リツトン報告書を読んで


 リツトン報告書の要旨については、発表前の揣摩憶測時代から既に彼れ是れの批難が絶えなかつたが、先月は
じめ其の全文の公表せらるるや論調が予想以上に我が国に不利だといふので朝野各方面の非議は一層手厳しい。
併しそれ等の非難の中には随分見当を外づれたものもあるやうだ。例へば調査団が支那側に籠絡されたとか又は
リツトン卿等が初めから一種先入の政治的偏見に捉へられてゐたとか云ふが如き是れである。形勢不利と見て審
判者に文句をいふのがスポーツ界の醜陋事である如く、仮令さうした形跡があつたとしても相手方の人身攻撃に
類する言動をなすことは慎んで避くべきであらう。リツトン報告書の是非は専ら書いてあるその内容によつての
み批判さるべきである。
 私はまだリツトン報告書の原文を入手して居ないが、翻訳の方は世上に出ると直ぐ買つて読んでみた。読んで
ゆくうちに私は図らず私自身が二つの違つた立場で該報告書に接してゐることを発見した、即ち時としては甲の
立場でまた時としては乙の立場でリツトン報告書に応接してゐたのである。二つの立場とは何かといふに、一は
該報告書から直接被告扱ひされてゐる日本国の一国民としての立場であり、二は原被両告並に裁判役を離れた第
三者としての立場である。
 満洲問題に対する日本帝国としての方針は既に定まつた。私一個人の意見としては決定された方針に付ても又
これを定めた順序手続に付ても多少の異議を有つ、併し今更これを繰返しても詮がない、一旦国是方針が斯うと
定まつた以上国民の一人としては全然これに遵ひ飽くまで既定方針の完成に協力せなければならない。斯ういふ
立場でリツトン報告書を読むと、読みながらアレはさうでないコレは斯うだと一々弁解し議論して見たくなるこ
とが多い。今日世上に流行するリツトン批判論の多くも実は概ねこの類のものではあるまいか。各政党は固より
諸方の実業団体の如きに至るまで報告書排撃を決議してゐると新聞は報ずるが、これもお前の裁断には承服出来ないぞと断ずるのであつて畢竟被告的立場の表明に過ぎないものと思ふ。

166


 日本人としては、斯ういふ態度を一貫してリツトン報告書を迎ふるのは当然かも知れない。所が私が学究で専
門として歴史に趣味を有つところから、動もすると身を第三者の地位におき冷静に事態の表裏を考へて見ようと
するクセがある。今度の報告書を読んでも、一日本人として憤慨したかと思ふと、いつの間にかなか/\よく調
べて居ると感心したりこれは傾聴に催する忠言だと讃歎したりする、つまり知らザ〈第三者の立場に変つて歴
史家的見識で物事を判断して居るのである。かういふ立場も事態の正当なる理解と問題の適切なる解決の為めに
は時として必要なことではある。
 厳格にいふと日本は被告といふわけでもなく、リツトン卿一行が裁判役といふのでもない。調査委員会の報告
は国際聯盟理事会の参考に供するものに過ぎず、而してこれに基いて作らるる理事会の何等の提議といへども満
洲問題の解決に対し最終的効果を有するものと限らない。日本の側では国際聯盟の極東の事琴に対する認識不足
を補ふの目的で新しく支那を調査するといふのが委員会の任務だと説明するから却つて支那が被告のやうでもあ
                                  いず
る。いづれにしても委員会は受託の範囲内に於ては調査の自由があり日支両国の執れからも見解の決定の上に何
等の拘束を受けない。だからいよ〈報告書の公表を見てそれが著しく我れに不利だからとて、単にそれだけの
                                       いわゆる
理由で我々は彼等に文句をつけるわけには行かぬのである。されば単純に所謂被告的立場を以て彼等に対抗する
1

ュ「ノ

は、我々国民全般の不承服といふ消極的態度を広くはツきりさせるには役立つけれど鳥、彼等に反省を促がすと
                                                       たす
甘再考を促がすとか又は理事会が報告書を検討する際に一層周到なる注意を払はしめるとかの目的には、何の資
くるところもない。これにはどうしても彼我の立場に通じて妥当する別個の根拠からの立論が向けられなければ
ならない。是に於てどうしても第三者の立場よりの批判が重要となる。
              あた わきめ       〔侵略〕
 清洲問題の解決に方り傍目もふらず××でひた押しに押して行かうといふのならイザ知らず、矢張り国際協調
といふを原則とし、外交的折衛に依つて極東に於ける日本の立場を有利に展開せんとならば、差当り目前のリツ
トン報告書に対しても、少くとも第三者的立場の批判の重要性を閑却してはならない。
2

2「ノ
 世間の批判のうちにはリツトン報告書の価値を不当に軽く視るのがある。該報告書の内容自身の価値はしばら
く別とするも国際聯盟を中心とする一外交文書としての権威は決してこれを無視することは出来ないと思ふ。無
責任な新開の評判では調査団の誰彼の人格につき忌はしき風評の伝へられたこともあるが、概していふに彼等は
みな欧洲に在て知名の一流人物でありこれ以上の適任者を集めることは不可能とされて居たし、又出発から帰任
                  しんし
にいたるまでの調査上の努力にも清瀬貞撃なるものがあつたと云ふ。出来上つた成績から観てもその事は許され
      しかのみならず
ねばなるまい。加之国際聯盟に於て滴洲問題の討議が今後如何に紛糾しても、再度同じやうな大掛りの調査委
員を派遣するが如きは絶対にあり得ないと思ふから、調査報告書としてはこれが最終のものたるべきは言をまた
ない。して見ると今度の報告書は形式上は単に理事会の参考に供するに過ぎぬものではあるが、その実理事会
                                 あ′り    ないし
(又は時として総会)が事毎に引援する唯一の金科玉条であり、凡ゆる方策乃至提案の淵源たる典拠であると云は
なければならない。そればかりではない、一度公表されると少くともこれは極東問題の理解に関する欧洲人の常
・鼻慈量
識となるに相違ない。欧洲人には無論極東の形勢については多々呑み込めぬ所がある筈だ、あの報告だつて完全
なものではない、だから能く我々の言分をきけと幾ら我々日本人が声を高くして叫んでも、彼等としては、彼等
のうちからあれだけの人物があれだけの努力を払つて調べあげたものだからとて、其の教ふる所に大した誤りも
あるまいと速断するのは無理もむいと思ふ。斯う考へるとリツトン報告書のもつ外面的権威は決して馬鹿に出来
ないのである。少くとも近き将来に於ける外交的折衝の場面における政治的重要さを軽視してはならない。
 リツトン報告書は出たばかりでまだ精読の暇がないから細かい批判は他日にゆづる。卒読した印象を大ざつぱ一
にいふと、割合に調査が行届いて居ると思はれる。たゞ最後の一事「理事会に対する考察及提議」に見解の不徹
底なるものあるを遺憾とする。




▲菅





ー一ノ
 報告書は緒論の外十章に分れて居る。緒論は調査委員会成立の来歴並に調査日程を述べて居るに過ぎず、本文
に入り「現在の紛争の完全なる了解」のためには事前の状態に関する知識が必要だとてその為めに始めの三章を
捧げて居る。第一章は「支那に於ける近時の発展概要」と題し開国以来の政治史の大略を述べて居る。殊に近時
紛乱相次ぎ秩序の確立や内部の野頓充実の事業甚だ遅延し、諸外国に許与せる権益の保護に無能なる所から種々
の難局に面せる上に共産主義の脅威になやめる内部の事情を明にして居るが∵それでも支那の前途を悲観せず、
                   すこぶ              もつと
漸次進歩しっゝありとの同情的見解を吐露せるは頗る示唆に富むものと許はねばならぬ。尤も支那の前途を悲観
せぬといふは現在の支那に国家としての完全なる貴任能力ありといふ意味ではない、我国の論壇には斯うした軽
                  ゆが
卒な論断から満洲問題の正しき解決の歪められんことを恐れて烈しくこれを否とするの説をきくが、さりとて支
那は今や自然的分裂解消の途上にありと断ずるのも早計であらう。
つ「ノ

ユノ

 第二章には「満洲」を論じて居る。三節に分けてあるが最も力説につとめたのは次の六点である。(一)満洲は
日本に依つて始めて治安が維持され、その結果たる支那他省の農民労働者の移住に依つて急速の発達を遂げしこ
と、この二つの要素が相待たなければ今日の発達を見ることは出来なかつた。(二)斯くて支那人は段々土地に固
着しそこに新に緊密なる利害関係が生まれ、漸次主権に目ざめるの機運がはぐゝまれた、一九一七年のロシア草
                                  かかわ
命は一層その機運を助長した。(三)張作森は随分日本の庇蔭を蒙つたに拘らず、やがて満洲から北満に於ける露
の勢力と併せて日本の勢力をも一掃せんことを期した。この政策は学良に踏襲されて一層露骨となり、南方国民
                            なかんずく
政府と合体してからは国民党の宣伝が大手を振つて滴洲に入り、就中日本はその最も強き排撃をう竹た。(四)加
之学良父子は広大なる軍備を擁し暗に日本に対して相括抗するの姿を呈してゐた。(五)張家の清洲は支那の他の
部分に押して特別の区域を為し時にまた独立を宣言したこともある、併しこの「独立」たるや「支那を個々の国
          やりかた
家に分割するが如き遣方にて為されたるに非ず」単に内乱の一現象と解すべきものである。「しかも支那の内乱
は多くは真に強力なる政府の下に同国を統一せんとする何等かの大計割に直接又は間接関係あるもの」にて、要
するに満洲は「一切の戦争及独立の期間を通じて」終始支那の完全なる一部であつた。(六)日本は北方露の共産
主義と南支の国民主義との間に板挿みとなり、せめて清洲を独立地帯として両者の便宜的提携を遮断せんと希望
してゐた。以上六点のうち清洲が終姑支那の一部であつたこと並に最近農民労働者の多数移入に依つてこの関係
が一層強められつ、あるといふが最も重視すべき見解であらう。
 第三章では「日支両国間の満洲に関する諸問題」を取扱つて居る。前後七節にわたり、日本の有する権益の性
質に関する一般論オら鉄道問題・二十一ケ条問題に続き、朝鮮人間題から最近の万宝山事件・中村大尉事件に及
                                  ▲きよ・∧ノこ
んで居る。先づ報告書は近時清洲と南支との結合の益々軍国になりつゝあるの事実を認め同時に日本の利益も増
′4

一ヱノ
享n遺書一一Il一一一軍











大しこゝに両者の利害の衝突する可能性を説き、一転して日本の特殊権益は「支那の主権と相容れざるが如きも
のである」と説いて居る。報告書は満洲に於ける日支両国間の政治・経済及法律関係の特殊性を説いてのち「此
の如き事態は恐らく世界の何処にも其の例なかるべく、又隣邦人の領土内に此の如き広汎なる経済上及行政上の
特権を有する国は他に比類を見ざるべし。若し此の如き事態にして親方が自由に希望し又は受諾し且つ経済的及
政治的領域に於ける緊密なる協力に関する熟策の表現及具体化なりとせば、不断の紛争を醸することなく之を持
                       ■あつれき
続し得べきも、斯かる条件を欠くに於ては右は軋轢及び衝突を憲起するのみ」と述べたのは、或る意味に於ては
事態の正しい見透しに基く見解といふべきである。要するに調査委員達は欧洲のやうな秩序立つた国際社会の常.
識により他国領土内に有するを得べき特殊権益につきては常に〓疋の限界を予定して居る。日本人の懐砲する特
殊権益なるものが彼等の常識に合はぬのを観て、彼等は日露戦争の回顧その他の虚史的感情に捉へられ又最近に
於ける企業的成功に陶酔して日本が知らず〈格外の意義をこの言葉に与へるのだらうなどと云つて居る。それ
も全然ないとは云はぬが、実はaつした格外の権益を外国に与ふるといふことは東洋には−特に支那には珍ら
しくないのである。たゞ支那はこの事の間違であつたことに此頃気がつ小て来た、所謂利権回収は一般的の要求
として到る処に叫ばれて居るが、満洲に対しては第一には国防の第一線として第二は穀倉として第三には季節的
       とん                おのずか
労働地として近頃頓とその重要性にめざめて来てゐる。そこで自ら日本の権溢と衝突することになるのであるが、
西洋人は立ちおくれの支那に同情して日本を抑へても支那の要望を伸ばしてやりたいらしく、日本としては…=・
                     ゆる
:::…:::…::…:…今更手を引き手を弛め渇わけには行かなくなつたのである。これをどう裁くかは別論とし
て、清洲に於ける日支両国の利害関係が根本的に衝突すると見た報告書の説明は間違でない。故に報告書は鉄道
                       せん
問題を論じても一九一五年の条約を論じても結局詮じつめて行けば国家政策に深く根をおろして居ることを発見
‘.ノ

ュノ

するとて、一寸した技術的工夫などに依つて容易に解決し得べき問題でないことを断足して居る。斯う大局をつ
                  いわ
かまへて見れば、朝鮮人問題の如き況んや万宝山事件や中村大尉事件の如き、恐らく問題の中心に座するもので
はない。故に報告書は「満洲に関する所謂三石の懸案は根本的に調和し得ざる政策に基く一層広汎なる問題より
派生せる事態たり」と述べてこの項を結んで居る。
 第四章と第五章とでは去年九月十八日以後「浦洲に於て発生せる事件の概要」と「上海事件」とを取扱つて居
る。上海事件は傍系の出来事だから触れずに置く。満洲の一件に付て報告書の主として明かにせんとせるは次の
二点である。(一)日本軍はかねて支那軍との間に敵対行為の起り得べきことを予想し慎重準備せられた計劃を有
つて居たが、それが九月十八日夜に迅速且つ正確に実行せられた鉄道破壊の程度は、その直後にそこを通過した
        いささか
列車の到着時間に些の故障も与へなかつた程の軽微のものだつたからあれだけの軍事行動を正当とするものとは
云ひ難い○(二)その後の軍事行動は瀾州爆破並に其後同地の占拠にしても仙歎軋即占領にしても毒的軍事占領の
必要に出でたるものとは許し難い、清洲国の創立といふが如き永続的な目的のために計劃されたものらしく見ゆ
                          しい
る。この二点に就ては我が軍の公正なる態度を譲るものとして論壇が可なりやかましく反駁を試みて居るが、こ
                                   しき
れも文字の末に拘泥して争ふのは野暮ぞ。我が国では頻りに自衛権の行動だといふ。そこまではい、。さて何を
                           ようかい
以て」自衛権の範囲とするかは当事者がきめる、他者の容啄を許さないといふのでは…=…・=・………=…・・=…。自
衛権の範囲内なら許すといふのは西洋の理論だ。この武器をかりて我が独特の立場を弁護せんとするからそんな
            むし
苦しい議論になるのだ、寧ろ我には斯くせねばならぬ生存上の絶対必要ありとの理義を卒直に表明したなら加何
                〔情〕
だらう。同じやうな事件は第六章の「滴洲国」に付てもいへる。私は満洲国が満洲在住市民の自発的志望によつ
て出来たことを疑はない、けれども三千万民衆\一人残らずの希望だなどといふは到底一つの××たるを免れまい。
/。

2「ノ




■曹





 ーノ
民衆の志望などいふものは余程進んだ国でも漠然たる観測の許さるるのみで到底適確なる計数の分るものでない、
                もうまい                                                      あま
況んや民衆大部分の無知蒙昧な国柄に於てをや。けれども何処の国にも指導階級といふものはある、これ等を普
ねく動員することは左程むつかしい事ではない、而してこれ等の者の動きに依りて仮りに民衆の動向を定めると
いふことは必ずしも無意義ではない。この意味に於て私は清洲国は満洲人の志望に出でたといふ説を否認しない。
併しその………:・・・・…:……::・…:::・…::事実ありしことも否むことは出来ぬと思ふ。この点に於て報告書が
「日本軍隊と日本文武官憲の活動なかりせば満洲国は起り得ざりし」と観るのも間違と思へない○たご」れより
一歩を進めて清洲国は日本人の作る所なりといふのは、仮令同国の現政府が事実日本人に依つて=:=・…=一々
・……・・=…・指揮を仰ぐとの説が真であつたとしても、たしかに言ひ過ぎである。報告書が滴洲各階級の人にきく
に大多数は満洲政府に不満だといふのも本当だらう。大多数と云つても全部の人はきいたのではなからう、十人
十色だ、遇つてしやべらせれば銘々勝手なことをいふ。真に不満なりや否やは今後数年間の事実に徹するの外あ
るまい。
 第七草では「日本の経済的利益及支那のボイコット」を論じて居る。絶へず斯した紛争になやまされて居るに
                     ゃ                                               げんそん
拘らず両国貿易の結局増加して娘まざるは、政治的反感も妨げ得ざる底の基本的経済連鎖が両国の間に備存する
のだと観るのは面白い。それにしてもボイコットの損害の大なること並にそれが年と共に深刻になるのは憂ふべ
きである。ボイコットに就て報告書は国民党の指導に出づるを認め、政府としてはどれだけ責任を負ふべきかに
っいては断定を避けて居る。いづれにしても……::…:に対する対抗的武器としてはその合法性を認めざるべか
〔ら〕ぎるも、友好関係に背く斯種紛争の存在は何とかして消滅せしめなければならないと説いて居る。
 第八草の「清洲に於ける経済上の利益」に於て報告書は、政治上の理由により妨げられざる限り両者の経済的
7

ュノ

利害は融和せられ得べきものなるを説いて居る。併し満洲問題は本質的に単純なる経済問題ではない。
 第九章の「解決の原則及条件」に於ては、満足なる解決の条件として十個条を挙げて居る。要は日支双方の利
益と両立し第三国の利害にも考慮を払ひ現存諸条約と一致し、而して差当りては清洲に於ける日本の利益を承認
し又浦洲の自治を認めつゝ、日支間の国際関係を整ひ支那の安全・向上・改造を助くるものたるべしといふに帰
する。原則として挙ぐる所のうち満洲国の独立を排する議論は特に我々の注目を要する点であらう。日く、「日
本がその経済的発達のため清洲に重大の利害関係を有し、その為めまた必要なる治安を維持し得べき安定せる政
府の樹立を要求するはいゝ、併し斯の如きは人民の願望に合致し且つ彼等の感情及び要望を十分に考慮する政権
により始めて確実且つ有効に保障せらるるだらう。又日本は人口増加に昔むといふに拘らず、移民に関する現存
の便益を従来十分に利用せることなく、且つ清洲にその国民の大移住を計劃したることがない。而して凋本は今
や農業的危機及び人口問題に善処する方法として更にその工業化に希望をかけつゝある。斯の如き工業化は新な
                                          ア ジ ア
る経済的市場を要求するに至るべく、而してその唯一の拡大且つ比較的確実なる市場は亜細亜殊に支那に於て見
出さるるだらう。故に支那関係の一般開演より切離して浦洲問題を別個に処分し、以て支那との友好を不可能な
らしむるが如きは決して日本の得策であるまい。尤も日本が満洲を重大祝するのは経済的考慮に出づるよりも寧
ろ国防的見地よりするものであらう。日本の政治家及び軍部は常に満洲が日本の生命線なることを口にする。日
本の領土に対する敵対行動の根拠地として満洲の利用されるを防止せんとする彼等の関心、又或る情勢の下に外
国の軍隊が満洲の国境を越へ来るとき凡ゆる必要の軍事的手段を執ることを可能ならしめんとする彼等の希望は
これを諒とする。けれども満洲を無期限に占領し又これが為め当然必要となるべき巨額の財政的負担を為すこと
                                                  土
が果して真に外部よりする危険に対する最有効の保障なりや、将た又右の如き方法で侵略に対抗する場合、日本
8

ュノ










 ーノ
軍隊が若し敵意をもつ支那の後援の下に不従順若くは反抗的なる民衆により包囲せらるる場合に甚しく困難を感
ずることなきやは、なほ疑問とすべき所であらう」と。斯くて報告書は清洲独立国を作らない方がよからうとい
ふのであるが、作る作らないの問題ではない、満洲国はもはや既に出来あがり又承認済となつた、今となりては
折角の忠言御親切ありがたうとお返しする外はない。但しこの忠言は一日の長を以て我が国が新興の独立国を指
導するに方り心掛くべき幾多の教訓に富むことはいふまでもない。
 第十章は先きにも述べた通りいさゝか不徹底の嫌を免れない。そは日支両国の清洲に於ける利害の衝突を両国
の根本的政策に根ざす融和すべからざるものと認めながら、融和の可能なる問題と同様両国の協定に依つて解決
せしめんとして居るからである。日本が一旦声明したる態度を一占州一劃も改めざる限り妥協は不可能だ。調査団
の報告の指示する意見が事実上理事会にも総会にも重きを為すべきは勿論ながら卜いよ〈となれば政治的考慮
  土、                      う の
が中に温入つて来て多少の修正が見られぬとも限らない。それでも日本の主張を鵜呑みに採択するといふ見込は
絶対にないから、日本は結局独自の見解を強調して遂に聯盟脱退を決行するの外なきに至るのだらう。脱退の利
害得失は自ら別問題だ。たゞ日本の固持する立場は、リツトン報告書の公表された今日、聯盟の一員たる地位と
絶対に両立せぬものたることは明白だと思ふのである。(一九三二、一〇、三一)
                                        〔『改造』一九三二年二月〕
(ソ

つヘノ