山東問題



     講和会議に於ける山東問題の地位
                                                                                                                                              」ノ
                                                                                         へ
                                                               〕
 先般来我々が非常に心配して居りました巴里講和会議に於ける山東問題も、我日本の要求が昇徹して首尾好く
我国の有利に解決したと云ふことで、諸君と共に同慶に存ずる次第であります0此の解決を見るに至りまする迄
                                       う ぞうむ ぞう
の間、我国の国論は、御承知の如く非常に沸騰して、上は帝国の知名の士より、下は有象無象に至る迄、種々の
議論があり、中には名論卓説もあるが又名論卓説でないのもありました様であり£す0兎も角此の問題の解決を
見る迄の間、色々の人々が色々の議論を闘はして漸く今日解決したのであるから、最早これを論ずるの必要がな
い様ですけれども、併しながら私は此の問題に対する最近の紛々たる議論の中には、大に敬服する所の議論もあ
りましたけれども又敬服することの出来ない議論もありました、又多くの場合に於て、議論の善悪は兎も角とし
て甚だ遺憾とするものが多い棟であります。而して我国の将来には、更に色々の、人種間違とか外交上の困難な
る問題があるのであるから、此等の事を適当に考へて諸君と共に健全なる外交的輿論を喚起する為には、参考と
して山東問題の経過についても研究するの必要があらうかと思ひます。私が山東問題の議論や経過の中に遺憾と
する一の著しい点は、山東問題を巴里の講和会議に於て如何なる形に於て之を要求したかと云ふことであります0
未だ詳細の報告に壊して居ないから、その経過については委しい事は分りませんが、而も国論の中には、山東問
題をどう取扱はねばならぬ〔か〕と云ふことを外にして、この間題につき日本の個別的立場を主張するに急であり
‘−ノ
1
2

まして、此の問題は今日の講和会議に於ける世界的問題の中に於て如何なる地位を占め七居るかといふことを考
慮する点が薄いと思ふのであります。此点を明白にしてか、らねばならぬと思ふ。一体此の間違はドウいふ問題
であるか、講和会議全体の中にドウいふ地位を占めて居るかといふ事を明かにし、それを根拠として主張するの
でなくては、巴里の講和会議に於て我々の言ひ分はうまく通らない。巴里に行つて少しも通用せぬ不換紙幣を出
しては何の役にも立たぬ。何処へ行ても通用する議論をする、即ち広き根抵に立つて堂々と主張するといふやう
に外交間麓を取扱ふの必要があります。
/0

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     日本の不用意

 尤も斯く云へばとて、日本の立場が正しくないと云ふのではありませぬ。山東問題が日本の主張通り解決せら
れたのは当然の事であると思ひまするが、同じ当然の事でも、モ少し言ひ様がある、主張のしやうがあらう。矢
張り外交上の事は、常に己を知ると共に敵を知ると云ふ用意がなくてはならぬ。己を知つても敵を知らない時に
は失敗するのが通例であります。今日迄日本の外交も敵を知らずして往々失敗に帰したことがあります。即ち敵
                           すくな
を知らずに」出来ない相談を持掛けて、央敗した例は砂くない。一例を申しますると、四五年前に、日本は日独
     チンタオ
戦争め後、青島の税関問題と云ふことを持ち出したことがあります。青島の税関は支那の税関であるが、日本の
  いな
領土否元の独逸の領分 − 領分と云ふと語弊がありますが
兎に角独逸の管轄区域内に支那の税関を設けると
                                                                なち
云ふのであります。そこで独逸と支那との約束で支那の税関ではあるが独逸人のみを使ふことゝした。之れに倣
つて日本でも大連の支那税関には全部日本人を使ふといふ支那との約束が出来た。そこで日独戦争の結果、独逸
の山東に於ける利権を全部継承した日本は、青島の税関にも全部日本人を使ふことになつた。元来支那の税関は、

山問


御承知の通り悪く支那の官吏でありまするけれども、実際に於ては所謂国際管理の形でありまして、上には英国
人のアグレン氏、元はロバート・ハート氏が之を経営して、支那の役人ではあるが、然しながら之は列国共同管
理の下に置かれて居るのであります。夫れで英人も居れば独逸人も居る、仏蘭西人も居れば、露西亜人も居ると
云ふ風でありまするが、その中で青島と大連との税関は些般的原則に対する唯二つの例外であります0即ち大
連は日本人のみを以てし、青島は独逸人のみを以て之に当てると云ふのでありました0然るに今度独逸の権利全
部を日本が継承したのであるから、青島にも皆日本人の役人を入れると云ふことになつたのであります0そこで
                                                                ′1ノ
                                                                       「U
日本はその人選をチヤンと一人極めにして何某を税関長に、何某を何々にと云ふ風にチヤンと取儀めて支那政府
に申込んだが、それは見事に失敗した。若し初めから支那の税関制度を研究して置いたなれば、か、る不体裁は
なかつた筈である。前述の如く支那の税関はロバート・ハートが支那の命令を受け、てチヤンと規則を作つた0そ
の規則には支那の税関に人を採用する場合には、一番下から傭つて中途半端な途中からは決して傭はない0そし
て年齢は二十三歳と定めてある。例へば高等官なら八等から順次に上げて行く、六等五等四等と云ふ様な階級の
は断じて採らない。尤も日本人には例外がありまして、大学を卒業するにも日本では年限が永いから、日本人に
対しては年齢の制限を績めて居りまするけれども、高等官三四等といふ様な上の方の階級から採つたことはない0
否採れないことにチヤンと決めてある。そして支那語を学び且英語で自由に月の逢せる様にして本当に支那の事
情に通暁することが出来ないものは、採らない規則であります0尤も支那に十年も廿年も領事をして居たとか、
或は十年も二十年も学枚教師をして居て支那語も達者であるといふやうなものに対しては例外がありまするが、
タトヒ日本に於てどんな役人をして居ても、又税関の事務に如何に明るくても、薮から棒に勅任官に採つて呉れ
と云つても、それは断じて採れない。それを勅任官系から選んだものを採つて呉れと申し出でたので、支那政府
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では之を承認せず、アグレン総税務司を姑め其他の外国人もナカ〈聴かない。是は出来ない相談を何処迄も突
張つて向ふの処置に業を煮やしたゞけである。どんな山を掘つても蛤は出て来るものではない。これで立派に此
の開港は出来ない相談として失敗に了つた。この間題は一体かう云ふものであると云ふ事を知らずに、只今申し
まする通り、敵を知らずして鉄砲を放つたのだから夫れは必ず空砲に終るより仕方がありませぬ。内地に於てど
んなに騒いで見ても駄目であります。山東間違は斯の如き出来ない相談ではないが、此の山東問題の世界的背景
が、今日の講和会議に於て議論せられて居る所の世界的間遺の中に於て、これはドウいふ問題であるかと云ふこ
とを、チヤンと了解して掛らなければならない。向ふの腹を了解して、その上で日本の立場は斯く〈であるか
ら、此要求は通して呉れろと云ふ様にやれば、甚だ通りが好い。所が我が帝国講和委員には此点の用意が或は欠
けて居ないかと思はれるのであります。巴里の事は遠いから分らないが、而も日本内地に於きまして、此の問題
を論ずる時に、論ずる者の多くは、世界的背景を見て居ない者が多い様であります。斯う云ふ点を明確にして、
外交問題を論ずる時に、常に注意を払はなければならぬ。巴里に持つて行つても通る、米国に行つても通る、
ロンドン
倫敦に行つても通ると云ふ様に、世界的に通る普遍的の外交上の提言をなしたいと思ふのであります。


     山東問題の来歴
 山東間遺の来歴は、最近の事実でもありまするし、新開でもようく書いて居ることでありますから、特にくど
〈しく説朋をする要はないのであります。然れども唯順序として三音申添へて置きたいのであります。要する
に此の問題の発端は、大正三四年の日独戦争の結果として、山東省に於ける独逸の持つて居つた所の権利を、全
                          こ・つしゆ・つ
都日本が承継したのでありますが、之れには膠州湾の租借権もありまするし、鉄道の敷設権もあり、鉱山の採掘
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権など尚その外にも色々のものがありまするが、独逸の有つて居りますものを、日本が一旦占領するけれども、
此の権利が日本の物となるにはドウしてなるかと云ひますと、将来の講和会議に於て、此の問題の解決を告げる、
講和会議に於て独逸と日本との間に協定が出来て、それを改めて支那が承認する、先に初めて日本の権利が確定
して日本の所有となるのであります。併し日本では此の順序を願倒して、独逸との協定は尚遠い将来の事であり
まするから、先づ他日独逸との協定を見たならば……と云ふ条件で、
御承知の通り大正四年の日支交渉に依り、他の南満開逸、蒙古問題、
支那の承諾を求めたのであります。之れは
かんやひよう
漠冶洋間題、或は南支那の鉄道に関する閏

之は不調に終りましたが
兎に角色々の問題と共に、大正四年五月に怒皆解決を見ましたので、そこで
山東省に於ける日本の権利と云ふものは、将来独逸の承認を得たならば、即ち支那の承認の下に確定して日本の
ものとなる次第である。斯ういふ風に此問題は既定の事実となつてしまつたのである。この既定の事実に対して
支那は今度どういふ立場を執つたかと云ふと、支那では大正四年の日支交渉に於て一旦承諾を与へたから既定の
事実にはなつて居るが、併し大正六年に支那も亦欧洲戦争に参加することになつたので、此の戦争参加と云ふこ
との結果として、詰り日本に取ては既定の事実であつたものを紛更しやうと云ふのである。チヤンと出来上つた
                 みだ
ものを、戦争参加といふキツかけで素さうと云ふのが、支那の要求であります。この点について支那の言分に道
理のないことは言を侯たない所でありますが、支那が戦争に参加した結果と七て、新に何等かの利益を得べきも
のであるとしましたならば、支那が戦争に参加したがために新たなる状態か生れ、その新なる状態に基き支那が
利権を要求すべきものであるならば、これは日本に喰つてかゝるべきことでなくして、聯合国に喰つて掛らなけ
ればならぬ事である。これは全くお門違ひであります。即ち個別的に一局部的に主張する間邁でない、一般的に
言はなければなりません。そして戦争に参加したが故にこれ〈の条件を承認せられたいといふのならば、講和
」q/
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会議で英国、仏国、米国の全体に申込むべきで、各聯合国に於て戦争に参加したが故に其報償としてこれだけ遣
るといふことに定まり、其結果日本が何等かの犠牲を払はなければならぬといふのでありまするなれば、日本に
対しては先づさういふ順序で要求するなら、それは至当である。然るに講和会議に於で、行く処まで行かなくて、
                               ま ず
独り日本に突つか、つて来たといふことは、外交として大に支那が不味い処である。大に不味いばかりでない、
支那の戦争参加を勧めたものは日本である。主として日本が勧めて戦争に参加せしめたのであるから、支那の戦
争参加といふことについて日本は大に責任を重んじなければならぬ。それで支那の戦争参加といふことに対して
日本に道徳的の義務があるといふのならば、これも正しい主張であります。私も耳を傾ける必要があると思ひま
す。左様に道徳的義務の関係から何等かの権利の譲歩を日本に求むるのならば、今巴里でやつて居る様な乱暴な
方法でなく、モ少し道徳的の方法でやらなければならぬ。此点は支那の外交の誤りで、其誤りは大に日本に取つ
て幸福であつたかも知れませぬ。今仮に私が支那人でありましたならば、これは甚だ遺憾とすべき点であります。


     誤れる支那の論拠
 支那外交委員が、巴里に於て支那の参戦につれ山東問題を斯う処分して呉れろと持出した論拠と心ふものは、
大体に於て二つあるが、之も間違つて居る。一の論拠は、支那が戦争に参加したことになれば、独逸と支那とは
交戦国になるから、前に結んで居る条約は総て無効となり、条約に基きて独逸が有して居る権利は、条約が無効
となつたと共に、なくなつてしまつたから、山東省に於ても、独逸の権利が自然支那に還る筈である。故に日本
などの仲介者を待たずに直接に取るといふのである。それが間違ひである。又今日の国際法の上から見ても、戦
争になれば総ての条約が消滅するといふのは間違である。モ一つは、一体日本と支那との間に結ばれた条約とい
0
2
2




ふものは、総て日本の圧迫の結果であるから無効だといふのでありますが、これも正当の権限を有するものが取
極めた条約を無効とする理窟は、少しも立たない。兎に角支那のこの態度は、夫婦喧嘩の裁判を他人の処に持つ
て行つた様なもので、是種馬鹿気たことはない。此点も支那外交の過誤である。然しながら、此点について只支
那外交の拙劣なることを罵倒して満足するほど、まだ我々はそれだけの稚気がない。が、斯の如くなるまでに支
那が我々に対して反感を抱いたといふことについては、彼等の遣方の不味いといふことのみを罵倒するよりも、
何処迄も我々に反対し、我々に抗争する反感を持つといふことについては、我々も大に反省する必要のあること
                                          こ い きん おうせいてい
を、諸君に痛切に感じて頂きたいのです。巴里に於て目下排日の先鋒になつて居るのは顧維釣、王正延で、彼等
は親米派だからといつて盛に罵倒して居るが、唯相手を罵倒したゞけではいけない。私は個人としては顧維釣君、
王正廷君の事は多少知つて居りまして、支那人の中では最も人格の高いものとしで平素尊敬して居るものであり
ますが、政治問題については、、ご刃来が政治家でない、宗教家であるだけに、政治上の遣方については幾多の失敗
を重ねて居る様ですが、人物としては尊敬すべきものであらうと思ひます。兎に角相当の人物があゝいふ風の態
度を取るといふことについては、罵倒するもよいが、反省もしなければならぬ。
     英仏米の態度

 そこで日支の関係を改善するに於て、滋に新たなる方法を取るの必要があるかと思ひます。殊に彼等の今日の
如き態度に出づるを見て、我々が何等反省することなく「あんな風なことを言つて居るがアレは何者か後から煽
                       つつ
り立てるものがあるのである、米国か英国かゞ突くのだらう」といふ風に考へて居るものがある。斯の如きは事
実の真相を見るものでない。世間には得て想像を蓮うして背後から突つくとか何とか考へたがる人があるけれど

2
つエ

も、昔は豊臣秀吉が朝鮮征伐をすれば之れが国民的運動となり、一個人の意思で国が動いたものであるが、今日
ではナカ〈一個人の精神で国が思ふ様に動くものではない。ウヰルソン氏にしても、前の独逸皇帝にしても、
国民を斯う向け様、ア、向け様としても、国民はさういふ様に自由にはならぬ。政治家の陰謀といふ者があるが、
政治が黒幕の陰謀で動き、世界の外交が陰謀で動くといふのは、之は封建時代の外交で、今日の外交はそんなも
のではありませぬ。今日巴里に行つて、ウヰルソン氏の如きも、表は公明正大でも陰謀によつて著々成功して居
る、日本も少しく陰謀をやればよいになどと、報告するものがあるなれば、それは今日の国民を甚だ愚にしたも
のであります。若し陰謀によつて日本が欺かるゝ様なれば、それは先方が例巧で自分丈が馬鹿なのである。私共
はさういふ古い外交の報告に耳を傾くべきでない。陰謀などはどんなに上手でも直分る、大体に於て五年か十年
は長い方で、短いものは二三日は分らなくても、一週間位経てば直分つて来ます。それが分らないのは間抜けで
ある。陰謀が物になるといふ余地がある棟では駄目である。然るに之を英国が突ついたとか、或は米国が突つい
たとかいふのは、外交に失敗した人が自分の立場を弁護する口実には頗る善いが、決して之を外交の真相と信ず
る所ではない。今申した様な次第で、支那の申分といふものは、支那にとつて残念ながら一つも言分が通らない
で、日本の言分の通るのは寧ろ当然の事であります。併し巴里の講和会議でこの間砥が議邁に上ると、英国や仏
国は矢張日本の立場を授けたけれども決して明白ではない。矢張り曖昧である。いくらかボンヤリして居るとい
ふことは、新聞紙上で諸君の明白に認めらる、処でありませう。米国の立場はドウかといへば之は丸で反対であ
る。日本に反対の立場を取つて居る。米国の方では日本の主張通り、独逸の権利を日本が継承するといふナdとに
は賛成しない。これを一旦国際聯盟で引受けた上で、日本が山東省に於ける利権を得ることゝなし、之れを国際
聯盟案中の問題にしようといふのが、米国の主張である。何故かういふことをいふかといふと、或は米国は支那
2
2
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を授けて日本を抑へる積りで、初めから日本に敵対したのである、或は顧維釣、王正廷にかういふ議論を起させ
たのも其結果であると見る人もあるが、私は之に賛成しない。王正廷、顧維釣の立場からいつても、左様な根拠
のない事柄で動かう筈がない。又徒らに国際会議でウヰルソン氏が日本の邪魔をするといふ筈もない。之はマア
最も善意の解釈ではあるが、又他の一面から見ると、これは我々に取つて如何にも不利益であるが、米国が日本
の意に反して、そして一旦独逸の権利を巴里会議で引継がうといふ説を執るに至つたといふことについては、之
は米国の立場を十分に了解する必要がある。のみならず今日の講和会議を中心として動く処の世界の形勢を見る
上に於て、之を正当に了解することを国民に訴へたい。
戦争の実質変化
 此点から見て米国の主張は其処に相当の理由がある。その相当の理由といふのは何かといひますと、今日巴里
                                                〔が〕
の講和会議を中心として動いて居る処の世界の形勢といふものは、日本は独逸の権利を継承し而して支那の承認
を得ました時の大正三四年から五年、あの時と今日とは世界の形勢が全く変つて居る。ドウ変つて居るかといふ
と今度の軋争は始め個別主義であつたものが、其後共同主義に変つて来た。個別主義と共同主義といふのは何か
といふと、前には皆んな我々が共同して独逸と戦争して居るのでありますが∵理論の上から言ひますと、開戦当
                                                 ぶ
初の戦争は、一の戦争ではない、日独戦争、英独戦争、仏独戦争、伊独戦骨といふ風に色々の戦争が偶然に打つ
かり合つたのである。所が今日は敵と味方の両団体に分れて相対時して居る処の分離すべからざる一つの戦争と
なつたのであります。即ち前も今も形は同じでありまするが、実質が相違して来ました。例へば我々が五人なり
十人なり聯合して何々ホテルに何々会といふ名称でやつて行く。そして色々に飲食しても、勘定は幹事が居つて
スノ
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2

万事世話を焼くといふ風であつて見れば、ホテル対我々はたゞ一つの関係である。ホテルはたゞ一つのお客とし
て取扱へばよいのである。所がこの同じ人々が同じ様にホテルに飯でも喰ひに行かうかといつて、同じ物を喰つ
て同じ物を飲んでも、自分銘々に証文をし、個々別々に勘定するといふ風では、決して一の関係ではない。たゞ
偶然時を同うし場所を同うして同一のテーブルを囲んだといふに過ぎない。ホテルから見れば個々別々のお客さ
んである。こんどの戦争も初めは単独不講和条約といふものを結んで屠りまして、これによつて聯結されて居る
が、然しながら、これは個々別々の戦争である。何故なれぼ単独不講和条約といふものを結んだといふことが、
即ち個々の戦争であるといふことを証明して居る。個々の戦争なるが故に、個々別々に講和するのは不利益であ
るから、講和の際には一緒にやつて利益を図らうといふのが、単独不講和条約である。この部分的に結んだ条約
により、個別的の戦争が今日まで続いたとすれば、今度の講和といふものは、一緒に独逸と講和を結ぶにしても、
日独関係は日本と独逸との問題であるから、独逸の権利を日本が継承するには、独逸と商議すればよい、又伊太
利のフユーメの問題はこれも単独に伊太利が継承してよい。何もウヰルソン氏が彼此と干渉することはいらない。
然るに今日はさういふ訳には行かない。戦争の精神に大変の相違が出来た。滋一両年の間に、包括的共同主義に
変つた。此の戦争は吾々全体の戦争である。最早日本と独逸とのみの戦争ではない。全体の戦争であるといふ風
に考が変つた。此考が変つたことは、毎日の新開で連続して御覧の諸君は、改めて古新開を取り出す迄もなく、
一寸眼を閉ぶつて考へて御覧になると、能く分ることであります。戦争の目的と云ふものは、此の三四年間に非
常に普遍化した。されば、英国は斯ういふ目的、仏南西は斯う、日本は斯う〈いふ目的と云ふ様な個々のもの
ではなくなつた。戦争目的に関して、世界の人が普遍的に独逸と共同の目的のために戦争をしてゐると云ふ考へ
を持つやうになつた。そしてこの普遍的戦争と云ふ事は、米国の戦争参加に依つて尚一層濃厚になつたのであり
′41
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ます。尤もさう云ふ風に戦争の目的が普遍化して、戦争に関する考へが一つの主義原則の形になつて、初めは利
害の衝突の為めに戦つたのが、今日では主義の為めに戦ふと云ふことになつた。即ち世界に正義を樹てる為とか、
或はデモクラシーの為めとか、小国民の権利の為めとか、その精神は総ての国民の為めに、主義の形によつて戦
争の始末をしやうと云ふ精神に変つた。




     二大思潮の反影

 斯の如く変ると云ふことは、一見不思議の様であるが、実は偶然のことではない。而も歴史上に動かすべから
                                                  いとま
ざる根抵を有して居る。十九世紀百年間の歴史の上に根砥がある。今日此等の点を申し上げる達はありま〔せ〕ん
が、只三日申し上げますれば、十九世紀の文明と云ふものは、一面に於て人と人kの関係を法則的道義的のもの
にしようとしたのであつた。その立場は今後更に更に努力奮闘によりて完成すべきものでありまするが、十九世
紀の文明は、人と人との関係を余程法則的道義的にしたものである。所が不幸にして国と国との関係は、道義も
法則もなかつた、有つても甚だ微弱でありました0国と国との関係と、個人と個人との関係とは、其本質が邦ふ0
従つて個人の間に道徳ありといふことは出来るが、国と国との間には道徳なしと云ふ議論が行はれて居つた。然
しながら、十九世紀の文明はかういふ考へで安心する訳には行かない。その点に大なる煩悶がある。個人の生活
にしても、自分の子供を教育するに際して、兄弟は伸好くせょ、兄は弟をいたはり、姉は妹を親切にせよと教ふ
るけれども、隣の妨ちやんは殴つてもかまはない、二軒日のお嬢さんは泣かしても可い、良い物があれば欺して
取つて来ても可いと云ふのでは、家庭に於ける道徳の講義が何にもならない。斯ういふ事能伽であつたならば、道
徳的精神に非常な煩悶がなければならぬ。国内に於て伸好くせょ、国内に於ては嘘をついてはいかぬ、けれども
■ヽノ
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2

                         シ ベ nソ ア          たた.
支那に行つては支那人を欺して金儲けをしてもよい、西比利に行つては露西亜人を打き殴つて金を儲けて来い、
これは国家の為である、と云ふ風に教ふるのでは、吾々の道徳的精神は満足しない。この道徳的不満足と云ふこ
とは、段々鋭敏になつて行くものです。吾々日本人同志は、今日嘘を言はず互に道徳を重んじなければならぬと
いふ法律を作り相互の関係を律する様になつて居る。封建時代には、泥棒や詐欺を厳重に罰する規則があつても、
隣の藩に行つてしまへば人を殺したり泥棒をしてもお構ひなしである。処が世の進むに連れてこれではいかぬ。
自分の藩だけ好ければ他の藩はどうでもよいと云ふのでは道徳的精神が満足しない。之れが段々に発達して広く
なり、日本全体となつたのであるが、尚世界にこの精神を押し広めなければならぬ時代になつた。然し不幸にし
て吾々日本人は、さう云ふ点に於いては国際的精神といふもの、大いに発達すべき所の物質的要素を残念ながら
欠いて居る。欧羅巴の先生方になると、一には基督教国である為め、又一つには独逸人と仏国人との結婚も盛に
行はれるし、英国人と仏蘭西人或は米人と云ふ様に、実質的に外人間の関係は複雑なるが為に、独逸人は英国に
行つて詐欺をすると云ふて獣州つて居らぬ。さう云ふ事からして、最近段々に国際的精神の勃興を見るに至りまし
たが、然し今日国際競争の激しい境遇に於ては、残念ながら正義公道のみを云つても居られない。動もすれば宋▲
嚢の仁になつてしまふ。さりとて外国に行つて勝手な事をして、自分の利益許りを図るに於ては、そこに非常の
苦痛がある、非常な煩悶がある。その煩悶の極が今度の戦争になつたのである。是れ十九世紀の文明は破産せり
と云はる、所以である。従来の国際関係と云ふものは、個人の関係と異り、道義もなく法則もなく、腕力の関係
であつた。その結果今度の戦争になつたのであります。然し此の四年間の戦争によりて、欧米の人間が非常に深
刻な経験を積んだ。.サテ今度世界を如何に改造する?といふことになれば、従来の煩悶を基礎に、従来の苦痛
の多い状態から脱して、これからの世界は武力の支配より道義的法則の支配に変へなければならぬといふことに
/0
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2
▼瀾周瀾増増収礪竿。−ソ。




なるのであります。之は一朝一夕に完成せらるべき問題ではないが、兎に角かういふ世界的の輿論が勃興すると
いふのは、十九世紀百年間の歴史による当然の結論である。支那に於て南北妥協といふ問題がありぜすがアノ南
北妥協問題について、絶えず問題となるのは、事実問邁の解決を先にするか、法律問題の解決を先にするかとい
ふことであります。ソコで南方側或は支那全体の輿論は、法律問題を先にせょといふのであります。この法律問
題を先にせょといふ支那に於ける一つの国民的輿論も、亦世界全体の思潮の影響に外ならない。事実問題を先に
                           とうけいぎよう ちんじゆはん  げいしちゆう
せょといふのは、ドウいふ訳かといふに、是は支那には唐継尭とか陳樹藩とか悦嗣沖とか諸々の督軍連が群雄割
拠して居るので、互に利害の衝突がある。その割拠的勢力の調節は将来の和平に大に関係のあることであるから、
先づカの調節を図らふといふのである。それは丁度今度の戦争でも、その結末は利害の調節でつけやうといふの
と同じである。が、利害の調節は、結局満足に出来るものではない。必ずや紛糾針伴ふものである。そこで個々
の利害は眼中に置かないで、何事も道徳の支配下に持つて行かう、といふ方針で行けば巧く治まる筈である。か
ういふ風に考へ様といふのが法律問題を先にしようといふ論拠である。事実問題を先にするとか、法律間邁を先
にするとか、いふのが支那南北妥協の二つの重要なる点である。之は畢尭するに、国際関係を武力の支配下に放
任するか、或は道義の支配下に新に世界を改造するかといふ、世界の二大思潮の反映が、た僻ま支那に現れたので
あります。さういふ事からして、戦後の利害関係を如何にするかを論ずるよりは、少くとも戦後の世界を如何に
改造するかといふ問題が、巴里会議に於て一つの底の流れとなつて居る。風のまに〈漂つて居る表面には、色
々の波があるが、底を流れて居る思潮は始めから一つであつて之に外ならないのであります。斯様に戦争の目的
が普遍化して、道徳的抽象的原則によつて戦争の始末をしようといふ考へは、十九世紀百年間の当然の結論であ
ります。之は戦争最後の二三年間に、最も実際にこの思想の流れを我々は見ることが出来たのであります。これ
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2
2





は講和といふことの起らないのみか、実にこの思潮は、戦争の済まぬ聞から起つて、終にこの考へは或意味に於
ては、今度の戦争の終結を告げしめたと見ることが出来るのであります。
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     戦争と二の新思想

 ドウいふ訳で斯の如くに申上げますかといふなれば、今度の戦争の姑まつたのは、矢張従来の戦争と同じく、
利害の衝突に外ならない。表面上は色々と公明正大に戦争の原因を掲げて居るが、事実に於ては皆利害の衝突で
ある。然らば戦争の結末は亦利害の調節によつてドコかに帰著せねばならぬ。利害の衝突は常にカ争となり、其
                                                        〔そ〕
結果負けた奴は結局閉口してそれで勝負がきまる。そこで今度の戦争も、結局どうなるだらうと一般に想はれて
居た。・独逸が負けるか、或は英仏の敗戦によつて戦争の終結を見るか。即ち何れかが勝つか負けるかして結末の
つくものと思つて居た。然るに此見解は段々に変つて来た。一般に敗けたものが屈伏して戦争が終ると考へて居
たのでありますが、戦争の進むに伴れて、滋に一つの新しい考へが起つたのであります。即ち今迄のやうに他の
一方が他の一方を屈伏せしめて戦争を終るといふのは、本当の戦争の終り方ぢやない。何となれば、負けたもの
はカが足ら々い為で、心から先方に道理があるといふので負たのではなく、残念ながら力尽き精根が尽きて負け
たの′である、真から先方に屈服したのでないから、必ずや臥薪嘗胆捲土重来、又復戦争をするといふことゝなり、
      のこ
恨みを他日に飴すことになる。恨みを他日に飴すといふならば、是は世界の平和から見て根本的の解決ではない、
そこで今迄の様な解決の方法を採る訳にはゆかない、此戦争をカ業の戦争に終らしめずTカ業で勝負を決する
と云ふのでなしに、ボンヤリと国際関係を新なる道義的原則主義に依つて始末しやうといふ風に考へて来た。斯
うしないと、永久平和の保障が成立たないといふ考へが、欧米の人々の間に起つたのであります。かういふ思想
が起つたといふことを、私は何によつて証明するかと申しますと、是は米国が未だ戦争に参加しない以前に、大
統領ウヰルソンが最後の仲裁として仲に入つた時に「勝利なき平和」といふことを云ひ出しました所が、欧米人
中之に共鳴するものが甚だ多かつたといふ事に依つて証明するのである。併し是は既に幾多の生霊せ犠牲とし、
幾多の財産を地ちて最後の勝利を得べく惨憺たる苦心をして居るものに対して、勝敗なしに戦争を止めてしまへ
といふのでありますから、此突飛なる提言は、実際的政治家をして一も二もなく反対せしめ、ウヰルソンも己む
なく引込んでしまつたのであります。然るに民間には段々此主張に共鳴する者が出て来り、勝利なき平和に依て
根本的に戦争の解決を告げやうと云ふやうに考へて来た。戦争は勝つ為にやつて居るものであるが、それを勝負
なしで道義を以て戦争を止めやうといふのである。而もウヰルソン氏が此「勝利頂き平和」といふことを聯合国
及び敵国へ申出た時には、其時の世界の人心が或意味に於て此語によつて代表されて居つたと見てよいのであり
ます。即ち民間には、従来の国際関係の規則では仕方がない、それに満足することが出来ないと.いふことを表明
して居つたのであります。但し此時には「勝利なき平和」を十分に認むるといふ迄には行かなかつた。何故なれ
ば、此勝利なき平和には具体的原則が伴はなかつたからであります。それでウヰルソンも泣き寝入りになつた所
へ、幸か不幸か露西亜に革命が起り、其結果として具体的法則が出来ました。それは何かといふと非併合主義、
無賠償主義、民族自決主義である。斯う云ふ主義が露西亜の革命と共に激烈ポ唱へられた。此事に就ては多少長
い説明を要するのでありますが、今日は之を略しまして、兎に角露西亜に於て、斯の如き説が生れ、且頑強に唱
へられたといふことに依つて、従来は卓上の空論、二三社会主義者の議論として実際に勢力のなかつた議論が、
実際の勢力ある議論となつたのであります。
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     嘘から出た真実

 総て政治上の事は如何に立派な論でも、全体の輿論として国民的基礎の上に真実の勢力がないと、具体的問題
とはならない。而して実際の勢力は、長い年月の間に幾多の努力奮闘が加はり、其結果初めて具体的勢力となる
べきものであります。所が偶然の幸として、露西亜の革命の結果、初めて此議論が世界的輿論として確定したの
である。英仏は、最後の勝利といふ目標を掲げて戦つて居る真最中に、露西亜の革命党は、此議論を非常に頑強
に主張したのであります。そこで英国や仏国の方では之に賛成する訳にも行かず、又反対する訳にも行かず、頗
                                            う や む や
るヒヨンな立場にかつたが、さりとて露西亜に逃げられては尚更不利であるから、寧ろ有耶無耶に、表面之に賛
成して、内々は露西亜を自家薬寵中のものたらしめんとしたのである。併し時日の経過は遂に之を真の賛成と化
せしめたのであります。此点は嘘から出た真である。独逸に於ても、此三大主義が喜ばれたのは当然であります
が、敵味方共今度の戦争は、先づ大体に於て其辺で終らしむるのが恰度好からうといふことに、多数の意見が纏
                                                                         さき
り、之が実際勢力のある議論となつて、初めて具体的案が「勝利なき平和」に結び付けられたのである。嚢に此
提言をして、そんな馬鹿なことが出来るものかと一蹴されて引込んだウヰルソンも、この三大主義の発現により
                     ・万
て、早速之を土台に昨年一月夫の十四箇条の講和条件といふものを発表した。此の十四箇条の講和条件なるもの
は、正式には何の国も賛意を表して居るのではないが、唯大体其辺で今度の戦争の結末をつけやうといふこと
に、略々世界の輿論が決つた。其間には多少の説もあつたやうですが、大体に於て今度の戦争の始末のしかた
といふものは、此掛廓の外に出でないといふことに世界の大勢が定つた。さう云ふ所からして、漸次に其影響が
殊逸にむ及び、そこで独逸の方でも此主義の平和論が非常に強くなつたやうである。それは独逸がだん/\旗色
0
スノ
2
凋畑憫瀾絹¶1。‘1tノ.′∵
が悪くなつたからであらうと、我々もさう云ふ風に考へて居ましたが、最近色々の材料に依つて見ると、全く負
け出したからではないやうであります。何れにしても、今度の戦争の結末を見る以前に、此戦争に一つの原則




1世界全体の原則
を立てるといふことによりて戦争の始末をなし、且又従来の国際関係の建て直しをもや
らうといふ大勢が見えて来たので、先に個々別々の個別主義から、漸次包括的協同主義になつて来たのでありま
す。
     協同主義と国際聯盟
 さ
 借て世界の大勢が包括的協同主義の原則に大体賛成である、それがよいと云ふことになつても、亦それに種々
厄介な問題が生じて来るのは当然である。例へば近頃流行の小会社の合併といふこ・とにつきましても、小会社の
合併といふことは大体に於て利益であるが、小会社は小会社だけに、大会社は大会社だけに、夫々利害立場を異
                         なかなか
にして居りますかち、合併談の成立するまでには、却々容易の骨折ではない。然しそこに苦心の結果、或妥協点
                                                    こね
を見出しまして漸く合併成立の運びに至るのでありますが、尚其の間際になつても、色々の駄々を捏るものが出
て来るのは、誠に己むを得ないことであります。今度の戦争も、包括的協同主義といふことに大勢は走つて居な
がらも、尚之に色々反対するものがあり、不当の要求を挙っするものゝあるにとは免れ得ないことであります○
従つて今日の講和会議に於ては、ウヰルソンの十四箇条の講和条件を徹底的に持つて行かうといふものもあれば、
又伊太利のやうにフユーメ問題につき頑強なる要求を提出するといふものもある、之は我々の承服し能はざる所
でありまして、斯の如きは従前の個別的者へで外交をやるものであります。大勢が斯うだといふならば、各其考
へでなくてはならぬ。ウヰルソンの如き断乎として此立場を動かないで突進しやうといふのである0即ち此戦争
l
つ「ノ
2

は、聯合国全体と敵国全体との単一な戦争であるから、従つて今度の戦争の結果として獲得した所の権利は、一
旦国際聯盟の方に引受くべきものであるといふ議論の出て来るのは当然である。敢て日本の問蓮に就てのみ反対
するなどいふは、米国の立場を真実に解釈するものではない。ウヰルソンの立場も、斯の如き世界の形勢の変化
から推定して、初めて一応の理由があります。然もそれだけの立場を我々は承認した上で、国際聯盟を成立させ
やうといふのである。此形勢の変化をも顧みないで、唯無茶苦茶に利己朗立場にのみ執著して、種々の要求を遣
うするは誤りである。之では世界に其理論が通用しないと思ふ。斯様な世界の形勢の変化といふものは、条約で
定めたものでないから、別に之に拘束される必要がないやうなものでありますが、既に国際聯盟を作るといふ前
提に足を踏込んだ以上、個別主義を地棄して協同主義に入つたのであるに相違はありません。
2
えノ
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     新聯盟と個別的条約

 左れば過去の個別主義時代に我々が締結した条約に、絶対的拘束力を有せしめ、其条約を絶対に守るべきと主
張することは出来まいと思ひます。無論斯う云ふ条約は総て無効だといふのではない。協同主義、包括主義に抵
触する範囲内に於て、古い条約は新しい条約の陰に隠れてしまうといふ議論を正しいと思ふのであります。此点
に於て伊太利のフユーメに対する問題に就ては、私は伊太利に何等の同情がない。尤も此山東問題に就て、日本
の立場を主張するに方り、一寸考へると、伊太利の立場に同情した方が或意味に於て日本の立場を主張する所以
                     ちが
になるやうに思ふが、是は問題が初めから異ふ。伊太利の態度に賛成することによつて、日本の山東問題が旨く
主張することが出来るといふならば、それは大なる誤りであります。私は此点に於て、事実の真相を確めもしな
いで、軽卒な議論をする一部外交論者に対して、大に異見を有するのであります。
 ■一
  一




 フユーメ問題といふのは一体どんな問題かと云ひますれば、之を三自にして尽くせば、例へば支那共和国を二
分して、清洲及び蒙古に独立を与へるといふ問題があると仮定しますと、旅順、大連はどうしても満豪にやらぬ
とするか、或は満蒙が独立する以上は旅順、大連をやらねばならぬ、さもなくば満洲及び蒙古は外部と交通する
                            い かに
ことが出来なくなり非常の窮境に陥ることになるが、之を如何処分するかの問題と同じである0今伊太利がフユ
ーメを取つて仕舞つては南スラヴ人は何処へも出口がなくなる。伊太利にして南スラヴ人の立場を認むる以上、
フユーメは南スラヴに譲るが当然である。伊太利はフユーメがなくても立つて行くが、南スラヴはフユーメがな
くては立ち行かない。前の条約はどういふことになつてゐやうとも、今日の包括的全体的立場かち考へたなれば、
是は伊太利が譲らなければならぬ。伊太利のフユーメに対すると、日本の山東省に対するとは、全然性質が異ふ0
山東省は所謂既定の権利に属するものでありまして、若しもフユーメを以て山東時題と関連せしめやうとするな
らば夫は誤りである。
     山東問題と境及
 若し欧羅巴方面に於て日本の山東問題と結付けて論じやうと云ふならば、フユーメなどを対手にしないでも、
               エジ」ノト
モット良いものが外にある。それは境及である。日本の山東問題に対してグズ〈いふなれば、境及はどうであ
                                         ト ル コ
るかと云ふがよい。境及は今日の所、英国のものになつてゐるが、従来は名義上何処迄も土耳其のものである0
それを土耳其が戦争に参加したので、英国が併合を宣言して完全に取つてしまつたのであります○だから境及が
従来土耳其のものであつたといふことは天下何人も異論のない所で、之を完全に取つたといふもの\取りも直
さず之は今度の戦争の戦利品であるから、皆一緒に国際聯盟の許に持つて行かうといふのならば、山東省に於け
一スノ
つヽノ
2

る既定の利権と共に之をも国際聯盟に持出すがよい。即ちフユーメなどにくつゝけずに、挨及にくつ、けるがよ
い。然も日本の外務省は之をどう云ふ風に扱つたか。夫は知らないが、一体何かの問題を持つて行く時には、欧
洲の真申で世界全体に最も響のよい主張、世界全体の最も共鳴する大経給を背景にしなければならぬ。夫につい
ては何も云はないで、私の方は斯うして呉れ斯うして貰ひたいと、唯だ憐れみを乞ふ様な外交は頗る不味い。よ
しんば日本の立場を主張するにしても、日本の山東は斯うだと云ふ様なことは云はないで総て原則の形で持つて
行く。先づ一切の戦利品を皆国際聯盟に帰せしめるといふ法則を立てやうといふならば、其法則を立てるのに賛
成してよい。一旦講和条約に於て一切の戦利品を議するといふことに賛成して、倦改めて「其中にも種々異つた
ものがある、例へば日本の山東省の如き第一に利害関係が単純である、他の占領地とは其性質が異ふ、他の占領
地には種々の利害関係が塙捧して居るが、山東省に於ては日本のみの利害関係で他の利害関係は極めて砂い、夫
からモ一つは山東問題といふものは既に関係して居る国と国との間に於て異議なく解決された既定の事実である、
是は他の占領地と同等に見る訳にはゆかない、然し此山東省と同じ立場にあるものに挨及があるが、斯くの如き
ものは特別の地位にあるのであるから、如何なる原則によつて解決すべきか」と日本は、嘆願するのではなく主
張によつて原則を立てゝ貰ひたいと世界的に出て行けばよいのであります。日本委員がさう云ふ風に主張したか
どうか、公報も来ないから分らないが、新聞紙の報道によれば、山東省は租借地であるから他の領土とは異ふと
いふ様な主張であるらしい。然し租借地なるが故に他の領土と異ふといふのでは問題にならない。理屈にならぬ
ことを主張するよりも、チヤンと当然の理窟になることを主張して、斯の如く世界の利害関係の原則を定めやう
と、堂々と持つて行くことにしなかつたのは遺憾である。尤も挨及と山東省は、非常に似て居るけれども、一つ
輿ふ所がある。それは境及は敵国のもので山東省は我々と事を共にして居る所の友邦のものである。従つて壌及
′4
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」賢臣−r■−1−1一
.嘗▼VJ、菅d 、、ハ∫




の主権は土耳古に還さなくてもよいが、山東省の方はさうは行かない。ソレ以外の利権に就ては、瑛及と山東省
は其性質を同うする。そこで山東省と境及とを引くるめて、原則の形で日本の立場を主張すべきが当然であると
思ふのであhソます。
     外交問題と国論

 ソレは兎も角、今日の肝要なる場合に於て、外交問題に関する多くの議論といふものを見まするに、さう云ふ
広い方面に著眼された議論が頗る乏しいのは甚だ遺憾であります。今度の巴里会議は、世界改造の大会議である。
 と▲き
此秋に方つて、我日本委員は世界改造の大経給に就て何等か発言する所があつたでせうか。不幸にして我委員は、
之まで世界を支配すべき所の大経給に関する発言は、一つもして居ない。又発言したとしましても、今日世界に
通用する一番高い見地から持つてゆきましたでせうか0翻つて国内に於てはどうであ町ますか0今日外交を論ず
るもの、多くは低い所の外交的見解を以て国論を統一せんとし、徒らに過激の言辞を弄して一般の議論に調子を
合せて居るが、私は此点に就て甚貯遺憾と思ふのであります。山東問題に就て、講和問題に就て、或は講演会を
開き或は演説会を開いて、そして有象無象が名論、卓説、国論の統一に努めるといふ。夫はよいが、低い間違つ
た所に国論を引きつけていつては何もならない。併し他の⊥面に於て、私がやっ云ふ説に反対しますと、貴様は
異分子じや、ソンナ勝手なことを云つては国民全体と調子がとれないじやないかと喰つてか、るものがあります
が、低い所に国民全体の調子を取つた所で、夫は真の国民外交ぢやない。それでは世界の市場に通用しない0モ
ット高い所に国民全体の調子を取つてこそ、始めて巴里へも響くといふものである。今日筍くも外交を論じ、民
心の統一を期せんとする者は、宜しく地平線上に立つて、明かに世界の大勢を達観し得る見地の許に、広く世界
くノ
ュノ
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に通用する国論を纏め、大勢に順応すべく民心の統一を図つて貰ひたいものであります。

                                〔『大阪毎日新開』一九一九年五月二〇日−二六日〕