朝鮮の問題


                                                                            +◆
 此頃の問題で吾人の最も憂慮に堪えぬものは、支那紛乱の前途でもない、日米関係の険悪でもない、将た東京
市政の素乱でもない。近き将来の危惧さるゝ陰惨なる朝鮮の空模様である。少しく朝鮮の実情に通ずる者、果し
て今日の状勢に甘じて鼻如たることを得るか。
 私は沢山の友達を朝鮮の官界に有つて居る。彼等の多くは内地に帰る度毎に私共を訪ねて呉れる。そして其の
告ぐる所は殆んど一致して居る。日く朝鮮の物情は案外に静平だ。日く朝鮮人の大多数には今の所日本の統治に
不平をのべたり反抗したりするの気概はないと。果ては朝鮮を見もせず東京辺で在留学生達の空論に聴いて勝手
な対朝鮮意見をきめられては困るなど、忠告めいたことをさへ云はれる。
 之等の友人のうちには、赴任前私共から朝鮮に関する意見を徹し、向ふに往つたら行掛りや偏見やを脱して本
        つく
当に朝鮮の為に濁さうと熱烈なる道念を担うて起つた者も少くはない。然るに向ふに落ち付いて一年も立つと、
大抵皆一種の型に自分の頭脳を鋳かためてしまう。本人は意識しないかも知れぬが又それが本当の見識の積りで
居るのかも知れぬが、私共の観る所では、朝鮮の官吏には一種特有の型のあることを疑ふことが出来ぬ0
 尤も役人をやめてから又は内地の他の役に転じてから前の意見を翻えす人もないではない。矢ツ張り局外に立
                    わ と な
て見ると君達の見解が正しいやうだと大人しく折れて来るのである。併t之は極めて稀な例外だ。執れにしても
‘ヽノ
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▼F一「
朝鮮の問題が朝鮮の役人に依てのみ解決さる、といふことに、国民は今や一種の不安を感じてゐる。
 そんなら朝鮮今日の状態は如何といふに、詳しく述ぶる迄もなく、毎日の新開を注意して居れば一卜通はわか
る。就中私共の見逃してならぬ事は、本年度に於ける異常の凶作である。凶作だの豊作だのといふことは日本で
もよくある。そこで朝鮮の凶作の事も、内地でも時々あることの様な程度のものに考へてし£う嫌はあるが、事
実そんなものではない。実をいふと平年に於てすら一般の鮮人は日本の凶作以上の苦痛を嘗めて居たのだ。それ
が本年度の様な凶作となると、本当に喰ふに.〕物もないといふ窮境に陥るのである。本年中はまだいゝとして、
年もあけ二月三月と日を重ねたら何となる0掛治の政略上からは無論だが、隣りの親類の死活にかかはる人道問
題として亦吾人の大に奮発を要する所ではあるまいか。
 若し夫れ凶作に脅さるゝ極度の不景気の結果内地留学の学生の廃学帰郷せるの事実、従て所謂智識階級の人士
が為す事もなく各地に散在せるの事実や、米国方面に於ける一部青年の活動開始の事実やを併せ考ふる時、今や
朝鮮の間邁は事極めて重大である。而して之に備ふる最善の途は断じて師団増設の挙に非ることも、心ある読者
の諒とせらる、所であらう。
 朝鮮人の衣食の為には日本政府としてこれ迄随分カを尽してゐる筈だ。遣つた金も莫大の額に上るだらう。夫
                                ど ふノ
にも拘らず朝鮮人の生活は年々歳々苦痛を増して行くのは如何いふ訳か。役人は押しなべて此事実を否定する。
そんな筈はないと云ふ。而も事実は争へない。一昨年より昨年が苦しく、昨年より今年が更に辛い。彼等の現実
の生活が斯く年と共にドン底に馳けて行くの事実は、我々国民の最も深き研究を遂げねばならぬ所ではあるまい
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か。




.朝
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 私の友人に朝鮮の某会社に勤むる者がある。彼の云ふ所に依ると、重役は一年の四分三を東京で暮し妻子脊属
をも東京に置き乍ら、莫大の俸給の外毎月何千といふ出張手当を取て居る。又或る重役は、昔官吏であつた頃は
清簾の令名があつたが、此会社に天降つて数年、罷めて内地に帰る時は数十万の私財を持ち去つたといふ。
 もう一人の友達は日ふ、会社員ならまだい、、大した位置の高くない役人の某氏は頻りに内地に金を送て地面
を買て居る、又或る人は可なり巨額の金を株に換へたと。
 私が斯ん.な例を列挙するのは、会社員なり官吏なりが不正の富を作つたといふ点に粛正の叫びを高うせうと云
ふのではない。朝鮮生民の為に将た朝鮮産漂の開発のために向けられた金の如何に大きな部分が、色々の形に於
て朝鮮から奪はれ内地に掠め取らる、かの一例を示して、読者の警戒を促さんが為に外ならぬ。東拓の資金が北
                                                          ど
海道の地面を担保として政党貝に貸出されたとか、又は総督府の機密費が選挙費用に濫用されたとかの噂は、何
                                              からだ
れ丈信用していゝか分らぬが、之等の金が直接の使途が何であれ兎に角朝鮮で使はれ朝鮮といふ躯の血管に注射
されて居つたなら、朝鮮は決して今日の様な営養不良の状態には陥らなかつたらう。
我々は色々の意味に於て朝鮮に対して悔まねばならぬ。
〔『中央公論』一九二四年一一月「巻頭言」〕