所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
     (一)
 シ ベ Hソ ア
 西伯利出兵論が露独単独講和の成立に促されて起つた事は言ふ進も無い。単独講和条約の調印は三月三日であ
る0併し出兵論の漸く我国の朝野に動き出したのは、二月廿日過ぎ内田大使露都引揚げの報道があつた頃からで
ある。而して此問題につき何国がイニシヤチーヴを取つたかに就いては、今日いろいろの説がある。一説に拠れ
ば、此問遺の発頭人は我本野外務大臣で、先づ西伯利に於て軍事行動を採らんとするの利害を英仏伊の三国政府
に諮り、次いで英を通じて米国政府の意潜をも照合したとの事である。又一説には本野外相が斯る態度に出づる
                                    すくな
前、氏の親友たる仏国外相ピション氏から之に関する慾漁があつた、砂くとも本野外相の這般の措置は、英仏の
暗示に基くものであると云ふのである。而して英仏側の当初の目的は西伯利に於て反過激派勢力を結束し、之を
きようりく               すく
協教授助する事によつて露国の崩壊を捷はんとするに在る、此種の考は二月中旬露国東清鉄道のホルワット氏
が北京に来た頃から初まつた、或は此頃から大いに熟したといふのである。更に第三の説は西伯利に於て反過激
派勢力の結束を計るの運動は余程前から初つて居つたので、現に日本人中にも所謂志士を以て任ずるものゝ少か
らざる数が、西伯利方面に活動を初めて居つたとも云ふのである。之と参謀本部との連絡に関する風説は、固よ
り一片の靴伝に相違ない。
                                    とみ
 何れにしても西伯利に出兵すべしとの論は、二月末から三月に懸けて頓に激烈を極むるに至つた。而して中に
所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
 ことさ                  も の   しま
は故らに事を大袈裟に吹聴して、露西亜は今や正に独逸の所有になつて了つたとか、独逸の辣腕は更に遠く東亜
に及び、独逸倖虜の解放並びに其武装に伴つて、吾人を脅かす所の危険が旦別に追つて居るとか、無暗に我々国
  こわ
民を伯がらせんと努めて居るやうに見ゆるものもあつた0社会に相当の地位を占むる学者論客にして、亦此種の
盲動に左担するものが少く無つたので、一時新聞紙等の論調から判断すれば、政府は今にも出兵しさうな形勢で
ぁった。砂くとも政府は此等の矯激なる言論を其の横行するに任せて、何等の手加減を加へなかつた事丈けは事
実である。
 併し一部の識者の間には出兵に反対する考が亦案外に強いやうであつた0砂くとも所謂出兵論者の其理由とし
て挙ぐる所の根拠に深き疑問を挟むものが頗る多かつた0之れ実に注目すべき現象である0其上米国の方からも
出兵に反対する趣の意轡が明になつて来る。風説に拠れば、我国が英国を通して米国政府の意常を問合せたるに
対し、彼は「独逸勢力東漸の結果急迫なる実害の発生する場合を除き其以前に出兵するは露国民に対する敵対行
為と云ふべく、我政府は主義として直ちに之に賛成する事を得ず」といふ旨の返事があつたといふ事でみる〇一
  ジンゴイスト
部の好戦論者は、外国の思惑を右顧左晒するを批難するのであるけれども、悲哉いよ〈出兵となつた場合に、
必要なる各般物資の供給を米国に仰がざる可らざる状能だある我国としては、全然彼の意に反して行動する事を
かた               なか
難んずべき事情がある。夫れや是れやの理由で月の央頃から出兵論も段々下火になつた0吾人の見解からすれば、
斯の如きは政党や外交調査会などの反対する迄も無く当然の成行であらう0而して政府も愈々当初の考の如き大
規模の出兵計画を中止した事は、三月廿日貴族院本会議に於て高橋博士の質問に対して為せる寺内首相の答弁に
於ても明かである。吾人の密かに想像する所に拠れば、大規模の出兵は或は絶対に実現する事無かるべしとする
も、若し西伯利に於ける反過激派勢力の結束成るの暁には、或は之を援助する意味に於て多少の出兵を為す時が
299

1川≡
来ないとも限らない。砂くとも政府並びに軍事当局者は斯の如き事実の発生を心私かに期待して居るではなから
                                              か
うか。故に予輩は、寺内首相の言明に於て大に安心すると同時に、まだ多少の懸念を将来に繋けざるを得ない。
 予輩は必ずしも絶対的出兵反対論者ではない。唯兵を動かすは、陳腐なる言葉ではあるが、国家の大事である。
最も慎重なる熟慮深議を尽して後、初めて決行するを許すべき問題である。而して熟慮深議の題目としては、先
づ第一に、何の為れに出兵するかの目的を確定しなければならない。第二には其目的に対して払はねばならぬ所
の犠牲の程度を測定しなければならない。第三に夫れ丈けの犠牲は、之に依つて達せんとする目的に照して、甘
じて之を払ふに差支なきものなりや否やを講究しなくてはならぬ。更に第四には出兵の結果として将来に起るべ
き財政関係、国際関係其他種々の方面の跡始末に就いても計画する所なければならない。而して凡て此等の問題
を慎重に講究した上で、之を国の内外に正々堂々と表明して、然る後に初めて出兵を決行すべきである。然るに
今日まで主張せられたる出兵論者の議論には、凡て此等の点に就いて果して十分吾人を満足せしむるものがある
か。
 出兵論者の多数の議論に予輩の甚だ遺憾とする所は、何の為めにするかの目的の意識が明白で無い事である。
而して彼等の最も喜んで国民に語らんとする所は、出兵の結果として他日帝国の獲得し得べき物質的利益である。
或有力なる新開の如きは、西伯利の占領は以て優に戦費を償うて余→ぁるべしとさへ放言して居る。西伯利を占
領する事に就いては日本国民中何人も異議はあるまい。其豊かなる富源の点より、又日本海の対岸を包容して日
本の国防的地位を一層輩固にし得る点より、殊に日本国カの大陸発展を一層促進せしむる点より観て、此上の望
ましい事は無い。併し乍ら西伯利占領はさう無雑作に実現の出来るものであらうか。東亜に利害関係を有するも
                 たとえ                  いとま
のは、日本を除いて支那許りでは無い。仮令戦時の今日欧米諸国が深く東亜の事を顧るに達無しとしても、我日
う00
所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
本国は今や世界の一員として立つて居るものなる事を忘れてはならない0世界の大勢に逆行する事は今日決して
                         やや
吾人の執るべき方針では無い。世の偏狭なる論者動もすれば、我国が斬りに欧米の思想に左右さるべきにあらず
と力む。然し斯くの如きは鎖国的思想家の常に口にする所にして、世界的思想を自らの中に見出し、否、自らの
                    ふさ           すべか
思想を以て世界の大勢を造らんとする大国民の砲負に適はしき能産ではない0吾人は須らく進んで世界の大勢を
作るの主動的分子たるを期すべきである。此覚悟ある以上、世界の大勢に順行するといふ事夫れ自身は決して大
国の面目を傷けない。而して今日世界の大勢は、故無くして領土的野心を挙っせんとするものを許さざらんとす
るに在る。米国が日本の出兵に好意を表せざる所以も、畢尭彼の努力して造らんとしつ、ある所の大勢が、之に
由つて事実上裏切らるゝ事無きやを怖れたる為めではあるまいか○米国の能産の是非は今滋に論ずる問題では無
い。唯斯くの如きが今日世界の大勢なる事を念頭に置いて、其上に出兵の問題を研藷計画すべきである0訳も無
く出兵して相当の地歩を事実上に占めさへすれば、後日何とかなるだらうと云ふやうな根拠薄弱なる楽天観に基
いての、帝国此際の出兵は、余りに無鉄砲なる行動ではあるまいか○他国の領土に出兵する事のみが国力を張る
所以では無い。講和談判の開催まで十分の余力を蓄へ、所謂満を持して放たざるの能産を執る事も亦、何れ丈け
戦後に於ける日本の立場を輩固にするか分らない。何れにしても出兵の決行には、もつと〈精密なる研究を要
            士▲
する点あるは言を侯たないのである。
一体我国が西伯利に出兵し得るとすれぼ、如何なる目的を以てすべきであるか0吾人の考へ得べき出兵の目的
は砂くとも三つある。一つは帝国の自衛の為めである。も一つは露国を救援する為めである0終りには聯合与国
の協同目的を後援するが為めである。此等の点は出兵論者も亦漠然と認めて居る所である○唯此等の目的の為め
に、果して帝国は、一部の論者の主張するが如く、大兵を西伯利の野に送るの必要ありや否や0之が実に大いな
う01

る間邁である。
う02
     (二)

 先づ自衛の為めにする出兵論から調べる。
 論者日く、単独講和の成立と伴つて独逸の勢力は仝露を掩ひ、今や東漸して直接に我国を脅かさんとして居る。
一日後るれば夫れ丈け危機増大するの形勢を呈して居るから、我々は自衛の為め速かに出兵して之に備へなけれ
ばならないと。此論に対して吾人の先づ問はんとする所は、東亜に殺到し来る所謂独逸の勢力とは如何の性質の
ものなりやの点である。若しそが純然たる経済的勢力若くは多少兵力を伴ふ経済的勢力であるならば、之に対抗
する方策は出兵による国権の発動でなくして、自ら他に方法はあらう。故に自衛を名として出兵を必要とする以
上は、所謂独逸の勢力を解して純然たる兵力と観なければならない。世の出兵論者の多くが、自衛の為めの出兵
論の根拠として、東亜に於ける独逸経済力の発展までを列挙するのは笑ふべき俗論である。
 高橋法学樽士は最近の『国際法外交雑誌』(三月十五日発行)に於て自衛権を理由とする西伯利出兵の法理的根
拠を説かれて居る。併し直接の危害あらざるも緊急防禦手段として大兵を西伯利に送る事が仮令国際法の認むる
所たりと
き起すべ
んでいよ

、此論拠から直ちに速かに出兵を決行せざるべからずとするの議論は成立たない。国際間題を憲
事の決行については、之に関する国際法理を予め講明するは固より必要であるけれども、更に進
際法上許されたる行動を決行すべきや否やは、また諸般の事情を掛酌して慎重に判断すべき政治
問題である。
要あhソや又之

世上の議論の争ふ所も亦共が法理的根拠ありや否やにあらずして、今日出兵を決行するの必
は得策なりやの点である。
所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
 自衛の目的を以て出兵を主張する論者の掲ぐる根拠に二つの種類がある。一つは独力東漸の勢清々として己に
東亜に及び、帝国に対する脅威旦別に追つて居るとの説で、一つは危機夫れ程切迫しでは居ないけれども、早晩
到来するに相違ないから、今より之に対する用意を為すの必要があるといふ説である。
 第一の独逸の勢力東亜に凝り直接に我国を圧迫せんとして居ると主張するものは、又いろノ\の根拠により自
己の説を裏書きせしめんとして居る。今草王なるものを列挙すれば、(一)今日露国内の実権を握つて居る過激派
      かいらい
は全然独逸の塊偶である。此両者の結託は自ら独逸勢力の東漸を便せざるを得ないと観るのがある0併し此説は、
過激派が概して独逸の意の優になると見る点に於て、及び独逸が昨今の新形勢に乗じて東亜に野心を挙っせんと
                                         じ たん
して居ると見る点に於て、正鵠を欠いて居る。独逸が今日兵力を割いて徒らに東亜に事端を醸すものに非るべき
は尚後に説かう。過激派が概して英仏嫌ひである事、レー1;が曾て独探某と金銀上の交渉があつたといふ事は
隠れもない事実なるに拘はらず、昨今に至りて、此一派が決して独逸の塊偶でもなければ、又独逸の思ふ通りに
なるものでもないといふ事が、段々明かになつた。而かも我国に於て、今日尚過激派を独逸の手先な町などゝす
る謬想より脱するを得ざる所以のものは、恐らく西洋の社会主義、中にも極端なレ→;一派の殆んど無政府主
義に近い主張に関し、適当なる理解を欠くからではあるまいか。人は日ふ、彼等が英仏を袖にして単独講和の商
            」そしり
議を進め、以て不信の談を厭はなかつたのは、大に独嗅を利益せんが為めであると。成程単独講和の成立は其必
然の結果として、英仏の不利と独襖の利益とを伴つた。併し乍ら、前者の不利と後者の利益を計る事が彼等の目
的ではない。一般平和を裔らさうとする大理想(仮令其考が誤つて居るにせよ)の前には、目前の細事を顧るに連
なかつたのである。斯の如きは独り彼等許りでは無い。他の穏健なる社会主義者の間にも略ぼ一貫せる所にして、
革命開始以来数ふるに達無き程多数の類例を示して居る。彼等の為す所の結果が偶か独嗅を利益したからとて、
う0う

                                     し
直ちに之に味方するものと考ふるは、レーニン一派を誕ゆるの甚だしきものである。又人は日ふ、レーニン政府
 さ         あば
は嚢きの与国との密約を許いて信義に背くの罪を意としなかつたと。併し乍ら吾々は.、彼等が暴きの与国との密
約許りでない、独嗅との密書をも許いた事を忘れてはならない。中にも日露戦争当時より数年間に捗り露独両国
                                                      む
皇帝の間に往復された七十余通の秘密電報を世界に公表したるが如さは、最も露骨に独逸皇帝の面皮を剥いた処
置と云はなければならぬ。今度の単独講和の調印に至る迄の経過に於ても、露国側は唯々諾々として其命を喜ん
で奉じたるが如く見ゆるけれども、併し其実、最後まで精神的反抗の態度を翻さゞりし事は、調印の席上に於け
る露国側委員長の声明に於て之を徴する事が出来る。彼は蝕くまで独逸の領土的野望に眼を掩ふを拒んだ。又独
逸が無法に休戦条約を破乗せる罪を数へて止まない。而して所謂平和条約も畢東独逸が武力を以て強要する所た
るが故に、故らに三口も文句を云はず、提示せられたる条約を其儀調印する旨を述べて居る。自ら戦争停止を声
明し軍隊の解隊を決行して置きながら、今更敵の武力的強制を罵るは、実際政治家の眠から観れば如何にも馬鹿
気切つた事のやうに見ゆるだらう。けれども彼等が飽くまで真撃なる態度を執つて動かない事だけは之を認めて
やらなければならない。要するに過激派を、単純なる空想に動いて竜も実際上の結果如何を顧みないといふ点よ
り之を批難するは妨げない。けれども彼等に故らに独逸を助くるの意ありと観るのは大いなる誤りであらう。独
逸が暴力を以て無理に露国人民を庄倒しっゝ進むに非る限り、大兵の東亜発達を無人の地を行くが如く容易なる
事業と思ふならば、大なる誤りである。
 (≡仮令逸敵漁政麻に独逸と結托する事実無しとするも、同国の無政府的崩壊は独逸勢力の東漸に何等の妨
う04
げを為
の一国家
独逸に此際東亜に送兵するの意図ありや否やは別閉篭として、露国今日
派がもと自家の理想の実現の為めには戦争の敗北を第一条件と
所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
するの見解を執つて居つた事に鑑み、去年の夏以来軍隊の秩序が全然崩れて、今日となつては仮令どんな英傑の
将軍が出て来ても殆んど之を纏めるに由なき状琴に在るに鑑み殊に二月十一日戦争停止軍隊復員の命令を発して
以来、此の形勢が一層進んだといふ事実に鑑みて、露西亜が独逸軍隊の前には仝妖…無力である事は言ふ進も無い。
単独講和成立の前後、独逸軍隊の露都侵撃に対して、政府が村独反抗命令を出したといふ電報もあつたが、こは
恐らく過激派政府の与り知らざる所であらう。政府並びに人民に概して独逸を助くるの意無きは疑も無い。否、
進んで独逸に反抗せんとするの気分は、一部の国民間に必ずや存する塩虐ひない。けれども政府も国民の大多数
も、武力を以て独逸に抵抗するの考の無い事は明白であつて、云はゞトルス寸イの所謂無抵抗主義を実行して居
るが如き現状に在る。此点に於て露国が国家として全然解体の姿にあることは明白であるけれども、併し乍ら之
を以て露国民に到底将来旧仙琴に復興するの気力はないと見るのは些か早計ではあるまいか。武力的破産は必ずし
も精神的破産を意味しない。我々の愛国的思想から観れば無論精神的破産に相違ないが、併し彼等には善かれ悪
しかれ彼等自身の立場がある。而して彼等本来の思想の立場から云へば、彼等は寧ろ自家の思想の成功を誇つて
居るかも知れない。砂くとも彼等が自家の理想の実現を近き将来に期して努力奮闘を止めざる事は、最近帰朝せ
られたる内田大使の談話にも見えて居る。大使日く「過激派政府は一方ブレスト・リトヴスクに於て講和を議し
ながら、他方無線電信を飛ばして過激派主義の宣伝に努むる等、其熱心驚くべきものがある。為めに独逸国内に
も過激派化したるもの少く無い。従つて独逸も強圧的政策を採り得ない。よし独逸が過激派を撲滅する事が出来
るにしても、其主義は決して亡びないであらう。彼等の立場は今や却て世界の全局に亘り影響せずんば己まざる
                   オI・スト‖ノア
の概がある。恐らく其影響は第一着に嗅太利に及びて其瓦解を来たし、更に之が独逸に波及して流石の強国も御
         たわ
子身中の虫の為に簸れる事とならぬとも限らない」(東京朝日新開に拠る)と。予輩の数ケ月来主張せる見解が偶々
う0う

大使の言明によつて裏書せられたるは、予の密かに快とする所である。大使の言の如く、武力的に圧倒せられた
る過激派が、精神的に独逸を圧倒し得るの日の、果して近き将来にありや否やは姑く措き、彼等が独逸の態度に
不満と反感とを有つて居る事は、累次国民に向つて発表せる撤文にも明かではないか。彼等は「侵略主義の葦手
ょり世界を擾はんとする吾人の革命的運動を、独逸が漫りに揉踊せんとする」と云つて其暴状を罵つて居る。一
般物資を独逸軍隊の手に入らないやうにせよと人民に告示して居る。さればと云つて彼等は主義の上から武器を
執つて独逸に抵抗する事はしない。夫れ程憤慨するなら何故武器を執らないかと云ふのは日本流の考である。吾
           はま            みだり
人は吾人の考へ方の型に蔽らないからと云つて彼等を漫に罵倒してはならない。独逸の暴状を許さず、独逸に何
等の援助を与へざらんとするの決心の頗る堅い事丈けは、之を認めなければならない。吾人は内田大使と共に、
過激派の政府は、「当分持ち堪へるもの」と観る。よし過激派政府が没落したとしても、近き将来に露国が優に
独逸の按底に対抗し得るだけの勢力に纏まるとは思はない。併し乍ら露国は今日独逸の横行抜屁に対して全然何
                          み くぴ    ま
等の障擬を与ふるもので無いとする程に、予は露国民を見経らない0況して独逸が鮎か東方に大兵を送つた場合、
独逸軍隊の背後の連賂は露国領内に於て極めて安全なものとは、到底考ふる事は出来ない。
 (三)過激派の抜屁と独嗅停虜の活躍とが両々相伴つて我々を脅かすと云ふ考もある。露西亜が其欧羅巴本部
と西伯利方面とを通じて過激派の抜屁跳梁に委して居る事、解放されたる独嗅停虜の少からざる数が過激派の為
めに武器を執つて反対派圧迫の仕事に従事して居る事は、隠れも無き事実である。然し此事が東亜に対する脅威
たるを得る為には、過激派が日本に悪意を有する事と、過激派を援くる倖虜が本国の戦争目的に共鳴し、否進ん
で熱中するといふ事と、及び露西亜殊に西伯利方面に在留する此種倖虜の数が恐るべき実勢カを有するといふ事
を前提としなければならない。併し乍ら此等の前提には果して確実なる根拠ありやは大いに疑無きを得ない。過
う06
     \
所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
                                          し一そスノ
救済が必ずしも独逸と結托するものでない事は前にも述べた。独逸の使吸に基かず過激派本来の立場として彼等
                                       みだ
が特に日本に反感を有すとの証拠は、今日迄何等挙つて居ない。あれだけ秩序の素れたる中で、内田大使などが
兎も角無事に帰朝し得た事実に観ても、寧ろ相当の好意を有つて居ると観るべきである。過激派の態度若くは其
思想其物に反感を有するからと云つて、直ちに彼等を敵視するのは正当でない。ブラゴヴエスチヱンスクに於て
過般日本義勇兵団が十数名の死傷者を出したのは、正確なる事実の報道に拠るに、裁から進んで彼等の争闘に参
加したるの結果であるやうに見える。今日まで特に過激派が日本の不利益を計るべく行動したる事実は無い。故
に過激派の抜屁に由つて不良なる精神的影響を蒙るといふは妨げ無きも、直七之を以て日本に対する現実の威追
と見るのは穏当ではない。若し夫れ独嗅の悸虜が、本国の戦争目的を助成するの意味を以て巧に過激派に取入り、
本国の指揮訓令の下に一定の計画を立て、過激派を操縦し、其結果西伯利に於ける彼等の一団が、所謂過激派を
                            あや一よ
提げて支那日本に迫るだらうと観るに至つては、事実を謬るも亦甚だしい。一体西伯利に限らず、・一般露西亜の
内部に於て、独襖の停虜が自由に露国民の間に闊歩して居るのを見て、我国多数の論者は、之れ現露西亜政府が
独逸の言ふが優になつて居る証拠だと見るやうであるが、之れ甚だしく事の真相に違つて居る。過激派政府が独
襖の倖虜を全部解放した事は事実である。其中の一部を過激派軍隊の中に使つて居ることも事実である。併し乍
ら之と独襖政府との間には、砂くとも当初何等の連絡が無い。而して将来とても、独襖政府が此等の倖虜を利用
して自家の野望を遂げるといふが如きは、容易に起り得べき事柄では無いと思ふ。
一体露西亜が倖虜の解放を断行したのは、独嗅政府の意思に出でたものでは無い。彼等一派の本来の空想から、
人類の自由は重んずべし、無意義の戦争の為めに倖虜となつたものを拘束するのは不当であるといふ見地から、
進んで彼等を解放したのである。彼等は戦争を無意義として戦時の今日凡ての軍隊に復員を命じたではないか。
う07

                 しんいき
而して所謂国際主義を採り国家の珍域を眼中に置かざる彼等が、自国の兵隊に与へたると同じ自由を敵国の倖虜
に与へたるは何の怪しむべき点も無い。されば彼等は今年一月独逸との単独講和の席上に於ても、此同じ理屈か
ら独逸に向ひ、露国倖虜を解放せよとか、居住旅行の自由を与へよとか、殊に言論集会の自由を与へ、又本国よ
り発送する革命思想の伝播を目的とする印刷物を自由に閲読する事を許せよなど、要求した。而かも其際露国委
員は更に附け加へて云ふ。吾人は唯之を貴邦に望むのみではない、我国に於ても己に貴国の倖虜に対しては同様
の取扱を与へて居ると。斯う云ふ見地から露国委員は、独逸の所謂「悸虜交換」の提議に対して「倖虜取扱の方
法の変虜」を主張した。蓋し倖虜の交換は己に一種の自由の拘束である。帰らうが帰るまいが、飲まうが食はう
が、勝手に任せよ、之を一纏めにして交換するといふ事は、其欲する所に非るのみならず、己に解放を決行した
今日事実不可能でもある。斯う云ふ次第で、独襖倖虜は露国内に於て全く自由の身となつた。而してかゝる取扱
方については独逸は寧ろ之を甚だ迷惑に感じたのである。何故なれば斯くして解放せられたる独嗅の倖虜の多く
は、帰つて本国の為めに再び貴重なる生命を捧げんことを欲せずして、寧ろ戦争の済むまで露国に止らんことを
                  か ぶ
欲する者が多く、中には過激派の思想に感染れた者も少く無いといふからである。現に嗅太利の方面からの報道
に拠れば、単独講和の結果として帰還すべく予期した倖虜の数が案外に少かつたといふ事である。独逸とても此
点は同様であらう。最近露国から帰つた人の説に拠ると、鉄道沿線に於て赤帽や宿引やに独逸人を観ること少か
らず、更に何なり職業に有り就きたいと焦つて居る多数の独逸人を見たといふ事である。故に彼等が今日露国の
諸都市に散在するは、寧ろ彼等に帰つて国家の急に応ずるの志無きを証明するものである。唯表面丈けの観察か
ら軽卒に判断して、此処にも独逸人が横行する、彼処にも独逸倖虜が闊歩して居ると買ひ被るのは正当でない。
                       そうはく             つな
横行闊歩どころか、彼等の多数は今や、露国人の槽粕を嘗めて漸く今日の露命を繋がんとする意気地無き状態に
う08
 \
陥つて居るのである。
所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
 今や彼等は生命が惜しいから帰国はしない。さればと云つてまた適当な職業もないので今日大いに生活に困つ
て居る。先に独嗅政府に乗ずべき隙があるといへる。即ち彼等を買収して独探たらしむる事は左程困難な事では
ない。併しながら又一方に於ては、独襖倖虜の中の少からざる部分が過激派にかぶれて居る事をも予定しなけれ
ばならない。独逸とても下級兵卒の多数は労働階級の供給する所である。而して労働階級間に於ける独国近年の
社会党の勢力発展の事実に考へ合はすれば、独逸悸虜は已に過激派の思想に大に共鳴するの十分なる素地を有つ
て居るものと視ることが出来る。故に二月十七日の電報が、独嗅土三国の解放せられたる停虜が、任意にウエス
トニツクに集合し、満場一致の決議を以て、各自国民に対しては「吾人は吾人の本国が、露国の革命を援助し、
専制主義と資本家の束縛とより国土を解放するに尽力せんことを求む」る旨の、・L又露国民に対しては「吾人は貴
国農民労働者及び兵士諸君に村し、深厚なる敬意を払ふと共に、全世界の労働階級を糾合し、露国労働者階級に
ょつて掲げられたる国際的標旗を支持せんとす。吾人は速かに戦争の終結を見んことを欲するに於て諸君と其望
を一にするものなり」との撒文を発表したといふのは、少くとも一顧の価値はある。内田大使の談によれば、独
逸本国の人民すら漸次過激派の思想に感化せられんとしつ、ありと云ふ。況んや露国其物の中に在留する者に於
ておや。此等の点より考ふれば、如何に独嗅政府が買収其他の陰険なる手段を講じても、露国内の悸虜全部を挙
げて其手足たらしむる事は事実不可能であると見なければならない。無論我々は之を以て安心する事は出来ない。
           みは
何処までも警戒の眼を呼つて居ることは必要である。併しながら、独襖の倖虜が全部本国政府の手先となつて過
激派を操縦し、東亜に吾人を脅かすとの、針小棒大の臆説に立つて、以て出兵の大事を軽々しく決行せしめんと
する躁狂論者の暴論に対しては、敢て三音の弁妄を草して、其無責任なる煽動より正直なる国民を保護せざるを
う09

得ないのである。
 仮りに西伯利方面の独嗅倖虜が、真実本国政府に忠誠なものとしても、英数は決して大したものではない。二
月二十五日清和倶楽部に於ける本野外相の説明によれば、西伯利に居る独嗅倖虜の総数は七八万より十万位であ
ると云ふ。外相は更に附け加へて言はれた。之に過激派から供給した武器は二三百人分位に過ぎぬ。而して
ハ ルビ ン              ウラジオ
恰爾賓方面に於ては支那兵の牽制を受け、浦塩方面に於ても連絡ある行動を取り得ない状態にあるが故に、我在
留民の生命財産が焦眉の危裾に瀕しっゝありとは認めて居ないと。又三月十五日衆議院予算分科会に於ける大島
陸相の説明に依れば、パイカル以東に九万四千人、パイカル以西に六万人で、イルクック以西は不明であるとの
事である。吾人の不完全ながら調査せる所に依れば、陸相の挙げたる計数はやゝ多きに過ぐる。それでも僅に十
                           ボ1・ランド
五万に過ぎない。而して露西亜が当初、スラブ人とか波蘭人とか云ふ敵国に於て所謂異人種に属するものをば
        ゼ ル マ ン
本国に留め、生粋の日耳鼻人は之を西伯利に送る方針を取つたといふ事実があるから、西伯利に於ける倖虜は、
其能力に於て特に他に優つて居ると見なければならない。併しながら、それでも十五万が全部結束して独逸の用
をなすといふ事は考へられない。其中若干武装して過激派の為めに働いて居るものはある。併し之とても何等本
国政府と連絡のあるものではなからうと思ふ。憶ひ起す、支那第一革命の当時、兵役の義務を終りて後商店の小
僧として又は薬の行商などの為めに彼地に行つた我国の青年が、面白半分に戦争見物に行き、規則正しき訓練を
受けた事のない支那兵が大砲などの打ち方を知らないのでまご〈して居るのを、兎や角批評して居る中に、気
の早い連中は手伝つてやらうといふ事になり、支那軍隊でも段々之を重宝がつた結果、遂に商店の小僧が一躍し
て支那革命軍の指揮官となつたといふ奇漕が沢山にあつた。之と同じやうな径路で独逸悸虜の一部が過激派の用
をなして居る者はあらう。併し斯くの如きは今に初つた事ではない。此事が若し警戒すべきであるならば、もつ
う10
所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
と早く警戒すべきであつた。単独講和が調印されたからと云つて、俄に此等の寧ろ滑稽に類する事例を挙げて騒
      ふうせいかくれい
ぐのは、所謂風声感嘆に昏迷するの類ひに外ならない。
 又理屈から考へても、仮令幾万の倖虜が有つたにしろ、全部之を武装するといふ事は、あの乱雑な露西亜に出
          ちよつと
来る事であらうか、鳥渡考へると、軍隊を解隊した以上夫れ丈けの兵器が残つて居るではないかと思はる。けれ
ども解隊と同時に小銃などは兵隊の自由に持つて行くに委し、大砲なども殆んど遺棄して顧みなかつたから、相
当数量の兵器弾薬が政府に残つて居るのではない。又露西亜に夫れ丈けの設備が無いなら独逸が之を供給するだ
らうと考ふる者もあらうが、今や西部戦場に乾坤一都の大決戦をなさんとするの際、カを他に割くは独逸の為し
得ざる所、又独逸の利とせざる所であらう。更に一歩を譲り、仮令十分なる供給を得たとしても、一旦武器を離
れた倖虜が俄かに輩固な組織の下に強い軍隊となるといふ事は考へられない。何となれば、彼等には最早緊張し
たる士気の恢復を求むることは出来ないからである。若し夫れ斯くして造られたる軍隊が、後方勤務をあの乱雑
な露国に托して遠く千里の外に立派な軍事行動を執り得るかの点に至つては、固より三一口の弁明を要しない。故
に独逸の倖虜が仮令纏つて過激派と手を携へても、精々之を買ひ被つた所にしろ、吾人は稀々大規模な支那の土
匪馬賊以上に之を評価するの必要は無い。此種類のものに対抗するなら、現在帝国の派遣せる満洲守備軍を動か
した丈けでも大抵事は足りるではあるまいか。現に寺内首相も廿日の貴族院に於て、西伯利に於ける独逸東漸の
危険を極めて軽く見て居るでは無いか。勿論万一に備ふるの用意は、断じて之を欠く事は出来ない。併し周到な
る用意を怠るなと云ふ事は、直に出兵を決行せよと〔い〕ふ事ではない。
                       ど みち
 第二に独力東漸の危機が左程急追でな.いとしても何の途早晩来るに違ひない、然らば機先を制して今より之に
備ふるのが我々に取つて旦別の急務であるといふ意味で出兵論を主張するの説もある。此説が、前に述べたやう
う11

な露西亜は全然独逸の意の優になるといふ考と、独逸は此地位を利用して必ず東方を脅かすといふ考とに基いて
居る事は言ふ迄も無い。而して露西亜を以て必ずしも独逸に対する絶対的の抵抗無能力者と観るべからざること、
拝びに独逸の東洋派兵を絶対に安全ならしむる程に露は独を後援するものに非る事は、前段述ぶる所に拠つて略
ぼ明白であらうと思ふ。高橋博士の如きは、独逸は已に必要なる輸送を東亜に開く為めの準備を完全に整へて居
ると説かれて居るけれども(前記国際法外交雑誌)、何の正確なる根拠に由つて斯の論断を為すか頗る怪むべきであ
る。盲目的出兵論者は、独逸が鉄路潜航艇を浦塩に送るの可能を説いて国民に無用の恐怖心を起さしめんと努め、
殊に三月五日浦塩に於て潜航艇五隻の犠装を終れりとの誤報に接するや、得たり賢しと之を出兵論の口実にした。
又某将軍が公開の席上に於て、途中二度着陸すれば独逸のツエツペリンの我帝都に爆弾を投下するは不可能でな
いと述べたのを聴いたが、さう手軽に着陸地点を発見し得るものなら、日本の不完全なる飛行機でも、七人度途
中で休むを得ば僻村の蒼空を脅かすことが出来ると云へぬ事もあるまい0架空の条件を訳も無く許し、一片の想
像を今にも目前に起る事実なるが如く説くのは、識者の最も慎むべき事である。或は露独同盟してパイカル湖畔
の鉄道を破壊すといふが如き、ウラル方面にクルップ工場の一部を移転するといふが如き、多量の軍器弾薬を北
氷洋を廻つて東亜に送るといふが如き、イルクック及びクラスノヤロスクにツエツペリンの格納庫を設くるとい
ふが如き、皆真面目に受取るべき報道では無い。若し事実斯の如き事ありとすれば、事の初まつてから之に対す
る処分を考へても遅くは無い。我々の知らぬ間に斯の如き事が実現すると云ふならば、そは敵側の敏捷を語るよ
りも寧ろ我当局者の大なる間抜けを自白するものである。之を要するに、独逸が現実に東亜を脅かす程の兵力的
基礎を西伯利に築くといふ事は、テクニックとして殆んど不可能に近い。従つて之を根拠とするの出兵論も亦一
個の空論たるを免れない。さればと云つて吾人は全く独逸の為す無きに安心して、西伯利を顧るの必要が無いと
う12

所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
云ふのではない。最も緊密なる警戒を怠る可らざるは言ふを侯たない。唯万に一つ起る事有りや否やの明白なら
ざるに、早急事端を醸すの得策にあらざるを説くのみである0論者或は日はん、いざといふ時に事を初めては遅
いではないかと。併し乍ら、独逸がいよいよ此事に着手して、いざといふ急追の場合に到る迄には相当の時日が
ぁる。而して同一の期間を与ふるなら、我々日本は寧ろ独逸よりも早く準備を整へ得る地理的境遇に居るではな
いか。況んや清洲にはかゝる万二に備ふる為めの大兵の駐屯があるではないか0いざといふ場合に機先を制する
事難しと云はゞ、大兵の駐屯は畢尭何の為めぞ。
 仮令独逸の東洋派兵が技術上可能であるとしても、独逸は果して此処置を取るや否やも考へて見なければなら
ない。第一に独逸は今や西部戦線に於て一大決戦をなさんとして居るではないか〇一体独逸は其現状が許し得る
出来る丈けの力を東洋に割いても、果して日本支那を庄倒し得るの成算があるだらうか0吾人は無謀の出兵に反
対する者ではあるけれどもト独逸が現実に兵力を以て東亜に繰出して来た以上は、極力之が耶戯排斥を主張する
こと固より云ふを侯たない。従つて西伯利の出兵が当然日本を敵とするに至るべきは、独逸政治家の覚悟せねば
ならぬ所である。而して日本と戦つて勝算の歴々たるものなき以上、何を物好きに彼等は西部戦線を犠牲にして
兵を東方に割くの愚挙に出でよう。姑らく一歩を譲つて、日本支那を圧倒し得るの成算ありとしても、之に依つ
てどれ丈け彼は全体の戦局に利する事を得るや0近く起るべき西部戦線に大捷を占めざる以上、どんなに露西亜
を手に入れ支那や日本を庄倒しても、彼は未だ大局の勝利を占むるものではないの戦後に処する方策から云つて
も、彼は無用の反感を東洋諸国に買はざるが得策である0吾人に固より戦後独逸と締盟するの考なしと難も、少
くとも、独逸が今日已に吾人に秋波を寄せて居るは事実である0現に先般或方法に依つて独逸は吾人に単独講和
の意なきやを尋ねて来たといふではないか。要するに独逸の東方送兵は、仮令可能なりとしても、独逸今日の国
う1う

」【Ml÷
策の決して利とする所ではない。若し強いて余力を西部より割いて別個の活動を試むべき方面ありとすれば、そ
は恐らく中南亜細亜方面であらう。之れ遠く印度を脅かす事に依つて英国を苦しめ、以て大局を自国の有利に発
                                                    ついで
展せしむるの見込みあるからである。併し之れとても大規模の実現を見るとは容易に考へられない。尚序に云ふ
が、仮りに印度方面に事が起れば、日英同盟の規約に基いて、新たに日本の出兵の必要が起るかも知れないが、
其急追の程度如何によつては、平素日印両民族の関係を嫉視する英国政府の、直ちに日本の印度出兵を求め来る
べきや否やは、又一個の疑問たるを失はない。
 之を要するに、露国昨今の状能小並びに単独講和の成立は、戦局全般の上に一段の危険を増したものたるは云ふ
を侯たないが、我国昨今の論壇が騒ぐ程に、我東亜に直接重大な関係を有するものではない。若し此直接の影響
の下に非常急追の危険を感ずるものありとすれば、そは寧ろ東方よりも西方に於てゞある。何となれば、独逸は
                                  なかば
現に東欧の兵を移して之を西方に用ひんとして居るからである。此事は二月央過ぎの議会に於ける、ロイド・
ジヨーヂの演説にも見えてをつた。日く、独逸は露西亜との約束に背き、大部隊の兵を西方に移送し、為めに我
々は従来にない一大急追に臨んでおる。之に対するには、又従来にない大決心と大対策なきを得ないと。斯くて
巴里聯合国軍事会議に統制の実行権を賦与するの議が成立したのである。此結果は昨今開始された西方戦場の一
大決戦に其うち現るゝであらう。去年の秋迄は英仏側が寧ろ独逸よりも優勢であつたのが、今や主客共地位を顛
倒し、英仏側が受身の地位に立たねぼならぬ事になつたのは、畢東独逸が露西亜政局最近の形勢を利用した為め
である。只独逸が此形勢を利用して、どれ丈け西部戦場に活動し得るやは一個の問題である。独逸も内情は余程
                         こうけい
困つて居るといふ説があるが、此説のどこまで肯紫に中つて居るかはこの決戦に於ける独逸の活動振りに依つて
知ることが出来る。之を要するに、今日独力東漸の危機を説くのは、恐らくまるで見当が違つて居るのであるま
う14
いか。今日独逸の圧迫を最も強く感ずるものは、英仏であつて、決して我国ではない0
所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
      (三)
 予は独逸の武力を以てする東漸に対しては先づ大体楽観説を執るが、然し経済力を以てする東漸に対しては決
して安心はしない。若し独力東漸の事実有りとせば、そは必ずや経済力を以てするもので、露西亜本部並びに西
伯利の独逸経済力の下に圧倒せらるゝといふ事は予期し得べき事であり、又大に警戒せねばならぬ事である0此
             い王し
点に於て若し東亜の危機を警むべくんば、予は其急先鋒たるを辞せず、又之が対策を詩ずるの急を説くの熱心に
於て、決して所謂出兵論者の夫れに劣るものでは無い0
 此事に関聯して吾人の注意せねばならぬ点は、露西亜を如何に取扱ふべきかに関する独逸国論の最近の傾向で
ぁる。元来露西亜は、戦前に於ても独逸の最も経済的関係を開拓するに努めた処であつた0同じ努力を彼は戦後
に於ても固より継続するに相違ない。けれども今日特に独逸は、露西亜の将来に対しては一層の重きを置いて居
るやうである。そは何故かと云ふに、今度の戦争の結果として世界中の市場の殆んど全部を失つた独逸に取つて
は、戦後に於て全部之を恢復する事が不可能である0従つて戦前に於けると同じ勢を以て経済的に発展せんとす
れば、亘失つて快復の見込無き市場の償ひをば、他の新たなる方面に開拓するの必要がある0勿論戦時中奪は
れた市場の全部を、戦後全く快復する事が出来ないと極端に悲観して居る訳ではない0けれども、米国のやうな
強盛な国の占むる所となつた市場は、之を奪還すること殆んど不可能であると諦めて居る点は夫と無く広見える0
                                                 ほの
斯くて戦後に於て独逸が更に大に海外に発展し、戦前に於けるが如き卓越せる経済的地位を占めようとすれば、
米国などの手の入つて居ない方面、即ち専ら露西亜を通じて東方に向ふ事にせなければならない0そこで露西亜
う1う

所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
を如何に取扱ふかといふ間邁が、独逸に取つて極めて大切になつて来るのである。
此の露西亜を将来独逸産業の市場として確実に保持するが為めには、何う之を取扱つて可いか。此問題に対し
て国論は自ら二つに分れて居るやうである〇一つは所謂文治派の意見で、此際出来る丈け寛大の能産を以て露西
亜に臨み、露国民の好意を繋ぎ、以て他日活動の便宜を作つて置かうといふ意見である。我国にも博く知られて
居るパウル・ロールバッハ氏の如きは此意見の代表者であらう0他は所謂軍閥派の主張で、露西亜を確実に独逸
                 エジ」ノト
の市場とする為めには、例へば英国の境及に於けるが如く、日本の南満に於けるが如く、之を独逸の独占的勢力
範囲とせなければならないと云ふのである0而して独逸は去冬単独講和の問題が起つた頃から、此二つの思想の
間に大に迷つたのではあるまいか○十二月末単独講和の席1に於て、亘露国側の意思を尊重するの能産を執つ
たのは、文治派の対露意見が独逸政府部内に優勢であつた事を反映するやうに思はれる。而して其後独逸が急に
態度を一変して苛酷なる条件を以て露国に臨み、終にどんどん兵を進めて共提出する条件を強請せしは、一月十
二三日御前会議に於て軍閥派の意見が勝利を占めてから後の事である。今日は軍閥派の対露意見が優勢を占めて
居るらしいが、他に文治派の意見も国内で有力である以1、後説が又前説を大いに牽制して居るに相違ない。而
して何れの意見に拠るも、要するに独逸の主として期する所は経済的勢力の発展である。此目的を達する以上に
無用の武力的庄迫を加ふるは、如何に軍閥優勢の独逸でも努めて避けんとする所であらう。今日単独講和の調印
                      や
を見たるに拘はらず、独逸が尚局部的進撃を楓めざる所以のものは、畢克危険思想伝播の根源を絶ち、幾分でも
残留する対独抵抗力を絶滅せんが為ではあるまいか○彼がウクライナ、芽蘭を懐柔し、又影暫も和議を纏
                                 フィンランド

めて、着々東方発展の素地を作つて居るのは、其志の決して小ならざるを示すものである。けれども彼の志す所
は主として経済的発展であつて、徒らに進撃を挙っして露国民の反感を買ふが如き事は為ぬであらう。何れにし
う16
彗1崩箋州彗州き「当月1。湖ミ,く。り小、リ≡A−勺7巧、ペ.ラり。、qチーH。J“d8う名jl、J.J。                     瑚州
                  はる
ても、独逸が露西亜本部を通じて負か東方に経済的発展を試みんとして居る事は疑ない。而して経済的発展は、
其前後に於て必ずや多少の政治的勢力を伴ふものなるが故に、吾人の独逸経済的膨脹を全然不問に附す可らざる
は、固より云ふ進も無い。唯直接に兵力を以て我を脅すに非るが故に、我亦直に兵力を以て応ぜんとするは決し
て策の得たるものではない。
 独逸経済力の東漸にして警戒すべしとせば、之に対する対応策を講ずるの必要なるは言ふを侯たない0而して
出兵によつて障壁を築く事が必ずしも此目的を達する最良の策でない事は、従来の経験に徹しても極めて明白で
ぁる。何となれば、斯くして徒らに所在民族の反感を挑発し、結局経済的発展を妨ぐるに止るからである0経済
的競争に勝利を占めんとせば、先づ所在住民の心を得なければならない0而して斯の如きは、主として国民の私
的活動に倹たねばならない。日本の海外発展の従来の欠点は、兵力を以て障壁を築き、其内に於て粗悪の品を高
く売るといふ事であつた。之に由つて我国はどれ丈け苦い経験を嘗めたであらうか。今日は正に此迷夢より醍む
   とき
べさ秋である。良い品を安く売つて、住民との間に親切な社会関係を開拓すれば、吾人の経済的勢力は努めずと
も自ら拡らざるを得ない。此根本的努力を等閑に附して、独り出兵を急ぐのは、経済的競争の対策として冠履顔
例の甚しきものである。彼を措いて此を取る、故に動もすれば日本に侵略的野心ありといふ無用の誤解を招ぐの
ではないか。無用の誤解を招ぐが故に、吾人は往々得るべき利権をも得損つて居るではないか0去月下旬某大新
 わぎわぎ             トン
開は能首号外を以て里篭江に於ける六十五万噸の露国船舶が米国ナイト提督の手に帰したといふ報道を発表した
事がある。翌日は夫れが「六万五千噸?」となり、更に海軍当局者の計数によれば六千噸位であらうかと云ふ事
になり、而かも多くの新聞は全然之を黙殺し、政府当局者亦議会に於て之を否認したので、世間では其新開の租
                                わら     おわ
漏無智と又之に由つて民間の出兵論を煽動せんとしたる児戯的拙策を晒ふの滑稽に畢つたのであつたが、若し仮
う17

りに此事が幾分でも事実であつたとすれば、之れ亦日本が兵力的占領に熱中して、国民経済的活動を等閑に附せ
る著明なる実例になる。且つ又昨今報道せられたるレーニン政府が西伯利鉄道の利権を米国に譲つて其の財政的
援助を乞ふたとの風説の如きも、本来ならば東洋の我国にこそ第一著に交渉せらるべきか、る問題が、終に斯く
の如き方向を取るの勢を馴致する傾あるは、畢克米国が今日露国民に関する理解を有するに対し、我は全然之を
欠如するのみならず、却て領土的野心あるが如く見られ居る結果ではないか。果して然らば、か、る風説の伝は
り又事件の勃発する毎に煽動的論議を絶叫する所謂出兵論其者が、自ら斯の如き大不利を国家に蒙らしむるの原
因を作るものではないか。吾人は国家の為と称しながら知らずして国家の不利益を来たす此種の煽動的操触者の
                  あやま                       はや
無識と短見とをあはれむと共に、又其国を過るの責任を礼さゞるを得ない。而して若し吾人がもつと夙く実質的
経済発展の必要を覚醒して居つたならば、黒竜江の船舶は云ふに及ばず、西伯利鉄道其他各種の利権も、疾うの
昔に吾々の手に落ちて居つたかも知れない。
う18
     (四)

 自衛の為めの出兵論に何等確実なる根拠がないとしても、出兵論はそれで全く成立しないのではない。前にも
述ぶるが如く、出兵論は更にもう二つの根拠から之を説かれ得る。一つは露国救援の為め、一つは聯合国協同の
目的を助成する為めである。
一部の論者は露国救援の為め出兵の必要を説く。さて此種の論者に向つて吾人は先づ間はんとする。何物より
露国を救はんとするのであるかと。此点に関する論者の思想は極めて曖昧である。時としては独逸の毒手より救
ふべしと唱ひ、又時としては過激派の兇暴より露国の良民を救ふべしと言つて居る、独逸の毒手よりの救擾を名
所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
として出兵するに就いては露国民の承諾を侯たなければならない。救はるべき当人の意に反して出兵するは不当
の干渉である。然絹ば何人の要求あるを侯つて之を露国民の希望なりと認むべきや。此点に関して吾人は漫然北
京駐在英仏公使等の窮策に乗つてはならない。伝ふる所に拠れば、聯合諸国は、北京を計画の中心として西伯利
に反過激派諸勢力の結束を計り、之をして救援を求むるの宣言を発せしめ、以て露国の崩壊を救ひ、少くとい独
逸に対抗する一勢力としての復活を計らんとして居るとの事である。斯の如くして叫ばれたる救援要求の声が、
果して露国民其者の声と認むべきや否やは、吾人慎重に之を判断しなければならない。吾人は斯サる事実の判断
に於て、何も英仏の意見に盲従するの必要はない。所謂自主的外交とは、必ずしも孤独の行動に佃つる事を意味
するのではない。判断裁決の独立を尊重すべきを言ふのである。予は恐る、漫然此種の運動に参加する事は、之
れ独逸の毒手より露国を救ふにあらずして、却て過激派を正面の敵とし、以て零国の内紛を一層激烈ならしむる
結果に終る事なかるべきかを。
 尤も露国を救援すると云ふのは過激派の手よりである、過激派が即ち真の露国民の敵であると見るの説に至て
は、予は容易に首肯する事は出来ない。吾人は内田大使と共に過激派の近く没落せざるべさを思ふけれども、然
し又其寿命の永からざるべきを予期して居る。少くとも過激派が勢力を固める事、其の極端なる思想が最後の勝
利を占むる事を希望するものではない。けれども其の昔ロベスピールのこ派ぜ、仏国当時の中心勢力の厭ふ所と
なつて居りながら、尚之を踏台として多大の勢力を揮ひ得たと同様に、レーニン一派は、露国人民の全然心服す
                   さおさ
る所に非るも、尚国民と同一潮流に綽してゐる点に於て容易に倒る、ものではなからう。彼を好むと好まざると
に拘らず、又結局に於て彼が国民より捨てらるべき運命にあると否とに拘らず、彼が現在必しも露国民の敵でな
い事は、恰かもロベスビールが当年の仏国民の敵でないと同様である。従つて露国救援を名として過激派を敵と
う19

するは、まかり間違へば露国全体を敵とするの結果となるを覚悟せねばならぬ。九博士の連中の一人が、某新開
で説かれたが如く、我国の出兵によつて過激派を圧倒し得れば露国の良民は喜ぶに相違ないと観るのは、独立国
民の心理を無視し、過激派の本体を度外視せる暴論である。所謂露国良民の喜ぶや喜ばざるやは今日明ならざる
も、少くとも出兵する以上、其結果露国を敵とするに至るべきを覚悟して、決心を定めざる可からざるは言ふを
侯たない。現に露国民の多数は、我国の出兵論に対して極めて不快の感を抱いて居ると云ふ報道は、既に頻々と
     じ だ
して吾人の耳果を打つて居るではないか。
 要するに吾人は今日露国を敵とする理由もなければ又其必要もない。露国を救はんとして露国を敵とするの結
果を生ずるが如きは最も慎むべき事である。此際吾人は殊に露国将来の中心勢力は何処にあるやの判断を誤つて
                                               ひそ
はならない。社会の根本的顛覆に最も多く昔められたる有産階級、殊に海外に亡命して心窃かに故国の旧の如き
                                じゆそ
状態に復するを待つて居る所の上流階級が、偶々過激派を凹几岨し、秩序の恢復の為めには外勢の侵入も亦辞せざ
るの意見を発表したからと云つて之を穏健な多数の輿論と見るのは大いなる誤りである。吾人は未だ何れを以て
露国将来の中心勢力と認むべきやの定見はない。此点に就いては、英仏の見解と米国の見解との間に己に明白な
る相違があるやうに思ふ。英仏は頻りに反過激派の勢力を結束して之を将来の中心勢力たらしめんとするのは、
只斯←の如くなるを希望する為めのみではなく、之を結局将来の中心勢力たるべしと認めたるが為めであらう。
之に反して米国は、斯の見込の上に立つ英仏の政策に参加するを避け、却つて過激派政府又は労兵会に頻りに好
意を表せんとして居る。西伯利出兵に対して独り賛同の意を表するに遅疑するも、恐らく亦之が為めであらう。
 何れにしても、我国にして露国救援を名として出兵すべしとせば、先づ何物より露国を救はんとするかを明か
にせなければならない。而して救はねばならぬとする露国とは抑々何を指すやを確定せねばならない。其上で蕗
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所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
国自ら日本の救援を希望するや否やを明かにすることが必要である。


     (五)
 次に聯合国の協同目的を助成する為めの出兵論は、之に拠つて独逸を牽制し、以て西部戦場に於ける英仏の軍
事行動に稗補すべしと云ふ根拠に立つ。此目的を以て出兵するにしても、本来露国の同意を得る事が必要である
が、一般平和の確立を理想とする彼等が、快く之に同意せざるべきは初より明白である。併し協同目的の助成と
云ふ大策より観れば、露国の不承諾は最早や之を顧慮せずともよろしい。露国の抵抗力無きに乗℃て兵を進むる
事は、もと我の好まざる所ではあるけれども、英仏を緩けるといふ大目的の上から、之は己むを得ないとも見ら
れ得る。併し乍ら滋に考へなければならぬのは、此目的で進む以上は、有効に此自的を達し得る丈けの兵力を以
て、又之に必要なる地点まで大軍を進めなければならぬ事である。五万十万の兵隊では何の役に〔も〕立たない事
は勿論、遠く露独の境上まで深入りするでなければ、之れ亦何の役にも立つまい。斯くの如きの可能なりや、又
我に斯くするに堪ふるの実力有りやは、深く間はずして明かであらう。
 尤も聯合図協同目的の助成は、直接に独逸を牽制し得るの程度迄進まなくとも、例へば浦塩を初め西伯利沿線
に蓄積せる軍用物資の西部に輸送せらるゝを妨ぐる事によつても間接に幾分達せられ得る。三月十五日議会に於
ける大島陸相の説明に拠れば、日本より供給せる爆薬・火薬・大砲・小銃並びに弾丸を合せて浦塩に在る者七千
万円の多きに達する。或る新開の報道に拠れば、此種の物資の総価格三億に達すとあつたから、他に米国等より
供給せられたものも沢山に有る事と思はれる。此等の物資が西部戦場に於て独逸に利用せらる、の恐れあるに対
しては、極力之を妨止しなければならない。併し之れ丈けの為めならば、何も大兵を西伯利に送るの必要は無い。
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本年一月中旬浦塩に軍艦を送つたのも、畢克この為めではないか。この点丈けでは出兵論の論拠には成らない。
 西伯利に於ける反過激派の勢力を結束し、之を援助する目的を以て多少の出兵を為す事が、延いて欧露本部に
於ける反過激派の結束を促し、之によつて露国が独逸に対する多少有効なる抵抗力Lして後活するの見込あらば、
之れ亦間凍に独逸を牽制するの一助となる。併し乍ら反過激派勢力の結束が、独逸に対する有効なる抵抗力とな
                                 はかばか
るや否やの疑はしきと共に、反過激派勢力其物の結束すら現に西伯利に於て捗々しく進んで居ないではないか。
過激派が訳も無く独逸の塊偶となつたと見るの誤なるが如く、反過激派の諸勢力が亦訳も無く英仏の塊倫となる
べしと見るは恐らく正当の見解ではあるまい。善かれ悪しかれ、露国民の多数は己に余りに現代放れのした突飛
なる思想に心酔して居るからである。
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     (六)

 終りに序で乍ら、西伯利の出兵は支那間遁の解決に資すべしとするの俗論に対して少しく批評を加へて置く。
 支那の内争は日本に取つて一大煩累たるは云ふ迄もない。速かにその妥協調和せんことは我々国民の切望であ
る。而して援段政策の迷夢より初めて覚めて正路に復するのキツカケ無きに苦んで居つた現政府に取つて、所謂
東亜の危機なる題目は対支政策の方向転換を計るに絶好の機会であつた。而して世上の俗論も亦、急迫の外難を
              〔直ち〕
説けば支那の政争は立地に止むものと考へて之に裏書きした。成程支那は外難を叫ぶの声に対しては由来極めて
神経過敏である。併し乍ら支那現在の多数政治家の何人に、国難の急に備へんが為めに多少の犠牲を忍んで妥協
調和せんとするの誠意を認むる事が出来るか。外難を口実として妥協した例は第一革命の時にもある。餅し此妥
協たるや、双方犠牲を出し合つての妥協では無くして、革命派が衰世凱のペテンに乗つての妥協であつた。所謂
.「
所謂出兵論に何の合理的根拠ありや
南方派の連中は、今日此若き経験を再びする程蒙昧ではない。而して彼等の内争の根本原因が、極めて複雑し極
めて根砥深き以上∵之を円満に妥協せしむる事は決して容易の業ではない。三月十九日林公使が日本政府を代表
し、「支那が已に協商側の一員として参戦せる以上、徒らに内争に屈托するは甚だ其当を得ない。今や西伯利の
風雲急を告ぐるに際し、帝国政府は殊に此感を深うせざるを得ない云々」と説いて南北妥協を勧めたとあるも、
                                                          わら
一片の忠告位で支那が吾人の思ふ通りに動くと見るのは、余りに実際を無視せる考である。現に支那の内争を晒
                                                                                           とうどうばつい
ふ我日本に於てすら、所謂千載一遇の世界的変局に立つて、上は元老より下は群小政治家に至るまで、党同伐異
を之れ事として居るではないか。真に支那をして南北妥協の実を挙げしめんとするの誠意を示す心は、先づ以て
我れ自ら挙国一致の実を挙げなければならない。而して従来の行掛りが容易に山県と大隈とを和せしめず、寺内
と加藤とを和せしめざるを諒とする以上、一層複雑なる支那の政界が、西伯利の.急迫位で悪く一切の利害を地祢
する者に非ることは、明白に認識し得べきである。現に西伯利の急追を理由として、日本より購求せる軍器弾薬
      ちようさくりん
を横取りした張作森は、忽ち曳を南に向けて党争の勢を煽つて居るではないか。西伯利の出兵は支那南北妥協の
問題を解決する上にも絶好の機会であるなど、いふのは、人を愚にするも亦甚しい。よし又之が支那問題解決の
好機会たり得るとしても、之が解決のために出兵の大事を決行するは、余りに大なる犠牲である。(三月廿三日)
〔『中央公論』一九一人年四月〕
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