北京学生団の行動を漫罵する勿れ



 去月四日、北京大学を始め高等諸学校の学生団が、巴里に於ける山東間遺の失敗に激し、売国の罪を数えて、
そうじよりん            しようそうしよう                                よ そ             はなは
曹汝森君の私邸を焚き章宗祥君に重傷を負はしたと云ふ一大珍事は、他処事ながら吾人の太だ遺憾とする所で
ある。
                                   ひ
 但だ彼等が曹章諸君の罪を鳴らすの傍、山東の直接収回を叫び、延いて排日の声を高むるの故を以て、我国の
                                                                                  − r く
新開などの頻に之等学生諸君の行動を漫罵する者あるに至ては、吾輩不幸にしでえに与みすることが出来ぬ。
 吾人は決して彼等の行動を許す可らざるの暴挙でないとは云はない。併し乍ら吾人は彼等の行動を評するに方
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つて、次の二点に誤つては不可いと思ふ。一は曹孝一派の青年政客を親日派と観ることである。二は学生に依つ
て代表せらるゝ中華民衆の排日を目して日本国民其者に対する不抜の反感と為すことである。
 曹章諸君は成程従来親日派として知られて来た。併し彼等の所謂親日的行動は、どれだけ日本国民の真の要求
を充たしたか。彼等が我が官僚軍閥乃至財閥の親友であつたことは疑ないが、\更に日本国其者の友人であつたか
どうかは尚ほ攻究の余地はあらう。若し夫れ中華民衆一般の排日に至ては、官僚軍閥乃至財閥に依て代表せら
   」ノ
るゝ日本に対する反感に過ぎずして、之が為に如何に多数の国民が迷惑したかは、吾人が多年内に在て彼等の対
支政策を事毎に攻撃批難し来つたことに観ても明であらう。隣邦の一般民衆は、恐く我国に「侵略の日本」と
「平和の日本」とあることを知るまい。若し知つたら彼等は直に排日の声を潜むる筈である。
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 故に支那に於ける排日の不祥事を根絶するの策は、曹章諸君の親日派を援助して民間の不平を圧迫する事では
ない。我々自ら軍閥財閥の対支政策を拘制して、日本国民の真の平和的要求を隣邦の友人に明白にする事である。
 之が為に吾人は多年我が愛する日本を官僚軍閥の手より解放せんと努力して来た。北京に於ける学生団の運動
は亦此点に於て全然吾人と其志向目標を同じうするものではないか。
 靡くは我等をして速に逼の解放運動に成功せしめよ。又隣邦民衆の同じ運動の成功をも切に祈る所あらしめよ。
官僚軍閥の手より解放されて始めて滋に両国間の箪固なる国民的親善は築かるべさである。従来の所謂親善は、
実は却て本当の親善を妨ぐる大障擬であつた。
 暴行の形を執つたからとて、吾人は彼等を難じたくない。左ればとて固より彼等の暴行を是認せんとする意思
は毛頭ない。

                                   〔『中央公論』一九一九年六月「巻頭言」〕