民本主義と軍国主義の両立


     (一)

 民本主義と軍国主義とは従来相容れざるものゝ如く考へられて居る。併し正確に云へば此両者は、同一線上に相対立する観念ではない。軍国主義と相対するものは平和主義であり、又民本主義と相対するものは官僚主義である。唯従来軍国主義は官僚主義と伴ひ、平和主義は民本主義と伴ふを常とするが故に、軍国主義と民本主義とが又自ら相対立するものゝ如くに考へられたのであらう。而して所謂民本主義に立つ英米は、軍国主義に対しては殆んど何等の感興無く、又所謂軍国主義に立つ独逸は民本主義に対して極めて冷淡であつた事は、少くとも戦前までは一点の疑を容れざる事実であつた。
 此関係は今度の戦争になつて、少しく変調を呈したと云はれて居る。何故なれば民本主義の英米が、俄然として一個の大軍国と変じつゝあるを以てゞある。或人は此現象を解して英米の伝習的誤謬より覚醒して、独逸を模倣せるものなりとし、従つて民本主義の凋落を意味するとする。又或人は之を解して、人民全体其物が軍国的に動ける民本主義の怖るべき一新現象なりとする。何れも従来民本主義のチャムピオンであつた英米が、其軍国主義的経営に於て、今や却つて本場の独逸を凌がんとするの色あるを以て、驚異の眼を瞠つて居る。而して之れ皆其基く所は、民本主義と軍国主義とは本来相容れざるものでありとする考にある事は言ふを俟たない。従つて又我国の将来に就いても、民本主義的に進むものか、軍国主義的に進むものか、又其何れかの一方に進ましめねばならぬものかといふやうな問題が起るのである。

      (二)

 軍国主義といひ平和主義といふは、もと国際政策上の主義である。少くとも国家の国際的生活を主たる着眼点として割り出されたる政治上の主義である。而して国際政策上の主義が、或は軍国主義となり、或は平和主義と分るゝ根本は何れにあるかと云へば、国際的生活の本態に関する見解の相違によると思ふ。国際的生活の本態に関しては、古来二つの異つた考が行はれて居る。一つは協同で他は競争である。前者は各国家長短相補ひ各々其特能によつて全人類の進歩に協力するといふ世界的人道主義と相通ずるものあるは言ふを
たない。之に反して競争は云はゞ極端な孤立的個人主義のやうなもので、国と国とは其力を競うて相争ひ他を圧倒する事によつてのみ自家の生存と安全とを期し得べしとするものである。斯く明白な形であらはれないまでも、又斯く明白なる国民的意識に導かれないまでも、従来の歴史に表れたる各国家の国際政策上の主義は、其間厚薄の差はあれ、必ずや此何れか一方の主義に導かれて居ることを認めざるを得ない。而して、今日我々日本国民に採つても、我国今日の国際政策は此何れの主義に依つて居るか。又此何れの主義に拠らねばならぬものかは、政治現象説明の問題として、又政策指導の問題として極めて肝要なる研究たるを失はない。
 特別なる一国の政治史上の問題として、又広く国際的生活一般の歴史の上の問題として、協同と競争との関係は極めて興味ある題目であるけれども、之を詳述する事は今我々の仕事ではない。只ある一国の当局者並びに国民の多数が、国際的生活の本態を協同にありとするの信念に立てば、其国は即ち平和主義の国であり、之に反して競争にありとするの信念に立てば、其国は即ち軍国主義の国たらざるを得ない事を一言するに止める。従つて我々は当局者並びに国民の国際的生活の本態に関する信念如何を見て、大体に於て其国が平和主義の国であるか、軍国主義の国であるかを判断する事は出来る。
 但し或国をとつて平和主義の国なりと云ひ、軍国主義の国なりと云ふのは、其根本主義に就いて判断するのである。軍国主義だからと云うて、全然平和を問題としないと云ふのではない。固より軍国主義の国では、国家と国家との間に平和的協同の永続性を信じないから、若し彼が対手国と和親すると云へば、夫は和親其物が目的たるに非らずして、自家の軍国的経営に之を利用するに過ぎない。独逸が露西亜と単独講和を締結せるが如きは、正に此見地から判断すべきものである。之れ予輩が屡々両国単独講和を目して、独逸作戦計画の一部なりと主張せる所以である。之と同様に平和主義の国であるからと云うて、必ずしも絶対に軍国的経営を否認するとも限らない。尤も例へば露西亜今日の政府当局者の如く、絶対的平和主義を採つて一歩も譲らないものはある。けれども普通一般の考から云へば、絶対的平和主義は世界の総ての国乃至人類が残りなく協同の確信を有するに至れる時に云ふ可きである。一人でも競争の主義を奉ずるものゝある以上は、世界は常に不安に襲はるゝ。例を軍備制限の問題に採らんか、軍備の制限は差当り世界の平和を保障するに足る最も有力な方法であるけれども、併し斯くの如きは全員一致でなければ実行は出来ない。一人でも制限の拘束を奉ぜざる者ある以上、誰しも皆不安を感じ制限を断行する事は出来ない。否彼等は更に進んで其全体と歩調を合せざる者に向つて強制の手を加ふるの必要を見るだらう。斯う云ふ場合に少数の異論者を強制しない方が寧ろ彼等を従はしむる所以であると云ふのが露国レーニン一派の主張である。英米は之に反して、独逸のやうな普通外れの軍国主義者を抑へつける事に依つて初めて世界の平和は不安の状態から免れ得るとする実際的見地に立つ。斯くして結局の平和的安定を得るの目的の為めに異論者を拘束するに足る力を養ふといふ必要が起る。斯くして英米の軍国主義は発生したと見なければならない。故に結局に於て平和を理想とする国に於ても、其平和を確実に寄らす為めの手段として軍国主義をとるといふ事はあり得る。
 斯く考へて見れば当今世界に行はるゝ軍国主義には二つの種類があると云はなければならない。一つは軍国主義其者を目的とする者であつて他は軍国主義を平和的理想の手段とするものである。日本の将来に就いて問題とせらるゝ軍国主義とは此何れを云ふのであらうか。


      (三)

 民本主義と云ひ、官僚主義と云ふは主として内政上に表らはるゝ所の政治主義である。而して之が軍国主義若くは平和主義の国際政治上の主義と相対照して唱へらるゝ所以は、前者は専ら平和主義を伴ひ、後者は多く軍国主義を伴ふからである。一々説明するまでもなく斯くの如きは史上に其例に乏しくない。
 人民全体は平和の永続の上に大いなる利害関係を有つて居る事は大体に於て争ひ難い。動もすれば、事あるを好み、又事あるに依つて利福を増すの機会を多く有する者は、官僚の階級である、併しながら更に考へて見れば、国民一般の国際生活の本態に関する信念は必ずしも協同主義なるを常とするとは限らない。此点に関する我国今日の国民的信念の如きは寧ろ競争主義に偏するの傾向ありと認む可きではあるまいか。従つて民本主義が流行すればとて国民の信念が根本的に変らない以上は、常に必ずしも平和主義に徹底するものとは限らない。只併しながら軍国主義者は殊に軍国的施設其物を目的とする所謂軍国主義者は、目前の対外的国力を整理振張するに急にして、如何なる形に於ても民本主義の行はるを好まざるの傾向がある。何故なれば民本主義の要求は、其国民の信念が競争主義に偏する場合と雖も、性急なる軍国主義者には甚だ不便なものであるからである。斯くして所謂軍国主義者は民本主義を生来の仇敵の如く見做して之に反対し、之を圧追せんとするのである、民本主義と軍国主義との衝突は主として斯くの如き場合に起るのである。

     (四)

 今日のやうな国際生活の下に於ては、如何なる国に取つても軍国的施設の欠くべからざるは論を俟ない。唯軍国的施設経営の根本方針は、之を夫自身の目的とするに置くべきや、又は之を他の目的の手段たらしむるに置くべきやは、慎重なる考慮を要すべき重大な問題である。主観的に云へば世界的協同生活に関する理解如何の問題であり、又客観的に云へば当該国民の品格に係はる問題である。
 我国の将来に於ける民本主義と軍国主義との消長如何、又両者の関係を如何にあらしむべきかの問題は、上記の根本問題に対する態度如何によつて自ら異らざるを得ない。而して予輩一個の見解としては、少くとも戦後の世界は協同主義を以て国際的生活を統制すべき時代であると信ずるが故に、平和主義を根本の理想とする上に立つて軍国的経営を指導せねばならぬと考ふるものである。人或は云ふ、平和はもと人類の理想なりといふも、古来一日として平和であつた時代は無いと。併し平和であつた時代が無いからというて之を理想とすべからずといふのは、古来黄金時代といふものは無かつたからというて、社会の向上発展に熱中するを愚蒙なりとするの類である。古来変転常無き幾多の歴史的事変は、少くとも後世の文化開発と関係ある点に於ては、平和的安定の為めに動いた ― 恰度時計の振子が中心に安定せんとして左右に動揺するが如く ― ものと解せなければ、其歴史的意義が分らない。何れにしても今日の時勢に於て、軍国的施設経営は絶対に之を欠く事を許さない。而して之を予輩の主張するが如く、平和的大理想によつて指導せらるべしとする時は、そは今日明白に発展しつゝある所の民本主義の潮流と、恐らく何等著るしき衝突を見る事は無からう。尤も日本今日の事実の偽り無き説明としては、国民の信念が平和的理想に対する理解が余りに浅薄であることを認めなければならない。故に国民の信念を此儘にして民本主義の流行を見る事は、必ずしも国際政策の根本義を平和主義に徹底せしむる所以となるとは限らない。従つて我国の将来といふ事に関して、攻究せらるべき最も根本的な問題は、国民の教化といふ事であらう。併し此等は国民教育といふ方面から大いに攻究もせられ、又努力もせらるゝとして、扨て其根柢の上に政治上の主義方針を論ずるといふ段になると、民本主義の流行は必ずしも軍国主義と相容れざるものではないといふ結論に達せざるを得ない。
 唯事実の問題として我国将来の軍国的施設経営は、果して今日已に萌芽を発しつゝある民本主義と衝突する事無くして行けるだらうかどうか。我国政界の現在の事情を目前に展開して、近き将来に於けるそれの進み方を想像する時に、何となく此両者は激しく反撥すべき運命にあるかの如くに感ぜらるゝ。何故に斯く感ぜらるゝかと云へば、そは我国の軍国的施設経営は、事実上夫自身を目的とするの信念によつて、即ち国際的生活の本態を競争にありとする根本義によつて導かるゝだらうと思はるゝからである。若し予輩の憂ふるが如く、此意味の軍国主義が横行する事となれば、其結果は啻に民本主義を抑圧して、国家の精力を無用に内争に消耗せしむるのみならず、又国家をして国際的協同生活の埒外に孤立せしむると云ふ、怖るべき不祥事を齎らす事である。之れ予輩が常に此意味の軍国主義に極力反対して已まざる所以である。予輩は黄金時代の容易に到来せざるを信ずると同じく、軍国的施設経営の将来に於て又決して等閑に附すべからざる事を疑はない。唯之を其最も純なる形に於て主張され実行されん事を念とするのみである。斯くして初めて軍国主義は民本主義と両立し、又平和主義と相悖らない。従つて又我々の政治的見識は豊富なる内容と余裕ある態度と伴つて、世界の各種の変局に対して狼狽する所なく、悠然として之に処するの途を謬がざる事を得よう。


 〔『中央公論』一九一八年七月〕