ヤップ島問題
四月十八日外務省発表の「ヤツプ島問題に関する日米交渉経過」に基いて、本間選の大要の解説と批判とを試
みて読者の参考に供しょうと思ふ。右は米国大使よりの公伝が三通、之に対する日本政府の答書が二通から成り、
すこぶ
頗る詳細の点に亙つて居るが、要するに根本の争点はヤツプ島を日本の委任統治区域の中に包含せらる、や否や
と云ふに在る。但し両者の交渉の進行につれて、具体的の争点は順を追うて多少変つて居る。予は先づ此事から
説明を初めよう。
事の起りは去年十月の国際通信会議に端を発する。通信会議で海底電線伸継所としてのヤツプ島の処分が問題
となつた。此問題を国際通信会議と云ふ特別の委員会で極めようと云ふ事は最高会議の決議に基くので、初めか
わざわぎ ところ
ら問題はない。現に日本からも此為めに態々代表貝を米国に派遣したのであつた。処が図らずも此会議の席上に
於てヤツプ島の統治に関する問題につき、日米両国の間に意見の相違を見た。日本はヤツプ島は既に大正八年五
月七日の最高会議の決議に基いて立派に我国の委任統治区域となつたと解して一点の疑を置かないのに、米国は
之はまだ未定である、此事は海底電線阿題と共に新たに何とか決められなければならない問題だと主張する」是
に於て大正八年五月七日の最高会議の決議に、赤道以北の旧独領諸島は之を日本に委任して統治せしむとある中
に包含せらる、ものなりや否やが問題となる。
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米国は云ふ、最高会議は「国際通信に重大なる影響を及ぼすべき種々の理由に鑑み……本島を国際管理に附し、
以て之を国際海底電線仲継所として使用に供するを得んが為め何等かの協定を見るべきを期待したるを以てヤツ
プ島の終局的処分は将来更に考慮する為め之を留保したり」と。即ち最高会議其物がヤツプ島の除外を留保する
諒解の下に他の一切の赤道以北の諸島を日本の委任統治に附したと解するのである。之に対して日本は斯う云ふ
とちノしよ
特別の除外を留保するには明示的の声明を要する。何等の声明なき限り無条件に一切の島喚を委任したと見なけ
ればならない。従つてヤツプ島も無論其区域内に包含せらるゝものであると主張する。
之に対して米国は五月七日の最高会議に至るまで前数回の会合に於て、米国側が常に留保を主壌した事実を挙
げ、之ほど明白にヤツプ島については疑義があつたのだから、特に之をも包含する意味の明示的声明がなければ
之は包含されないものと解するのが至当だと説いて居る。之に対して日本は、器周の主張するやうな事実はあつ
たらう、あつたとしても単純なる意見の陳述は如何にそれが強く主張されても決議に対する留保としての効力は
いわ
ない。況んや此等の米国の主張に対しては我々は初めから不同意を表明せるに於ておや。故に此問題は特別の除
外の宣言が無ければ留保無しのものと単純に認めなければならないと主張する○
滋までの議論の進め方については如何に公平に考へても米国の言ひ分に理屈は無い。理屈と理論の上では日本
の主張は徹頭徹尾正いと思ふのである。
米国は初め最高会議の決定其物の効力については争はなかつた。只争つたのは其解釈の問題としてヤツプ島を
包含すと認むべきや否やの点であつた。南して此点については前述べた通り米国の言ひ分は正しくない。さう気
が附いた為めかどうかは分らないが、米国は次いで論鋒を一転して来た。即ち最高会議の決定の解釈として日本
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の言ひ分が正しからうが、共決定其物が一体米国を拘束することの出来るものかどうか、米国は此決定に拘束せ
だ
らるべき何等の理由がないからヤツプ島の処分についても云ふ丈けの事は自由に云ふと云ふ態度に出て来た。斯
う云ふ議論の進め方についても米国の態度は必ずしも終始一貫してゐない。
米国は最初少くともヤツプ島の問題については最高会議決定の当時、米国全権は、ヤツプ島は除外せらる、も
のと云ふ推測の下に行動したと主張する。若しヤツプ島をも日本の委任統治の区域に包含せらる、と諒解せらる
べきであつたなら、彼は之を争ふことなくして行動する筈はない。故に最高会議の決定の解釈がヤツプ島を包含
するものと云ふ事に決まつても、此点は米国の明白に同意せざりし所である。従つて米国は其同意せざりしもの
について拘束を受くる理由はない。即ち彼は少くともヤツプ島に関する限りに於て最高会議決定の米国に対する
拘束力を否認するのである。
所がやがて米国はベルサイユ条約其物の拘束力を否認する能産を取つて来た。よしんば此条約が米国全権の同
意の下に出来たとしても、米国は之を批准しない。従つて米国は之によつて何等拘束せらる、所が無いのである。
斯くして日く「本件に関しては米国の間に何等条約を存せず、従つて米国を拘束すべき一九一九年五月七日の決
議あるべき理なきが故に、同日の最高会議の簡略なる議事録につき論議すること亦不必要」だと。而して今度の
戦争は同盟及び聯合国の共同一致によつて勝利を得たものだから、「同盟及び聯合国が掌握せる権利は米国も之
尊んてん
に均霧し得ることは論理上必然の帰結」であり、従つて「米国の加盟せざる条約が米国の既得権に何等の影響を
与ふるものにあらざる事」は云ふ進もなく、米国の同意を侯たずして、舶勤海外領土を正当且つ有効に処分し得
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べき筈のものではかい。だから最高会議の委任統治に関する協定の如きも、もと′〜「主たる同盟及び聯合国の
ノたる米国の同意を得るにあらずんば効力を有し得ざるの事実を承認する意味に於て起草せるもの」・であるのに
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之を其俵有効なる協定なるかの如くに解し、「米国の同意を求めずして前記統治権を委任するに至りしは如何な
る理由に基くものなるや」解し能はざる所であると云つて居る。斯うなると、国際聯盟其物の値打を根本的に覆
すものであつて、最早や日米両国間丈けの問題ではなくなる。
斯く米国の主張は段々と変つたが、大別すれば最初は最高会議の協定の解釈に関する日米両国間の紛議であつ
たのが、やがては協約其物の効力に関する根本疑義となつた。若し之が単純なる解釈上の意見の相違に止るなら、
此協定に関係せる英仏等の意見を聴くなり、或は特別なる専門委員を任命して解釈を一定すると云ふ方法もある。
けれども米国が国際聯盟其物までも疑ふと云ふ能仙度に出て来ては、最早やさう云ふ字句の解釈の問題丈けではな
い。国際聯盟規約其物が或国の全権が之に調印し而かも其国の批准を得なかつた場合に於ける効力如何と云ふ一
般的の問題になる。米国は独り此ヤツプ島問題についてばかりでなく、先き頃のヒューズ国務卿の声明に現はれ
たるが如く右棟の能差を露骨に宣言した。之に依つて英仏諸国は普面喰つて居る形である。いづれ此点は早晩何
とか片がつくであらう。之につき予輩に多少の意見がないでないが今は述べぬ○従つて差当り此問題についても、
さかのぽ
此点まで遡つて議論することは避けた方がい、、といふ風に英仏等の諸国は考へて居るやうだ。日本としても之
たまたま
は偶々ヤツプ島問題に閑聯して直接我々に提供された問題ではあるが、関係する所国際聯盟に加入して居るすべ
ての諸国に捗ることであるから、共同の大問題として別に之は極めた方が得策だ。そこで此問題に関する今後の
日米交渉は恐らくヤツプ島をどうするかと云ふ日米間の紛議と云ふ立場から解決案が講ぜらる、であらう。
かえつてとく
却説本間題は結局どう決まるだらうか。少くとも日本としては如何なる点を取つて米国に対抗すべきであら
ぅか。今日までの交渉の経過について見ると、日本の論拠が余りに法律的である。法律的見地からすれば日本の
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言分は正しい。けれども厭くまで法律論を楯に取つて争ふのは国内の裁判所では有効かト知れないが、国際外交
あ
の舞台に於ては殆んど無勢カと云つていゝ。議論は如何様にもつく。問遺の解決は表面口には出さない、腹の底
りんしよく
の真意を看破してか、らなければならない。之を無視して単純な法理論を弄ぶのは客薔な金持に向つて寄附を迫
るやうなもので、如何に公益だの社会奉仕だのと議論の説破に成功しても、結局金は引出し得ない。出さないと
云ふ腹で居れば言針左右に托して負担を免れる丈けの言ひ繕ひは如何様にも出来る。現に米国の態度にした所が、
議論で負けると、夫れから夫れと拠つて立つ所の根拠を変へて居るではないか。此問題を議論で始末しようとす
れば、名に於て勝つて、而かも実に於て何の得る所もない。日本の従来の外交は何時でも斯くして実利を失つて
居る。
予輩の観察する所によれば、米国の真意は通信機関の国際化と云ふ点にある。此点が十分保障さるゝならヤツ
プ島の統治権の如きはどうでもい、。従つて一昨年の会議に於ても米国は此点に専らカを注いだのであるが、日
本は先づ第一に其統治関係を決めようと主張した。統治関係を先決しては通信機閑の処分が怪しくなるので米国
は之を喜ばなかつたのである。而して日本は統治関係が決まれば、海底電線の陸揚げ、及び運用に関しどういふ
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処分施するかは其国の勝手で、予め之について他国の拘束を受くべきでないと云ふ主張を予々して居つたから米
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国は益々ヤツプ島の日本に帰属することを嫌がつたのである。畢竟問題は此点に伏在する。
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斯くして米国はヤツプ島の所属はまだ決まらない、之から新たに決めようと云ふのであるが、赤道以北の他の
独領諸島と共に、日本に任せようと云ふ事にならぬとも限らないが、其時にはヤツプ島について特別の条件を附
しようと云ふのである。此事は現に二度日の公信の中にもほのめかして居る。即ち「万一ヤツプ島が白本の委任
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統治に割り当てらるゝ場合には、他のすべての諸国も海底電線の陸揚げ運用の為め、自由且つ無擬に同島に接近
することを得べしとなす米国の見解に同意を表せられんことを希望」する旨を附言した。
此れ丈けの条件を承認せられんことが本来の希望なので、ヤツプ島を絶対に日本に遣りたくないと云ふのでは
ない。更に進んで之を自国に奪はふと云ふ考は毛頭無いと信ずるα此点については恐らく英仏諸国も異議はなか
らう。只英仏諸国は一旦ヤツプ島を日本にやると云ふ協定を承認した行き掛り上、米国の言ひ分が正しいと云ふ
訳には行かない、露骨に物を言はないのが従来の外交界の常で止むを得ないが、表面上の理屈は兎も角腹の中で
は米国の希望が容れられた方がいゝと考へて居るに相違ない。そこで彼等は日米両国の単独交渉で此争点の解決
せられよかしと希望して居るのである。
然らば此点について帝国政府の態度は如何と云ふに、政府は二度日の公信に放で米国の主張の如きは「岡島が
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委任統治区域たるの事実と何等関係なき議論なるに於ては右は結局当該地域の施政を司る国即ち帝国の自由に考
慮すべき問題なり」といひ、又「海底〔電〕線の陸揚及び運用に関し、他国に米国政府主張の如き自由を認むるの
義務あるものとは帝国政府に於て思考し能はざる」旨を明白に断言して居る。理屈は誠に明白だ。けれども此理
屈を押し通すのでは問題の解決は遂に困難であらう。是に於て此際日本は如何なる態度を執るのが最良の策かと
云ふ問題が起る。
米国は恐らく云ふだらう。日本が斯んな態度に出づるに決まつて居るから統治権の問題を海底電線の問題と一
所に講究せよと云つたのだと。而して日本は此南開題は全く別箇の問題なりとし、且つ統治権の問題を第一着に
解決すべきを主張して成功した。委任統治区域と認められた以上は、後をどう始末するかは日本の自由である。
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海底電線の問題についても日本の意のま、に之を解決する。必ずしも国際化をイヤだと云ふのではないが外国の
干渉は認めない。国際化すると云ふ事を外国に声明する事もしない。英仏諸国は斯う云ふ論理上の結論に帰着す
る事を深く、意に留めずして日本の主張通りに決めた者であらう。此点に於て一昨年五月の外交の舞台に於ては
日本は実に見事な成功を収めたと云つていゝ。共協定の文面に基いて権利を主張するのだから、日本の言ひ分に
十二分の理屈のある事は申す迄もない。けれども日本の主張通りにすること、否、ヤツプ島を日本の自由経営の
下に放任して海底電線の自由に対する何等の保障がないと云ふ事は世界的見地から見てい、かわるいかは一つの
大いなる問題だ。さらでだに日本が世界の疑惑を被つて居る今日、日本政府が進んで少くとも此点については極
めて自由公正な態度を取るべき旨を内外に声明せざる以上、世界の人々の道徳的後援が自然米国側に傾くべきは
怪むに足らない。果して然らば日本は此億で押し進んでは名に得て実に失ふの怖れがないでない。此点に於て我
が外務当局は本間題の処理については余程慎重なる考慮を費し巧妙なる手腕を揮はねばなるまいと考へる。
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終りに臨み、本間題の解決に就て、更に我々の希望に絶へざるは、ヤツプ島問題の解決と同時に、も一つ重大
な問題の解決に、着眼せられんことである。
前にも述べた通り、日本の主張は、法理上正しい。けれども世界の人々の道徳的後援は、米国側にある。何に
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よつて然るかと云ふに、世界の人々は仮令此種の委任統治区域がその統治国の属領と同様に治めらるべき事が決
つたとしても、その国の我俵な法律が、その佳行はれて、為めに国際的道義が、犠牲に供せられんことを欣しな
いからである。国際的通信機関が日本の我俵な取扱の下に管理されたくないと云ふ考があればこそ問題が起つた
のだ。
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日本では折角日本の統治に委任しながら、又統治の形式につきいろ〈条件を立つるのが怪しからぬと云つて
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憤る。面目問題としては尤だが結局此れは先方の言ひ分に本当の道理がある。日本としては向ふの言ひ分に譲つ
たからとて実質的に何の失ふ所もない。故に之は潔く米国の主張に譲つた方がいゝ。さうすれば何もかも円満に
解決がつく。更に之を機会として粁国の排日熱を緩和し、世界各国の誤解を一掃するの授けともならう。而して
我々は之と同時に凡そ文明国は国際上の通義に対しては一国の我俵な主張を犠牲にすべきであると云ふ原則を立
っることに努力したいと思ふ。日本は米国の主張に譲つたが之はヤツプ島丈けの問題として譲つたのではない、
斯う云ふ場合には一般に譲る可きだと云ふ原則に服従すると云ふ意味から譲つたと云ふ事にする。一さうすれば日
本の譲歩は同時に或高尚なる一原則の国際間に確立するを促すものにして、斯くてこそ初めて日本は大いに国際
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関係の進歩発展に貢献するとも云はれやう。加之日本丈けの実利の問題としてむ斯う云ふ原則の確立すること
インド ア ジ ア
によつて、アングロ・サクソン人の頑迷な自濠洲主義を破ることも出来る。印度や南亜に於ける村亜細亜人の門
しりぞ
戸閉鎖政策を雄弁に斥けることも出来よう。此処に得て彼に失ふ、利害の打算から見ても我々の執るべき途は明
かだ。得たものは少しでも失ふまいと云ふ態度一占州張りでは得べさもの音も得られずに終ることがある。斯く観
ればヤツプ島問題の如きは我国に取つて厄介な問題と云ふより緑寧ろ大いに乗ずべき機会を提供する問題だと見
ることも出来よう。
〔『中央公論』一九二一年五月〕
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