加藤没後の政界  『中央公論』一九二六年三月

 加藤首相死んで若槻内閣の成立を見るまでの経過は、婦人公論の二月号で評論したから茲には説かぬ。加藤没後の政界に起れる二三重要の問題に就て聊(いささ)か卑見を述べて見やうと思ふ。
 政友会が第一党となつた場合 政友会と同交会は二月上旬を以て合併を決行するさうな。同交会が政友本党から分れたのも政友会と合同するのが目的なのだから、合併の噂を開いても今更異とするに足らぬが、加藤死後の憲政会が政界に於て有する従来の威力に多少損ずる所あるべきを見越して急に合併の協議を進め、あわよくば第一党の地位を占めんとの魂胆に出たものだとせば、吾人は近き将来に於てまた一問題に打(ぶ)ツ突かるかも知れぬ。そは第一党たることが政権を取て代るの当然の権利を生ずるやといふこと是れである。
 一昨年五月の総選挙の結果が何れの一党を以てしても絶対多数を占むるものなきの形勢を示せるとき、大命は第一党たるの故を以て加藤憲政会総裁に降つた。護憲派として共同の歩調を取つた政友会国民党の二流も憲政会を支持して絶対多数を事実の上に纏(まと)めて居た当時だから、加藤の大命を奉せる、に不思議はないやうなものゝ選挙の蓋を開けるまでは政友本党の或は第一党を占めずやの大に懸念され、若し然る時は第一党たる本党に一旦政権の帰するやも計り難きを説くものもあつた事実を回想すれば、第一党に組閣の権利を認むるの思想は今日の政界に相当に根を張て居るものと観なければなるまい。是れ政友会が兎も角此際第一党たる地位を得んものと焦る所以であらう。
 併し政友会が現内閣を確実に倒壊し得る為には、単に第一党たるばかりでなく、例へば政友本党の如きの支持をも得て優に絶対多数を占むるの見込が明白に確立して居なければならぬ。所が政友本党がどうも事実上政友会の味方ではないやうだ。之に反して若し政友本党と憲政会との提携がもつと明白で且恒久的のものであるとすると亦問題はない。とにかく政友本党の態度の曖昧なる所に当今政界の不安動揺の原因がある。而して政友本党には今の所旗幟鮮明の態度に出で得ざる特殊の理由もあるやうだ。果して然らば今後の政局を判断するに当ても先づ此事を前提とすることが必要であらう。さうすると今後政局に一大変動を来すべき場合は、憲政会が自ら内部の原因に依て潰滅することあるに非る限り、何等か重要問題に就て政本両党の反対を受くる時でなければならぬ。今日までの様に小さい問題で敗れても大きな問題で無難で居れば、仮令政友会の数が遥に憲政会を凌駕したとしても、直に之に天下を譲らなければならぬ理窟はない。
 若し何かのはづみで重大な問題で憲政会が敗れたとしたらどうなる。解散を以て改めて信を国民に問ふか、いさぎよく引退するか、そは当局の択ぶ所にまかしていゝ。執れにしても第一党の地位を政友会に奪はれたといふだけの理由では、政変を促すべき当然の必要は毛頭ない。
 憲政会結束力の消長 加藤が死んで抑えが無くなつた、憲政会今後の結束が危まれるといふ世評がある。一時新聞には若槻新総裁に対する浜口系安達系等の反目暗闘を伝ふるものもあつたが、此点は一体どうなるものだらう。之が本当に険悪になるの可能性ありとすれば、之で現内閣が自ら倒れぬとも限らない。
 私共の観る所では、加藤前首相の死は固より憲政会の一大損失には相違ない。併し乍ら国民の現憲政会内閣に期待する所は、必しも一加藤総裁にとくに恃む所あるが為めではない、寧ろ其の部下に多士済々たるものあるが故であつたと考へる。見よ、現に加藤総裁逝(ゆ)いても国民の多数は若槻新内閣に格別失望して居ないではないか。加藤総裁の死が国民信頼の動揺を促すといふ方面から憲政会内閣の壊滅に赴くやうなことは先づなからうと思ふ。
 然らば憲政会の為に憂ふる所は主として内部の結束如何にある。此点に就て今や世上に色々の論評を見るのであるが、之を吟味するには先づ次の二点に注意する必要があると私は思ふ。第一には従来の党の統制は専ら総裁万能でやつて来た所から、加藤と其の出身の経歴を異にする若槻の下に於ては、所謂統制力の従前の如くなるを得ざるは已むを得ないといふことである。統制の基礎をば党員の自由意思の組織的綜合に置くといふ訓練のない団体に於ては、党首の喪失は即ち扇の要の外づれたやうなものであつて、結束力の弛むのは当然であらう。併し是れは従来の総裁万能制の罪であつて今更如何とも致し方はないのである。第二には従来の総裁万能で養はれた眼から若槻新総裁に応対する一般党員の普通の態度すらを総裁の威厳を損ずるかに観る者あるべきの点である。徳川時代には百姓町人の分際では将軍を見ただけでも眠が潰れるとされたとやら。今日では道路の両側に立ちながら陛下を拝し奉つても不敬とは観られない。新総裁閣下を従来呼び慣れたからとて今後も若槻君と呼び掛けるやうではとても統制はつくまいと心配するが如きは、古の感情を以て今の慣行を評するものではあるまいか。要するに従来総裁万能でやつて来た余弊として、一つには何でもないことが統制力弛頽(したい)の証と観られることもあり、又一つには実際統制力弛頽の事実もあらうかと考へらるゝのである。
 総裁万能制の批判 斯うなると一体統制力の基礎を総裁万能制に置くのがいゝか悪いかを吟味せねばならぬことになる。総裁万能といふが如きは本来デモクラチックであるべき政党の面目と矛盾するものたるは言ふまでもない。それにも拘らず我国の政党が永く総裁万能制に依らざるを得ざりし所以に就ては従来私も屡々説いた。併し之れが我国政界の発展を順当ならしむる所以でないことは今更論ずるまでもあるまい。其外総裁万能の弊を馴致したものにモ一つ金といふものがある。今日の政党には莫大の金が要る、ことに選挙の際に最も然りである。その莫大な金を在来の政党は専ら総裁の調達に期待して居つた。原もさうであつた。高橋もさうであつた。高橋に金の縁が薄くなつたとて田中と取り換へられたのも、後者に金を作るのより大なる能ありと信ぜられたからであらう。加藤亦御多分に洩れない。斯くして何の政党でも、総裁は命の親として崇められた。完全に党員の死命を制する者として恐れられたのであつた。この事実は先にも述べた我国政界の特異な事情と相待て遂に永く総裁万能の制を行はれしめたのである。原でも加藤でも党の節制に於て一糸乱れざるの見事な成績を示したのは皆之による。併しよく考へて見ると、之が一体本当に正しいものと云へるかどうか。この点甚だ疑しい。私の結論を端的に云はしむれば、是れ断じて立憲政治の本筋の運用ではない。加之斯の如くにして党員は又本当の自治的訓練を積むの機会を奪はるゝ。甚しきは為めに其の徳操を堕落せしむるの誘惑にさへ陥るではないか。そこで我々の立場から云へば、こんなものは実に一日も早く廃めて貰ひたいのである。而して今や若槻が加藤に代り、従来の眼から観ての威重が著しく新総裁に欠けて居るとされて居る。是れ実にもつけの倖(さいわい)だ。之を機会に一つ統制方策の立て直しをやつては如何。且つ密(ひそか)に思ふに斯れ実は独り憲政会のみの問題ではない。憲政会を通じて我国政党界に投ぜられた一試金石と観てもいゝ。私は此意味に於て憲政会が如何に処置するかを多大の興味を以て注視せんと欲するものである。
 憲政会に対する希望 新総裁若槻君は色々の意味に於て加藤前総裁の衣鉢をつぐのであらう。併し若槻は到底加藤ではない、又急に加藤の如くならしむることも出来まい。加藤の如くならずとして之を罷(や)め、新に加藤に類する者を求むること政友会の如くするは、断じて吾人の与みせざる所である。於是(ここにおいて)憲政会は、この既定の新事態に応じ、従来の総裁観を一変し、統制の基礎を全然別個の組織に求めなければならぬ必要に迫られて居る。於是私に注文がある。第一に総裁に必要とせる在来の形式的威厳観をすてゝ欲しい。若槻君と呼び慣れた人は今後も遠慮なく若槻君と呼んだがよからう。オイ若槻!と呼んでいゝ人は何も人前を憚りわざ/\君づけにして水臭い思ひをするにも当るまい。第二には資金調達の任務を専ら総裁に負はしむる冥妄を去つて欲しい。必要があらば皆で作れ。作れなかつたら作つた丈けで仕事を進むべきである。斯くては一時の不便に苦むことあらんも、結局そこに国民多数の本当の信頼が集まるのである。総裁万能の夢から醒むるの結果は、場合に依ては収拾し難き混乱であるかも知れないが、又新なる統制組織の発見に由て健実なる発展の前途の開けることになるかも知れぬ。いづれにしても党員は最早総裁に対して去勢された奴隷を以て甘んずるものではなからう。各々自由の見識を以て立つものなる以上、其の相対立する裡に一つの組織を立て、其処から自然に統制の仕組の生るゝのは、実に党員の才識と品格とに待つて決して六つかしいことではないと思ふ。憲政会はこの試験に対して果して如何の成績を挙ぐるだらうか。