朝鮮問題に関し当局に望む
朝鮮問題については従来蜃々いろ〈の点を挙げて、新聞雑誌上に論評する事を禁ぜられて居つた0吾々は其
おこた
禁令に抵触せざる範囲に於て読者と共に、此重要なる問題を或は報道し、或は論評する事を僻らなかつたが、其
言説自ら隔靴掻痺の感ありしは己むを得ない。それにも拘らず、予輩は殆ど其度び毎に其筋の手と認めらるべき
方面から、非公式にもつと謹慎な態度を採れと注意をされたのであつた0予輩の従来発表した朝鮮論が不謹慎な
ものであつたか何うかは、読者の判断に委かせよう。日本側の非を高調して国民の反省を促すに急なる所より、
排日内応者などいふ汚名を付したものがあつたから、一部の偏狭なる偽愛国者の気に入らなかつた事は疑ない0
けれども之を黙視するは、差当り帝国の健全なる発展に削げあるは勿論、大和民族の道徳的生命の発達の上に由
々敷大事だと信ずる所から、世の非難や当局の警告に拘らず、沈黙を守る事が出来なかつたのである0併し予一
人の声では甚だ微弱である。朝鮮問題について吾々と憂を同じうするものは、必ずや他に幾人もあるに相違ない
が、何分万一の危険を恐れて公妖…と之を論評しない0そこで我国の評論界に酔ては、朝鮮の問題は殆ど顧みられ
ないやうな有様であるが、併し之では少くとも世界に対する日本の道徳的責任が済まされない0何となれば今や
朝鮮問題は、一つの正義人道の間邁として、将に世界的に取扱はれんとして居るからである0
さすが
日本でも有繋に外字新開は時々朝鮮問題を取扱つて居る。東洋に居住する外人間には、宣教師たると実業家た
るとを間はず亦日本に好意を有する者と然らざる者とを間はず、等しく此事が重大な問題となつて居る0蓋し彼
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等の眠から見れば、東洋に於ける平和の根本的確立は主として日本が村朝鮮政策を如何に改むべきかに繋つて居
るからである○更に一歩退いて之を日本のみの問題として見るや日本の運命は彼が朝鮮の統治に、成功するや
否やに繁ると云つても差支へない○日本を主たる着眼点とする見地よりしても、亦東洋全体を主たる着眼点とす
る見地よりしても、朝鮮の問題は頗る大きい○それ丈け此問題は昨今大いに注意せられて居る。此頃外国の新開
か なり
記者などが可也頻繁に日本の国情視察に来るが、彼等の最も熱心に知らんとする所は、純良なる多数の国民は如
何に朝鮮の事を考へて居るかの点である0然るに日本に来て見ると、朝鮮の問題は更に民間の論議に上つて居な
い0新開雑誌にも書いてない0書いてあつても極めて浅薄な御座なりに過ぎぬ。誰かに会つて話しても、第一外
人間に普通に知られて居る事実其物さへ知らない。此処に於て外人は呆然として為す所を知らない。唯未然とす
る丈けならい1中には知つて居ながら弁明を避くる白々しさを罵るに至る者もある。斯くの如きは決して好ま
しい現象ではない。
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尤も吾々は、外国人が騒ぐから吾々は黙つては居れないと云ふのではない。之も一つの理由には相違ないが、
之よ勺も大事なのは日本民族の良心の為めに黙視する事が出来ないのである。事実について是等の点を詳しく述
ぶると、当局の忌諌に触れる恐れもあるから今は差控へるが、唯簡単に吾人の意を徹する丈けの事を云ふなら、
例へば先般来間道になつて居る間島の基督教徒虐殺事件の如き、人によつては其範囲に於て又其程度に於て、先
年の水原事件以上と云はれて居る0新開にも断片的に一部の事実は出た。けれども吾々は外字新開によつて初め
て事態の大様を知つたのである0外字新開の記事は全部正しくないかも知れない、可也誇張も多からう。併し之
等の事実を知つて居る必要は、外人よりも吾々に在るのに、国民は葡ど其十が一をも知らされて居ない。新開に
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刷
当
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閑
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題
問
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朝
載つて居る所は当局の弁明である。之れも他を罵るに急にして自ら省る跡は薄い。然し青々は当局の弁明を其債
な・ぐ
之を信じよう。それにしても相手が悪いから吾々が之を擦り飛ばしてもいゝといふ理窟はない。売言葉に買言葉
ま お
は、対等の間柄でも褒めた態度ではないが、況して先進国を以て処り指導者を以て任ずる者が、自己の暴行を弁
護するに相手方の不法を以てせんとするは、甚だ浅間しい次第ではないか0間島事件や水原事件に関する外人例
の非難攻撃に対して当局が相当の弁明を発するのはい\併し乍ら之と同時に吾々は亦省みて吾々の失能首悔ひ、
過失を貫むる所無ければならない。自ら悔ひ自ら責むる所無き弁解は、何の道徳的権威も無い○吾々国民は全く
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事実を知らされて居ないからとて、殆ど自ら責むる所以を識らずして、悟として恥ぢざるは吾々の甚だ心外とす
る所である。偶々外人が吾々を非難すれば、之を怪しからんと云ふ。外人の非難も或意味に於ては余計な事かも
知れないが、之に不快を感じて徒らに克奮するの余り、遂に自ら省るの機会を朱・つ・ては大変である0此点からし
ても吾々は先以つて吾々同胞に、朝鮮に於ける事実を有りの優に知らしむる事が必要だと考へて居る0外人にし
て吾々を非難する者があるなら、何よりも先きに国民は彼等の云ふ所に耳を傾けなければならない0にも拘らず
極端な制限を以つて国民の耳目を掩ふに当局の熱中するのは、吾々殆ど其意を酌むに苦しむのである0
尤も日本人自ら朝鮮に於ける日本の失能首公然と論じたなら、さらでも排旧の気勢に昂奮して居る朝鮮人は、
得たり賢こしとつけ上るであらうと云ふ者もある。然し斯く云ふ人は日本国民の多数が朝鮮の事情を知らずして、
よ
当局の過失を黙過すれば、それで朝鮮は治まると考へて居るのであらうか○熟く考へて見ると、かゝる秘密政策
を取る事によつて多少でも益する者ありとすれば、そは只過りを犯した当局のみである○而かも共得る所たるや、
一時他の非難を免がれ碍たといふ瞬間の気休めに過ぎない。之れ丈けの結果に対して払ふ所の国家的損害は、比
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較にならぬ程大頂い。何故なれば、為めに国民は自ら反省して改むるの好機会を失ふのみならず、朝鮮人をして
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日本人中には事物を正視する者一人も莫しと傲して、大いに失望せしむるからである。現に朝鮮人は殆ど例外無
く、文字通りに、日本人中には語るに足る者一人も莫しと考へて居るのである。之れ皆当局が世上の口を籍して
朝鮮に関する事物の報道を極端に抑止して居る結果である。
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今や朝鮮問題は人道上の一大問題として、世界の耳目を肇動せんとして居る。中にも英米の識者の一部の間に
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は、之を余所事とは思はず、心配して居る者もあるやうだ。之に対して一部の政治家は無味乾燥の国際法理を楯
に取つて、我国の内政に外間の干渉を許さずと云ふ。所謂非干渉の原則が守られて居つた旧時代に於ても、人道
フィンランド
上の大問題といふ事になると余所事と思はず、世界の識者は口を揃へて論じ合つたものだ。芥蘭土虐待の問題に
ついて、欧洲諸国の学者が狭を連ねて露西亜皇帝の忠告に出掛けた事もあると開いて居る。況んや戦後国際的精
神の勃興と共に、非干渉の原則は戦前程重んぜられなくなつたに於ておや。吾々は外国が矢釜しく云ふから朝鮮
間遺を論じょうと云ふのではない。けれども世界的問題として議論の鋒先が向いて来た時、吾々に適当な答弁を
与ふ為丈けの準備ありやを、今から考へて置く必要があらう。
昨今政治家の間に我国が国際上段々孤立の形勢に立たんとして居る事を気付く者が多くなつたやうだ。彼等は
亦孤立の原因が支那朝鮮に対する従来の政策である事にも気付いたやうだ。就中朝鮮の問題が最も多く外人の批
評を促す種子であつた事を気付いたやうだ。此優にして捨てゝ置く訳には行かぬと云つて、それぐ手段方法を
講ぜんとして居るとの事であるが、然し彼等は何を以つて此問題に村せんとするのであるか。新開の報ずる所に
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拠り、▲彼等が此為めに催せる会合の席上に於ての議論の様子を観ると、日本の不評判を専ら東洋に於ける外人の
報道に帰し、彼等に代つて吾々が自ら通信機関を設くべしと云ふやうな事を云つて居る。それでは少しも問題の
解決にはならないではないか。外人の非難を問題とした点まではい、、之を機会に自ら反省するといふ点に更に
気の付いて居ないのは、吾々の甚だ遺憾とする点である。単に外人間の不評判を一掃するといふ必要から観ても、
吾々は先づ自分の非を自ら非とするの態度を示さなければならない。自ら悔ひて大いに改むるの雅量を示したな
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ら、朝鮮人と錐も結局其排日態度を綬和せずには居るまい。是等の点が縦令反対の方面に進んだとしても、吾々
はもつと吾々と朝鮮人との関係を道徳的に反省するを大いに必要とする。此為には先づ事実を有りの優に知るの
必要がある。而して従来の当局の能違は此点に於て吾々の向上発展を其第一関門ペ於いて抑止するものであつた。
吾々は吾々自身の為めに、又東洋平和の為めに、附け加へては又日本の国際的信用を恢復するが為めに、当局が
一日も早く其謬妄の態度を一変せん事を切望して止まない。
〔『中央公論』一九二一年二月〕