朝鮮人の社会運動に就て


 大正八年の春朝鮮独立の暴動が鏡圧されて以来、朝鮮人の民衆的運動は種々局面の推移を示した。就中最近彼
等のうちに無産階級解放運動がしつかりした底力を持つて撞頭しっ、あるは頗る注目すべき現象漣芯はねばなら
ぬ。
 政治的独立運動も全く屏息したのではない。朝鮮議会の要請といふ穏な所で満足しやうと云ふ連中の運動もあ
る。内地の人々は朝鮮人の民衆運動とさへいへば徹頭徹尾政治的方面の要求に外ならぬと独りぎめに決めて居る
が多い様だ。無産階級解放運動といふ点に目ざめて彼等も亦新に現代通有の国際精神に動かされつゝあるに注意
を怠らば、飛んでもない過誤に陥るだらう。況んや彼等の間に起れるこの新しい運動は、今や諸外国の − 同時
にまた日本内地の
所謂無産階級より直接間接の支持と声援とを得んとしつゝあるに於てをや。之を好むと好
まざるとに論なく、朝鮮問遺に志ある者は深く這般の新機運に通ずる所なくてはなるまい。
 大正八年の万歳運動以後、その引き続きとも見るべき民衆運動は、時に依て其表現の形をこそ異にすれ、兎も
角も熱心に続けられて今日に及んで居る。此種類に属すべきものに、現在のところ硬軟の二派を区別することが
出来る。硬派の者は、多く海外に在りテロリズムの傾向を有する。国内に在る者は自然巧に範晦して其運動外面
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に現はれない。が、執れにしても相当の勢力を認めねばならぬと云はれて居る。之に対して軟派の方は何事も実
力の滴養が先決の急務だとの信念からして、教育と産業との振興に主力を注ぐのである。従て運動も外面的に幾
らか花々しい。開く所によると、当局者側は、硬派の方はどう取締つて居るか知らぬが、軟派の運動をば非常に
危険視し、金融圧迫の方策に由て彼等の志す教育及産業の振興を防止せんと企てゝ居るとやら。夫れかあらぬか
朝鮮人間の経済的悲境は昨今実にヒドイもので、財源の潤渇は何事を滝発展するに由なからしめて居る。斯んな
わけで、政治的自由独立を最後の目標とする例の運動は、硬軟両派を通じて目今非常な進展を示して居るとは云
はれない。
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 政治的要求の覚束なき貫徹に低迷して居る者の多い間に在て一部の朝鮮人間に、清々たる世界思潮の刺激を受
け無産階級解放の達成といふことに方向転換の必要を覚る者を生じたのは、最近の現象である。人或は日ふ、朝
鮮には資本主義が発達して居ないから現代的意義の階級意識のめざめは期し難いと。併し乍ら耕地の大部分が極
めて少数の日鮮大地主に独占され、農民の経済上に蒙る抑圧の甚しきを思ふとき、我々は彼処にも無産階級運動
の勃興すべき素地は十分ある様に思ふ。況んや昨今日本内地に続々入り込みつ、ある朝鮮労働者は、日本に於け
る無産階級運動を識らず〈本土に伝へずして已むべからざるに於てをや。執れにしても昨今朝鮮人の間に此種
の新しい運動の起りつ、あるは争ひ難い事実だ。この事実の発生を裏づけるべき沿革的乃至社会的の理由は、い
づれ他日また詳論することゝして、僕は之より直に此種新運動の発展を概略語らうと思ふ。
先づ朝鮮内地に於ける無産階級運動発達の概要を見やう。之を述ぶるには大正九年より十年までを第、期とし、











」同十、年よhノ以後を第二期とするを適当とする。
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 朝鮮に於ける無産階級運動の囁矢は、大正九年の春京城に創立された朝鮮労働共済会だと謂てよからう。中央
幹部の熱心は真に敬服に催するものあり、講演会に機関雑誌(現に二種あると云ふ)に頗る宣伝に力めて居る。さ
れば其発展も侮り難きものあり、支部も各地に設けられ、会員総数今や二万六千を算すと声言して居る。但し一
部少数の者を除いては階級意識も甚だ不鮮明で、且種々雑多の分子の混入してゐるの弊は免れないやうだ。其後
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同じく京城に小作人相助会なるものが生れた。一部野心家の御用機関だといふ評判がある。また労働大会と移す
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る灰色の組合も出来た。高麗共産党とか漠城共産党とかいふ秘密結社も生れたといふことであるが、其の正体は
十分に分らない。之等諸種の団体の族生に関し、極東露西亜の実際的影響如何の問題は、極めて興味あり又大切
な事柄であると思ふが、之は他日の評論に譲らう。
.以上は大正十年末までの形勢である。
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 大正十一年に入るや、京城に於ける形勢は新人同盟会及び無産者同志会の二団体の設立に依て、俄然一変した。
そはこの両者は共に共産主義的色彩を帯ぶるものたるのみならず、幹部は固より会員の多数また比較的に理義に
明かな意気の熱烈な人々であつたからである。やがてこの二団体は合同した。是に於て可なり根砥のある無産階
級運動は一歩一歩を踏みかためつゝ漸次有為な青年の間に喰ひ入ること、なりた。朝鮮青年の内部的要求は斯く
して今や政治的自由よりもモット深いとこに突進せんとして居るのである。
 斯かる形勢一変の新にもたらせる最も著しき現象は、従来其自身統一的であつた各協力団体の内部に、思ひも
寄らぬ平和撹乱の鉄槌をもたらしたことである。そは従来気の附かなかつた所に大なる問題の伏在することを暗
示し、之に由て党内新に新旧二派の争を生ずることになつたからである。斯かる動揺を経験しっゝある有力団体
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に例へば朝鮮青年会聯合会がある。天道教や仏教等の団体も亦御多分にもれない。否同じ様な動揺は労働団体そ
れ自身にも起つた。他の団体の事は暫く措く。今専ら労働団体に付て観るに、旧幹部中の裏切者や密に官憲と気
脈を通ぜる者やは改革運動の為に放逐され、団体自身の階級闘争的色彩が頗る鮮明となつたことは最も注意すべ
き点であらう。此外その影響の下に、之と相前後して晋州・大邸・平壊・釜山・其他の重なる地方に有力なる労
働団体の族生せることも亦看逃してはならぬ。京城に於てはまた多数の職業別労働団体が作られ、地方に於ても
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小作人運動は昨秋以来盛に起つてゐる。此種の新運動に参加せる者総数実に四万を超へるといふが、機関紙『新
 ヽ ヽ
生活』の気焔には中々盛なるものがある。今後更に大に拡張するだらうと思はる、。
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 翻て日本内地に於ける朝鮮労働者の状況は如何。先づ其の総数を挙ぐれば廿五万乃至升万の間を上下し、南は
九州一帯より北は北海道樺太沿岸にまでも散在して居る。従来とても毎日平均二宮四五十名の移入者と約其半数
の帰還者とがあつたが、昨年十二月十五日旅行証明制度の廃止の結果は、帰還者数は依然たるに来任者の数は数
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増して毎日の平均が八九百名に上つたと云ふ。こは勿論昨年来の農村疲舞の結果が労働者の出稼を余儀なくした
為でもある。・執れにしても内地来任の昨今の趨勢はすさまじいものだ。(序に云ふが、大正十年度の統計による
と、来住労働者数は、大阪府内だけでも、男・九三三五、女・三二六五で其中約四千人は工場労働者、他は概し
て土工と無定職者ださうだ。其後来住者は益々増加し、昨今は二万六千以上に達してゐると云ふ。而して工場労
働者の総数は大正十年度とさして変らないと云ふから、激増した部分は全部土工と無定職者だと云つてい、.。是
れ朝鮮労働者の供給常に市場に溢れて居る所以である。彼等の賃銀が工場労働者に在ても臥本人たるそれよりも
ノ日平均五十鏡乃至七十鏡方格安なるは、単に技術の未熟な為ばかりではないらしい。)











 何故に斯く多数の朝鮮労働者が日本内地に移入し来るのか。其の大体の原因は前にも述べたが、今参考の為に
     育んしようはん
朝鮮人たる金鍾範君の説を紹介しやう。君は今実に朝鮮労働運動の中堅人物である。
 さて金君の挙げて居る理由は四つある。
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 第一、日本の村朝鮮政策の産物としての朝鮮農村の疲尭並に之れが結果たりし満州露領方面への移住の最近の
不敏
 朝鮮に対する殖民政策の根底が資本的帝国主義たるは言ふをまたない。其結果農商工業のあらゆる権利は資本
家の奪ひ去る所となり、土着農民は遂に祖先伝来の郷里をすて、満州及び露領亜細亜方面へ放浪せねばならなか
つた(最近十数年間に於ける此種の移出者実に宙六十五万に上ると云はれて居る)d終るに政府は之に対して政治
上また経済上何等の保護を与へざるのみならず、時に却て種々の迫害をさへ加へたのであつた。殊に夫の輝春事
件あつてよりこの方、朝鮮労働者は危難の起るべきを恐れて専ら日本内地に来る様になつた。
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 第二、小作人の生活難
 物価騰貴に伴ふ支出の激増と諸税金の加重とに反比例して、米価の低落甚しく、農家殊に小作人の生活は極度
に窮まり、嫌でも応でも出稼せねばならぬ羽目に陥つて居る。
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 第三、東柘の移民政策と支那人労働者の移入とに由る朝鮮人の駆逐
東拓が日本人一戸を移住せしむること
そが予期の成功を収むると否とに拘らず − の必然の結果は、朝鮮
人の十数戸の耕地喪失である。昨今激増しっ、ある支那人の来住も亦朝鮮人の職業を奪ふこと移しきものがある。
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 第四、日本当局の朝鮮人招致策
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一ワ


 日本政府では、一つには内地産業に於ける生産費を安くする為め、又一つには由て以て日本労働運動の鋒先を
鈍らす為め、寧ろ多数朝鮮労働者の来任をよろこび、否之を奨励せんとする傾さへ見へる。去年十二月十五日の
旅行証明制度の廃止の如き憶にこの理由に基くものと思ふ。
 以上の解釈の当否は姑く別論として、金君の様な有力な地位に在る人の言論である丈我々に取つては大に参考
になるものがある。
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 日本内地に於ける朝鮮人労働者の状況につき最近最も看逃す可らざる現象は、「朝鮮労働同盟会」の創立であ
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 従来朝鮮労働者は、比較的に多数密集せる東京・名古屋・大阪等の都市に在ては、夫れぐさゝやかな団体を
結んでは居た。併しそは質に於ても量に於ても大したものではなかつた。而かも其間に確とした連格もない。最
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も多数を抱擁する大阪に於ても、十二三の小団体が雑然として割拠し、「兄弟会」と移するものゝ外は、労働団
体といふ名に応しい程のものではなかつた。若し夫れ之等団体と日本人労働団体との関係に至ては、寧ろ不祥な
る衝突の頻出に悩まされて居た。現に九州に於ては国粋会の爪牙となつて純労働運動の妨害に利用されて居るも
のもあるといふことだ。
 併し朝鮮労働運動も真に無産階級運動として覚醒すべくんば日本労働運動と徒らに感情的衛突を続くべきでは
ない。が、夫よりも先決の急務なるは、彼等自身の大同団結である。而して此の事が実に前掲の「朝鮮労働同盟
会」 の結成に依て実現の緒に就いたのである。
 これにさきだち
 先日牢東京在住の一部の朝鮮人有志は、朝鮮労働者の組合運動を起すの準備として各地に散在放浪する労働者











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の調査を行ふの必要を認め、「朝鮮人労働者状況調査会」なるものを組織した。之れ実に昨年夏の事である。昨
年の信濃川鮮人虐殺事件に刺戟されて起つたことは言をまたない。斯くて東京方面では機運は漸次熟して居つた。
十月に入り、月の中ば朝鮮内地の調査を了へての帰途大阪に立寄つた調査会の金錘範君は、既成の団体に関係の
ない労働者諸氏と協議して一新労働組合の組織を企てた。之が偶々大合同の端緒となつたのである。右の企てに
は東京の調査会も六名の委員を特派して援助し、超えて十一月日本労働総同盟大阪聯合会も亦委員会の決議を以
て朝鮮人労働運動を極力後援するを声明した。且事実組合組織の計割に大に協力したのでもある。
 其結果として昨年十二月一日に至り、所謂「〔大阪〕朝鮮労働同盟会」の創立大会は大阪九条市民殿に於て開催
された。会場は僅に二百名を容るゝに過ぎなかつたので、二千名以上の朝鮮人は門外に立往生するの外はなかつ
た。日本総同盟側からも数名の応援を送つたことは注目するの価値がある。不幸にも会半ばにして傍聴席から妨
害が起つた。議論紛糾して遂に臨監の九条署長の解散命令に接したのは甚だ遺憾の次第であつた。混雑の中から
検束された者も日鮮人を通して数名ある。解散後一部の労働者は九条署に押し掛けて検束者の釈放を追つたが、
発起人等は同時に他の場所に会合し組合組織の協議を続行したのであつた。翌二日府知事は命令を発してその宣
言綱領の発表を禁止したので、幹部は綱領を左の如き形に修正して六百の組合員に頒つた。
               〔団結〕
 一、我等は我等の結束の威力に依り階級闘争の勝利を獲得し以て労働階級の生存権の確立を期す
                                      〔生産者〕           〔新社会の建設〕
 一、我等は我等の膏血を搾取する資本制度を打破して「000を以て本位とする000000を期す」
 右の綱領にも明である如くこの団体の左傾的特質は極めて明瞭である。而して大阪方面に於ける朝鮮人労働者
の全部(又は大部分)が之に参加して居るのでないことは言ふまでもない。此外職業紹介と所謂鮮人の福祉とを主
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たる目的とする「大阪朝鮮人聯合会」なるものもある。之は前記同盟会の成立に刺撃され既成小団体の若干を合
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同して出来たものであるといふ。斯くて目下大阪方面に在てはこの右傾的組合と、かの左傾的組合の対立を見て
居るわけである。
 兎に角右の朝鮮労働同盟会は、創立後日猶浅きにも拘らず、着々発展して今や最も有力なる団体として許さ
る、のみならず、又多望なる前途を祝福されて居る。而して之がまた日本労働者と最も緊密に提携しっ、あるは
頗る注目すべき現象であらう。無産階級解放といふ高処に手を握れることに老輩中或は之を一段の危険と観ずる
ものもあらうが、又一方には朝鮮の民衆運動が今や将に偏狭なる政治的独立の持外に出でんとしつ、あるに甚深
の意義を了解せねばなるまい。
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 猶昨年中東京に於て「朝鮮労働同盟会」とか「黒雲会」とか云ふ団体の創立を見たが、未だ滋に論ずるに足る
丈けの発展を示して居ない。
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