北京大学学生騒擾事件に就て
一
五月四日北京大学の学生を中堅とする一団の青年が国賊暦懲の名に於て曹汝霧君の邸宅を火にし、章宗祥君を
半死半生の痛い目に遭はせたと云ふ報導は、色々の意味に於て我々日本人の神経を興奮せしめた。.何を措いても
此の事件が排日的色彩を帯びた事は我々の最も遺憾とする所である。
而して是等の運動が従来屡ゝ起る所の同種類の夫れの如く唯だ盲目的な暴動で無かつたと云ふ事と、又此の種
の暴動に対して北京の官憲のカが如何に微弱であつたかと云ふ事は、又支那の将来に常に多大の注意を払ふ我々
そそ
の興味を是れ又色々の意味にて唆るのである。
さもあらばあれ
遮莫、支那に於ける親日党の頭領たる曹章二君が是の如き不時の災厄に遭つた事は我々の最も気の毒に思ふ
処である。何となれば、両君は単に親日党であつたが故に此の難に遭はれたのであるからである。殊に章君の軽
からざる負傷をなされたと云ふ事に対しては、我は心から同情を寄せるものである。
然し乍ら北京に於る此の最近の出来事を、是迄蜃ゝ起つたものと同様に単純なる盲目的排日運動と見てはいけ
ない。十数年この方支那に排日思想のだん〈強くなりつ、あること、殊に最近の感情は殆ど牢として抜くべか
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らざる程の根帝を得た事は、隠すことは出来ない。けれ共之が一種の排日運動として或はボイコットとか、或は
其他の示威運動の形をとつて起るのは、多くの場合に於て少数者の煽動に依るものであつた。就中当局者が日本
やけくそ はらい
に対する外交談判に資せんとして民衆を煽動するものが最も多かつた。又外交的失敗の焼糞的腹癒せに民衆を煽
動する事もあつた。其他少数の狂熱的青年の煽動に乗つたと云ふ事もあるが、要するに民衆一般の心裡に排日に
なる素質が有つたればこそ起るのではあるが、他の煽動に乗つて受動的に起るのが常であつた、民衆彼自身から
自発的に起つたと云ふことは無い。されば従来の排日運動は唯共の鋒先を日本に向けるのみにて、彼等が此の運
動に依つて撲滅せん事を要求する禍根の、我が内に存する事に当て殆ど考へ及ばない、従つて彼等の運動は排日
の為めの排日運動にて、其の為めにどれ丈けを利し支那の民衆を利するかは殆ど顧みられなかつた、つまり全然
感情的の運動であつたのである。
然るに、今度のは全然之と面目を異にし、第一に、彼等の運動は全然自発的である。何人よりも煽動せられて
ひが
居ない、それに我国の新開などが、例によつて某国の煽動に依るなどと見るのは飛んでもない僻みである。第二
に、彼等の運動は一種の確信的精神に動いて居る、従つて其の確信の目的を達すべさ最も肝要な狙ひ処は誤つて
居ない。其の結果として第三に、彼等の運動は単純の排日一点張りではない、先づ内に於て禍根と認むべさもの
を取除かんとするのが彼等の主眼である、唯彼等の取つた手段が狂暴を極めて聯か非文明的であつたのを遺憾と
するのみである。
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三
さいげんばい
ノ体両三年来の北京大学に於ける新思想の勃興は実に著しいものがあつた、総長の察元培君の采配の下に欧米
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件
事
擾
騒
生
学
学
大
京
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の新空気が極めて濃厚に漂ふて居た。而して最近は、『新潮』或は、『新青年』と云ふ様な雑誌を発行して盛に新
思想新文学を鼓吹して居る。而して彼等は之を「文学革命」と云つて居る、此の新運動の陣頭に立つて花々しい
〔独〕 こ てきし せんげんどう ふ しねん
武者振を示した闘将に、陳徳秀君胡適之君あり、銭玄同君あり、俸斯年君ありて、或は孔孟の教の時世に適せざ
るを説いたり、或は言文一致の史体を鼓吹し、甚しきは、エスペラントを公用語とすべしと説くものさへあつた0
此処に於て旧派の学者は愕然として驚ろき、今年の春以来非常に反対者をいぢめ上げて居る、而して此の派の云
りんきんなん ちようげんき
ふ処は即国粋保存と、礼教維持とである、最近林琴南が察総長に猛烈な手紙をやつた事や又張元奇が大学総長を
免職するか、然らずんば議会に弾劾案を出すと云つて教育総長を脅した事が八釜しい問題になつて、所謂新旧思
想是非の論が非常に沸騰した。而して、つい先頃新運動の陣頭に立てる前記の四教授が免職せらるに及んで、学
生の憤慨が其の極に達した、而も此の免職が北京に於ける旧派の政治家のなす所卦町と聞いて彼等は、更に勇を
鼓して思想上の革命を起さずんば己まずとするの決心を示して居る。之を要するに北京大学教授学生を通じて一
には世界的思想の影響にも依るが、最近著しき進歩を示して居るのは我々の見逃す事の出来ない現象である0
北京大学の学生が是の如く飛躍的開発を示して居る事は或意味に於て、日本に於ける思想上の開明が民間から
だん〈に官立の大学の中に這入つたのと対比することが出来る、官立大学、しかも官僚政府の御膝下の大学が
常に官僚的保守思想の淵源である事は従来の例であつた。而して開明思想は常に民間に勃興し官立の大学は之と
戦つて官僚階級を保護するのが役目であつたのに、其の官立の大学が遂に最も進歩的な自由思想の鼓吹者となる
のは又時世当然の結果であつて已むを得ない、此の当然の時世は我が日本に於て既に十年来之を見て居る、最近
北京大学に此の現象を見るのは、即これより愈々支那民衆全体が国を挙げて開明の目標に進まんとする端緒を開
いたものであつて、我々は東洋文化発達の為めに大いに之を祝賀せざるを得ない、従来開明的自由思想と云へば、
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所謂南方派の独占する処であつた、今や官立大学の学生がしかも中央政府所在地に於て最も熱烈に、最も徹底的
に、自由思想の鼓吹者となるのは、以て如何に支那の青年が世界の変転に際する今日の時世を善用しっゝあるか
を語るものである。
かくのこと
而して、如是き有為なる青年の覚醒の結果は必や各方面に現はれなければならない。政治に、文学に、宗教に、
哲学に、支那は之より急に新生面を開くであらう。エスペラント採用の義はあまりに突飛なりとしても、北京大
学の発行にかかる諸雑誌が殆ど皆口語体をとり、我々の処へ来る手紙迄が口語体で、且つ横書きで、其上に
・・!?など迄つけた念入りなのもある。小説などにも随分思ひ切つたのがあるが、若しそれ孔孟の教に対して
は、就中陳徳秀君の如き最も忌悸なき批評を加へて居る、旧派学者の愕然として色を失へるも亦無理はない。
今度の騒擾事件の如きも、形は随分狂暴を極めて居るが、然し精神に於ては矢張り政治の開発運動に他ならぬ。
我々は親日を以て知られた二三君の被生別に同情するの余り、此の新運動の真価を没却してはならない。
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北京大学学生の新運動は何故に曹汝森君、陸宗輿君並に章宗祥君を憎んだか。こは云ふ迄もなく彼等が日本の
官僚軍閥の薬籠中のものとなり、国を充て私益を計つたと認められたからである、彼等が真に日本の軍閥の操縦
する処となつたか否か、又国を売つて私益を計つたか否か、予輩明に之針知らない、けれども彼等が最近に於け
る日支各種の交渉の当局者であり、而して其の交渉はすべて国民多数の意潜と没交渉に行はれた事丈けは明白で
ある。此の点に於て是等三君の一派はすべての意味に於て我が日本の官僚軍閥と酷似して居る、而して日本に於
ける山開明の思想家は常に官僚閥の対支外交を色々の意味に於て攻撃して已まなかつた。或者は其の形式を非なり
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とし、或者は両国の真の国民的要求を無視するを非なりとした、或者は少数者の間に公にすべからざる醜関係を
結んで一時の成功に国民全体の利益幸福を犠牲に供するのではあるまいかと疑がつた、就中、当局者が自家階級
の狭い見識に依つて、すべての外交方針をきめるのを見て不満に感ぜざるを得ない、是の如き外交の、形に於て
も、実質に於ても、旧式封建的外交にして到底今日の時世に存在を許さるべきものではない。況んや其結果の国
民全体の永久の生命を毒する事頗る大なるべきに於てをや、而して、北京大学々生の運動は、是等の旧式外交を
否認して、能く公明に、能く合理的に国家政策を指導せんとする其の熱心なる意図に於て、正に我々と其の立場
を同うするものと見なければならない。即彼に於て、曹章陸君等を弾劾する声と、日本に於て軍閥的対支外交を
弾劾するの声と大いに共鳴するものがある。大いに共鳴するものある丈けそれ丈け彼等の取つた狂暴なる手段を、
呉々も遺憾とする。
五
誤つた手段に対する国法の制裁の免る可からざるは云ふを待たない。北京大学々生団の運動は此の点に於て厳
重な国法の制裁を蒙るだらう、又蒙ることが彼等自身の為めでもある、何故なれば彼等が最も純な形に彼等の運
動を導く為めには、尚多くの点に於て、鍛錬を必要とするからである。然し乍ら、彼等を動かす所の生命は、之
に依りて竜末も動かない、兎に角、彼等は、基礎に立たざる軍閥、財閥の政治的地位に国民的一大鉄槌を下した。
従つて支那の民心が今後軍閥財閥に与ふる所の決定的判断は極めて明瞭である。手つ取り早く云ふならば、曹汝
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森、章宗祥の諸君は勿論、其他段祓瑞君と云ひ、徐樹鉾君と云ひ、北京政界の中心人物として我が官僚軍閥が常
に当の対手として居た連中は、悪く支那の政界では札附きとなつて居る。然らば我国が、今後相も変らず是等の
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連中を相手として居るのでは、真に国民的承認を得る事の出来る外交的成果を挙ぐる事は出来ない、此の事は、
我が日本が従来通りの方針で行つては対支外交も益ゝ困難になる事を意味する、此の点に於て我々の官僚軍閥は
今度の騒擾に対して恐らく茫然為す所を知らないであらう。
然し乍ら、之を他の一面より見れば、北京騒擾は我国官僚軍閥に対して村支外交の新規播き直しを要求する実
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物教育に他ならない。是丈け実物教育に打つ突かつて、猶かつ目醒めないとすれば、我が日本は遂に永久に支那
に延びる機会が無くなるだらう、苛も支那と親しみ、支那と共に立つて東洋の文物の開発を進めんとするならば、
即吾人のかねがね主張して居つた様な、対支政策の人道的転換を決行せなければならない、従来の村支政策が必
しも侵略的であつた、又軍国主義的であつたと云はないけれども、少しでも是等の臭があるならば、そは悪く之
を捨てなければならない。我々は何処迄も人道主義の立場に立つて、自主共存の根本義より一切の対支政策を割
り出さなければならない。此の主張は従来の官僚軍閥より殆ど顧みられなかつた。而して今や、北京に起つた実
物教育は更に現実のカを以て吾人年来の主張を裏書し官僚軍閥の伝統的外交に変革を追つて居る。
尚終りに三日すべきは、吾人は何処迄も北京大学々生の取つた方法に一種の反感を抱かざるを得ない事を告白
する。唯彼等の奮起した精神に至りては大いに共鳴するものがある。殊に彼等の排日を叫ぶのは、即彼等の敵と
する支那の官僚を操縦寵絡した官僚軍閥の日本を排斥するのであつて、彼等の思想に共鳴する日本国民の公正を
疑ふのではあるまい。
我々は彼と我とに於ける所謂我が党の勝利に於て始めて日支親善の確実なる基礎が開ける事を思ふものである。
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官僚軍閥同士の親善は、断じて似而非の親善である。真個の国民的親善は、之から我々の隣邦開明の諸君ヒ共に、
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ゝ け.ぎ島臣巨臣″El−
打ち解かなければならない宿題である。
〔『新人』一九一九年六月〕