無産政党の無力
最近行はれた数回の選挙に於て(或は区会議員の選挙に或は県会議員の選挙に)各無産政党のどれもこれト郷揃
つて驚くべき無力を暴露した事実は、一面に於て頗る悲しむべき事であると共に、他面に於て大に吾人の反省を
促すものでなくてはならない。ブルジョア階級殊に政界と財界との特権階級に対する社会の反感が斯の如く強く、
同時にプロレタリアの自覚も漸く犠烈となりつゝあるの今日、少くとも目醒めたる無産階級の各方面に亘る自発
的活働に対して一般社会が格別の好意を示して居る此際、選挙の実際に各無産政党が揃ひも揃つてあんな見苦し
い失敗を見たのは、何としても吾人の心胸を痛めしめずには置かない。
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然らば何が這の失敗の原因か。之に関連して唯一つ疑のない点は、あの選挙の結果は必しも既成政党の今なほ
国民の間に信任の厚きを語るものでないことである。選挙に於ける無産諸政党の無力は、反面から云へば既成政
党の成功を裏書する事実である。既成政党に属せずして当選の栄冠を獲たものは殆どなく、与党たると野党たる
しゆえい つね
とを間はず、当選圏内で輪嵐を争ふものは常に既成政党のみである。換言すれば、土俵は毎に既成政党の政客に
せんゆう
檀有され、事実に於て新興無産階級の闘士の登場は許されない形だ。而して誰が之を許さないのかと云へば、彼
等に依て専ら代表さるる筈の一般観衆その人なのだが、さうかと云つて之等の覿衆が現に土俵の上に角逐して居
る者共に満足して居るのでないことは亦極めて明白である。この事に就ては格別の証明も要るまいと思ふから
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詳々しくは説かぬが、兎に角在来の政客に対して不平満々たる筈の一般大衆が、イザ選挙といふ肝腎な機会に際
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して頓と新興階級の代表を顧みんとせないのは一体如何なるわけか。無産政党の人達は勿論のこと之に多大の同
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情を有つと称する人々も、深くこの点には思を潜める必要があらう。
私共の考では、這の変奇な現象に付ては二つの大きな原因がある様に思ふ。一は大衆の容易に宣伝に乗り易い
と云ふことである。他は無産政党の村民衆活動は未だその本髄に達して居ないと云ふことである。
外の国の民衆と比較してどうなるかは判らぬが、今日の日本の民衆が頗る宣伝に誘惑され易いことは疑ない事
実である。宣伝さへ行き届けば下らぬ物でもドン〈売れる。最近流行の円本刊行などは最も巧に民衆のこの弱
点に乗じたものであるが、併し之は円本に始つたのではない、従来の選挙が実はその点に於ては大先輩なのであ
る。而して選挙に於ける宣伝費の巨掛なるは到底円本に於けるものの比ではない。故に巨額の選挙費を擁する者
には到底勝てぬのである。従てわが無産政党は、真に選挙の実際戦に何等か現実の収穫を挙げんとせば、実は
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予め以上の事態に深甚の考慮を加へ、平素努めて民衆の良心を開導して居なければならなかつた筈だ。蓋し宣
な
伝に狸るるは正確なる判断の麻痺を意味し、この弊はひとり良心の自覚に依てのみ救はるべきものだからである。
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然るに今日の無産政党は、果してこの点に十分正当なる注意を払つたであらうか。各無産政党は所謂無産階級に
なが
対して従来決して教育運動を怠つては居なかつた。併し乍らそは果して本質的意義に於ける教育であつたらうか。
自分が考ふる如く人にも考へしめようといふ教育は、教育ではなくして矢張り一種の宣伝に過ぎぬ。果して然ら
ば従来の無産政党の教育運動は、昔し右を向いて居た者を新に左に向はしめたにとゞまり、良知良能の根本的開
発を怠つた点に於ては既成政党の宣伝と何の異る所もない。故に私共は、無産諸政党の活動今日の如く盛なるを
見つゝ而も猶選挙民の依然として極めて宣伝に乗ぜられ易きを尭も怪まぬのである。
しかのみならず
加之私は、無産各政党の大衆進出と云ふ叫びに接しても、彼等の真に相手として居るのはどの階級かに兼々
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多少の疑をもつて居る。彼等は工場労働者の前に起つて演説もする、又山間僻邑に分け入つて農民の相談相手と
もなる。併し彼等の白夜関心するは之等の工場労働者乃至小作農民の要求や感情ではない。最も彼等の気にする
つかさど
のは少数の青年読書階級ではないか。之等の者の間に声価が堕ちその宰る所の新聞や雑誌に悪評でも出ると、直
に重大なる影響を実際の党勢に及ぼすものなるかに感じて大騒ぎをする。そこで一生懸命弁護もすれば反駁もす
る。之でも間に合はぬと観れば1〕相手方に猛烈な悪声を浴せることに依て辛うじて自家の立場を支へんとする。
要するに少数の青年読書階級の空想的共鳴を得ればい\之等をさへ捉へて居れば労働者や農民などはどうにで
あくせく
もなると考へて居るのである。之では丸で既成政党が少数の所謂地方有志家の懐柔に鮭鮭すると何の択ぶ所もな
いではないか。而して斯う云ふ方法で成功するには実は緊密なる組織と之を現実に支持する巨額の金が要る。支
那の共産党が一時素晴しい成功を見せたのはこの為であり、我国既成政党の滅ぶべ「くして舶祁亡びざるも亦この
骨法を心得て居るからである。金もない従つて箪固なる組織を有ち得ざる我国無産階級が、之を学んで成功しな
いのは分り切つた話ではないか。
私は切に無産政党の人達に告ぐる、少数青年読書階級の空想的興味ばかりを突つ付かずに、モ少し真の無産大
衆の実感を捉めと。諸君の真の支持者たるべき純良なる大衆は、まだ諸君に一手をも触れられずして到る処に遺
菓されて居るではないか。
〔『中央公論』一九二七年九月〕
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