水原虐殺事件



 外字新開の猛烈な攻撃に依つて初めて我々に知られた水原に於ける驚くべき虐殺事件は、過般憲政会有志の首
相訪問の際の会談に於ても政府自ら認むる所の事実なる事が明かになつた。果して然らば之れ実に許す可からざ
る人道上の大問題たるは言ふを僕たない。之を如何に処置するかは目下政府に於ても講究中であると云ふことだ
から今深く之を追窮しない。只之に閑聯して予輩が先に国民の反省を求めたい点は、或新開が某軍人の談として
「同じや、γな虐殺を水原で実は彼等鮮人が我憲兵に加へた0独り我軍人を責むるの.が片手落だ」と言つた事であ
る。
 鮮人がどう云ふ訳で憲兵を虐殺したかの動機は先に間はない。けれども彼等もやつたから俺もやるのだと云ふ
理屈は無い。報復は大国民の慎むべき所、況んや彼はもと身に寸鉄を帯びざるものなるに於ておや。兎角我国の
官吏は鮮人を同化する〈と云つて却つて彼等に同化されて居る事実が多い。彼等が虐殺で来るなら此方からも
虐殺で行く、さうする事が彼等を威服する所以だと考へるなら是れ即ち彼等の考へ方に同化されたものではない
か。
 又開く所に拠れば朝鮮の道長官の如きは土民に臨んで威張ること、丸で昔の大名のやうだと云ふ。斯うでなけ
れば官吏としての威厳が保てないと云ふのであるが、分不相応に威張ることに依つて僅かに官史の威信を保つと
云ふのは之れ取りも直さず朝鮮の弊風に我れ自ら同化されたものではないか。本当に同化しょうと云ふなら形式
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要を認める。況んや日米間題の本質は所謂人種的差別待遇に非ざるに於てをや。随つて予輩は日米問題の解決も
亦或意味に於て国民の自己反省を欠くの能小度に誤られて居ると信ずるものである。
 何れにしても我々の自己反省を欠くの態度が今日どれ丈け外交的失敗の原因を為して居るか分らない。人は云
ふ、国際関係は殺伐だと。けれども一面に於て世界は割合に公平である。我々は事実の公平明白なる諒解の上下
道理によつて問題を解決せんとする態度さへ誤らなければ、世界的共同生活の中に帝国の地歩を確立するに尭も
困難は無いと思ふ。此考よりして吾人は国民に向つて対外的良心の発揮を力説するの必要、今日より急なるは無
いと考ふるものである。
                                         〔『中央公論』一九一九年四月〕
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一原

水原虐殺事件
 外字新開の猛烈な攻撃に依つて初めて我々に知られた水原に於ける驚くべき虐殺事件は、過般憲政会有志の首
相訪問の際の会談に於ても政府自ら認むる所の事実なる事が明かになつた。果して然らば之れ実に許す可からざ
る人道上の大問題たるは言ふを侯たない。之を如何に処置するかは目下政府に於ても講究中であると云ふことだ
から今深く之を追窮しない。只之に関聯して予輩が滋に国民の反省を求めたい点は、或新聞が某軍人の談として
「同じや、γな虐殺を水原で実は彼等鮮人が我憲兵に加へた0独り我軍人を責むるのは片手落だ」と言つた事であ
る。
 鮮人がどう云ふ訳で憲兵を虐殺したかの動機は先に間はない。けれども彼等もやつたから俺もやるのだと云ふ
理屈は無い。報復は大国民の慎むべき所、況んや彼はもと身に寸鉄を帯びざるものなるに於ておや。兎角我国の
官吏は鮮人を同化する〈と云つて却つて彼等に同化されて居る事実が多い。彼等が虐殺で来るなら此方からも
虐殺で行く、さうする事が彼等を威服する所以だと考へるなら是れ即ち彼等の考へ方に同化されたものではない
か。
 又開く所に拠れば朝鮮の道長官の如きは土民に臨んで威張ること、丸で昔の大名のやうだと云ふ。斯うでなけ
れぼ官吏としての威厳が保てないと云ふのであるが、分不相応に威張ることに依つて僅かに官吏の.威信を保つと
云ふのは之れ取りも直さず朝鮮の弊風に我れ自ら同化されたものではないか。本当に同化しょサと云ふなら形式
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で威張らなくとも鮮民が心服するやうに仕向けて行かなければならない。同化政策に対しては我輩根本的に疑を
                                                                〔を〕
有つて居るけれども、仮りに之が適当の政策だとしても朝鮮の官吏の遣り方は目的夫自身に裏切つて居る。
                               〔『中央公論』一九一九年七月「小選小言」 のうち〕