単一無産政党の前途
単一無産政党成立の事情 新聞の報ずる所に依れば、多少の曲折のあつた準備行動も首尾よく終り、全国的単
め で た
一無産政党は近く結党式の挙行を見るべしとのことである。然るにこの目出度かるべき報道と前後して、日本労
働総同盟は会長鈴木文治君の名を以て「政治行動に関して一般組合員に告ぐ」なる声明書を発表し、中に「第一
回綱領規約整理委員会に於て衝突したる根本的に相容れざる二個の政治的意見が、第二回の委員会に於て一方の
譲歩によつて兎も角表面上は一致したと云へども、評議会側の真意に対する我等の疑心と警戒とは容易に取り去
けだ わ由
ることは出来ない。…=・蓋し危機は根本的に除かれたるにあらずして一時弥縫的に蔽はれたるに過ぎないのであ
る」と云つて居る。結婚はせにやなるまいが相手の真意は依然として疑はしいといつたやうな態度である。斯く
して出来た世帯の前途は果して吾人の祝福に催するだらうか。
鈴木会長の声明書にもある通り、来るべさ無産政党の構成分子たる諸労働団体の間には、「根本的に相容れざ
る二他の政治的意見」がある。もつと突き詰めて云へば「根本的に相容れざる二個の人生観」があると云つた方
が適当かも知れない。この相違なり対立なりは思想の上にも現はるれば行動の上にも現はれ、果ては感情の阻隔
にもなつて来る。其の代表的なものは総同盟側と評議会側との反目暗闘であるが、直接労働運動に関与して居な
い人々の間にも、各その牽引する所に従つて自ら二分派をなして居ることは疑のない事実だ。而して無産政党も
いよ′ト出来るといふ今日の間際に斯かる反目暗闘の露骨になるのは階級運動の前途に取つて由々しき大事なり
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として、非常に心配する人もあつたのだが、さりとて今更之をどうすることも出来ない。もとノ\人生其ものに
対する態度が根本的に違ふのだから、何かにつけて二つの意見二つの感情が郁鮮と村立するのは到底之を避け難
いのである。それも無産階級の自覚のまだ幼稚な時代、金権官権に対する反抗に熟して居る丈の時代なら兎も角、
今や進んで社会改造の積極的活働にも目醒めて来た時代となつては、各自その理想に反省し深く根を人生観にお
ろさうとするのは当然だ。従て無産階級が斯く根本的に相容れざる二派の対立に悩むのは、階級運動の熱情を冷
却せるの証左ではなくて、実は寧ろその進歩の当然の階段に向上したものと請ふことも出来るのである。
何れにしても二派の対立は今や事実として之を避け難い。之を如何に切り抜けて全国的単二址産政党の成立を
しき−
実現すべきやは、昨今大小策士の頻りに煩悶する所の問題のやうである。如上の形勢に鑑み更に政党創立の政略
論や政治的民衆教育の根本義やから考へて、単一無産政党案に対して吾人が可なり強い反対の意見を砲拝せるこ
とは、また従来の所論に依て読者の既に承知せらるゝ所であらう。併し吾人の議論は顧みられなかつた。当事者
は一所懸命単一政党の実現に努力して居る。斯くていよ〈近く結党式を見得るまでに漕ぎ付けたといふが、ひ
そかに其裏面をうかゞふに、其のこ、に到るまでには実に幾多苦肉の計策も行はれたと云ふ。果して然らば其前
途に就て吾人は安心して十分の楽観を寄せ難くも思はるゝ。
評議会側の校智と総同盟側の便柔 相容れざる二派をそれぞれ評議会派と総同盟側とに代表させておく。或は
共産派と組合派、或は極左派と右傾派などゝも云へぬことはあるまいが、若干語弊ある様にも思ふから、表題の
すこぶ
通りにしておく。さて単一政党準備策動に於て、評議会派のやり方は頗る巧妙であつた。之に較べると総同盟側
の態度は如何にも意気地が無さ過ぎるやうに見へる。単なる小手先の争としてあれではてんで相撲にならない。
但しこの争に十全の勝利を得たからとて直に大局の死命を制し得ないことは言ふまでもない。
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▼●
評議会側は普選の実施を利用して無産階級者の宜しく全国的単一政党を作るべきの輿論を作興するに成功した。
無産政党は全国に唯一つあるべく、而して之を妨げ少くとも其分立を策するが如きは正に之を階級運動の裏切者
と目すべしとさへ信ぜしむるに成功した。斯く大衆の輿論を指導しっ、、此一派は巧に既成諸団体の幹部の地位
▲b
を占領した。其の為に如何なる手段を取つたかは今詮索するの限りでない。若し彼等の計劃が思ふ優に十二分の
成功を見たなら、各団体を糾合してやがて単一無産政党の成立を見るは事まことに容易であつたらう。が、世事
もと
固より意の如くならず、既成団体の中には漸く彼等の幹部乗取り策に反感を催すものを生じ、之に警戒する者に
至ては昨今頗る多きを加ふる様になつた。是れ前述の如く第一回の準備会に・於て所謂根本的に相容れざる二流の
ゆえん
正面衝突を見た所以である。斯くして無産政党構成分子間に於ける二漁村立の形勢は、此時に於て既に明白なる
事実となつたのである。そこで評議会側は考へた。第一此際二派の対立を見るは不得策だ(大衆の大部分は或は
反対派の方に附いて行くかも知れぬからである)。第二にどうせ一緒になれぬものなら決裂の責任を反対派に負
はさうと○於是彼等は第二回の準備会に於て意外の大譲歩を示し、反対派をして新郷独立するに口実なからし
ここにおいて
・めた。それでも一所にやられぬとなれば、その責任は一に総同盟側にある。此策戦は見事に図星にあたり、相手
方を大に困らした。鈴木会長の前述の声明の如さも、実はこの窮境に押し詰められての一悲鳴に外ならぬもので
ある畑
総同盟側に評議会派と一緒にやる気のないことは知れ切つて居る。またその方が賢明でもある。そんなら何故
蝕くまで堂々と独立を宣明しないのか。識者を納得せしめ大衆を満足せしめ得る理由は幾らもあらうのに、計
そし.り
こ、に出でず、断然嫌と言ひ切れずして不平を云ひつ、引き摺られて行くその優柔さ加減は、寧ろ醜随の談に偉
かつ にわか き し ぬりかえ
しないだらうか。尤も此」派も曾ては単一政党主義を力説したことはある。其手前俄に旗h職の塗替を難んずるとい
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ふ事情もあらう。併し決裂の責任を反対派に嫁して巧に独立の功を完うしやうといふ小策の上の争なら、評議会
あくせく
派の方が遥に上は手のやうだ。小手先の争に髄離することを私は総同盟側の為に取らぬ。彼等の為に此際一番
いゝ方法は、事情を正視し、理義に徹底し、対策の出直しを断行して改めて勇敢に正々堂々の陣を張ることであ
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る。
単一無産政党の前途 無産階級の為の政治運動は二つも三つもに分れべきものでないといふ思想は、一寸考へ
ると尤もに開へる。之は国家の為めなら挙国一致すべきだとする専制政治家に有り勝の共通謬想と同じく、頗る
おめでたい説として昔から嘲笑の種となつて居るものである。日本の政治家は、憲法を布いた当初から、此の意
義に於て、政府に反抗する政党の存在を罪悪祝した。その熱心な信奉者に山県公あづたことは人の知る所、寺内
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伯などは在世当時頻りに此説の宣伝につとめたが、近くは山本伯の如く各政党の肯領を普ねく集めて所謂挙国一
致内閣の可能なるべきを夢想した人もある。英国あたりの政治史を読むと、国家の為なら各派異色の人を同じ政
府に集め得ないこともあるまいといふ考の馬鹿〈しい妄想なることは、一六九九年以来明白になつたと書いて
居る。蓋し人生に対する態度の根本的相違は、どうしても実際政策上の対立を来さずんばやまず、又斯く対立牽
制することに相当の倫理的基礎もあるのである。無産階級の政治運動だつて此道理にかはりはない。根本的人生
観の異同に依て分派の起るのは当然である。之を強て一緒にするのが寧ろ不自然なのだ。無産階級の解放運動だ
から単一政党でなくてはならぬといふのは、山県寺内辺の妄想程度のもので、我々政治史家から観れば二宮余年
前から分り切つた笑ふベj謬想の蒸し返しに外ならぬものである。
尤も旦別卑近の便宜から云ふと、呉趨向舟、出来るだけ多くの有象無象をかり集めた方が都合はいゝ。その為
もくろん
めか彼等の中の誰れ被れは、従来何かの機会をねらつては多数糾合を目論で居た。目的をかくしては人を集める。
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やがて覆面をかなぐりすてるに遇うて驚いて逃げ帰つたといふ人の詰も一度ならず開い七。逃げるのも臆病な話
だが、い、加減な餌で人を釣るのも罪な話だ。が、之れ程までに苦心する所を以て見ても、一部の人が、その動
しばら
機の如何は姑く別として、多年同志の糾合結束並に共外形的膨脹にいかに苦心したかを想像することは出来る。
即ち観る、単一結集の希望は彼等に於て決して一朝一夕の思ひ付ではないことを。故に無産政党問題に於て彼等
が単一主義の信条を今また強く振り廻すのを独り特に怪む理由はないのである。
併しこの単一結集は彼等多年の宿望であつたに拘らず、実際の形勢は常に彼等の予期に反したことも亦歴史の
明示する所である。明治三十年代の末季安部磯雄氏は何故に社会主義団体を脱したかパ四十年代の初期木下尚江
氏等は何故に幸徳堺等の諸氏と分れたか。表面の口実は何であれ、之等の事実の真相は皆根本的人生観を異にす
るもの、到底永く積極的事業を与にし得ないことを語るものと私は信ずる。欧洲大戦後社会思潮の沸騰を極め、
所謂同志の士の非常に多くなつたに拘らず、共派の人々の間に兎角歩調の揃はぬ所あるのも、皆一つにならぬも
のを強て一つにしやうと無駄骨を折るからではないか。斯う考へて来ると、之等の運動は少くとも二つにわかれ
るのが当然の道筋で、所謂単一無産政党なるものは、よし一時出来ても、そは明治二十年当時の大同団結程度の
ものに過ぎまいかと思ふのである。
之も新聞の報道に依ると、来るべき単一無産政党は安部磯雄氏を頭首に戴かうとして居るといふ。各派異色の
人々も安部氏の傘下には喜んで集るだらう。安部氏を頭首に戴くことは、今のところ、本来不自然なる単一無産
な
政党の生命を少しでも永からしめ得る唯一の条件に相違ない。が、明治三十年代以来背き経験を嘗めて居り而も
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道徳的感情の特別∬鋭い安部氏は、果して無条件に其の推戴を受けるだらうか。安部氏は木偶ではない。評議A茶
派の少tでも優勢なところへは断じて行くまいし、又安部氏が一諾の下に勇進する時は、必ずや評議会派が無理
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押に押し出さるゝ時でなければならぬと考へる。孰れにしても近々開かるべき結党式に於て党首聞邁がどう解決
さる、かは、無産政党の前途を予測する重要なる一標識になる。但し之が一時円満な解決を見たからとて、単一
無産政党がいつまでも分裂せずに行けるものでないことは明白である。
合理的共同戦線論 以上の如く論ずると、人或は吾人を目して、無産階級の統一的活動を呪ひ陰にブルジョア
階級の為にはかり、其の便とする
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現に骨折る者と為すかも知れぬ。若しさう考へる人があつたなら、そ
ベか
れは飛んでもない誤解だ。成る程無産階級政党は単一なる可らずと主張するは、即ちその政治的活動カの分裂を
説くものだから、外観上無産階級の勢力集中を妨ぐる主張の様にも見へやう。若し分れたものが、単に一緒にな
まこと
らないといふだけの理由で、一から十までの敵味方とならねばならぬものとするなら、右の説の結果は渦にブル
ジョア階級に乗ずべき恰好の間隙を与ふるものに相違ない。併し一緒になれぬ当然の理由ありて堂々と分れたも
のが、時々の必要に応じて、また堂々と提携協働することが何故出来ぬだらう。私共の考では、所謂共同戦線は、
目的の範囲をさへ限定するなら、両派の協議に基いて立派に且つ有効に張て行けるものと思ふのである〇
一体我国の政界は、各派の共同策戦といふ方策には由来極めて拙い。其の方面には丸で訓練が出来て居ないと
もいへる(尤もかうした訓練のないことにも政党発達史上相当の理由はあるが)。だから稀に共同の事実があつて
も永続きがせぬ。のみならず下らぬ理由ですぐ分れてしまう。護憲三派の末路が其の適証を示して居る。之に反
し少し立ち入つた提携が出来さうに見へると、合同といふ所まで行かないと承知せぬ。合同まで行かねば本当の
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一致行動が出来ぬと考へるものらしい。かの政本合同の動機の如きも畢尭はこんな処に在るのではなからうか。
各々個性の独立を維持しっつ特定の目的の為に暫く事を共同にするといふことに止まり兼ねる。此等は丁度教育
のない男女の交際のやうな有様で、少し交りが進めば直ぐ醜関係に堕落する。此処まで行かず、各々個性の独立
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を傷けずに純潔に交つて行くことが出来ぬのである。斯の如きはもと政界一般の通弊だ甘ら、独り新無産政党に
のみ全きを期待するわけには行かないが、併しどうせ早晩分立は免れぬものとしたら、この部分的協定に共同戦
線の活路を見出すことの外に、無産階級の統一的活動を纏めて有力にブルジョア階級に対抗する方法はないでは
ないか。
根本的に相容れないものを無理に一つにしやうとする結果は、永遠の混乱である。無産階級の政治運動を永遠
の混乱より救ふ唯一の方法は、実に共同戦線を一つの取引と観るに安ずることである。社会改造の建設的方面に
在ては、相容れざる意見の対立は免れない。そは人生に関する根本的態度の異る結果として己むを得ない。けれ
どもブルジョア的圧迫に対抗して自粛階級の解放を主張するといふ段になると、彼等は等しく同一の利害関係を
持つ。此の限られたる目的の為に共同することは一向差支はない。但しこの共同の必要は如何に緊急であつても、
本来の積極的理想に対する責任をまで無視せしむる権利はない。が又他の一面に於ては、此点に譲るを得ずとし
ても、限られたる目的の範囲内に於ける必要なる共同策戦を拒避するのは余りに偏狭である。斯くして彼等は各
きようこ
々その独立の個性を維持しっつ、一種の取引に依て箪固なる共同戦線を張り得る筈なのである。此点に十分の成
績を挙げ得るか否かゞ、実は無産階級の統一的活動の前途に一番重大の関係を持つのである。単一無産政党論の
空想的謬妄を説いたからとて直ぐ之を、統一的活動の妨害者だと思ふのは、飛んでもない見当違である。
ドイツ
独逸あたりでは、社会党は極右の保守党とさへ一種の取引関係に入ることがある。殊に選挙の場合に甚しい。
例へば甲区に於て中間党の候補者を排し社会党候補者の選出を助くるの報償として、乙区に於て保守党は社会党
の支持を受くるといふが如き是である。表面上不倶戴天の敵ともいふべき之等両党の間柄にてさへ、限られたる
目的の範囲内に於ける取引は盛んに行はるゝ。凡そ完全なる無条件の共同は根本理想を同うする者の間に於ての
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み存し得べく、然らざる者の間に於ける協同は必ず目的を限定するものでなければならぬ。而して根本に於て相
容れざる者が、其め当然の結果として大局に於て争ひつ\而も特定の事項に就き緊密に協同するのは、実は特
殊のすぐれたる訓練を必要〔と〕する。反対派をば徹頭徹尾仇敵祝し、共の説を聴かずして先づ相手方に悪声を放
つといふ様な軍国主義的訓練のみ.に依て養はれた我国の政界に於ては、此事特に困難であらう。それ丈けまた此
点に成功するならそれこそ無産階級の大なる誇りにもなる。要するに無産政党の単丁王義に反対するのは必しも
其の政治的活軌の統一を呪ふことにはならない。統一的活働の効果を本当に挙げる方法は寧ろ外にある。而して
無産政党の多元主義と共同戦線の取引観とは、実に真に無産階級の政治的活動を統一あらしむる所以であり、又
同時に我国一般政界の通弊を救ふ所以でもある。
余論 鹿を追ふ者は山を見ず、主張に熱中するものが他種の言説に盲目なるは当然だ。己れの外に真理は無い、
ことこと むし
天下の人は悪く己れに同意すべきだといふのは、外から観て頑迷だが、其人としては熱情のほとばしる所寧ろさ
ま
うなくてはならぬ筋合だ。併し傍観者に取ては、如何に其人が熱心でも、自分を柾げてまで彼に就くの必要はな
い。要は一に其の立つ所に聡明であり忠実であるを緊要とする。
ちから
天主教会では、人の罪を救ふ能のある本当の教会はおれの教会のみだと主張する。わが教会に従はぬものは神
に対する反逆だと罵る。けれども世界には宗教の数一にして足らぬ。而して識者は天主教会のみが神の光りでは
ギリシア
ないと教へる。新教も希隠教も果ては仏教も回教も、各々厚薄の違はあれ、ひとしく皆神の光の顕現であると説
ちゆうたい
く。此の達観と寛容とが実に近代の世界を平和に連絡する紐帯となつて居るのだが、天主教会のみは伝統的主張
にこだわつて兎角この協同に離れ勝である。今や無産政党結成問題に就ても、天主教的理論が世上に横行し、敢
然として其の誤りをたゞす者甚だ少い。誰か起てルーテルの跡をおふものはないか。差し詰め総同盟側などはモ
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少しはツきりした態度を執て然るべきに、事滋に出でないのは吾人の甚だ怪訝に堪へぬ所である。
終りに三一口する。総同盟側とか評議会側とかいふもの\之等が労働組合として其儀政党組織に加入するの是
非は別論として留保しておく。此点は本誌前々号にも説いたから参照を乞ふ〔本巻所収「無産政党間邁に対する吾人
の態度」「無産政党間題追記」〕。吾人の切なる希望としては、政党組織はどこまでも之等組合の幹部の人々の問題と
して貰ひたい。国内無数の無産者を政治運動に興味を有する少数者の踏台にすることは、吾人の憤慨に堪へぬ所
であり、且大衆の本当の政治教育は、彼等を政党組織外に超然たらしむることに依てのみ可能であると確信する。
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せんだつ
不幸にして此点未だ無産階級先達の承認を得ないのは、
吾人の甚だ遺憾とする所である。
〔『中央公論』一九二五年一二月〕
渉
干
の
察
警
と
由
自
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園
学