日支国民的親善確立の曙光
両国青年の理解と提携の新運動











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 五月初め、支那で騒擾の起つた際、我々は只何んとなく今度の騒擾の従来のとは性質を異にするものであるや
ぅな感がした。騒擾の直接の発端は、山東問題に関する巴里外交の失敗であるけれども、然し根本の遠因は、最
近一両年此方の北京学界の飛躍的確信に在ると思はれたからである。欧洲戦争に依つて起されたる思想的激変の
波涛は、支那にも押し寄せたので、青年学生の間に於ける開発の頗る著しきものありし事は、今更くど〈しく
云ふの必要はない。而して其の結果は、社会各方面の事物に対する鋭敏なる批判となり、更に進んで支那を最も
               はげ
毒しっゝある官僚政治に対する劇しき不満となるは理の当然である。而して今日北京の官僚政府が、久しく我国
の一部の閥族の支持に依つて、立つて居る事が明白なる以上、隣邦青年の鋒先が転じて我国に向ふのも亦已むを
得ない。斯く考へて見れば、支那の対日暴動は我々日本人としては、誠に厄介な事であるけれども、支那人の立
場に立ちて考へれば、又是れを諒とすべき理由がある。善かれ悪しかれ、今度の騒擾は斯くの如く彼等の自発的
                                                                       〔来る〕
行為なりと見るべしとは、我々の当初からの見解であつた。而して其の後の経過を精密に注視してロロと、我々
                                              し一そ・つ
は当初の見解の益々誤なき事を確むるのみである。かの一部の野心ある政客の使吸に出づるとか、英米官民の煽
    〔づる〕
動に出D口とかの流説の如きは、多少其の痕跡ありとするも、決して主要なる原因を為すものではない事は云ふ
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を侯たない。
 共処で我々は支那の騒擾に対しては、始めから次の如き考へを決めて居た。
  〔二 彼等の主たる目的は結局に於て官僚軍閥の撲滅に在る事。
  〔二〕彼等の排日の原因は、日本を以て彼等の官僚政府を援助するものと為すに在るが故に、支那官僚の援
   助に、貫任なき国民は、彼等の罵倒を甘受する理由なき事。
  〔三〕若し彼等にして、日本に帝国主義の日本と、平和主義の日本とあるを知らば、彼等は必ずや喜んで後
   者と提携するを辞せざるべき事。
 斯くして我々は隣邦青年の暴動の影に潜む精神の内に、本当の日支親善を生み来るべき種子を認めざるを得な
かつた。考へやうに依りては、同じく官僚軍閥と悪戦苦闘を続けつ、ある我々と彼等とは、同じ精神で同じ仕事
をして居るのだとも考へられる。然らば此の際、只表面の形に囚へられて、彼等の行動を漫罵するのは宜しくな
い。何となれば本当の日支親善は、彼等を了解し、彼等に我々を了解せしむる事に依りてのみ、出来得るからで
ある。
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 斯ういふ立場で我々は騒擾の勃発以来、しば〈同胞の国民に警告を試みたのである。当時世上の論者は、支
那の青年が所謂親日派と称する曹、章、陸の諸君に危害を加へたからとて、恰も日本其者に対する危害なるかの
如く見倣す者が多かつた。其の他、彼等青年の阜として敵とする一派が倒る、と云ふ事は、日本が従来支那でし
                                   ひたすとり
て居つた仕事の凡べての根拠が崩れると云ふ事になる所からして、只管彼等の不成功に終らん事を希望したので





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一凶

一日
ある。けれども新しい思想を了解し、又其の希望に生くる少数の識者は、従来の対支政策の根本的に誤りなる事
を自認し、一つには隣邦青年の奮起に同情し、又一つには従来の有らゆる行掛りを一都して、是等青年と結ぶべ
く新規蒔き直しを断行する事の必要を認めたのである。是の点に於ても我々の警告は決して徒労に終らなかつた。
我々は我々の周囲に、是の点に於て我々と志を同くする多くの青年を発見する事に於て、多大の満足を感じたの
である。
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 斯う云ふ行掛りは、遂に我々をして多大なる成功の確信を以て、真の日支親善の恢復、又は創立の為めに起た
ざるを得ざらしめた。斯くして我々は遂に隣邦の学生諸君と或る種の交渉を開←単になつたのである。
                                                     ここ
 我々の交渉の相手も学生諸君の団体である事は、何の怪しむべき事もないが、麦に二言参考にまで申して置き
たい事は、従来の日支交渉は多く正しい的を外れ勝ちであつたと云ふ事である。今度も各地で排日暴動が起つた
と云ふので、公使や領事が夫々当局の官憲に苦情を持ち込んで居るが、然し学生の暴動の仕末を官憲に持つて行
つたのでは、地獄の問題を極楽に持つて行くやうなもので、到底満足の解決を得らるべき道理はない。何となれ
ば政府と国民と何等の有機的関係なきは勿論、一方には政府反対の為めの学生の暴動があり、他方には政府に之
れを取締り得べき何等の実力なきに当り、一から十まで政府ばかりを相手にして何とかして呉れと云ふのでは、
政府をして内外共に困却せしむる外実際に於て何の得る所もない。尤も公の仕事としては、向方の政府に突さ掛
る外道もあるまいし、又共れ丈けの手緑を尽くせば一応の責任も済む訳であらうが、然し外交官にして此の手続
以外利害関係の実際に立ち入りて、実のある活動を為すべき責任ある以上、モー少し何とか別の智慧が出さうな
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ものである。それには暫く公の衣を脱いで、赤裸々の一個人としてヤカマシケ文句を云ふ学生の中に飛び込むだ
けの覚悟がなければならぬ。然して従来の我国の当局者には、かゝる覚悟もなければ又かうした風の智慧もない。
この頃ヤツト斯う云ふ事に考がついたものと見えて、普く民間の意思の疏通を計らしむる為めに、従来とは風の
変つた特使を派遣すると云ふ噂もあるが、果して然らば之れは至極結構な企に相違ない。只犬養翁を起して此の
任に当らしむると云ふ人選の仕方ではまだ〈此の考に徹底して居るとは云へない。
 我々は先づ向方の学生全体と意思の疏通を計り、親善の関係を確立するを手始めとして、北京の諸大学の教授
学生の招聴と云ふ事を企てた。尤此の話の起りはさる六月五日の黎明会講演会の時であつた。先づ北京から教授
一名学生両三名を東京に招き色々懇談をして見やう。結果が良かつたら漸次此方からも出て行か、つ。東京では黎
明会の有志が其の斡旋に任ずる事として、一つ北京に交渉して見やうと云ふ話が二三有志の間に纏つた。中には
今日のやうな排日運動の殆んど狂乱の極度に達した際、こんな企は空想ではあるまいか。少くとも時機宜しきを
得て居るものでないと云ふ考もあつたが、然し我々には決して然からざるの確信があつた。ソコデ追つて誰かを
派遣して具体的に交渉を進むる前に、一つ書面を以て仕組をしやうと云ふ事になつた。
                       りだいしよちノ
 其の結果余は有志を代表して在北京大学の友人李大剣君に手紙をやつた所が、予想の如く−1或人に取りては
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予想外にも
次の様な返事があつた。
                       たと え
 北京学界は貴君の来遊を甚だ望んで居る。縦令大学の交換教授の試みが不可能とするも民間の学会や新開
                                                       ▲王
社にして貴君を稗して講演を聴かんとする者がある。貴君が今夏或は今秋に於て駕を柾げて華に来り数月の
間日本国民の真意及デモクラシイの精神を弊国人民の前に披示する事が出来れば東亜黎明運動の前途に甚だ
重大なる関係を有するであらう。






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 李君に手紙をやつた時、余は先に北京学生の騒擾に閑し日本国民を警告する意味で発表した一二の論文を切り
取つて送つてやつた。然るに李君は之れを翻訳して北京の新開に載せたものと見え、而してそれが又学生諸君の
間に多少の影響があつたものと見え、多くの未見の友人より極めて同情に富んだ、又極めて感激に催する書面せ
貰つた。而して此等に依つて余は彼等が決して滅茶苦茶に日本の敵たらんとするものでない、我々の態度一つで
彼等は寧ろ大いに我々と結ばんと欲する本能的熱情を持つて居る者なる事を認め得た。彼等は異¶同音に自国の
悪政府を呪ひ、従つて又之れを助くる日本の一部の政客を罵倒するけれども、何とかして日本の本当の健全の分
                                  ′りくけいえい
子と結ばん事を希望せざる者はない。次に掲ぐる北京清華学校の賂啓栄君の書面の如き其の最も代表的のもので
ある。
                                    しやじ
  日本国民と中国々民との感情は、近来愈々以て険悪に趨き、遂に這次の情形に到りしは、畢克以下の数因
  によるものなり。

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 日本軍閥派が中国軍閥派を圧迫及び誘引せしこと。
 日本の新開が中国人を護罵し以て中国人の対日反感を誘起し、相互仇恨の念を強めしこと。
 日本政府が許多の浪人と不良軍人とを流して、中国内地に到らしめ、中国人を欺瞞し因りて以て中国
人の排日的感情を引き起したること。
戟@日本の学者中常に種々の出版物を著はし、幾多中国侵追の説を立て、中国人をして堪え難きの念を起
 さしめ遂に反響を起し日本人を恨むに至らしめしこと。
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 日本の軍閥派、新開、浪人、軍人、一部分の学生は均しく中国に対して野心を存し、而して真正の善
       まさ
良国民は其応に有す可き責任を忘れ、以上の不良分子に対し相当の処分を与ふるを怠り只是れ袖手穿観
▲ノー
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  すること。
  以上中国々民が日本国民に対し甚遺憾の点あるを免かれざる所なり。夫れ日本国々民は素より東亜の
 先進を以て自ら持つ。而して其の言行乃ち此の如きに過ぎず! 中国人が日本人に対し甚だ不満なる故
  あるなhソ。
 中国人は自ら進んで以前共の専横政府を准翻し、現在に到りて已に七年の星霜を経たり。但し政府は依然
乾浄ならず。現在の中国の青年学生は因つて此次山東の事情に関し極力政府が日本軍閥の政客に親しむを指
斥し、且つ漸次各界の国民と連絡し団体を結為して以て政府の挙動を監視せり。然して日本の野心外交家と
             きん                 いか
浪人とは故意に中国々民に費を挑み、故意に中国々民を翻弄す0窓んぞ能く中国々民たる者科〃ぞ能く日本
国民を仇恨せずと云ふを得んや。中国々民は木偶の如くにして従来のま、に責任を放棄する能はず。此次カ
 つく
を濁して政府に反対し、又政府に強求して日本の山東の権利を享有するを承認せざらむことを以てせり。然
るに日本の真正の善良なる国民は、■彼等の政府が中国々民に対して為す所の無友誼的侵略の暴行を阻止し去
らず。即ち坐祝して理せず、心に動く無し
即ち其の人ありとするも是れ誠に少数に過ぎざるのみ。
 中国は千九宙十一年改めて共和国を成して以来、今に至りて己に七年を経たり、而して日本人依然として
是以前の生活に非ずや、中国々民を侵害し中国を破壊する自国の不良政府に対し、日本国民は依然其の存在
を許し、自己の責任を放棄し居るに非ずや。彼等は中日両国民の真正なる感情の連絡を怠り、却つて十八世
                         はなはだ                        う
紀の陳腐なる政治思想の下に生活す。後るゝも亦太し。而して中国人の今日尚ほ真政的共和の享福を享く









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 る能はざる所以は、日本の野心家と不良なる日本国民が晴々裏に攣肘する在るに因る0是れ中国人をして日
 本全国の男女老幼善秀の国民を仇恨せしむる所以。而して東亜の国民の享福は日濾々消滅す。人類親愛の
 平和、及其互助的実現は言首有る無し。中日両国の真正なる善良国民は須らく彼此互相の親愛を想ひ、隣
 国互助主義に立ち、永久真正なる人類的和平の享福を享けむと欲すれば、中日両国々民は先づ各自其の政府
                     わも
 を改良するに非らずんば不可なり。顧ふに中国は今己に再び共の政府を改良することに従事せり、而して日
 本国民は今日如何にぞや? 今日、日本国民にして若し再び政治を改良するの根本上の覚悟無くむば、則ち
                             べし
 将来中日両国々民の子孫は将に世仇と為り解く可からざる可臭!

     
斯くして北京に於ける大体の風潮は明かになつた。偶々友人岡上法学士が用務を帯びて北京を通過するので、
同君に託して此の問題に関する更に一歩を踏み入つた交渉を頼んだ○次に掲ぐるものは北京より送り来つた同君
の消息である。依て以て隣邦首府の最近の風潮を想見すべきである0
  前略小生本月エロ東京発只今は無事重点に滞在致居候○本日北京大学を訪ね李大剣氏に面談致し例の一件
 に就き相話し申し候処同氏は最近先生よりの来翰に接したる由にて先生の御意轡及日本の新思想を砲懐する
 学生青年の様子を能く了解し居り尚ほ小生の口より現下我国の情勢など〓仏説明せしに心より打ち解けて喜
 び居り候。同氏の考にては目下同大学総長察氏不在にて如何とも致し難けれど来月帰京すれば十中八九は承
 諾せしむる様成功する見込あり。若手の新思潮を了解せる青年教授を(一種の交換教授的に)送る事は一般教
 授連も賛成なる由。総長帰京すれば早速此の方の話を取り極め先生に報告せんと待ち構へ居るとの話に候0
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 然るに学生達は所謂「学生聯合会」 の主なるもの上海に赴きて不在、刻下の外交問題が落着する迄は其の中
 より少許の学生を引き抜きて日本行を勧むるは今回の外交政治問題と関係なき思想了解の挙をして誤解せし
     わそ
 むるの惧れあり。折も折とて時機極めて悪しければ学生丈けは外交問遺が片付くまで勧誘不可なるべしとの
 事に候。但し李氏は此の挙を以て自己の非常なる義務なりとの責任感を感じ居る由にて、勿論学生にも日本
  の進歩せる一派の状態を懇説すべし。而して第一回には学生は行かずとも其の内には必ず行かす様努力すべ
 しと断言し居り候。小生もそれ以上具体的の結着を聴き難く更に一応刻下の外交問題や国境問題を離れ思想
 的に人道主義的に日支青年が提携し日本の軍閥と言はず支那の軍閥と言はず、要するにデモクラチックに非
 ざる態度は鼓を鳴らして攻撃せざる可からざるに付き呉々も教授のみならず、学生諸氏へも渡日を希望する
 旨を伝言されたしと申し置き候。
 尚ほ是れは余一個の私事なるが、北京の学界及び二三新聞社は共同して講演の為め余に今夏若くは今秋を期し
て来遊を促して来た。是又彼等が強ち日本排斥に狂奔するものと見るべからざる明証である。
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 扱て岡上法学士の書面の中にもあるやうに、北京での輿論は青年教授の交換は悪く賛成なれども、学生の意向
は上海に行つて居るから一切解からない。時節が時節だけに学生の派遣はムツかしいだらうと云ふ風に見て居る。
然るに若い者の思想はいつでも年を取つた者の想像以上に突進するの例に洩れず、此れ丈けは排日に猛進して居
るから駄目だらうと見られた学生連は寧ろ彼等からイニシアティブを取つて、最近我々に長文の書面を寄せた。
即ち上海に集まれる学生連の中央機関たる全国学生聯合会は黎明会に宛て次の如き書面を送つて来たのである。
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 黎明会諸君、今度弊国人民の愛国運動に関し貴国人士能く之を諒解する者実に貴会を以て囁矢とす0感侃
                                              わ も え
の情に堪えず。妖…れども貴国の人士我等の挙動に対して諒解せざる者決して少からず○以為らく侵略政策を
                       あずか
主張する者は日本の軍閥政府なり。日本人民は之に与らず○而して今回の排貨の運動は日本人民に望口を加
                           そもそも
へ所謂「江戸の仇を長崎に打つにあらずや」と0抑貴国の軍閥を抵制するが為め貴国人民に損害を蒙らし
むることは遺憾千万なり。我等自ら答を引く。而も我等は内に昏愚の政府を戴き外に侵略の政策に逢ふ0自
衛の為め排貨運動を為すの外何の良法かある○我等の運動の一つの目的は人民の心理を顕はし従来〔の〕秘密
外交の不当を鳴して以て我政府の反省を促し諒以て国民の能力を示し研か経済上の打撃に籍りて以て貴国
                                              か
人士の軍閥に対する決心を促すに在り。中日両国の人民本より深仇宿怨なく只両国軍閥の狼狽要結に依り遂
に互に嫉視する所となる。苛も一日此万悪の軍閥より解放せざる以上両国の人民竜も親善の望なし勺而して
若し共に軍閥政府よりの解放を欲せば則ち互に助けざるべからず0デモクラシイの精神は今や宇内に傍樽し
                                                                                                  はうはく


  したが
之に順ふ者は栄え逆ふ者は亡ぶ。武断主義軍国主義等は時勢に適せず。両国民宜しく奮起して自決を蹴るべ
し。中日両国の人民は等しく軍閥悪魔の下に蟄伏し正に同病相憐むべきものなり0所謂患難の兄弟の間何の
衝突誤解あらん。今や欧戦の終りに際して欧洲列強の中尚ほ侵略主義を主張する者将に彼の驚くべき経済政
策を以て東方に殺到せんとす。
中日両国唇歯輔車の関係あるを以て宜しく聯合して対応の道を講づべし0同心戦力以て彼等に対するも尚
  〔の地位〕
ほ東亜□□口を維持する能はざる恐あり。況んや金銭無力の万能を悼み鬼域の技備を弄して剰椋以て自ら生
                        たとえ         付いがく
機を推残するに於てをや。諸君猛省せよ。彼の軍閥財閥の侵略政策縦令成功するも唯彼等少数人の渓墾の欲
を濁すに過ぎず。貴国の】般人民に取り果して幾何の利益ありや0欧戦以来経済上貴国の得る所決して少し
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Lヤ倉臣し臣l亀=
 とせず0其の結果は徒らに官僚財閥等騎薯淫供の風を長ずるのみ。其の社会状能首察するに物価は騰貴し米
 糧乏し〔く〓般の人民をして却て益々生活困難の状能だ陥らしむ。「可レ恨年々庄二金銭為二他人一作二嫁衣
     ああ
 裳こ噴諸君何の得る所あるか。貴会諸君皆社会の先覚者なり。願くば直ちに奮起して木鐸を大坂し貴国人
                                                      たいど
 民の決断を促し以て廿世紀の不祥産物即ち軍国主義武断主義等を根本的に?除せょ。然らば弊国の人民飴驚
 と錐も喜んで其の後塵を追ふべし。
之れで温ると最早や学生連の意向も明かになつた。斯うなれば後は只時期と方法との問題に過ぎない。此れも
段々書面を以て交渉を進めつ、あるが、其の内我々の内から宮崎法学士が上海に行く訳になつて居るから一層具
体的の話が進むだらう。


     
 斯うなると愛に我々に明かになつた事は、隣邦の多数の青年は畢克するに我々の頼もしき友人であつて断じて
敵ではないと云ふ事である0研かの交渉で此れ丈けの事が明かになつた以上、縦令意外の障害で所謂学生の交換
と云ふ事が実行し得なかつたとしても、彼等と我等との親善提携の見込は最早や疑ない。此処から本当の国民的
親善が起り、此処から東洋平和の本当の花が咲くのではあるまいか。言ふ勿れ、学生の分際で何が出来るかと。
何処の国でも革新的事業は常に無垢の学生に依つて遂げられた。少くとも端緒をつけられた。殊に支那に於て教
育ある学生は、単に将来の中堅たるに止らず、又確かに今日既に一部の勢力を保有して居るものである。亡び行
く官僚をのみ友とするは、何処の国に対しても決して賢明の策ではないが、殊に支那に於て此れ程目先きの利か
ない愚策はない0而して日支親善は只一人功利的見地よりのみ論ずべからざる以上、我々はドコマデも相互尊敬
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一日
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の共存主義否広大なる人道主義に立脚して、彼等青年の無垢な精神を信頼して、確実に提携親善の実を挙げなけ
ればならない。従来の対支政策が我々の眼より見て確かに無謀を極めて居たのは今更隠し立てをする丈け野暮で
ある。我々は妥に新たに隣邦の青年と深く結んで、日支両国の有らゆる関係をして完全に道義の支配する所たら
しむるの理想を立てなければならない。而して此の理想の標準に照して、若し過去に幾多の罪悪あれば我々は互
に淡泊に之れを洗ひ落さうではないか。縦令親善提携の必要あるからと云つて、我々は彼等の過去の罪を寛仮す
べからざると同時に、我々自らも亦過去の非を非とするに大胆でなければならぬ。是れ丈けの覚悟があれば、日
支親善の確立は掌を返すよりも容易い。
 以上は我々の計画の今日までの経過の大要である。此の計画の今後いかに発展するやは又適当の時機に於て、
読者に報ずる所があるであらう。此の企てを単に我々少数有志の仕事たるに終らレめず、広く諸君の仕事、否、
国民の仕事たらしめられん事を希望して止まない。(七月十八日)

                                            〔『解放』一九一九年八月〕