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転地先から〔抄〕
発病から入院
本竺月十日軽い肋膜炎に雁つて東京帝大病院に入院した。病気とわかつて寝込んだのは去年十一月の末であ
る。十月頃風ひいて馬鹿にセキをしてゐたが其間に発病したものと見える。ふだん熱に関する神経が鈍いのか、
三十九度位になつても知らずに済ますことが常なので、今度も知らずに居て病気をわるくした気味がないでもな
い。十二月に入り稀小康を得たので癒つたと思つて油断したのが間違のもと、月末にいたり再び昂熟し、年を超
やや
へて下熟せず、果ては入院治療となつたわけである。
しかし私の病気は熱があるといふ外痛くも苦くもなかつた〇一時食慾が減退して弱つたが、全体を通して苦痛
といふものを知らなかつた。たゞ病気の性質1絶対安静を必要とするといふので、面会謝絶などの大げさな掛札
を病室の前につるした所から憲に陥つたなどの評判も立つたさうだ。其の為か色々の人かkろ〈な特殊療
法など教へて下さるのがあつた。親切な御見舞を賜つたのは数限りなくある。中には貴様のやうな奴は之を機会
に早々死んでしまへなど、いふ猛烈なのもあつた。
教へて下さるま、所謂特殊療法にも注意して見たが一つも実行はしなかつた。そは一つには病院の手当に十分
いわゆる
の満足を感じて居つたし又一つには之等の療法に共通の妄点を認めたからである。その欠点とは、之等の療法
一セ
はみな病患其ものばかりを見て居ることである。病院の手当が病患其もの、みを見ず病患を有つてゐる人を着眼
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ら
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力
先
地
転
してゐるといふと対比してこの欠点は益々著しく感ぜられたのであつた。私の場合にして見ると、単に肋膜炎を
なほすのでは十分でない、現に肋膜炎に雁つて居る人の健康を全体として恢復して呉れるといふのでなくては完
かえりみ
仝といへない。此点に於て病院の手当は至れり尽せるものがあつたので、特殊療法などを顧る気になれなかつた
う えん
のである。腹が痛いときモルヒ、礼でも注射すればすぐ直るが、之丈では根本の健康が護られるのではない。迂遠
なやうでも、結局表通りを悠々と歩く方が勝だ。あんな軽い病気に半年も病院に居たのは馬鹿々々しく長い様だ
が、私は結局此方が得であつたと今現に確信して居る。
悪魔尊敬論
かつ
私は生来からだが非常に弱い。学校時代の体格検査はいつも丙であつた。それだのに物心づいてから曾て病気
といふ程の病気をしたことがない。前にも云つた通り、三十九度位の熱なら知らずに居ることが多い、少し悪寒
気を覚へる気分も変だなと感ずる時は、大抵九度五分を超へて居る。今度も九度六分になつて始めて気がついた。
そ ものう
夫れでも机に対して本を読んだり物を書いたりするに働くない。大抵の風邪なら夜好きな釜揚うどんの一杯を腹
につめて寝れば翌朝はきつと直る。別に無理押をするつもりはなかつたが、案外からだには自信があつた。そし
こ
て自分で斯んなことを考へて居た。人間は活きものだ。従て必要なものを自ち創造する、だから医者が三日かゝ
はす
つてなほる筈とみた病気も一日でなほるのであらうと。今までは此流儀でどん〈押して行けたのである。
病院にゐたとき、木下尚江君が見舞に来られた。右の様なことを話したら、「そんなこと君の著書にも書いて、
あつたつけ」と笑つて居られた。『斯く信じ斯く語る』の中にそんなことを書いてあつたのだ。熱があつても押
こう
して行つたり風邪も釜揚うどんで追つ払ふなどの我俵が嵩じたから斯んなことになつたのだ、チヨイ〈と来る
7
▲ヱノ
警告を無視して思ふ存分に当り散してゐると、去年のやうな筆禍事件も起る、今度の病気もつまりあれだネと木
下君は附け加へた。だつて警告する方が間違つてゐるんで、己の方が正しいんだよ、からだの事だつて平素弱い
と知つてゐるので人一倍の注意はしてゐたんだが、と答へたらそれだテ、自分が正しいだけでは通らぬよ、うま
べか か か
く世渡りをするには悪魔も時に尊敬せざる可らずサ、と木下君は気持よげに呵々大笑した。
8
ュ「ノ
無知よhノ来る冒険
とは云ふものゝ、病気になつてから私もだいぶ神経過敏になつた。主治医の人からふだん熱はどの位おありで
したときかれて、返答が出来ぬ程ふだん熱などを気にかけなかつたのが入院してから之が馬鹿に気になり出し、
お か
一日に十回以上も規則正しくはかつたことがある。共外万事につけて過敏になり、可笑しい程気が弱くなつたと
しか
ひそかに歎息したこともあつた。併しよく考へて見れば従来の様に無謀なことをするのが決して賞めた事ではな
あつもの なます
い。嚢に懲りて胎を吹く様でも困るが、相当の知識を備へて無益な冒険を避け、道理に外れぬ勇往邁進を、確信
を以て敢てすることになれば甚だ結構である。して見れば病気になつて一時神経過敏になるのも進歩の一.階段と
観ていゝわけであらう。
むし
無知は冒険の母である。人間をめちやくちやに気荒く育てるには、教育は寧ろ何よりの禁物だ。病室にひとり
ぶりよう もし
で、無柳に苦みつ、私はこんな事から図らず軍事当局の(若くは軍人一流の)教育方針に思ひ及した。彼等は酔ふ、
教育が進むと兵が弱くなると。又つ、教育の高いもの程兵としての素質がわるいと。良兵は多く無知低能の農
〔進〕
民から起るとて、しきりに日新月歩の教育を呪うて居るものがある。
現代の教育を呪うの結果、彼等は軍人志望者を普通の教育機関より隔離し、特に馬鹿になる様に育てる為め特
〕
抄
〔
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カ
先
地
転
9
ユノ
殊の教育機関を設くることにした。士官学校などはまだい、として、幼年学校などいふものは、正に変態性格を
鋳造する外何の役に立つものではない。之などはどうしても良兵の穎要資格は無知蒙昧なりとの信条に根ぎすも
のとしか思はれない。
幼年学校辺でどんなに高い障壁針築いても世上開明の風はどん〈吹き捲つて襲ひ来る。無知で通して来ただ
ここ し かい
け適当に之に処する方策もわからない。是に於て斯界の策士は飛んでもない無鉄砲な謀略を抜出するに至つた。
そは所謂源泉に遡て禍根を絶つの筆法によつて教育界全体を我が思ふ様に左右せんといふことである。此点に於
もつけ さいわい
て文相の椅子に岡田良平氏をもつことは彼等に取て勿怪の健倖であると思つて居るらしい。
めちやくちやに荒れ廻るには無知に限る。何も知らないときには私も随分からだを疎末にした。之に懲りて一
時は過敏臆病にはなつたけれども、段々知つて来ると其処から本当の勇気が出て瀬かやうに思ふ。国民の真勇も
む げ
実は無知からは湧いて来ない。無知の暴勇を喜ぶは軍人と資本家に多いと云ふさる人の非難も、無下に之を軽視
し去るわけにはゆかない様である。
〔『文化生活の基礎』一九二五年九月〕
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