無産党議員に対する国民の期待
無産党議貞は議会に於てどんな事を為るであらうか。之に付ては大体二つの種類が想像され得る。一は一層よ
き場所を得たりとして更に大に所謂階級的立場の宣伝に努むることであり、他は静に国利民福の些でもの増進を
目指して議会政治の向上に協力することである。
あら
無産党に取て今日は偽ほ大に宣伝を必要とする時代たるは疑ない。彼等の多くが凡ゆる機会を捉えて主義の宣
なが こ
伝に熱中するは或る意味に於て吾人の大に多とする所である。併し乍ら議会は実は這の目的の為に利用さるるに
そ ゆえ ん
適当な場処ではない。のみならず斯の如きは国民の迷惑にこそなれ、決してその希望に副ふ所以でもない。
議会では兎に角我々国民の現実の利害が取扱はれるのだ。勝手な熱は外で吹くことにし、此処でだけは与へら
れた問題に付き徹頭徹尾真面目に討議して貰ひたいものだ。既成政党に望みを失つた国民は、必ずや新に加つた
無産党議貞の「議会政治への協力」に多大の望みを寄せて居るに違ない。彼等の出現が単に議会を賑かしたに止
まり国民の利福の進めらるる端緒が壷も之に由て開けぬとあつては、国民の柴望や測り知る可らざるものがあら
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然らば無産党議貞は如何なる方法に依つて今日の議会政治に協力することが出来るか。私の考には之にも積極
と消極との二つの場合があり得ると思ふ.。
いで
積極的協力とは勢力の相伯仲する二大政党の孰れかと二疋の条件の下に聯繋することである。政友民政の親方
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が内心大に之を希望し無産党に取て亦陰に陽に這般誘惑の襲ひ来るべきは想像に難くないが、併し此方策の無産
たと え
党に於て断じて執る可らざるものなるは論を待たない。仮令一時の事でも、既成政党に信を置き難きは云ふ迄も
なく、又現下の政情に於て彼等の孰れにもさう手易く無産政党の掲ぐる重要政策の唯一つでもを実行する見込は
ないから。
併しさればと謂て既成政党共に談ずるに足らずとして彼等の抗争より絶対に超越するは亦決して国民の為に親
切な仕方ではない。国民は既成政党の孰れをも信頼せぬが、併し其の孰れかが現実に我々の利害を拘束する地位
を執るのだ。無産政党に未だ之に取て代るの実力なき限り、せめて其牽制監督に依て些でも多く我々の利福の進
められんことは実に多数国民の切望であらねばならぬ。大衆の要望を卒直に議会に表白して貰ふことも無論肝要
▲まか
なことだが、その為めの代弁の任務を終つたからとて、跡は既成政党の暴威を振ふに委すると云ふのでは困る。
lニ)におい一て
於是私は無産党議貝に向つてその「議会政治への消極的協力」 の重要性に反省せられんことを希望せざるを得
ない。
私の所謂消極的協力とは既成政党の孰れとも何等恒久的関係を結ぶことなく、カスチング・ヴオートを握る地
位を巧に利用し、二大政党をして各々善を為すに競はしめること是れだ。換言すれば、常に自主独特の立場を保
持し一、二大政党の抗争に対しては全然是々非々主義を以て一貫することである。斯くする時既成政党は無産政党
の歓心を買はんが為め嫌でも応でも善事を競はずには居られなくなる。折角のカスチング・ヴオートも此処まで
善用されなくては真に宝の持ち腐れではないか。
切に無産党議貞諸氏の自重を希望する。
〔『中央公論』一九二八年四月「巻頭言」〕
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