支那の排日的騒擾と根本的解決策



 山東省の直接回収並びに売国奴暦懲を名として、北京大学の学生を中心として行はれた運動は、今や排日の形
を取つて全国に潮漫した。而かも其の運動たるや、頗る険悪を極め、殆んど狂乱の体に陥つて居や」とは、最近
我々日本国民の非常なる憤激の種となつた上海の不敬事件に就いても分る。彼等のその運動が理非得失の見境ひ
                       ・まる
も無い程に狂暴を極めて居るのは、全で戦争のやうである。或は武器で戦争が出来ないから、これで我々は日本
国民に戦ひを挑むのだといふのかも知れない。斯うなれば、我々に於ても亦致し方が無い。彼等の挑戦に応ずる
のが大人気無いとすれば、少くとも自衛の道を講ずる上に、十分なる決心を堅むるの必要がある0
 尤も彼の暴に報ゆるに暴を以てせょといふのは、向ふが憲兵を撲殺したから我が国の官憲も朝鮮の良民を虐殺
したといふ例の水原事件の弁明と同じく、筍くも一日の長を以て任ずるものの取るべき態度ではない。我々は東
洋諸国の先達としての道徳的責任を幾分なりとも感じて居る以上、相手が激サれば赦する程、何処までも冷静の
態度を失つてはならない。一時の興奮に其の為す所を誤つて、最後の勝利を取逃がす程馬鹿げたことはない0
支那の排日運動が蛾盛を極むるは、独り日本の憂ひのみならず、支那の為めにも極めて憂慮すべき事である0
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けれども我々は、此の運動が国民の自発的運動なることを見逃がしてはならない。兎角此の種の運動が起ると、
日本人は、之を一二の陰謀家の煽動に帰し、共の将来を楽観して満足するものもあれば、又僅かの暴行を極度に
誇張して、支那人の残忍を説き、飽くまで之を懲らさなければならぬと云ふものもある。現に新聞紙上にも此の
両様の見解を同一の紙面に見ることがあるが、此の如きは、それ自身に於て矛盾した報道として取るべからざる
のみならず、そこに少しも自ら反省の点を見出し得ないことは、我々の首肯し得ないことである。若し夫れ今度
の運動を以て、全然一二の陰謀家の煽動に帰するに至つては、真相に徹せざる皮相の見解である。日本人に対す
る反感運動、殊に日貨抵排はこれまでにも屡主起つた。併し此等のボイコットの多くは、官界、商界の一二有力
者の煽動に出でたものであることも、亦疑ひを容れない。随つて昔ならば、此の種の運動を目して一二煽動者の
所為なりといつても間違ひではない。併しながら、今日は最早時勢が違ふ、国民沌大に進歩した、さう′、人の
                                            わだ
煽動に因つてのみ動くものでない、有力者の言ふが優になつて居つた時代でさへ、一旦煽てられると、薬が利き
過ぎて国民の運動が手の着けられない状態に陥つたことも蜃主ある。狂言に飲んだ毒薬の為に、計らずも身を滅
ぼすやうなこともあつたのであるが、併し大体に於て、国民自身に動くべき何等根抵ある原因を意識して居なか
つたから、官界、商界の有力者が之を治めようとすれば、比較的之を治めるに難くはなかつた。そこでボイコツ
                                  すか
トなどが起ると、何時でもこれと見越しがつくと、有力者を責めつ嫌しっして、其の結末をつけることが出来た
のである。そこで時勢の変を知らず、今でも猶ほ支那の民衆を呉下の旧阿蒙と思つて居る人々は、今度の運動を
見ても一向驚かない、日く、是れ亦一二の陰謀家の煽動に因るものであると。
 凡そ人間には、一・ロに言へば、自分は倒巧で他人は馬鹿と見る癖がある、此の癖は殊に外国人に対する時に於
                               かいかぶ
て著しくなる。尤も我々は特別の理由があつて、西洋人を不当に買被る傾向が無いではないが、他の同じ東津の
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外人に対する場合には、随分不当に劣等祝するの傾きがある○朝鮮人にしても、支那人にしても、其の素質に於
て決して我々の考ふる程劣等のものではない○我々が蛮島土人と同様に考へて居つた生蕃人でさへ、日本人に反
感を懐くに至つたのには、相当の理由があると開いて居る〇一寸の虫にも五分の魂がある0況んや彼等以上の支
那人、朝鮮人に於てをや、唯だ色々の点に於て日本人は強いと考へて、彼等は日本人に接する時に遠慮する0そ
れに言葉も分らない。それで二り応接すると馬鹿に見える所もあるが、それを図に乗つて、彼等はどうにもなる
から我々の思ふ通りに引廻はしが出来る、又少し位無理をしても押さへ切れるものと考へるならば、大なる誤り
である。彼等には矢張り独立の見識がある。独立の利益の主張がある0否な独立の人格の主張を有つて居る0人
                        たやす
の言ふ通りにばかりなるものでもなければ、又た容易く人に煽動されるものでもない0彼等が今度のやうな大運
動凍起したのを見て、又例に依つて一二人物の煽動に乗つたなどゝ見るのは、是れ余りに対手方を愚にした見解
である。
尤も彼等の運動が全然一二陰謀家の煽動と関係が無いとは云へない0何故なれば、今日の程度に於て我々も亦
彼等と共に何等の挑発無しに、全然自分で運動を始めるといふ程までには発達して居ないからである0東洋に於
て此等の点に於て一番発達して居るのは、何といつても我々日本人であることは疑ひない0其の日本人ですら、
デマゴーグが煽動でもしない以上、仮令起さねばならない必要があつても、容易に国民的運動は起り得ない0早
い例が最近東京に於ける公設市場の問題に就いても明かである0物価調節の一策として、公設市場設立の急務た
るは、殆んど天下の輿論であるのに、一年間も怠けた1、市参事会が自分等の利益と情実との為めに、遠慮会釈
もなく此の案を葬つた。斯ういふ場合に於てこそ、市民は大に奮起して彼等の不親切を叱咤すべさであるのに、
              なかなか
一向平気で居る。国民全体は却々理窟で動くものではない、動くにはどうしても煽動が要る0此の意味に於て支
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          たし
那の今度の運動は、懐かに第三者の煽動に原因tて居ることは明白なる事実である。けれども間遺は、煽動に囚
つて起つたのであるが、唯だ煽動者の希望した通りに動いて居るか否かといふことにある。斯う考へて見ると、
今日の国民は煽動に因つて運動を起すが、一旦運動を起した以上は、其の運動の方法や程度や、又方向やは自ら
独立に決するものであつて、決して一から十まで煽動者の指図通りに動くものではない。動くまでには煽動者が
要る、けれども動いた以上は、後の運動が全然独立であるといふ所に、今日の国民運動の本体を認むべきである。
であるから、仮令煽動者があつたとしても、其の煽動者を捕まへて文句を云つた所が、運動は治まらない。煽動
者を捕まへて文句をいふのは、横浜の大火を目の前に置いて、火元を詮索して共の罪を論ずるが如き類である。
火元を責めて治まる位なら、実は火元を責めるまでもなく、我々自身のカでも治めることが出来る。何故なれば、
煽動者の言ふ通りに国民がどうにでも動くものなら、動いた国民を反対の方向に動かすことに、我が日本の努力
が成功しない筈が無いからである。英米が支那の愚民を煽動したなど、漫罵することを以て能事とするのは、或
意味に於て我々は支那の民衆を動かすことに、全然無力であるといふ在留日本人の無能力を曝らすだけのことで
ある。要するに国民の運動には煽動が要る、けれども煽動された後の運動は、全然国民の独立運動といふことに
注意しなければいけない。而して国民をして排日的方向に動かすことは、比較的容易であるけれども、親日的に
動かすことは極めて困難であるといふ所に、我々は深く反省する必要がある。
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     三

誰が煽動したかを詮索して、之を吟味することが、実際上何の効果もないことは明らかである。そして、斯う
                                                りんちようみん
いふことは支那では決して珍しいことではない。伝ふる所に拠れば、最初北京の学生の運動は、林長民の、派が











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                                                                      Hリよ・つし
煽動したといふ。煽動したのか或は運動の起つた後之に油を注いだのかは分らない0又いふ、後に至つては梁士
静の諒が盛んに煽動して、政敵を陥る、に之を利用したと○これも恐らく事実であらう0支那のやうな所即ち
                               か
政争の公明正大に行はれず、手段を選ばずして一旦或地位を嵐ち得ると、益主其の地位を利用して自家の地歩を
堅め反対者をして容易に復活する能はざる窮境に陥れ得る所に於ては、有らゆる機会を捉へて反対者を陥るゝに
陰険なる計略を弄することは、怪しむに足らない0形こそ違へ、斯ういふ悪辣なる手段は、随分日本にも行はれ
て居るのである。
 又一部の人は、在留英米人が組織的に莫大なる資金を出し合つて、支那に於ける日本の勢力の撲滅にカを注ぎ
っ、あるとなすのは、朝鮮の宣教師が独立運動の黒幕となつたといふ説と同じく、恐らく疑心暗鬼の説であらう0
新開にも見えれば、又我々の友人からの報道にもあるが、暴動に加はつた学生の中には米人から何百円を貰つた
とか、英人から何千円貰つたといふやうなものは可なりあるさうだ○併しあゝいふ、言はば国家的運動に参加す
るものに、特別の同情を寄せて、巨額の金銭を恵んでやるといふ好事者は、国の東西を閏はずこれ有るを見る0
孫黄の一派が支那で革命運動をやる時に、日本人の誰彼れは随分莫大の資金を提供した0孫黄が鋲南関で事を挙
げた時に、或る米人の商人が、負けたら只だやる、勝つて君方が天下を取つたら、倍にして返して呉れといふ条
                                   そんいつせん
件で、何十万かの寄附を申し出たこともあると開いて居る。又日膚戦争後、孫逸仙の挙兵に当年の成金鈴木久五
郎氏が、孫逸仙に六万円の寄附を申込み、中に立つた或る有名な代議士が二万円のコンミッションを請求した為
めに、孫は憤つて其の金を返したといふ詰もある。斯うしてちよい〈金を寄附するものがあつたからとて、若
し昔の清朝政府が孫黄の革命運動を日本国民の責任なりと喰つて掛つて来たら、我々は之を本気に相手にするこ
とが出来ようか。日本の不利益をなす結果の運動に金を出す二三外人の所為は、憎むべしとするも、之を一概に
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英米人の不信に帰するのは、少し冷静を欠いた点がある。事件が我々には不利益な事柄であればとて、事件の判
断に血迷うてはいけない。英米の人が金を呉れたから、排日運動をするなどゝいふ暇があるならば、日本も負け
ずに金をやつたなら宜いではないか。従来の例に徴すれば、我々は学生を買収して無垢の青年を誤るの不徳をな
すに忍びないなどといふ柄でもあるまい。
 要するに煽動云々の説には、大に誇張があるやうに思ふ。併し彼等が煽動したといふ事実に、或は間違ひはあ
るまい0けれども是れが唯一の原因であり、又これが現に運動を指揮して居る唯一の勢力であると思ふならぼ、
前にも繰返して述ぶる通り明白なる誤りである。レーニンが独逸皇帝の金を貰つて露西亜に這入つたからといつ
て、彼は決して独逸皇帝の偲偏ではなかつた。レーニンは日露戦争の当時、日本でも之を利用したことがある。
けれども若し之を利用したと思つて居るならば誤りで、レーニJ自身から言へば、或は日本を利用し或は独逸皇
帝を利用して、終始一貫自己の革命運動の成功を図つたといふであらう。今時の人間は、どうしても此方の思ふ
つぼに欣めて利用の出来るものではない。これが出来ると考へて、少なからぬ金を使つて色々小刀細工をやると、
     きつと
共の結果は吃度失敗に終ることは我々の常に満蒙シベリヤ方面に於て、其の例を見て居る所ではないか。要する
に煽動者の勢力なり影響なりは、余りに過大に之を評価し.てはならない。之を過大に評価すると、之に促がされ
て起つた運動共のものゝ真相を見誤る。之を過大に評価したればこそ、多額の金を使つた例の小刀細工は到る処
 ば ろ                                                 かがみ
に檻複を出して居る、飼犬に手を噛まれる事を好む我が国一部の政治家は、以て鑑となすべきである。
 支那の排日運動は、最早煽動者の手を離れて居り、而も随分狂乱を極めて居る。或は排日、或は官僚政府の攻
撃、而して政府攻撃の鋒先は、一転してポリシエヴヰズムたらんとして居り、殆んど手の着けやうもないやうで
あるが、併し此等の連動の奥に潜む所の根本の思潮を能く考へて見ると、疑ひもなく次の二点が之を指導する原
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刀方

則となつて居るやうに思はれる。一つは外来の侵略主義に対する反抗である。もう一つは国内の専制的官僚軍閥
に対する反抗である。彼等は今日まで外来の侵略主義に依つて余りに苦がい経験を嘗めた。此の主義に反抗する
点に於ては、彼等の眼中に日本西渾の差別は無い。是れ此の運動が主として排日的でありながら、又時として排
外的なる所以である。唯だ支那民衆の多くは、日本を以て侵略主義の第一の代表者として最も直接に自国を脅か
             やや
すものと認めて居る。故に動もすれば、鋒先きが専ら我々に向ふのである。これと同じ意味に於て、官僚主義に
対する反抗の声は、少くとも其の初めに於て殆んど専ら曹、章、陸の三君に集まつた。彼等が官界を退いた後は、
其の鋒先きが、更に転じて北京政府全体に及ぶべきは、言ふを侯たない。
 だから排日運動の鎮圧を目的として外務省の訓電に基いて、小幡公使を始め諸方の領事が繰返してやるやうに、
向ふの官憲に掛合つたのでは、何の効能も無い。政府としては固より外に道も無い.ことであらう。けれども中央、
                                       あたか
地方の官憲に掛合ふことに依つて、排日運動の始末が出来るものとするのは、宛も地上の問題の解決を天に向つ
て求むるが如きものである。斯う考へると今度の排日問題の始末は、双方の政府に任せて置いては、到底解決が
附かないといふことになる。
 併しよく〈考へて見ると、支那で日本を排斥するのは、実は侵略の日本を排斥するものである。併し日本其
のものは、決して侵略主義の国ではない。官僚軍閥の日本の侵略的色彩を濃厚に持つて居るといふことは、我々
                             やつ
は之を疑はない。さればこそ多年官僚軍閥の攻撃に浮身を睾して来た。けれども今や国民の多数は、平和を愛し、
自由を愛し、国際的共存の主義を愛して居る。言はゞ今日の日本には、侵略の日本と平和の日本との二つがある
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くノ
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ことを認めねばならない。而して従来政柄を撞つて居つた侵略の日本は、支那に往つて事を起すに、丁度悪辣な
         た
御用商人が姦智に長けた役人の一人と結託して取引をするやうに、常に公明正大の外交を避けて、対手国の政府
中に、如何様にも自分のいふことを聴く所謂数名の親日派を作り、其の勢力を助け、又彼等の我佳を授けて自己
の利益を図つて居た。而して支那の民衆は、之を以て容るべからざる罪悪と叫んで居るのである。而して支那に
於ける親日派の勢力の根拠は、日本の御用商人主義的外交の支持に依つて、箪固なる根拠を有すると彼等は認め
て居るが故に、彼等は一転して著しく侵略の日本に反感を示して来る。而も此の侵略の日本は、即ち我々平和の
日本が極力排斥せんとする所である。彼等の排斥せんとする所のものと我々の排斥せんとするものとは、正に同
一である。若し日本に此の二種の日本があるいふことを知つて居つた々らば、支那の民衆は恐らく掌を覆へすが
         や
如く、排日運動を罷めたのであらう。支那国民の排斥せんとする専制的官僚主義者は、彼等の目から見れば、所
謂怪力に致されて国を売る輩である。曹、章、陸君の一派が果して外国と結託して国を売つたかどうかは、我々
の知らない所であるけれども、彼等が侵略的日本の友達であり、侵略的日本が支那に於て事を為し得る唯一の関
門であつたことは疑ひ無い。侵略的日本の友が、果して親日派の名に値ひすべきや否やは、彼等が同時に日本国
民の真の要求を理解し、日支属国の真の友好関係を開拓するに尽力したものであるか否かに依つて分れる。此の
一派の人々の中には、個人的に親しい友人も居るが、而も政治上の立場から観れば、余輩は彼等の総ての人と其
の見る所を異にして居る。此等の人々が政界から葬れない以上は、本当の親日的国民は出来ない。けれども御用
商人主義の外交から言へば、三君が居なくなると、商売がやりにくゝなる。況んや之を押し除けて、新たに道を
開かうとする英米党の横閑となつて居るものがある。そこで三君の没落は、即ち日本の勢力其のもの、没落のや
うな感情が浮かばないでもない。鈴弁に取つては山田某は必要欠く可らざる役人であつたらう、山由が失敗する
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ゃぅなことでもあつたら、如何やうにしても授けたに相違ない。山田の不利益を図るやうな同僚があつたら、鈴
弁は必ず彼と共に其の排斥に努力を惜まなかつたに相違ない。而して此の際鈴弁の店員の中に、斯かる結託関係
を不正として、山田は怪しからぬ奴と罵しるやうなことでもあつたら、鈴弁は恐らく家の為めにならぬ不忠の奴
と憤つたに相違ない。外のことで喧嘩して遂にあんなに大きな騒ぎになつて仕まつたが、鈴弁の地位に立つて酷
く反省して見ると、斯んな関係を続けて、山田の地位が長く安全なるべきや否やを疑はずには居れまい。飽くま
で悪人の山田を援けて運命を共にするも一策であるが、併し戊久の警日を図るなら、速に立返つて、宜い加減に
見切りをつけるのが得策である。曹、章、陸の諸君を信頼すべき親日派だとして、益主其の関係を深くするのは、
我々から観れば、対支関係に於ける日本の自滅を促すに過ぎないものと考へる。
 支那の民衆が官僚排斥を叫んで起つたのは、或る意味に於て日本に対する一大警告であり、又或意味に於て日
支両国の真の親善の開拓に対する一大障碍物の攻撃の叫びである。斯うなると、彼等の運動に対しては、我等も
亦大に共鳴する所あるを感ぜざるを得ない。尤も支那の排日運動には、色々不純不粋の分子が喰つ附いて居る。
これに就いては我々は大に歎息もし、又憤慨もするけれども、併し冷静に彼等の真の要求を考へて見る時に、此
に彼我の間に、共通のある一つの生命の発芽を認めることが出来るのである。事によつたら此の点に間違解決の
端緒が開かれはしまいかと考へるのである。
 斯う考へて見ると、差当つての狂暴なる排日運動に対しては我々は何処までも慎重なる態度を取つて、軽々し
く無謀の挙に出でゝはならない。開く所によれば、一部の人の間には、開戦を賭しても飽くまで支那を暦懲すベ
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くノ
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しといふ説もあるとのことであるが、これは断じて賛成が出来ない。今日の時勢も許すまい。政府と国民とが全
で没交渉な彼の国に向つて、宣戦を布告するのは、言はゞ政府をして内外両面の敵に苦しめられるといふ窮境に
陥らしむるだけのことである。然らば支那の政府を授けて、民間暴動の鎮定に成功せしめたら宜からうといふ説
もあらうが、これも大に考物だ。支那が若し普通の国情であるなら、無論これが宜い。それでも先方の要求を待
つて始めて手を出すべきは言ふを侯たない。けれども今日の場合にはそれでもいけない。何故なれば、暴動鎮定
の為めに政府を授けるといふことは、此の一時的暴動よりも、猶ほ深い長い根砥を有する南北の争ひに就いて北
方の勢力を増大するといふ結果を生ずるからである。日本の官僚軍閥は、支那の官僚軍閥と結託したことに因つ
て、どれだけ東洋の風雲を険悪ならしめたかは、第三革命以来十二分に経験を積んだ0原内閣に至つて漸く援段
政策を捨てたのに我が国一部の軍閥者間に、再び寺内時代の対支政策に復帰せんことを図つて居るものがあると
伝へられる。今若し支那の暴動を機会として両国軍閥の結託を再現するが如きことあらば、さらでも治まり難き
支那の内争を、猶ほ一層紛糾せしむる所以となる。
 然らば、先づ当面の策としては、消極的に自衛の道を講じ、暫く隠忍して南北両勢力の妥協統一を待ち、其の
上でカを貸すものならば貸すといふ方農に出づるの外はない。此の際最も慎しむべきは軽挙妄動である。而して
更に他の一面に於て、我々は彼我両国の民衆の間に、平和主義、自由主義、人道主義の基礎に立つ社会改造の共
同運動が段々現れて来ることを希望せざるを得ない。如何にして紛乱を治むべきやを考へるよりも、如何にして
両国民衆の間に、協同提携の機会を作るべきかが焦眉の急務である。

                                          〔『東方時論』一九一九年七月〕