露国貴族の運命


 一国政治上の実権が全然君主貴族などいふ一部の階級の独占に帰し、一般人民は毫も諸般の国務に対する政策方針の決定に与ることを得ざりしのみならず、人民の智識亦極めて低くして如何様に治められても一に君主貴族の所命に順達し、甘んじて一点の不平をも漏さゞりしは数世紀以前の国家の状態なりき。今日の国家に於いては最早君主貴族の所命を其儘金科玉条として尊崇し、彼等に治めらるゝならば如何様に治められても可なりと甘んずるの人民はなし。今日の人民は啻に当局者の政策方針を善しとか悪しとか是非するの批評眼を有し、斯く斯くに治められたしとの政治的希望を有するに至りしのみならず、更に一歩を進めて自ら一国の方針政策の決定に参加し、当局者の専擅に流るゝの憂を断絶し、少くとも当局者をして人民の声に耳を傾けしめんと熱望するに至れり。此熱望は夙に百年の昔より欧洲の天地に拡まり、以て今日の立憲政治を生みし也。
 併し今日の如き立憲政体を生み出すまでには頗る惨憺たる経路を通過し来りたることを忘るべからず。何となれば世の開明と共に人民が政権に参加せんとするの熱望は愈其度を加ふるのみなるに、従来政権を独占し来りし貴族階級は人民をして政権に与らしむるを喜ばず、徹頭徹尾人民の主義的運動に反抗し、其従来有し来りし地位と力とを利用して人民の勃興を圧追し、茲に上下両者の大争闘を醸したりければ也、然れども人智の開発は世の大勢なり。世の大勢にして抗すべからずんば人民の政治的熱望は決して圧抑すべきものに非るなり。貴族階級如何に其地位と力とを以てするも豈永く人民の勢力に抗すべけんや。故に見よ、今日に於いて多くの文明国は、或は貴族階級の人民の勢力を容認することによりて或は人民の勢力を以て全く貴族の階級を打破することによりて、主民的運動は遂に其効を奏し、兎も角も立憲政体の確立を見るに至りたることを。
 斯くして近代の国家は均しく立憲政体を採用し、人民をして政策方針を決定するの源たらしむるの主義に帰向しつゝあるに際し、独り怪む、世界中最も開明なる欧羅巴の天地に今猶ほ露西亜なる専制国あることを。
 然れども露国に於ける人民的勢力は日露戦争後頓(とみ)に勃興激増して専制政治没落の期も亦将に近からんとす。主民的運動の勝利が世運の大勢なりとせば、露国貴族の今日に強勢を極むるとも、其運命や既に定れりと云はざるべからず、彼等はこの趨勢を洞察するの明識なきか。将た之を洞察するも、自ら下りて平民の友となり広く同胞と苦楽を共にするの断と勇となきか、斯の明識と斯の勇断となくんば彼等は遂に亡ぶべきもの也。天下露国の貴族と運命を共にすべきもの猶ほ頗る多さを悲む。(翔天生)

 〔『新人』一九〇五年五月〕