新総督及び新政務総監を迎ふ
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久しく我々の待ち望んで居つた朝鮮騒擾の善後策は愈よ此程に至りちらほら其輪廓の大体を外間に示したので
あつたが、先月舶ば新総督及び新政務総監の任命によつて余程其姿が明かになつた0改革官制の発表も、本誌の
まみ
読者に見ゆる頃には無論発表になつで居ることと信ずる。
細目の条項は改革官制の発表並びに之に関するいろ〈の手続きを詳細見た上でなければ判断の出来ぬことで
あるけれども、今日まで世上に伝唱せらるる所に拠つて観るに、現内閣は朝鮮統治の方針に殆ど根本的とも云ふ
べき大改革を加ふるの決心を固めたらしい。今日まで明かになつて居る点は、朝鮮総督を文武併用とし且つ従来
の天皇に直隷するの地位を改めて内閣総理大臣の指揮監督を受くるの地位に置いたことが一つ。もう一つは今度
の騒擾に就いても大部分の責任を負ふべき、而して従来朝鮮統治上の百弊の源として指弾せられて居つた憲兵制
度の撤廃である。無智頑冥の下級憲兵が或は独断に、或は上官の訓令を曲解して、如何に無事の臣民を虐げたか
は今更ら繰返すの必要は無い。けれども憲兵制度の主たる弊害は此処に在るのではない。憲兵が朝鮮全土に亙る
警察権を掌握し、而も自ら一種の軍閥的独立系統を作つて、文官系統とは全然懸け隔れ、謂はば朝鮮に於て一個
独立の治外法権の別天地を為して居つたことである。従て如何に本当に政治を理解する文官系統の者が、如何に
適切な櫓施設を考案しても、軍閥系統の気に入らなければ全然之が実施を要請するの途は無い。之れ朝鮮の官吏
中相当見識ある者を網羅せざるに非ずして、而かも事実驚くべき非文明の政治が行はれて居つた所以である。而
して今や所謂憲兵制度の撤廃に因つて此悪弊を取除かんとして居る。吾々は少くとも此点に於て朝鮮の為めに、
否、日本の為めに現内閣の勇断に感謝を表するを至当と認むる。
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総督を天皇直隷の地位より舷して宰相の指揮監督の下に置いたことは、亦之と関聯して朝鮮統治上の一大改善
である。天皇に直隷するを改めて宰相を通して上奏するの関係にしたのは総督の面目に関し、又朝鮮の不名誉で
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あると云つて、過般此改正の撤回を求めた者が朝鮮貴族中に有つたと云ふことであるが、之れは塞に噴飯の至り
である。武官総督が天皇に直隷して内閣の指揮監督の外に在つたことが従来憲兵政治を可能ならしめたものであ
つた。植民政策針文明的に指導する点から観ても、又国内の政治を内閣の手に統一するの必要かち観ても、総督
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独り朝鮮に限らず、台湾でも何処でも − 必ずや内閣総理大臣の指揮の下に立つべきものである。日本で
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は殊に軍事上に於て内閣を離れた天皇直隷の諸機関甚だ多く、之に因つていろいろ車務を国民の容啄の外に置き、
全然専門家の手に独占するの便宜はあらんも、国務統一を害するの弊之より甚だしきはなく、斯かる悪制は他の
諸国に於て余り其例を見ざるところである。況んや植民政治の如き純然たる民政事務に於ておや。従来の制度が
総督を以て必ず武官ならざるべからずとしたのは、驚くべき不当の規定であつた。尤も武官では悪いといふ理窟
もない。植民地統治者として必要の才能があれば、文武執れでも構はないが、要は唯一国全体の施政方針と歩調
を合すべさことである。此点に於て今度の改革は少くとも制度上正に然かあらねばならぬ当然の軌道に復帰した
ものと云はなければならない。
然し制度だけではまだ安心が出来ない。更に之が適当に運用せらるるか否かが問題であるが、之は統治の局に
かか
当る者の人選と、統治方針決定の結局の破抵たるべき民心の趨常に繁る問題である。而して一般民心の趨常に就
ては近時段々開発せられて居るやうであるが、然し此点は今吾々の直接問題とする所でないから略さう。局に当
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る者の人選に就ては総督としては斎藤海軍大将、政務総監として水野前内相の任命に於て、予輩は理想的とは云
はないが、略ぼ統治の改革に関する前途の光明を期待せしむるに足るべき人選たる事は疑はない。偶々武官なる
の故を以て斎藤大将を忌避せんとするは、同大将の人格、経歴並に所謂軍閥との関係を思はざるの俗論である。
若し夫れ水野前内相が行政官として並に学者として相当令名を樽して居つた経歴に顧る時、吾々は姑く彼等をし
て自由に共手腕を振はしめて見たいといふ感を抱かざるを得ない。
何れにしても予輩は朝鮮統治の開発に一新紀元を劃するものとして、新総督と新政務総監とを歓迎する。細か
い施設はゆるゆる之を将来に観ることにして、唯差当り彼等に希望したいのは何を措いても先づ内鮮両民間の凡
ゆる差別的待遇を撤廃せられんことである0言論の自由を尊重し、少くとも内地以↓に無用の拘束針為す事を避
け、殊に朝鮮人には出来るだけ発言の機会を与へられんことである。更に進んで形式上だけでなく、本当に朝鮮
人の開明を図り、彼等に教育を受くるの十分の機会を提供せられんことである。三日にして云へば朝鮮民族をし
て朝鮮民族として十分発達するを得しめ、此基礎の↓に彼等が我々の貴簡頼もしき友人たるやうに導かれんこと
である。
〔『中央公論』一九一九年九月〕