朝鮮統治に於ける「向上」と「正義」



 労働問題に対して一部の無識なる資本家は今日労働者の地位は以前より遥かに向上したと云ふ事実を以て抗弁せんとする。併し今日労働問題の要求する所は、労働者の地位の姑息の向上ではない。産業界に於ける正義の実現である。斯う云ふ動機で労働問題を説くものに向つて、君等の幸福は以前に比して大いに増したでは無いかと云ふのでは何の役にも立たない。此点に気附いた我々国民は朝鮮問題についても亦同じやうな態度を取らなければならない。日本の統治以来朝鮮人の物質的幸福の増進した事は測るべからざるものがある。併しながら朝鮮統治の主眼とすべき目標は漫然たる「向上」でなくして、「正義」の実現である。之れ朝鮮人の専ら要求する所であつて、又統治者たるもの、責任とする所である。

                     〔『中央公論』一九一九年九月〕