無産政党に代りて支那南方政府代表者に告ぐ
今支那から戴天仇君が来て居る。正式には国民党を代表するに止まるといふも、事実上何等かの意味に於て
所謂南方政府をも代表するものと観て差支はあるまい。少くとも私共は、同君を通じて南方政府の意図を与り開
き、又君に由て吾人の思ふ所を彼方に伝ふるを得べきを期待して居る。
戴君渡来の目的は何であるか、詳しいことは分らぬが、ひそかに同君の為にはかるに、その当面の目的の如何
に依ては余程注意して相談の相手を択むことが必要であらうと思ふ。今我国には卦の渡来を専ら自派の宣伝に利
用せんと待ち構へて居るものがある。そればかりではない、君にして若し余りに現実の結果を生むに急がば、或
は我が軍閥財閥の要求にも相当の顧慮を払はざるべからずして、為めに君を派遣した民国南方諸有志の意思に反
することにもならう。君の眼中におく所たゞ単に「今日の日本」にとゞまるのなら問題はない、「明日以後の日
本」と真に永き親睦の関係を訂せんとする以上、君は何を措いても先づ我々の言に耳傾くる必要があらう。
伝ふる所に依れば、戴君は日本国民に対つて或る種の提案を持て居ると云ふ。その詳細を伺つた上でないと我
々の之に対する意見を述べ難いが、所謂支那問題は我々に取て極めて緊要なものだけ、我々にはまた先方から云
ひ掛けられるまでもなく、之に関しては我々だけの見解を持合せても居る。恰度戴君の如き南方派の有力者の渡
来を幸ひ、滋に少んくその一端を披渡して見ようと思ふ。
第一に、日本の民衆は南方諸君の改革的精神に同情し偏にその成功を痔つて居る。否我々は諸君の至誠に多大
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の敬意を払ひ、且つ我が事の様な満悦の感を覚へつゝ終局の目的達成を確信するものである。尤も我国に内心ひ
そかに諸君の成功をよろこばぬも.のあるは事実だ。が、そは国民中の極めて少数なる一部に過ぎない。外にまた
ロシアとの関係に於てボルセヴイズムの跳梁を懸念するものあるも、諸君の教養と練達とはやがて必ずや其間に
正しき方途を見出すべきを疑はない。
第二に、承認問題に就ては吾人の立場は或は少しく諸君の要求と違ふかも知れない。諸君は主張する、中華民
国の正統なる中央政府として直に自分達を承認せょと。国内に対する意気込みとしてはそれでいゝ。それに基く
一切の活動に対しては私共は遅疑する所なく同情する。併し国際儀礼の問題となると、如何に多大の道徳的共鳴
を諸君の仕事に感ずるからとて直に北方政府と国交を絶つわけには行かない。換言すれば、今や我々は南北対立
の事実を有の優に認め、各々その実力の現に及ぶ範囲を限つてそれ′ぐ−の支配権を認むるの外ないのである。而
してこれ以上を望むのは取りも直さず我々に国際信義を破ることを要求するにひとしいものとなる。
第三に、限られた範囲に於ける支配権確立の承認を問題とする場合に於ても、自主権尊重の名の下に之と伴つ
て第三国の一切の自由行動を封ぜんと欲せば、支那側に於て先づその管轄内に於ける出来事に付ては完全にその
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責任を負ふの覚悟あることを必要とする。加之此際拠る所の規準が在来の国際法規慣例なるはまた申すまでも
ない。従来の法規慣例の時勢に応しくないことは私共も認める、従てその改訂の要求に対しては決して耳をかさ
ざらんとはせないのだが、兎に角原則として差当り在来の法規慣例の尊重を約せざる以上、我々は少くとも理論
上或る程度の自由行動の留保を主張せざるを得ないことにならう。
【四〕
第三に、我々は適当の方法を以てする法規慣例其他条約等の改訂には喜んで応ずるものである。之等のものに
由て定まつた支那対各国の従来の関係の中には、言ふまでもなく著しく支那の自主権を傷くるものがある。之に
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依て各国の占め得た地位は、槻して云ふに、其国有産階級の利害の繁る所にして、恐らく民衆一般とは何の交渉
もないものであらう。故に民衆の立場から云へば、之等の特殊地位に恋々たる理由は竜末もない。否、之が若し
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些でも両国親善の障碍を為すことあらん乎、彼等は速に之を地棄したいとさへ巽ふだらう。斯くして我々無産
階級は、単純な理論としては、満蒙に於てすらも決して引続き特殊地位を主張せんとする考はない。
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但し之等特殊地位の原因を一概に諸外国の侵略主義に帰する説には、無条件に与みし難い。之もある。併しそ
の外に、支那が一独立国としての形式を完備しなかつたと云ふ事情もあることを忘れてはなるまい。併し今とな
っでは斯んなことは最早云ふ必要はなくなつた。支那は諸君のカに依て既に立派な形を整へ始めて居り、我々は
また断然侵略主義を棄つるに決意したからである。たゞ侵略方策の原則的放棄に陶達して諸君に一つ折入つて頼
みたいことがある。そは外でもない、支那に於ける我々既占の特殊地位の中、一部階級の私慾を充たすに過ぎざ
るものはどうでもいゝが、我国民衆一般の生活に直接の関係を有するものに付ては、その発生原因の如何に拘ら
ず、之を合理的に整正するに際し特に穏当な顧慮を加へられんことである。之に由て永く侵略主義の残欠を留め
すが
んとする意図は毛頭ない。支那の好意に槌つて民生の生活に急変なからしめんとするに外ならない。而して原則
として一切の侵略方策を棄て完全に隣邦の自主権を尊重すべきは勿論である。
知らず、戴君は以上の根本原則の下に我々無産大衆と真の共存共栄を策するの意はないか。
〔『中央公論』一九二七年四月「巻頭言」〕