石井・ランシング協約と太平洋会議
ア メ 川ノ カ
今度の太平洋会議で石井・ランシング協約も問題になるだらうといふ説がある。否、亜米利加辺には初めから
此協約の無効を説く議論すらあるとの事だ。協約の無効を説く議論は余りに乱暴だが、此協約を根底とする議論
の恐らく通用せざるべきことは疑を容れない。此等の点については他日尚ほ詳論する積りであるが、滋に特に読
者の注意を乞ひたい一事は、条約の文面の解釈の結果がかうなると云ふやうな議論は、昨今の世界に於いて著る
しく無力になつたと云ふ事である。例へば米国がヤツプ島問題を云々する、それほ対して我国は此条約は既に定
すで
まつたではないかと云ふ。山東問題について支那が文句を云ふ、すると我国はまた之も条約で己に定まつたでは
うつた き
ないかと云ふ。共外かくかくではこれこれの不便があると懲へて来ると、不便があらうが条約で極めたことだか
ど
ら致し方が無いと云ふのが、問題解決の従来の遣り方であつた。ところ潮昨今は条約の定めが何うであらうがそ
んな事には頓着なく、直ちに事物直接の関係に立入つて其便不便を見る。条約で何んなに堅く約束したことでも、
それが実際に不便であり不都合なことであればどん〈之を改良して行かう漣不ふのが昨今に通有の思想である。
最後の権威は事柄其自身の正不正である。条約の取極めを唯一の金科玉条とするのは馬鹿げた事だとされて来た○
今度の会議でも日本に関するいろいろの事が問題になるであらうが、之に対して若し日本側が条約の取定めなど
あやま
を盾として抗弁するならば、そは以つての外の謬りだ、世界の平和、東洋の幸福と云ふ実質的の立場から其の必
こ
要を説くのでなければ日本の主張は支持されない。よし理窟を捏ねて一時の勝利を得たとしても、道義的同情は
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〔『中央公論』一九二一年八月「小邁小言四則」 のうち〕
恐らく我を離れるであらう。