日米交渉の一問題としての山東問題
六月廿一日の『東京朝日新開』に我が幣原大使は、米国国務卿ヒーズ氏と山東問題について会談したと云ふ報
道が出て居る。尤も当局者は講和条約に於いて已に決定せる山東処分を今更ら米国と話し合ふ必要がないと否認
さき
して居るけれども、又他の一面に於いて嚢に米国議会が講和条約中の山東関係の条項を否決した行き掛り上、日
本の極東政策について米国の諒解を求め置く必要から、自然山東に関する事項も話遺に上つたらうとも推測さる
ると云ふから、正式の会談としては之を否認するも、兎に角何等かの形に於いて意見の交換を見た事は疑ひない
らしい。而して新開の報道する所によれば、幣原大使は山東還附の声明を成るべく速かに実行すべき旨を告げ、
其代り本間邁を国際聯盟に提議せんとする支那の立場を米国政府の支持せざるやう希望したと云ふ事である。之
あきた
によつて見れば我国が近く山東還附の声明を実行すべきは勿論であるが、支那は之に慄らず日本との所謂直接交
渉を避け、之を何処までも聯盟の問題とする決心であること、又米国の一部には、支那の此立場に対し同情を表
するもの砂からざることが明かである。
此事については、我国に於いても之れまで随分論議されたのであるが、併し未だ問題の本態が充分に諒解され
あい一て
て居ないやうだ。少くとも対手方の立場が何う云ふ根拠に基いて居るかの点が、我々国民に十分に解つて屠ない。
対手方の立場が正しいか否かの判断は暫く別として、彼等の拠つて以つて立つ所だけは正当に之を理解して置く
必要はあらう。
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山東の処分は形式上対独講和条約によつて己に決定された。其第四篇第八款には第百五十六条以下三ケ条に亘
ドイツ
つて明白の規定がある。之に拠れば山東省に関する独逸の権利は其政治上のものたると経済上のものたるとを開
かね
はず、一旦凡て日本に帰することになつて居る。此点は条約の文面上一点の疑ひを容れない。而して日本は予て
の声明に基き自発的に租借地を支那に還附せんとするのである。条約の表面の解釈から云へば勿論の事」又従来
の国際関係の慣はしから云うても此日本の態度に不服あるべき道理はない。之に異議を唱へるものがあるとする
なら、唱へるものが誤りだ。之が即ち日本の立場である。従つて支那が一旦決まつた此解決案を更に国際聯盟の
いわ
再議に附せんとする態度に対しては極力反対するのである。況んや米国の如き第三者が条約によつて定まつた此
の日本の立場を紛更せんとするに対して不快の感を砲くのは当然と云はなければ軒打ない。
日本の立場に異議を挟む態度の中にはいろいろの原因から来るものがある。一つには単純な排日思想から来る。
支那人の多数、米国人の一部には確かに之がある。第二には山東に於ける日本の行動に対する猫疑心から来るの
がある○日本は初めから山東還附を声明しては居るがト其後の施設経営の状態を見ると丸で自国同様に振舞つて
居る。斯くては還附してもそは形式的に止るだらうと云ふやうな考から、条約上に認められたる日本のすべての
ないし
権利を否認せんとするのである。併し此等の否認論は一時の感情乃至誤解に基くもので、元より取るに足らぬが、
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みち
又我の態度の如何によつては此種の批難を消滅せしめ得る途もある。此程度の議論ならば我々は之を顧慮せずし
て之れまで通りの態度で突進して差支ない。けれども支那や米国の殊に昨今勢を待つゝある議論の中には、もつ
と深い根拠のあるものがある。之に承服するや否やは別として、兎も角我々は一応親切に之を聴いて遣るの必要
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がある。
それは何う云ふ議論かと云ふに、条約が何うの法律が何うのと云ふのではなく、単刀直入道徳上の根本論から
立説さる、所のものである。先度の欧洲戦争は実に世界の運命にとつて重大な戦争であつた。此戦争に参加して
最後の勝利を得しめた功労は、深く之を尊重せねばならない。其功労を認むるについては、直接人と金とを出し
て非常の犠牲を払つたものは申す進もないが、精神的に味方の優勢を鼓舞作興した力も之を認めてやらなければ
ならない。斯くして此戦争に於ける勝利は此等の交戦国全体の協力によつて出来たものだから、戦勝の結果敵方
ょり得たるものも、之を二三国の私する所に任かすべきではない。分捕品の如きはすべて皆一旦は交戦国全体の
ものとしなければならない。分捕品にして斯くの如しとせば、味方の或る一国が嚢に敵方から掠取されて居つた
ものについては無論直ちに之を当該国に還附すべきである。即ち膠州湾の如きは支那の戦争参加と同時に、支那
に帰属すべきもので、支那が如何なる事情の下に戦争に参加したか、又之れより先き膠州湾が如何なる事情の下
に日本の得る所となつたか、の如きは深く之を閏ふの必要がない、と云ふのである。即ち膠州湾は支那の参戦と
同時七当然支那に帰すべきものであつた、之を一旦日本にやつたのは失当の所置であると云ふので、米国の議会
は明白に反対の意思を表示した。平和条約は此趣意と相容れざる決定をなしたからと云ふので、支那では聯盟の
再議に附せんとするのである。而して支那や米国の一部の人の取る此立場は、単に昨今の思ひ附きではない。平
和会議に於ても可なり盛んに主張せられた事は当時の新開電報にも明白であるし、殊に最近段々発表さるるラン
シング其他の平和各議秘録の公表の中にも明白である。米国の識者間に如何に斯う云ふ考への強いかは、ウイル
ソン不人望の」つの∵原因は山東問題の解決につき、彼が功を急いで日本の要求に屈し、以て米国的正義を踏み外
したといふ点にあると云ふにあるに見ても分る。であるから山東問題に対する日本の立場の否認と云ふことは」
朝一夕の談でないと云ふ事を認めて置く必要がある。
更に立ち入つて考ふるに、講和会議の前後を通じて此種の問題の解決については常に二つの異つた根本思想が
闘はれて居つたと云ふ事を見なければならない。一つは戦争の渾一観であり、他は戦争の集合観であるっ米国は
徹頭徹尾渾一観を以て一切の間選を解決しようとするのに、我国は徹頭徹尾集合観を以て之に対戦した。而して
英仏諸国は或は渾一観の立場を取り、
講和条約其物も不徹底なものになり、
くみ
或は集合観の立場を取り、時に応じて其与する所を一にしなかつたから、
従つて又いろ〈の問題を未決のまゝに残して紛糾を重ねしむることにな
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つたのである。
そもそも
抑々今度の戦争は世界の殆んどあらゆる国が敵味方二つに分れて争つたもの\而して争ふについては或は正
義の為めとか或は世界の平和の為めとか、各々抽象的な共通の目的を掲げないではないが、併し実際に於て、此
だ
戦争によつて達せんとする所の目的は国によつて普同一ではない。現に日本でも、日本は極東に於て丈け戦争す
ればいゝので、地中海の方まで手を出すのは余計の事だなど、云ふ説もあつた。斯くして日本が独逸と戦争する
イギリス
意味と、英書利が独逸と戦争する意味とは同一ではない。故に理窟から云ふと、日独の戦争、英独の戦争、乃至
仏独の戦争、露独の戦争は個々別々の戦争だ、只全く個々別々に戦争しては速かに勝利を得ることが出来ないか
ら、単独不講和条約などを結んで作戦上共同動作の措置に出でゝは居る、故に外観は一つの頭から割出さる二
っの戦争のやうであるけれども、思想上からは沢山の戦争の集合と観なければならない○少くとも初期の戦争は
斯くの如き意味のものであつた。けれども此戦争の集合観は最後迄一貫して居つたかどうか。
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予輩の観る所によれば戦争の集合観は戦局の進むと共に段々貫き得なくなつたと考へる。勝利は予想の如く早
←得られない○出来る丈け多くの国を集め、其カを合せて一刻も早く敵を屈服せんとする。其為めに将来の分捕
品の分配に対する密約も出来た。戦争の集合観を以て終始する以上、単独不講和条約並びに之に附帯する密約以
外に各国の協力を全うする途はない。処が此の方法は米国の参戦と共に第一に打ち破られた。何故なれば米国は
けだ フラン ス
単独不講和条約に加盟しなかつたからである。蓋し米国は英書利や仏蘭西などゝ戦争の目的を異にする、少くと
ひつきよう
も敵を武力によつて圧迫することによつてのみ獲得し得べきやうな利益を戦争の直接の目的としてゐない。畢竟
米国参戦の主たる目的は国際交通に於ける或種の原則の確立にあつたのだから、独逸が之を認めさへすれば戦争
は何時でもやめる、なまなか此自由を拘束せられざらんが為めに彼は単独不講和条約に加入しなかつた。けれど
も英仏諸国にとつて米国の参戦は非常な頼みである、之に逃げられては大変だと言ふので、段々戦争の目的に閑
ふる
しても米国に接近せんと努むるやうになつた。斯くして自然英仏諸国は其戦争目的中から利己的不純分子を飾ひ
やが
落さざるを得なくなつた。之を予輩は戦争目的の浄化と言つて居る。躾て又聯合諸国は一日も早く独逸屈服の功
を全うせんとして世界中の国を仲間に誘はんとした。けれども勝つた所が何も独逸から獲物を得べき見込もない
国々を、自分達が或種の利益を予期して戦つて居る戦争に参加せょと言ふ訳には行かないから、そこで彼等は広
く仲間を誘ふの必要に迫られゝば迫らる、程戦争の目的を単純な原則的なものにしなければならない。斯くして
戦争の目的は特殊的な利害問題を離れて抽象的な主義原則の確立と云ふ事に移る。予輩は之を戦争目的の抽象化
と云つて居る。戦争の目的が斯う云ふ抽象的なものになると、即ち各国の此戦争によつて達せんとする目的がす
べて同一となるので、戦争も亦同一の目的を以て共同に戦はる二つの戦争と言ふ事になる。即ち戦争の渾一観
は集合観に取つて代らざるを得ない。
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初期に於て集合観が行はれ、終期に於て渾一観の行はれたことは明白一点の疑ひを容れないが、併し斯う云ふ
たなこころ ひるがえ
思想上の推移は掌を翻すやうに右から左に移り切るものでないから、渾一観の行はれる時代に於ても集合観時
代の考方が他のいろ〈な問題について起らないと限らない。否、そればかりではない。甲の法律を廃して新た
に乙の法律を作ると云ふ風に紙に奮いて残して置くのでもないから、将来起るすべての間蓮を渾一観の思想で解
ことわぎ
釈を統一すると云ふ訳にも行かない。喉元過ぐれば熟さを忘るゝと云ふ諺の通り、苦しい時には渾一観に拠つた
が、一旦戦勝の目的を達する段になると、集合観の旧い態度に還つて我俵を云ふといふ事もある。講和会議に於
けるクレマンソIの態度は其最も著しきものであつた。英書利とても亦此例に洩れない。只英書利や仏蘭西は知
う一よ
って此我俵を押し通さうとした事が明かであり、従つて其言論行動に其辺の掛引を可なり旨く遣つて居るが、明
けても暮れて滝徹頭徹尾集合観時代の旧思想一点張りで押し通し、悲しむべき無智を暴露したのは独り我日本の
あ
全権丈けであつたやうだ。此間に立つてウイルソンは又厭くまで渾一観を以て押し切らうとしたが、複雑なる欧
洲の政界はさう云ふ単純な抽象的原則の共催の実行を許さず、遂に見るが如き不徹底の条約が出来上つたのであ
る。而して条約其者が洋一観と集合観との両立を見て居るが如く、其後のいろ〈な問題についての論議に於て
王
も、此両思想が常に相争つて居ることは言ふを倹たない。
平和条約の解釈、尚之に関聯する種々の間遺の解決につき、右述べた両思想が如何に錯綜して働いて居るかを
包括的に研究するは尉が興味ある問題であるけれども、今は之を略する。只少くとも我国に関係ある間蓮につき
米国側から来る異論の多くは、此立場の相異に基くものであることを三日するに止むる。ヤツプ島の問題にして
もさうだ。山東間遺は即ち正に其最も著しい例である。之れ丈の事を念頭に置いて観る時、平和条約の決定を云
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ふ草丈けで米国や支那より来る異議を拒ぎ切ることは出来ないと思ふ○拒ぎ切り得ない卜は言はない、拒ぎ切る
にはもつと実質的の内面的な根拠を探す必要はないかと考ふるのである。
差し当つての問題Lして観ても、米国は講和条約を批准してゐないから、平和会議当時に於ける立場を今尚主
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張するのは怪むに足りない。講和会議に於て我全権は頻りに支那との約束を楯として、日本の独逸の権利を継承
することは支那も已に認めて居ることや、又現に日本は速かに膠州湾を支那に還附するの意思あることなぞを説
いたけれども、集合観時代の個々の条約を楯に取ることは米国の認めざらんとする所であつた。あの時丈けには
限らないが、昔の条約を楯に取るのは・時勢後れだ、今は法律や条約を離れ、全然道義的立場から論議せらるべき
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であると云ふのが、ウヰルソンの立場であり、又顧維釣の説の傾聴せられた所以であつた。それでも其当時のい
ろ〈な事情によつて結局日本の言ひ分が通つたが、之は訳も分らず無理押しに勝つたといふ形で、一般関係諸
国の道徳的支持の至つて薄かつた事は当時の記録に於ても明かである。それでも決つた事は仕方がない、又一旦
決めた事を代へるのが日本に対して面白くないと云ふのが英仏諸国の現在の立場であらう。
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従つて又支那が一つには平和会議当時の形勢を眼中に置き其後に於ける米国の輿論なぞに鑑みて、其観て以て
失当頂りとなす解決に対し進んで再議を求むるのは、彼の立場としては必ずしも不適当な事ではない。之を承認
して更に事端を繁くするの適当なりや否やは政略の問題である。道義的見地に於て支那は決して不利益な地位に
も わぎわぎ
ゐない事は、我々日本人としては余り快くはないが、疑ひのない事実である。此際に当つて若し我日本が態々米
国を動かして支那の再議提案を妨げんとするが如き態度に出づるならば、益々我が立場の道徳的薄弱を自白する
ものではあるまいか。どうせ再提議は開港になるまい。なるまいからと云つて安心せず、我々は兎に角従来のや
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うなケチな立ち場を固執せず、もつと高い、広い根拠から我々の現在の立場を裏附ける工夫をしてはどうか。
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要するに山東問題に対する対手方の立場は、一寸考へるやうに無鉄砲な見当外れなものではない。山東問題を
どう処分すべしとしても、之れ丈けの事は十分念頭に置く必要がある。
〔『中央公論』一九二一年七月〕