露支紛争の合理的解決を望む


                            いつ
 他国の領土内に広大な利権を擁有すると云ふは何と謂ても不自然の状態たるを免れぬ。其国の民人が之を喜ば
             いわ                     ふ えき
ぬ時に於て最も然りとする。況んや時勢は転回して今や寧ろ強者を制し弱者を扶液せんとするに傾けるに於てを
                       つい
や。故に大勢の達観に於ては、斯種の不自然は終に到底矯正せられざるを得ざるものであらう。
 但し他国領土内に広大なる利権を設定すると云ふ革も元と薮から棒に突如として起つたものではない。多くの
場合之には相当の沿革がある、其外よかれ悪しかれ永く之を許容して置いた事実から別に生ぜる複雑な既成関係
                                                しか
と云ふものもある。之を更に永く放任すれば不自然たりし状態も遂に自然の状態と変つてしまふが、否らずとす
るも、一図に原状の自然に復せんと急げば時として事後の既成関係を紛更すると云ふ第二の不自然を醸成せぬと
〔も〕限らない。国際紛争の解決には兎角斯うした困難を伴ふ場合が多い。
 而して斯かる場合には、其偉では両立し得ざる二つの原則が相対立することになる。一は根本的な抽象的正義
                                                                  よ
の要求に基く主張である、二は既成の秩序の尊重を第一義とする主張である。今度の露支紛争に於て支那の拠る
                        ロ シ ア                                                    しゆうろう ののし
ところは第一の立場であり、露西亜のは第二の立場である。本来根本的理論に偏執し現実の顧慮を醜随と罵り来
りし露西亜が、一転して現状尊重の主義を執りその平素極力排斥する所の武力対抗策を以て蝕くまで支那を強圧
せんとするのは、亦近来の一奇観たるを失はぬ。
                                                                そ
 この紛争に於て支那が勝つか露西亜が勝つか。昔ならカの強い方の勝つに間違はなかつたが今日は必ずしも妖小
季ノ量













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                               さすが
うばかりは行かぬ。弱い方の言ひ分の通り難きは疑ないとして、流石に時代の進運は強いからとて無理を推通す
           あたつ
を許さず、争の解決に方て道理の口を利ける部分を著しく広めたことも認めざるを得ぬ。露支両国が今にも兵火
            し
を交へそうにして爾かせざるは、必ずしも始めから戦意なかりしが為めとのみ観ることは出来ない。
      こ       すべか
 我が日本は這の形勢に乗り、須らく繋争両国の解決をして出来るだけ道理の所命に聴従せしめる様努めなくて
はならぬ。単に利害の点から謂ても、我国は支那の此上不当に図に乗り来るを不利とし、又ソザィェト露西亜の
今日以上東亜に跳梁するを不快とする。満蒙の天地に深甚の利害関係を有する我が国として此際紛争国の一方に
     あたか
偏するは、宛も前門虎を防いで後門狼を入るの嫌なしとせぬから、最も有利にして且つ正しい態度は、第一次に
完全なる中立であり第二次には道理に由る解決の促進でなければならぬ。東洋平和の擁護者としての地位から謂
ても、こは我国の当然の責務であらう。
                                                  よ
 露支両国の関係は或意味に於てまた日支両国の関係である。露国今日の受難を誰か能く他日我国も蒙ることな
しと断言し得よう。私共は寧ろ、我々の近き将来に直面すべかりし難問題を露西亜が先づ処理して呉れることを
喜ばなければならない。其意味に於て絹露支両国の関係をして合理的の解決に到達せしむることが必要である。
        なかんずく           やや
国際間題といへばT就中滴蒙問題の如きに於ては、動もすれば常親を逸した固随の見に誘はれ勝な我国民に取
て、露支両国の与へた兜批が確かに対外思想開拓の有力な助けとなるべきを似、てである。故に両国の合理的解決
の成功は、我国将来の対支外交の発展の上に必要であり、殊にまた国民思想の正しい開拓の為に大に必要である。
                                  〔『中央公論』一九二九年九月「巻頭言」〕