講和会議に提言すべき我国の南洋諸島処分案
今度の講和会議に我日本は如何なる問題を提げて出る積りであらうか。此会議に於て主として論ぜらるべき各
すで
種の…問題は、己に欧米諸国の政治家によつてあらかた公にされてゐる。従来の国際的諸会合に於けるが如く、閏
イエスノー だ
題は何時でも先方から出され、こちらは全然受け身になつて諾否の返答を開かれる丈けでは大国の面目として
余りに肩身が狭い。何か一つ位は欧米諸国の政治家を成程と感心せしむるやうな問題を出したいものだ。然るに
今日我国政治家の講和会議に対する実際の態度を見るに、彼等の見識が欧米諸国の政治家のそれに比して余りに
ちようど
低い為めでもあらう。どんな問題がどう云ふ風に説き出されるかの見当が丸でつかずして、恰度怠惰学生が厳粛
な試験官の前に出たやうに、戦々兢々たる態度を示して居るのは余りに見つともないではないか。其癖蔭では随
ドイツ
分大きい事をいふものがある。或は東洋の問題に関しては我に於て優越の発言権を収めざるべからずとか、独逸
なが
に取て代つた諸占領地の領有は既定の事として三計も異議を挟ましむべからずと云ふが如き是である0然し乍ら
彼等は講和会議の席上に於て果して真にかう云ふ景気の好い提議をなし得べしとするの確信ありや否や。
此点から観て予輩がこゝに特に読者と共に研究して見たいのは、南洋に於ける占領諸島の処分問題である。
之に関する今日の普通の俗論(敢て予は俗論と云ふ)は、之が領有を既定の事実として認めしむべしと云ふので
・王こと
ある。日本の立場から云へば、云ふまでもなく渦に結構な立論である。無条件に之を日本の領有に帰するに何の
妨げもないなら、我々は勿論之に大賛成を表する。併し乍ら我々は此等諸島の処分は講和会議の決定によつて初
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き
めて極まるものなることを忘れてはならない。然らば我々が此等諸島を確定的に領有せんとならば、相当の根拠
も
に立つて之を講和会議に主張しなければならない。然らば何の根拠によつて之を主張するか。若し之を我国がカ
争して取つたからといふならば、同じやうな口実で他の与国は尚一層の大なる利益を主張しないとも限らない。.
又之を日本国防上の理由から主張するなら、同じ理由で米国が一層の利権の確立を主張し得ないと限らない。我
が一の利益を得るが為めに、他国をして又之に伴つて二三の利益を得しむることは果して得策であらうか。且つ
かす
夫れさう云つたやうな根拠で敵国の領土を掠め取ると云ふ事は、今日の大勢たる非併合の原則と相容れない。今
や欧米諸国は今日現在の戦争を終止し、更に将来の平和を確保するの新事業を完成せんが為めに、各多少の犠牲
は忍ばうとして居る際である。何を苦んで少しばかりの離れ島の領有を争つて此大方針の進行を紛更するが如き
ことこと あすか
事があらうか。故に聯合国の一として我が国は与国が悪く独逸植民地の分割に与らうといふ事になつた場合に限
り、南洋諸島の確実なる領有を主張し得べき正当の根拠がある。然らざる以上は滋に帝国の主権を確立し得べし
さ
とするの迷夢より一日も早く醒めて居るの必要がなからうか。
尤も他の諸国が一般に植民地の処分に対してどう云ふ態度に出でようとも、我国は常に必ず之に拘束さるべし
といふのではない。併し乍ら聯合与国の輿論に反して我が国が独立の主張をなさんとせば、与国の政治家をして成
程と納得せしむる丈けの特別の理由がなければならない。此等特別の理由がない以上は、与国の輿論に従ふのは日
むし
本にとつて何等不面目な事ではない。吾人の希望を卒直に述べしむるならば、予輩は寧ろ我国の政治家が此世界
の大勢に乗じ、更に一歩踏み進んで積極的に大勢を指導するの地位を取られんことである。外交上常に受け身の
なみ
地位を脱したことのない我国も、千載一遇の此好機に当り、一度位は一人並の発言をして見てもいゝではないか。
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聯合与回の占領にかゝる独領植民地を如何に処分すべきやに就いては、講和会議の開催の日の迫るにつれ、い
かかわ
ろ〈の細目の問題がいろ〈の人によつて説かれて居るに拘らず、割合に論じられてない。此点に関して聯合
与国の間に畔ぼ麒ヅて居る議論とも見るべきは、昨竺月のロイド・ジヨーヂ及びウイルソンの言明に現れたも
のである。当時予輩は之に本誌上に於て評論を加へて居つたから〔本選集第五巻所収「米国大統領及び英国首相の宣言
を読む」〕重ねて滋に詳しく論ずるを避けるが、あの要点は矢張り民族自決主義を原則とし、更に所領国の主張と
さんしやく
在住民の希望利益とを参酌して講和会議に於て極めようと云ふのであつた。併し之は只大綱を掲げたものであつ
て細目の点には更に触れてゐない。けれども我々は之れ丈の原則に基ゐて植民地問題が結局如何に取扱はる、で
あらうかを、今日略ぼ推測し得ない事はない。
要するに今度の講和会議に於て所謂民族の問題に関しては、民族自決主義を址で解決の根本原則とすることは
ロ シ ア
疑を容れない。而して民族自決主義は露西亜の過激派の主張するが如く、世界中の総べての民族間題に例外なく
適用するといふのではなく、ウイルソンも己に明言して居るが如く、今度の戦争に直接関係ある民族問題にのみ
適用すると云ふことになるのであらうから、具体的にいへば同盟側諸国の支配の下にあつた異民族に主として適
用せらるゝのである。然るに其の適用を受くべき民族には明白に二つの種類を区別せねばならない。一つはフィ
ンランド人とかポーランド人とか又はチェック・スロヴアツタ人とか、それや・肘凱翫の真申にあつて既に相当
ト ル コ ア フ リ カ
の文明を持つて居る民族である。他は土耳古の支配の下にあつた未開の民族、又は独逸の植民地たる亜弗利加南
洋諸島の未開の土民である(此等土民の中には若干の開明民族もあるけれども)。而して前者に今日直ちに相当の
設備を設け、周到なる注意の下に民族自泳主義を行ふは妨げが無いけども、後者には今日直ちに之を行ふ事は出
来ない。未開なる彼等には自己の政治的運命を如何に決すべきやの判断力を欠くのみならず、今急いで之を決定
▲スノ
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せしむるのは彼等の真の希望利益に反するものと見なければならない。然らば之を如何に処分するかと云ふに、
領有国の恐らく主張すべきが如く、之を元通りに返すといふ事には聯合与国の承認を得難かるべく、さればとて
聯合与国が之をその儀占領すると云ふにも理論上並に実際上多くの困難があらう。して見れば結局どうなるかと
云ふに、恐らく此等の地方は一括して講和会議参列諸国の責任として共の開明を計るの義務を負担し、一定の程
度に達するを待つて自決主義を行ふと云ふことになるだらう。列国の保護の下に彼等が教育せらる、間の彼等の
おのずか
国際法上の地位如何の如きは、会議の席上細目の協定に伴つて自ら定まる所があらう。而して開明に導くの任務
を負担した列国は、更に各々其方面を分ち其便宜とする所に従つて、或る特別の国に教育の任務を委托するこ
しばち わ
と、なるだらう。さうなると外の方面の事は暫く措き、少くとも我が国の現に占領して居る南洋諸島に就き教育
の任務を引き受くるといふ事にならざるを得ない。
以上は講和に関する当今の大勢より推測して植民地処分に関する我輩の予想である。黙つて居つても結局此辺
に落ち着かねばならぬと思ふものであるが、理に於て正々堂々たり、又実際に於て極めて穏当の処分と信ずるが
故に、或は日本の提案として之を発議するも亦妙ならんと考へて居るのである。此辺にでも問題を探さなくては、
我国が積極町に大勢を率ゐて乗り出すべき問題はない。
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仮りに植民地処分問題が上述の如く所決せらる、と共の結果は如何なるであらうか。之は講和会議の研究に直
凍の関係はないけれども、極めて大事なことであるから特に三自するの必要を認める。
第一に疑のないのは之によつて土民の幸福が著しく増進せらるゝと云ふことである。或国が土民の教育を引受
けると云ふことは、土民から観れば或国の領有に帰して英国の支配を受くると大差なきも、・而も其国は列国の依
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托の下に又列国の精神的監督を受けつゝ土民を世話せねばならぬから、植民政策の動機が全然変つて来なければ
ならない。殊に其植民政策に成功すれば他日民族自決権行使の際、土民は其国に合併せられんことを希望して来
るかも知れない。少くとも其処まで行かなければ列国の依托に背かず教育の義務を完全に尽したと云ふ事は出来
ない。従つて各国は一日も早く自決権を行使し得る程度に土民の教育を高め、而かも土民を全然心の底から服せ
しむることを競争するといふ事になるから、之に依つて土民の幸福の増進せらるるは疑を容れないのである。之
れ迄のやうな母国対植民地の関係ではどんな善良な植民政策でも、右申すやうな効果を土民の幸福の上にあらは
し得なかつた。
右の当然の結果として第二に我々は我国の植民政策に及ほす重大なる影響をも考へなければならない。従来我
ぜいせつ
国の植民政策が如何なる批判を受けて居つたか、又如何なる評価を受くべきものであつたかは今立に贅説しない0
只日本が他の諸国と共に列国の名を以て土民の教育を托せらるゝと云ふ事の結果、滋に全然従来とは違つた全く
新な植民政策を打ち建てねばならぬ必要に迫らるべきを見逃す事は出来ない。而して之が必ずや従来の植民政策
を根祇から動揺せしむるものである事も疑を容れない。其利害得失に就ては人に依つて各観る所を異にするだら
けんえん ちゆうちよ
ぅけれども従来の植民政策に甚だ糠厭たりし我々は、此の動揺を以て最も喜ぶべき現象と認むるに躊躇しない0
ひら
願くは我国の政治家が之に依つて大いに其蒙を啓き、我国の植民政策史上に丁新紀元を劃するに到らんことを希
望して止まない。
サンフランシスコ
十二月九日桑 港発電として十四日の東京日々新開に見ゆる所によれば、米国前大統領タフト氏は独逸殖民
地を国際聯盟の管理の下に置くべきの説針公にせりといふ。果して然らば是れ恐らくは植民地処分問題に関し予
輩と同一の結論に到るものではあるまいか。記して以て後報を待つ。 〔『中央公論』一九一九年一月〕
くノ
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