征露の目的
◎何故に露国を満洲より掃蕩せざるべからざるかの理由は上述する所によりて略ぼ之を知るを得べし。
◎思ふに満洲の地は現在に於て我国商工業の大なる市場にして、又将来に於て測るべからざる好望の市場なること言ふを待たず。若し此方面に於て得意を失はん乎、我国の商工業の大半は独り進歩を停止せらるゝのみならず、又非常なる悲境に陥らざるを得ず。現に近時開戦の結果満洲に対する輸出の道絶えしがために破産の悲境に陥れるものも少からざる也。故に満洲を閉鎖せらるゝと否とは我国商工業存亡の分岐点なりと云はざるべからず。
◎露国一度満洲を経略せんか、彼は更に朝鮮を経略すべきこと火を見るよりも明也。之れ到底我国の堪ふる所に非ず。吾人は朝鮮の独立を保全し以て帝国の自存を安全にせんがためには露国の満洲に於ける勢力を挫かざるベからず。我国の商工業の自存のために満洲に於ける露の勢力を破らざるべからざるなり。吾人は露国の領土拡張それ自身には反対すべき理由なく、只其領土拡張の政策は常に必ず尤も非文明的なる外国貿易の排斥を伴ふが故に、猛然として自衛の権利を対抗せざるべからざる也。
◎蓋し斯の如きは今日に於て始めて知らるべきの事に非りき。吾人は早く露国の機先を制して満韓に貿易の権利を確定すべかりし也。然るを邦人の意気地なき茲に着目して壮遊を試みる者多からずして遂に露の乗ずる所となりぬ。今にして露の勢力を歎ずるは晩く、必竟斯の如き状勢を来せしものは邦人自身の罪と云はざるべからず。吾人の当に経営すべき所なりとの故を以て先入の露客を退かしめんとするが如きは開戦の理由として吾人の是認する能はざる所也。
◎惟ふに露国にして一度満洲に不可抜の実力を扶殖せんか、更に進んで朝鮮を略取すべく支那全土を掌中のものとすべし。而して夫の閉鎖主義は必ず之に伴ふべきが故に、世界の好市場たるべかりし支那全土は全く露国のために交易を断たるゝに至るべきこと火を見るよりも明也。且つ此時露国は既に海陸の大勢カとなるが故に各国は如何に露の横暴を悪むとも如何ともする能はざるに至るべし。要するに露の膨脹は独り日本の危険とする所たるのみならず世界の平和的膨脹の敵也。露国の膨脹を打撃せざるべからざるは其平和的膨脹の敵なるが故也。自由進歩の敵なるが故也。(翔天生)
〔『新人』一九〇四年三月〕