戦後欧洲の趨勢と日本の態度
 戦後に於て日本の取るべき能小度如何の問題は戦後に於ける欧洲の形勢如何に由て定まるのである。そこで欧洲
戦後の形勢は平和主義が勝つか、軍国主義が勝つか、換言すれば従来よりも一層平和思想及び平和的政策が勢力
を有するに至るか、又は依然として武装的村立の状態を継続するか、之れは各見る所によつて意見を異にするも、
                     さかん            しばしば
吾人は大体に於て平和思想、四海同胞主義が益々職なるべきを信ずる事は、是迄蜃々読者と共に考究を尽したの
である。吾人の考へでは四海同胞の平和的思想は世界の始まつて以来永遠に貫通する処の人類の大傾向であると
信ずる。世界は昔から今日に至るまで此傾向を追ふて発達して来た。勿論個々の時代を分割して見れば、随分戦
乱があつたので、世界の歴史は一面に於て戦争の歴史である。けれども遠大の見地から之を達観すれば、其動乱
の中に平和の大理想が厳然として輝いてをる。此偉大なる理想は幾多の戦乱争闘も之を打破する事は出来なかつ
た。斯くして発達して来た世界の進運は、今度の戦争で忽ち其方向を転換するものとは思はれない。僅か十年二
十年の武装的村立の破裂が、数千年間の大潮流を止めることが出来るであらうか。暫く時間の観念を離れて世界
                 一のたか
の進運を観察するならば、此問題は恰も時計の振子に例ふる事が出来る。世界は絶えず左右に動揺してやまぬけ
                                                                                                                           一
れども、彼は常に中心を求めてをる。吾人は其左右に動く所許りを見て、常に中心を求めんとして苦心して居る
状髄仰を柾州祝することが出来るだらうか。達人はその左右に動揺する真申に、振子を自分に引つける、大勢カの存
戦後欧洲の趨勢と日本の態度
在することを洞察する。近眼者流は唯だ其動揺のみを見て振子の運動の常なきを欺ずるのである0青々は振子が
                                み のが
少しも安定せざるの故を以て、見えざる然も現実の大勢カを見遁してはならぬ○又他の例を以て云ふならば、吾
々は知己友人の種々に書き散したものを見て、之れは誰れの書、あれは誰の字と容易に判断する0然らば甲と云
ふ人が自分の名を書く時、何時も寸分たがはぬ様に書くことが出来るかと云ふに、之れを数学的に精密に測れば
十度は十度釆て違ふ。けれども吾々は何誰の書は何時も普違ふとは云はない0つまり吾々の頭の中に誰某書と云
ふ観念が定まつて居る。其見えざる頭の中の観念が本当の何誰の書である0人間の顔でも同一である0世界に数
億の人間があつて、其中にどうしても見分けのつかぬと云ふほど似てをる人間は極めて少い0物が全く同じでな
いとの例に人面の異なるが如しと云ふではないか。夫程人面がまち〈ならば如何なるが人間の顔か分らぬ筈で
ぁる。然も吾々が馬の面を見て人の面なりと誤らざる所以は、吾々の頭の中に人面と云ふ一種の動かざる観念が
あるからである。
 斯の如く具体的の現象は区々まち〈であつても、其上にちやんと目に見えない、動かすべからざる目標とな
るものがある。世界の歴史も亦斯の如きものであつて、昔から今日に至るまで、其間に幾多の波瀾曲折はあれど
も、其の上の見えざる一の目標があつて常に之れを指導し統一してをる0斯の如く見て私は世界の進運の中に流
れてをる見えざる然も動かすべからざる大勢カは、即四海同胞主義であると信じて疑はない0故に此立場から見
れば世界の動乱は平和の理想の方面に向つて安定せんが為めの動揺であると信ずる0どんな惨酷な戦争でも今日
まで単に戦闘のために戦はれた戦争と云ふものはない。唯だ今日の世界は決して安定してゐない0又近き将来に
於て安定すべき傾向もないと云ふこと丈けは疑ひない。安定せんとして動揺してをるのが、今日世界の形勢であ
る。而して動揺に伴ふて起る幾多の惨害を緩和すると云ふことは段々に進歩発達するであらうけれども、動揺は
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一什
容易にやむものではない。同時に世界に国をなす処の各民族は其の動揺に際し自分の地歩を失はざらんことを欲
するが故に、之れに対して相当の備へをすると云ふ事が必要である。之れ各国が平和の理想のために尽力しなが
ら、一面に於て軍備を必要とする所以である。軍備は平和の理想とは全く正反対の用をなすものであるけれども、
常に動揺してやまざる世界の進運に乗り出しては白から備ふる所なくんば、世界の進運から地り出される恐れが
ある0斯く考へると云ふと今日の国家は一種のヂレンマにあるものと云つてよい。即ち一方には世界の尤も有力
なる根本的大潮流に乗じて平和的進歩のために貢献せねばならず、他の一方に於ては平和の理想には遠い軍事上
                                              かじ
の備へをもしなければならぬと云ふ必要に迫られてをる。而して此間に処して巧みに国家の棉を取つて行くのが
経世家の任務である。然るに普通凡庸の政治家や或は卓見を欠く一部の軍人などは、動もすれば唯一方面のみに
執して世界の動揺に備ふる事の必要をのみ高調する。彼等は現在に生き、現在に於て仕事することを任務とする
                   やむをえぎる
のであるから、其見識の遠大ならざるは不己得事なるも、然し国家の生命は永遠である。故に学者思想家は永遠
の大計に着目せねばならぬ。唯だ遣い先の方ばかりを見て、旦別の必要を全く忘るゝは所謂灯台下暗しで頗る迂
遠な空論に流るゝものと云はねばならぬ。故に経世の志あるものは一方現在の必要を認めつゝ必ず永遠の大計に
着目するの要あるを忘れてはならぬ。
 此の点に於て吾人は我日本の識者が自から備ふるの心掛を怠らざると共に、世界を通じ世界の中に流るゝ大潮
流を看過せざらんことを要求してやまなかつた。而して今度の戦争になつてから我国の論壇の一部に戦後の形勢
を想像して軍国主義の流行すべきことを判断し、益々軍国主義の鼓吹に熱中するものあるを見て、吾人は深く我
国の前途のために憂ふべき事となし四海同胞主義を以て之れに抗争したのであつた。浅薄に物を考ふる人は若し
平和主義四海同胞主義と云ふ如き思想を鼓吹する時は、必ず国民は武備の忽にすべからざる所以を忘る、だらう
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戦後欧洲の超勢と日本の態度
と鋭く。而して武備の忽にすべからざるものなる以上、平和主義四海同胞主義は之を犠牲にしても、孝一国主養の
鼓吹に尽力せねばならぬと考へるのである。理論上両極端に立つてをる説を同時に納得させる事は困難であるけ
れども、然し物事は右と云へば全然左を忘れ、左と云へば右を忘る、ものではない。此点に於て吾々は大に英国
民を羨むのである。我国の論壇に英国を論ずる際に二つの見方がある。一は英国は平和思想自由思想が盛に唱へ
                                                サンチ
られ、軍備などは全く等閑に附せられ、独逸は四十二椚の大砲で戦ふのに、英国ではギルドホールの演説で之
れに応戦せんとしてをる。口ばかり八ケましくつて、仏蘭西北部に於ける戦争のざまは何だ。今日の時勢は英国
の大臣などの様に、計由だの平和だの正義だの人道だのと云ふ事で世の中が渡れる時代ではないと云ふ。又他の
一方では英国を斯う見る、英国は非常にづるい利己的の国民である。自分の利益のためには、他の国の迷惑など
は顧みない。正義人道を看板にして何処までも自国の利益を図る陰険なる侵略、五患者であると云ふのである。此
二様の見方は英国を以て或は平和人道などばかり説いて居つていざと云ふ時には腰の弱い国と見、又他の一方に
は外の思はくを顧みずして、どし〈自分の勢力のみを張らうとする侵略主義者と見るのである。甚だ矛盾した
訳ではあるが、私は寧ろ滋に英国民の偉大な処が存すると思ふ。英国がづるい汝滑な侵略主義者と云はるゝのは、
彼が常に如何なる場合にも自国の利益を忘れず、自国を大にし、富強にする所以を忘れない事を示すのである。
けれども他の一方に於て彼は独逸の様に、眼中自国の利益あるのみでなく、世界人類の利益幸福と云ふ事をも念
頭から取り去らない事を示してをる。従来の歴史の上から見ても英国は随分四海同胞、万国平和の理想の為めに
尽してをる。けれども翻つて彼は決して此の動揺つねなき世界に処する所以の道を忘れなかつた。如斯は我国の
将さに取つて以て学ぶべき態度ではあれまいか。
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 以上は戦前たると戦後たるとを間はず、我国の態度を決する上に就ての根本の問題であるが、特に戦後に於て
は右の如き態度を明白に意識する事の必要をも認むるのである。何となれば戦後に於ては、前号にも述べたるが
如く〔本巻所収前掲論文〕、欧洲に於ては必ず平和思想が盛になると思ふからである。即ち欧洲の国際的観念が更に
鋭敏にせられて、欧洲各国が個々独立の社会でなく、欧洲全体が実に切り離す事の出来ない一の社会であると云
ふ思想が益々盛になり、斯くて平和思想が鬱然として起るであらうと思ふ0然るに我国は此欧洲の社会から見れ
ば遥か遠方にある独立の社会である。今後彼我の交通は精神上の方面に於ても、物質上の方面に於ても益々密援
の関係を結ぶであらうが、夫れでも日本が欧洲の社会の一員として受取らるゝ事は断じてない。されば日本の状
能箭どう変動しても欧洲の社会では内輪同志の動揺ほど痛痺は感じない○無論東洋に事があれば西洋でも迷惑な
のは云ふまでもない。併し知己友人の間に争ひがあつたと云ふ事と家族の中で争があつたと云ふ事によつて受く
る苦痛の度は彼此決して同一の談ではない。さうすると欧洲の社会から見ると、日本は他人扱ひせられても己む
を得ない。欧洲の天地が三国同盟と三国協商と相対峠すると云ふ風に、不安の空気が鮮ぶてをればこそ、日本は
比較的其間に乗ずる余地があるけれども、若し欧洲の天地が穏かに治まると云ふ事になれば、遠く離れた日本は
白から非常に寂実を感ぜざるを得ない。斯うなれば我国将来の運命の上には是迄よりも一層深き注意を以て考察
を加ふる必要がある。斯く論ずると云ふと一部の軍国主義者はだから益々軍備を拡張しなければならぬと云ふ0
之れも一理がある。日本が不安寂実を感ずる丈け悼みとするは自分のカのみである。けれども日本はどんなに軍
備を拡張しても欧洲全体を敵に引受けて対抗し得る丈けの設備をなすことは不可能である。然らば吾々は欧洲か
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戦後欧洲の趨勢と日本の態度
ら好戦L国民とか徒に無用の宣丁備を以て東洋の花丁和を脅かすとか云ふ様な嫌疑を蒙らざる範囲に▲貯て、適h当に周囲
の事情を考察し、相当の武備を収むるの必要はあるけれど、之れと共に忘るべからざるは欧洲諸国の同情を失ふ
てはならぬと云ふことである。唯でさへ吾々は人種を異にし宗教を異にし、従て文明を異にしてをる。吾々の希
望吾々の運命は容易に彼等の了解する能はざる場合がある。此際徒に無用の武力を張つて、彼等の反感を挑発す
るは我国の将来にとりて頗る寒心にたへないことである。吾々は独力で世界の凡てを相手とする丈けに武力を養
ふこと能はざる以上、共足らざる所を彼等の同情に由つて補ふ外に途はない。然し彼等の同情を得ると云ふこと
は彼等に阿附し、彼等の無法なる慾望を満足せしむると云ふ事ではない。欧洲諸国の尤も高尚なる理想尤も高尚
なる希望を理解し、之れに対する吾々の関係を明かにして、而して此高尚なる理想希望の実現に協同し、斯くし
て彼等の同情を得よと云ふのである0欧洲諸国に於ては其尤も高尚なる理想として神の国を地上に建設せんこと
を心掛け、之れを人類最高の使命として国家社会を指導せんと熱中して居るものが少くない。而して之れ実に各
                               あくせく
国の政府が個々の場合に於ては、やれ戦争だのやれ競争だのと飯能して居るのであるが、矢張り其根底には皆此
の使命を感じてゐないものはない所以である。アングロサクソン人はアングロサクソンの文明を以て世界の進運
に貢献せんとし、ゼルマン人はゼルマン文明を以て世界の進運に貢献せんとす。其の砲負は真に雄大なるものが
ある。
 さらば吾々は積極的に彼等と協同して世界文明の進歩のために貢献する事が出来ないであらうか。欧洲人は世
界の文運を積極的に進歩せしむべき任務を有するものはアリアン人のみで、其の他の有色人種は皆其指導を受け
て文明の恩沢に与るものであると考へたい欧洲人が異人種を従へるのは文明の理想を世界に普ねからしむる上に
於て当然の道行であると考へた。之れ実に彼等が世界征服の理想である。果して然らば吾々は欧洲人の見るが如
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                      せいちゆう
く、彼等の為し遂げた文明の後を追ふて、其撃肘を受けつゝ進むべきものであらうか。吾々は世界文明の進歩に
何等かの方面を分担して積極的に貢献する事が出来ないものであらうか。今日でこそ西洋の文明が世界に雄飛し
て堂々閥歩して居るが、歴史上から見れば所謂東洋文明が独特の花を開いて、一時は西洋を風靡した時代もある。
今日でも東西の文明が自から其特色を分有して互に相切磋琢磨して共に円満なる世界の進歩に貢献すべきもので
あることを説く人が多い。若し果して所謂東洋文明が西洋文明と相対して世界の進歩に貢献すべき資格と使命と
を有するものであるならば、差しあカり東洋民族の代表者をして其衝に当るものは我日本ではあるまいか。若し
我国が一方には真に西洋諸国の最も高尚なる理想と使命とを理解し且つ之れに同情し、吾も亦同様の高尚なる理
想と使命とを掲げて乗り出して行くならば、滋に初めて西洋は吾々に同情し我等を尊敬するに至るであらう。斯
くして又吾々は世界の舞台に存在するの理由があると日ふ事が出来る。
 今や我が日本は少くとも東洋に於ては武力に於て白から覇者の地位にある。今日東亜の運命に関して我国は素
ょり西洋の思惑を無視して勝手な振舞をすることは出来ないが、さればとて西洋諸国も亦我が日本の意志に反し
て我俵な振舞をする事は出来ぬ。東亜の運命に対して最強の発言権を有するものは実に日本である。けれども吾
々は武力を以て東洋に覇者たるを以て満足し〔て〕はならぬ。更に進んで精神的の方面に於て東洋民族の指導者と
なり代表者となるにあらずんば、吾々の覇者たる今日の地位は栄花一朝の砂上楼閣に過ぎぬ。我国にして今滋に
永久の立場を占むる事能はずんば、之れ独り日本民族の焼ひなるのみならず又実に東洋諸民族の煩ひである。吾
                                               もた
々が此の高尚なる理想高尚なる使命を自覚するは、一面に於ては東洋民族の精神的復活を斎らす所以である。滋
に於て開港は一転して然らば何を以て吾々は世界の文運に貢献せんとするか。吾々は欧洲の最も高尚なる理想を
有する人々と相携へて世界の進歩を蘭らすべき何等かの特色あるものを持つか。かう尋ねると或論者は夫れは大
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和魂であると云ひ、或は又武士道であると云ひ、甚しきに至れば神道であると云ふのである。成程是等は何れも
日本民族の特色たるには相違ないけれども吾々は之れを以て世界に乗り出すことが出来るだらうか。吾々は今や
我国が兎も角も世界の各国から驚くべき国民として注目されて居る場合に当つて、彼等に反抗して斯る民族的、
国家的、偏狭なる思想を世界に向つて高唱するは策の得たるものにあらざるを信ずる。而して彼等と同じ砲負、
同じ使命を抱いて協同して世界文運の進歩を図らうと云ふ大砲負を以て、もつと根砥ある、もつと雄大なるもつ
と世界的なる所に着眼せられんことを、日本の識者に向つて希望せざるを得ない。(五月廿日記)
                                           〔『新人』一九一.五年六月〕