国際競争場裡に於ける最後の勝利
     一

 国際競争場裡に於て最後の勝利を占むる必要条件は何ぞ。或人は武力即ち軍備の整頓是なりと云ふ。中には必
ずしも富国強兵相伴ふを要しない、貧国でも兵さへつよくば、戦争は出来ると主張する者もある。・独逸は貧国で
はないが今度の時局に際しては経済上甚だ困るべく想はる、のに、実際割合に長く続いて居る。之は現金は成る
丈け市場に出さず、ドシ〈不換紙幣を濫発し、政府の権力を以て無理に之を通用せしめて軍資に宛てゝ居るか
らであるとの事だ。斯かる変則の状能仙は何れ丈け続くものか疑問ではあるが、兎に角イザと云へば現金はなくと
も戦争は出来ると云ふ証拠にはなる。之等の例を引いて一派の論者は武力さへあれば最後の勝利は疑ひないと説
くのである。成る程独逸が欧洲の諸大国を敵として孤軍四隣に奮闘してをるさまは実に目醒ましいもので、敵な
がらも感服の外はない。今日仏蘭西人は日本人が想像する程退嬰的でなく、士気は寧ろ旺盛である。英国と錐も
亦然りで英仏自の聯合軍は決して独のために弱敵ではない。露西亜も亦決して侮ることは出来ない。斯く強大な
る国を前後に控へで一歩も国内に其敵を入らしめないのは、独逸が多年軍備上に心を注いだ結果である。斯う云
ふ有様を見て世人が国際場裡に於ける最後の勝利は只武力の一点にあるものとし、故に軍備拡張せざるべからず
と論ずるに至るは無理もない。吾人は固より必ずしも此説を否定するものではない。全然武力なくしては最後の
                            しかしながら
勝利を得ることが出来ないのは論を待たないのである。乍併又単に之れのみで最後の勝利を得ることが出来る
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                   つらつ
と思ふものあるは之大なる誤である。熟ら万国興亡の歴史を見るに、其輿つた国は何れも武力なしに輿つたもの
はない。国家の勃興は必ず武力の拡張によるのである。然し更に考へて見れば武力で輿つた国もあるが、又武力
を砲いて亡んだ国も少くない、之れ歴史の明に示す所である。何故に武威赫々四隣を従へた国家が同じく其の武
力を擁し乍ら亡ぶるに至つたか。之れには種々様々の原因があらう。之等を歴史的学問的に云ふことは際限ない。
只其中で最も大切なものが一つあると思ふ。そは武力に任せて国際道徳を無視し、傍若無人に我俵を働いたと云
ふことである。之れが大なる武備を有しながら、国家を亡ぼすに至る最も大なる原因であると思ふ。斯く云へば
国際間には個人間の如く道徳と云ふものはないと主張する人もあらう。如何にも個人間に於ては不道徳とするこ
とも、国家の名によりて行はる、時は却つて賞讃を博するやうな場合(例へば間諜の如き)も無いではない。其の
他国際間の事は兎角道徳律よりも利害関係で支凝せらるこ」とが多い。乍併私の考へでは理想的の状琴に於ては
国際間の事も必ず個人間と同じく道徳によりて支配さるべきものと思ふ。又さう云ふ理想的の時代が将来来るに
違ひないと思ふ。唯だ今日の如く国際関係の混沌を極め、各自の競争激烈に行はるゝ時代には己を得ず道徳が公
々然無視せらるゝを観るのである。夫れでも歴史的に世界の大勢を観察すれば国際相互の関係が、個人と同様に
道徳律に支配さる、方向に向ひつゝあるは掩ふべからざる事実であると考へる。現今の状態を見て国際間には道
徳的支配関係は絶無であると論断するのは決して正当ではない。要するに今日は未だ不完全の時代である。道徳
のみが物を云ふのでは無論ない。故に国家としては無論第一義として武力を養ふことを怠つてはならぬ。此点に
於て予輩は大体に於て軍備拡張論者である。乍併之と同時に吾人はまた国家永遠の大計として国際道徳の尊重を
も主張せざるを得ない。二者は本来両立するものなりや否やの如きは学究的疑問である。大体の国是としては到
  ヽ ヽ  ヽ ヽ ヽ ヽ
底養カと道徳尊重とを併せて取ることが最も肝要であると信ずる。
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国際競争場裡に於ける最後の勝利
      二
                             いらだ               ひたすら
 然るに世の中には近眼者多くして目前の状態にのみ気を焦ち、他に想到するの余裕なく、只管に武力武力と叫
び軍備の整頓のみを高調することに忙しく、国際道徳の如きは痴人の夢と蔑しむものがある。斯る人は国際間に
正義道徳の無視され、躁崩されし幾多の例を挙げて自家の説を裏書きさせて居る。成程大国が常に甚大なる腕力
で小国の権利と自由とを侵害し、小国が正義公道を以て之を争つても一向顧みられないといふことは現代に於て
             たしか
も其例に乏しくない。之れ憧に一面の事実である。併し先に見逃してならぬのは正義公道を声高々と唱ふるもの
は主として大国の圧迫に対して自己の小弱を擁護するに由なき小国のみであることである。東洋でも斯の論の最
                                                         ス イ ス
も盛なのは朝鮮であつた。正義公道の論と相隣する万国平和論の如きも亦同様で釘る。今日平和論の中心は瑞西
 ベ ルギー                 デンマークオランダ
と自耳義とであつて之に次では丁抹和蘭等の小国に於て此論は盛である。余は嘗てゼネバの万国平和協会の大
会に行つたが、其時会の牛耳をとつた人は瑞西のゴバー、白耳義のベーネール、又はラボンテーン等主として中
立国か又は小国の人であつた。英米独仏からも多数の代表者が来たが大した人物は其中に見えぬ。是れ畢克自、
瑞等の国に於ては平和論盛にして第一流の政治家は皆此中に入るが、英米仏独などの大国にては第一流の人物は
他の問題に忙しく平和論の如き閑問題に没頭するのは二流三流以下の政治家に限るの致す所である。之に依て見
ても平和とか道徳とか云ふ事は大国は至つて冷淡であつて専ら小国に八釜しく唱へらるこ」とが判る。之れは当
然の事であつて、英米仏独露の如き強大国では何か重大なる問題が起れば正義公道を叫ぶまでもなく自己の偉大
なるカを以て之れを裁断することが出来る。去れば事の実際に於ては所謂正義公道の主張は多くの場合に於て小
弱国の哀求の声である。時としては大国の圧迫を訴るに最も好都合として採る所の叫である。而して之等の声は
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通例大国の顧みる所とならぬから、人は正義の声は常に揉踊せらる、に極つたものと思惟し従て国際間に於ては
正義は無力なりと主張する。併し之は主張する者其人を得ざりしが故に無視されるのであつて、正義其物が全然
国際間に顧みられないものであるといふ論拠にはならぬ。若し大国が之を主張することあらん乎、そは十分有力
なものであらう。要するに正義は常に小国が大国の庄追を訴ふる為に唱へらる、ことが多いので、従て何時も揉
踊せらるゝの形になつて居るけれども、正義其物は決して国際間に無力なものではない。其証拠には武力の強大
なるものは一時は国際間に覇を称して抜属しても若し彼が其カに任せて正義公道を無視することあらんか、彼は
段々に他の諸国の同情を失ひ遂に共反感を招いて思ひもかけぬ窮地に陥ることがある。之国際道徳の重んずべき
を示すものではないか。而して徒らに自己の武力に頼り傍若無人の行為をなして世界の同情を失ひ困難をして居
る国は歴史上其例に乏しくないのみならず、今日吾人の目前に横つてをる。最近の好例としては先づ彼のブルガ
                                              あたか
リアである。ブルガリアはバルカン半島の独逸と称へられた国で、英国王フヱルヂナンドは宛もカイゼルに類し、
多能多趣味にして英邁の人。其在世中にブルガリアは大なる進歩をなし、軍備は独逸に則り、特に強大なるもの
となつた。而してバルカンの盟主として人も許し白からも任じた。夫れが彼のバルカン戦争の際初めは他の諸国
          ト ル コ            いよい
と同盟して土耳古を打つたが、愈よ戦争が局を結ぶや占領地域の分配に関し自家勢力の大なるに乗じて大に我億
を働き、遂に再び紛乱を憲起してセルビア、ギリシア、モンテネグロを敵とするに至り、更にルーマニアも起ち、
敗残の土耳古すら干を向くるに至つた。之れ即ち第二のバルカン戦争であつて、ブルガリアは昨年の六月より八
月まで五ケ国を敵として戦つたが、連戦連敗ほう〈の体で和を乞ひ今や半島上第一流たるの地位を失ひ、気息
奄々として近く回復の見込みなき境遇に陥つた。之れブルガリアが武力を頼みて他国の権利を侵害し竜も意とし
なかつたために、却つて他の同情を失ふたのであつて、若しもブルガリアが多少心掛けがよくば五ケ国の中、二
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国際競争場裡に於ける最後の勝利
つ位は味方とすることが出来たのに、夫れすら成し得なかつたのは極端に国際道徳を無視した結果である。
 独逸はブルガリアと同じ筆法で今日世界の同情を失ひつ、ある。抑も独逸が外交社会で多少信用を失つたのは、
今に初まつた事ではない。実にビスマーク以来のことである。ビスマークは個人としては立派な人物であつたが、
政治家としては独逸国家の安全を計るためには手段を選ばずに行動した人で、彼は国家の名の下に種々の国際的
                   たと え
道義を無視し世界の同情を失つた。例令ば普嗅同盟を結んで露国を裏切り為めに皇帝ウヰリアム一世をして其最
愛の甥露帝アレキサンダI二世を敵とするの悲劇を演ぜしめし如き、たとへ国家の為めとは云ひ乍ら、外交史上
                                         しばしば
の悲惨なる出来事として今尚人の記憶する処である。斯る辛辣なるやり口はビスマークの蜃々行つた所である。
而して今の独逸皇帝は此ビスマークに更に一歩を進めて同じく独逸帝国のためには手段を選ばず、他国がマゴ
〈して居るとか、何か外の事に忙殺されて居るといふ場合には、スカさず図々しく出掛けて自国の利益をはか
るに抜目がない、是れ火事場泥棒の称ある所以である。為めに他の権利を侵害することも稀でない。故に今日は
                                                                                        スウェーデン
漸く世界の同情を失ふに至つた。思ふに今日独逸に多少でも同情を有するものありとせば、そは和蘭及瑞典位
のものであらう。和蘭は独逸に背いては到底独立国として安全を保つ事は出来ない。夫で己むを得ず独逸に従は
ねばならぬのであるが、併し独逸に併呑せらる、の危険あるを想ひ又独逸のやり口の傍若無人なるに鑑みて内心
之を敬遠せんと考へて居る者も少くはない。故に和蘭国民が挙つて心から独に好意を有して居るか否かは問題で
ある。瑞典に至つては古来独逸に深く同情してゐるし、又現瑞典皇后ヴイクトリア陛下は、独逸バーヂン国の王
女でバーデン王家はプロシヤの親類である、従て瑞典の王室は間接に独逸皇室とは密接の関係を有して居ると云
ふ点に於いて、独逸と近いのみならず、.露西亜と瑞典とは非常に仰が悪く、共露国皇女たりし第二王子の妃殿下
は露瑞反感の犠牲となりて先頃離縁となつた位であるから、自然露の敵たる独逸に接近すると云ふ事になる。今
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日現に瑞典は独逸の勝利を祈り、且つ食料品などをも供給し、種々の便宜を独逸に与へて居るのである。併し之
も永く続くか如何か疑しい。今日の皇太子の妃殿下は英国の王族で、而かも賢明の誉高いから、瑞典でも他日英
国が独逸に代りて評判がよくならぬとも限らぬ。
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      三

一部の論者が武力さへあれば外部の助を要しない、他を頼むものは昨日の味方も今日の敵であてにはならぬ0
他の同情など何うでもよい、必要なるは武力のみと云ふ。乍併将来は勿論、今日と錐も他の同情なくしては世界
に立つことは出来ない。今日の国際関係は同盟で固めて居る。孤立では到底立てぬのである。而して真の同盟の
基礎は国民的同情である。此同情が欠くれば紙上の同盟も実益を為さぬ。伊太利の援助を得る能はざりし独逸の
今日の失敗は之れを証明して余りあるものである。今度の戦争に於て独逸は心掛けさへょかつたなら、英国と同
盟が出来ないことはなかつた。本来露西亜と英国とは決して利害の相合致する国でない、英が独と離れて露に結
ぶのは本来自然の状態ではない。然るに独逸が英と結ぶ能はず彼をして却つて利害の衝突する露西亜と結ばしめ
                          けんえん
るに至つたのには、独逸の態度に英国をして心から鰊焉たらしめたものがあつたからである。彼のヱドワード七
世が仏と結ぶに至りしも同様である。本来独逸と結ぶのが英国の為めに或は利益であつたかも知れぬ。当初国内
には英独同盟論も少くはなかつたのであるが、夫れにも拘らず英仏同盟を結ぶに至つたのは、実に陛下が皇太子
時代より何となく独逸が嫌ひであつたと云ふ所に一つの原因〔が〕あると云はれてをる。斯く云へば或論者は歴史
上の事実を以て余の説を反駁するであらう。即ち英国は常につよい者をいじめる国で、仏蘭西のナポレオン一世
                                えんぴ
が猛威を中原に揮ふや極力之をいじめ、又露西亜がバルカン方面に猿腎を伸ばすやクリミア客土の戦争を起して
国際競争場裡に於ける最後の勝利
其勢力を牽制し、常に自分よりつよくなりさうな国があれば之れをいじめて其勢力を削ぐ事を国是として居る国
である。故に今回の戦争にも独逸を敵に回はして、その鼻柱を折つてやらうとは英国の初めから意気込んでをつ
                                                               く‥し
た処であると云ふ。乍併之れは必ずしも正当と思はれない。成程英国は十九世紀の初めには仏を挫き中葉には露
を抑へた。併し其の抑へたのは彼等が強大なる武力を有して我僅な振舞をなさうとしたからであつて、必ずしも
自分を凌ぐ勢力だから理が非でも庄服したといふ訳ではないやうである0其証拠には今日英国は米国を放任して
居るではないか。米国は既に経済上英国を凌がんとしてをる。将来英国にとりて最も恐るべき敵は米国であるの
に、英は決して米国を抑へやうとしない。否英国人の頭には米国を抑制しやうと云ふ意志は毛頭ない様である0
之れ何故なりやといふに、米国は武力を以て英国と競ふ国でないからである0之を以て之を見れば英国は独逸の
態度如何に依ては必ずしも之を抑へやうとはしなかつたであらう。之を要するに正義公道の観念に誤れる独逸民
族の能産は世界の同情を失ひ、自らをして救ふ能はざるの窮境に陥らしめたものである0斯くて独逸は恐くは彼
のブルガリアと同じ運命に遭遇するであらう。よしそこまでに至らずとも、到底最後まで勝利者として世界に其
                                             か
勢力を伸長することは出来ないであらう。故に武力の一占…のみで国際場裡に優者の威信を鹿ち得ることは望まれ
ない次第である。
独逸今日の状能還日本の将来に妄警告を与ふるものである0日本は今や箭朗を陥れ、東洋に敵なしと云ふ次
           ますます
第である。更に進んで益軍備を拡張して東洋に覇を称せんとするは当然の希望である0吾人は必ずしも之れに
                                            やや
反対するものではない。乍併之れと同時に国際的正義公道を離れたくはない0国際間の事は動もすれば利己的に
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き臣1.1Lll
なり易いのである0之れは道徳堅固なる外交家も往々にして陥り易い処で、国家の名によりて不条理を敢てし以
て其将来を誤ることは古来其例に乏しくない0そこで之れが軌道を外れざらしめんためには国民が常に健全なる
輿論を以て之を指導せねばならぬ0例へば我日本の支那に対する態度の如き、若し健全なる民衆の輿論の指導な
きに於ては彼の一部政治家の如きは如何なる事を仕出かすか分らない○由来強者は往々にして自分に都合よさ理
窟を以て真理であるかの如く振舞ふものである0例へば白人開には真の文明を樹立するものは白人のみであつて、
有色人種は不可能である0故に有色人種を征服するのは文明のため人道のためであると称し、彼等は正当の権利
としてアフリカ人、印度人を服従し圧迫するを得ると考へて居る○吾人は常に之を開いて少からず憤慨するので
あるが、然し日本人も台湾、朝鮮、支那人に対しては之れと同様の考へを抱くのではあるまいか。
私の基督信徒としての信仰から云へば、白人が有色人種を劣等祝するのが間違つて居るのと同様に、日本人が
朝鮮、台湾の人々を継子扱ひとするは大に間違つてをる、宜しく真の兄弟として隔てなくしなければならぬ。支
那民族に対しても同様で何処までも彼等に尊敬と同情とを以て其民族性を啓発し、共に立つて東洋の安全を保持
する傷めなければならぬ0さうするには決して自家の利益のみを念頭におくことは出来ない。日本の政治家は
頼もすれば功名を急ぎ国民は又狂熱的愛国心の勃発するに任せて、対韓対支政策を誤り東洋永遠の大計を誤るこ
 やや

                                                 いやし
とはあるまいか0我国の外交論は常に余りに利己的なるの嫌はあるまいか0予輩の信ずる所に依れば筍くも世界
の表面に各種異民族の並立するは確に摂理の存する所である0弱き民族には弱き乍らに其処を得せしめなければ
ならぬ、幼弱の弟妹を強い兄や姉がいたはる考を以て彼此提携したいと思ふ○よし国際間係の複雑なる斯んな道
義言張ではいかぬとした所が、我々は支那朝鮮に村し、我国の利益のみを唯一の標準として利己的政策のみを
取つては行かぬと思ふ0今や我国の立場は諸外国から非常に猶忌の眼を以て見られてゐる。今豊島の陥落につ
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国際競争場裡に於ける最後の勝利
き轟囲も英国も大に喝采してをるけれども、愈よ平和克復の暁には彼等と錐も亦猫忌の念を生ずるは今より明か
なることである。然し膠州湾を取る取らぬの問題は抑も末である。要は国民が此問題の処理に際し何れ丈け国際
的道義を尊重するかにある。若し日本国民が此点に着眼せず、単に日本のみの利害休戚を念とするならば、よし
膠州湾は理想的に解決するとも、世界の猫忌は到底免るゝ事は出来ぬ0日本の将来を考ふれば、今後日本人は非
常な覚悟をなし、国民の思想に一大発展をしなければ、如何に武力に於て間然する所がなくとも決して安心する
ことは出来ぬ。故に国民の対世界思想を根本的に一変せなければ、到底最後の勝利は望まれない〇

      五
 此の国民思想と云ふものは個人の思想の如く急に其弊に気付いて之を咄嗟に矯正することの出来るものではな
い。個人なれば是非善悪を説いて反省を促せば直ちに改むることが出来るが、国民はさう云ふ訳には行かない0
之れは非常に時間を要する。されば今より之等の問題に関しては大に叫ぶの必要を見るのである0しかし国民の
思想は水二面に非常に弾力性を有してをるから、絶えず其方向を転ぜしむることも出来る○従つて今から大に警
         きつと
告を叫んで居れば吃度反響があるとの希望を以て信ずることが出来る0然らば吾々は国民中の如何なる階級に向
って吾人の主張を説くべきやと云ふに、云ふ迄もなく夫は中流階級でなければならぬ○上流と下流は実際に照し
て公明正大なる思想の表はるべき所ではない。夫の平民主義民衆主義の政治と云ふ如きも、如何にも一般平民に
政治的中心を措く様であるが、形式に於て一般民衆が支配する理窟にはなつてをるけれど、実は健全なる中流社
会の輿論が一方は少数の政治当局者を指導し、他方は一般下民の精神的潜導者となりて動くといふ所にあるので
ぁる。若し下民一般が健全なる中流階級の指導を欠くときは徒らに極端に走り、遠くは仏国革命の如き惨禍を見、
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近くはメキシコの如き状態となるであらう。健全なる中流社会は国家の中堅であつて、之を教養することは最も
必要である0独逸の欠陥は此国家の中堅たる中等社会が健全にして自由なる思想を欠く所にある。之れは何故で
あるか0独逸の宗教は国教制度であつて、旧教は全国民の三分の一、新教は三分の二である。而かも其新教も我
等の信ずる新教とは違ひ、旧教と相去ること遠からざる因襲的勢力の大なる一種の教権主義の宗教である。故に
政府は此等の宗教のカを以て人民を束縛し、従て人民は自由独立の思想を離れ其弊は一種の英雄崇拝主義に陥り、
自己の所信によりて進退するといふ堅実なる分子がない。其点になれば英国はえらい。英国では健全なる輿論が
常に大勢を指導して行く。之れ日本国民の大に学ぶべき所である。幸にして我国は比較的中等社会の健全なる国
                               あやま
である0我々中等社会のものは益々努力して、稀もすれば国歩を謬らしめんとする偏狭なる愛国心を公正なる方
向に利導し、国際的道義心を養い以て世界の同情を得、終局の勝利を占めねばならぬ。此点につき吾人は深く世
人の反省を促すものである。(十一月廿日記す)
                                         〔『新人』一九一四年一二月〕
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戦後に於ける欧洲の新形勢