊急の危難あるか。露国は独逸の揉踊する所となつたと云つても、独
29う

逸は兵力を東亜に送るの余裕もなければ必要もない。是等の点ペ関しては予は他の機会に於て審かに之れを説い
て居るから、先には述べない。要するに昨今殊に危急を叫ぶべき特別の出来事が起つてゐない。いろ′トの事実
を掲げて危険の切迫を説くは、多くは捏造にあらずんば架空の想像に過ぎないのである。
 又或人は露国を救援するために出兵せょと唱へる。併し何物の手より之を救援せんとするのであるか。甲は独
逸の強暴なる幸手より露国を救へと云ひ、乙は過激派の横暴より露国の良民を救へと云ふ。前者の目的ならば吾
々の出兵は遠く欧土に及ばねばならぬ。後者のためならば吾々の出兵は即ち露国民の大多数を敵とするの覚悟を
なさねばならぬ。露国を救はんとして.、露国民の大部分を敵とするは、之れ自家撞着である。而して吾々が若し
露国の少数の有産階級若しくは官僚階級を救はんとすと云ふならば、之れ取もなほさず、少数者を助けて大多数
の露国民と戦ふ結果となる。斯くて何処に露国救援の事実あるか。又或人は独逸を牽制して聯合図の共同目的を
助成するにありと云ふ。積極的に独逸を牽制すると云ふならば兵を露独国境の遠きにまで繰り出さねばならぬ。
  ウラジオ
若し浦塩方面にある物資の敵手に落ちるを予防して間接に独逸を牽制すると云ふならば、何も此上出兵する必要
がない。今年一月浦塩に送つた軍艦と、清洲の守備軍でも事は足りる。斯く考へ来ると出兵論には何等の根拠は
ない。而して今日の敏感なる青年がたとへ国力発展、海外膨脹の好辞柄を以てするも、是等薄弱なる根拠に基く
煽動にはうつかり乗るものではない。
 今日の青年が出兵論に何等の同感なきは、又一つには彼等が今度の戦争のために著しく世界的に覚醒した結果
でもあらうと思はれる。従来吾々は全く世界あるを知らぬでない。唯だ遠く西洋の活舞台をはなれて居つた結果
294
として、世界の問題に精
憎温針
感ずる事極めてうすかつた。而して今や実に世界の一員としての自覚が段々
明白になり蜃此の点が実に今日の青年をして他の列国の存立を全然無視せる如き狂暴なる侵略主義者に
何等の共鳴を感ぜしめざる所以である。
出兵論と現代青年の世界的傾向
      三

 之れに比すれば所謂忠君愛国を売物にする一部の軍国主義者の思想が遥かに低級であることは云ふを侯たない0
彼等の多くは自国あるを知つて、他国あるを知らず、すきさへあれば自分の国であらうが、人の国であらうが乗
ずべき機会を遁さずして、一歩々々利権の拡張を計るのが、国家に対する尊い義務と考へる。而して斯の如き思
想の結局自からを害し、他を害するの甚しきは素より云ふを待たぬ。而して今度の戦争は実に独逸によつて代表
せらる、斯くの如き思想に反対して、聯合国と行動を共にするの義に立つて千曳を取つた我国が、平然として侵
略主義的思想に沈滴するは、単に思想の不徹底を以て責むべき問題に止らない?而して斯の如き謬想に本来戦争
を商売とする軍人の熱中するは致し方なしとして、一世を指導すべき地位にたつ学界の先覚者までが、是等の偏
狭なる思想に拠つて悔いざるに至つては、之れを評すべき何の辞を知らない。若し夫れ是等の盲目的侵略主義に
民心を誘はんとして、各種不実の流説を散布し、事実に基かざる幾多の想像説を提唱して平然たるは寧ろ其能伽度
に甚だ憎むべき所あるを見るのである。
 最も是等の盲目的侵略主義者中には、真に国を思ふの至誠から之れを唱道するものもないではない。併し夫れ
でも彼等の目的とする所は精々欧米各国の手出しの出来ぬ今日の機会に乗じて幾分たりとも西比利亜の地に勢力
の根拠を据えようと云ふのである。然らば之れ豊に明白なる一種の火事場泥棒ではないか。戦後の将来も又戦前
と同じく、他人を見たら泥棒と思へと云ふやうな猫疑と不信任とに充ちた世の中であるならば格別、今や人類的
相愛の基礎の上に面目一新の新世界を建設せんとするの努力極めて旺盛なる時に当り、火事場泥棒にて旦別の利
29う

益をはからんとするは決して結局日本を幸にする所以ではない。
296
 兎角我国には所謂国民の元気は戦争と云ふ気分にあらしむる事によつてのみ達せらるゝと云ふ声がある。故に
国民元気の鼓吹のためには国民をして何時でも戦争気分にあらしめなければならぬ、之れによつて初めて青年の
志気を鼓舞し得べしとするのであるから、彼等は勢ひ人道主義、平和思想等を呪はなければならぬ。従て彼等は
所謂国民の元気を鼓舞作興せんがために、無暗に他人を敵と思はしむる。門を出づれば七人の敵あり、人を見た
ら泥棒と思へと云はなければ国民に愛国奉公の観念が起らないと見るのである。此点から火事場泥棒にならうが
何にならうが、出兵でもして現実の戦争気分を国民に味はしむる事は必要であると考へたのであらう。本当の合
理的根拠によつて愛国心を養成せられたものであるならば、彼等は決して平和思想の鼓吹によつて、必ずしも軍
国主義からはなれるとは限らない。又人はよく戦時の今日、英国も米国も皆独逸に被ぶれて軍国主義、専制主義
に化しっ、あると云ふ。而して戦後の形勢に処するに当り吾々は実に此殺伐なる軍国主義者を持つ事を覚悟せね
ばならぬと。斯くて又戦争気分を鼓吹し、之れによつて初めて国民の志気を鼓舞せんとする。併し之れも亦誤り
である。成程英米は外見非常な専制主義になつて居る様に見える。乍併英米に於ける外形上の専制主義は、共背
景として絶大なる民本主義を根抵とするが故に初めて可能なるものにして、英米の所謂専制主義は独逸の専制主
義の如く、全然人民の監督権と没交渉のものでない。故に英米が軍国的専制主義を取つて居ると云ふことは、何
も戦後の世界をして殺伐なる空気の中に苦しむる者とは思はれない。何れにしても今日若くは将来は平和思想の
旺盛を来すべく火事場泥棒的軍国主義は著しく世界の同情を失ふに至るであらう。
 之れを要す計今日の青年は既に世界的に覚醒するの端緒を開きつ、ある0之れ誠に慶苧べき現象にして、
ゝれあ凱a吾々は偏狭なる国家思想が世に蔓り、国家を毒するを悲観しないのである○開戦以来今日まで幾
                        はびこ

 多の変遷はあつた。而して之れに対して下さるゝ説明も亦種々雑多であつた○乍併是等の変に処して国家民衆を
                                  しばら
 指導すべき根本原理は初めから厳然として少しの動揺を見ない〇五写は須輿く此の不動の根拠に立つて正々堂々
 の大道を闊歩すべきである。而して吾々のよつて以て立つ所の万古不動の根本義は何であるかと云へば、三口に
 して云へる。日く「神の意志の現世に於ける発展」即ち之れである。
                                          〔『新人』一九一一人年四月〕
出兵論と現代青年の世界的傾向
297

298