日米共同宣言の解説及び批判
     (一)

 所謂日米共同宣言書なるものは、我国に於ては十一月七日外務省より公表せられたが、其形式は米国国務卿ロ
バート・ランシングより我石井特命金権大使に宛てたる公文と、之に対して石井大使より米国国務卿に宛てたる
公文とより成つて居る。日附は十一月二日、内容は全然同一。詰り共同宣言の普通の形式に拠つたものに外なら
ない。而して此公文につき我々の注意すべき点は次の五項目である。
一、本宣言書は両国政府の共に利害を感ずる諸問題につき意見の一致したるもの、表示にして、且つ特に支那
共和国に関するものたる事 特に支那共和国に関するといふ点を我々は念頭に置く必要がある。後にも説くが如
く、本宣言中領土相接近する国家の間には特殊の関係を生ずるの原則を承認したからと言ふて、我国が樺太に於
                          メ キ シ コ
ける特殊地位を承認せしむる事も出来るとか、又は墨西寄に於ける米国の特殊地位を承認せねばならぬとかいふ
議論が二三新開に見えたが、此等の説は全く本宣言の専ら支那共和国に関するものたる事を忘れたる議論である〇
 二、今日此際斯かる宣言を発表するに至れるは、「近年往々流布せられたる有害なる風説を一掃せんが為め」
得策なりと認めたるにある事 近来日米両国の間に憂ふべき感情の疎隔のあつた事は、米国国務省が諸新開へ公
布せる公示なりとて米国大使館の発表せる文書が最も明白に之を認めて居る。日く「日米両国人民中互に極東に
於ける自他活動の動機を相邪推せるが如き感情多くの点に於て存在し…:・近日来世を惑はす不実の流言風説は益
欄温及び批判
々盛んに行はれ……何等の異図なき適法なる金融上の企業も裏面政治上の意義あるが如くに朗解せられ、従つて
此等の企業ある毎に両国人民は互に相敵視反対せんとするに至れり」と。而して日米両国は其原因を専ら独逸の
陰謀に帰して居る。前記文書は此点について又「斯くして両国人民が顧慮疑惑の態度を取るに至りしもの、畢東
独逸が多年来巧妙秘密に計画助長せし反間運動の結果也」と言つて居る。日米疎隔の原因は只一に独逸の運動の
結果とするは予輩全然賛同するに躊躇するも、兎に角之を今日の佳に放任すべからざるは言ふを侯たない。なぜ
                                           ひ
なれば、前記文書も云へる如く「之を放任して控刺するところなくんば或は延いて重大の事能伽を馴致するに至
                                  すべか あらかじ
る」 べきを以てゞある。而して或は両国の衝突遂に避くべからず、政府は須らく予め之が準備を為さゞるべから
ずと言ひ、又は極東に於ける彼我両国の利害は根本より相反すとなして、互に太平洋岸に於ける他の活動を以て
異国あるが如くに言ひ触らすに至つては、今日独逸暦懲の戦争に従事して居る際何を以て能く共同動作の効を完
うする事が出来よう。故に今日此際斯かる宣言を見たのは、日米両国民の誤解を一掃して東洋平和の基礎を固め、
且つ来るべき戦後経営に対して今より両国の方針を確定するに資すると共に、又目下戦はれつ、ある戦争の目的
を一層有効に達成せしめんとするの主意に出でたものであらう。
 三、米国政府は「日本国が支那に於て特別の利益を有する事を承認し」、「日本の所領に接壊せる地方に於て殊
に決州」 るを象・認せる事 比良に関する宣言蓄の文面には、両国蚊存は先づ以て札そ「虹惧土栢近接せる画家の間に
捌m馴川人肌り承】剖一仰.川「‖卜あ入Lれノずしイ・し、 ・応叩Tろ丑ハ遠出川]川としイ・」 日⊥丁皿Tが・苛ハ那皿皿ハ郷国に血m肌イ・」‖此原】剛馴m川爪mり適町皿m川をノ皿V人・〈.ペ1 さ‖特九州廿仰刊‖廿‖榊皿1乙川1じ有†るまT

日米共同宣言の解説及び批判
246
     (一)

 所謂日米共同宣言書なるものは、我国に於ては十一月七日外務省より公表せられたが、其形式は米国国務卿ロ
バート・ランシングより我石井特命金権大使に宛てたる公文と、之に対して石井大使より米国国務卿に宛てたる
公文とより成つて居る。日附は十一月二日、内容は全然同一。詰り共同宣言の普通の形式に拠つたものに外なら
ない。而して此公文につき我々の注意すべき点は次の五項目である。
一、本宣言書は両国政府の共に利害を感ずる諸問題につき意見の一致したるものゝ表示にして、且つ特に支那
共和国に関するものたる事 特に支那共和国に関するといふ点を我々は念頭に置く必要がある。後にも説くが如
く、本宣言中領土相接近する国家の間には特殊の関係を生ずるの原則を承認したからと言ふて、我国が樺太に於
                         メ キ シ コ
ける特殊地位を承認せしむる事も出来るとか、又は墨西寄に於ける米国の特殊地位を承認せねばならぬとかいふ
議論が二三新開に見えたが、此等の説は全く本宣言の専ら支那共和国に関するものたる事を忘れたる議論である〇
 二、今日此際斯かる宣言を発表するに至れるは、「近年往々流布せられたる有害なる風説を一掃せんが為め」
得策なりと認めたるにある事 近来日米両国の間に憂ふべき感情の疎隔のあつた事は、米国国務省が諸新聞へ公
布せる公示なりとて米国大使館の発表せる文書が最も明白に之を認めて居る。日く「日米両国人民中互に極東に
於ける自他活動の動横を相邪推せるが如き感情多くの点に於て存在し…:・近日来世を惑はす不実の流言風説は益

日米共同宣言の解説及び批判
々盛んに行はれ===何等の異図なき適法なる金融上の企業も裏面政治上の意義あるが如くに曲解せられ、従つて
此等の企業ある毎に両国人民は互に相敵視反対せんとするに至れり」と。而して日米両国は其原因を専ら独逸の
陰謀に帰して居る。前記文書は此点について又「斯くして両国人民が顧慮疑惑の態度を取るに至りしもの、畢東
独逸が多年来巧妙秘密に計画助長せし反間運動の結果也」と言つて居る。日米疎隔の原因は只一に独逸の運動の
結果とするは予輩全然賛同するに躊躇するも、兎に角之を今日の優に放任すべからざるは言ふを侯たない。なぜ
                                         ひ
なれば、前記文書も云へる如く「之を放任して控制するところなくんば或は延いて重大の事態を馴致するに至
                                  すべか あらかじ
る」 べきを以てゞある。而して或は両国の衛突遂に避くべからず、政府は須らく予め之が準備を為さゞるべから
ずと言ひ、又は極東に於ける彼我両国の利害は根本より相反すとなして、互に太平洋岸に於ける他の活動を以て
異図あるが如くに言ひ触らすに至つては、今日独逸暦懲の戦争に従事して居る際何を以て能く共同動作の効を完
うする事が出来よう。故に今日此際斯かる宣言を見たのは、日米両国民の誤解を一掃して東洋平和の基礎を固め、
且つ来るべき戦後経営に対して今より両国の方針を確定するに資すると共に、又目下戦はれつ、ある戦争の目的
を一層有効に達成せしめんとするの主意に出でたものであらう。
 三、米国政府は「日本国が支那に於て特別の利益を有する事を承認し」、「日本の所領に接壊せる地方に於て殊
に然」るを承認せる事 此点に関する宣言書の文面には、両国政府は先づ以て凡そ「領土相近接せる国家の間に
は特殊の関係を生ずる事」を互に承認し、其適用として米国が日本国の有する前記の特殊利益を承認するといふ
事になつて居る。して見れば、支那共和国に関すると否とに拘らず、日米両国は領土近接する国家に生ずべき特
殊関係を尊重すべしとする抽象的一般原則を承認した訳になるが、併しながら本宣言の本当の目的は此抽象的原
則の承認にあらずして、寧ろ其適用として日本が支那共和国に於て此原則の適用を受くべき特殊利益を有する事
247

を承認するにある。謂はゞ右の原則は特に共同に公約するを要せざる程に明白なる原則であつて、只或国が或他
国地域に於て有する所謂特殊利益は、果して此明白なる原則の適用を受くべき利益なりや否やに争があり得る。
従つて本宣言は、日本の支那に於て有する利益は前記一般原則の適用を受くべき特殊利益なる事を米国が承認し
たといふ点に重きを置くべきである。故に本原則が一般原則の承認を約束したからと言ふて、米国が日本の特殊
利益を承認したと同じ意味に於て、本宣言は又日本をして墨西寄に於ける米国の特殊利益を承認するの義務を負
はしむるものであると言ふのは、軽重の別を無視するの論である。勿論墨西寄に於ける米国の特殊利益は、支那
に於ける日本の特殊利益と同様に之を尊重するの必要がないといふのではない。事実同様に尊重する必要がある
かも知れず、又之を尊重するのが日本の道徳的義務であるとも言へる。が、然し斯くの如きは直接本宣言の認む
るところの事項ではないのである。
 更に此米国の承認する日本の所謂特殊利益なるものについては二つの問題が起り得る。一つは、日本が特殊利
益の承認を米国に向つて主張し得る範囲如何の問題であつて、今一つは其所謂特殊利益とは如何なる種類のもの
なりやの閏遺である。本宣言の文面によれば特殊利益を認め得べき範囲は二段に分れて居る。一つは支那共和国
全体であるβ一つは所謂日本の所領と接壊せる地方である。日本は領土相近接せるの理由を以て、支那に於て特
殊の利益を有する事を認めらる、とあるが、所謂「支那」については何の制限も認めてゐない。併し之は支那本
           チベット
部に限るのか、或は遠く西蔵内外蒙古等をも含むものかは一つの疑問でぁる。恐らく普通英国の勢力範囲とせら
る、西蔵や、露国の勢力範囲とせらる、外蒙古やは除外せらるゝものと思ふけれども、宣言書の文面には何等の
制限が置かれてない。次に「殊に然り」と一段強く特殊利益を認めらる、ところの日本の所領に接壌せる地方と
いふのは何れ丈けの範囲を云ふのか。此中に所謂南満と東部内蒙古とが包含せらる、事は元より明白である。山
248
■■■l
日米共同宣言の解説及び批判
東省や福建省が此内に含まるゝや否やは自ら二個の疑問たるを得る0而して支那全体に対して認めらる、特殊利
益と、所謂相接壊せる地方に於て認めらるゝ特殊利益との間に何等か実質上の差別があるものとすれば、後者の
範囲は特に最も精密に之を確定するの必要がある0此種の確定は通常密約を以て定むるを常とするが、日米両国
の間には此点に関して果して如何なる諒解があつたであらうか。
 次に所謂特殊利益とは如何なる種類の利益を云ふか、之が何よりも大事の点である0之については先づ支那全
体に対して認めらるゝ利益と満蒙等領土相接壊せる地域に認めらるゝものと実質上何等かの差別がないかといふ
点が最も大事である。此等の点については本宣言には何等の定めがない0之も恐らく何等かの形心於て両国政府
の間には内々精密なる協定がある事と信ずる。此等は外交上之を公表するを悸るものであるが故に、本宣言の文
面丈けについて見れば、どれ丈けの特殊利益を米国が承認したのやら甚だ漠然とじで居る0解釈の仕様によつて
は非常に大きな利益ともなり又非常に小さい利益ともなる0尚此等の点については後段に於て更に之を論じて見
ょぅ。要するに支那、殊に我国と密接の関係ある地方に於て、空漠ながら我国の特殊利益なるものを承認せしめ
得たのは、又一の成功たるを失はない。
                             かか
 四、日本の特殊利益に対する米国の承認は、次の二条件に繋つて居る事一、日本は支那領土主権の完全に存
                         へん一ば
在するを認むる事。二、日本は他国の通商に不利なる偏頗の待遇を与へ、又は条約上他国の有する既得の権利を
                            しばしば
無視すべからざる事。宣言書の本文には以上の二点は、日本政府の蜃々保障せる所であつて、米国は全然其累次
の宣言に信頼するとある。けれども之は米国が日本の特殊利益を承諾するの交換条件として、日本をして又承認
せしめた主義であるといふ事が出来る。斯くして日本は特殊利益を主張する事を承認せられたるも、支那の領土
主権は十分に之を尊重し、他国の通商には均等の機会を与へ、条約上有する所の他国の既得権は之を侵さないと
249

いふ公約を宣言したものである。此公約は専ら米国の日本に対して主張し得べき所にして、日本の所領と相接壊
せる地方たると否とを間はない。従つて清洲蒙古に於ても米国は此点に就ては日本の為す所に容噂するの権利を
得たものと云はなければならない。而して此等の義務を日本が負担するといふ事は、日本が特殊利益を有すると
いふ事とどれ丈け調和する事が出来るか。殊に一段立入つて特殊利益を主張し得る所の満蒙に於て、本項目は如
何に共適用を見るか。之れ亦実際問題としては余程注目に催する。
 五、両国政府は「豪も支那の独立又は領土保全を侵害するの目的を有するものにあらざる」と共に又「常に支
那に於て、所謂門戸開放又は商工業に対する機会均等の主義を支持し」且つ以上の趣意に反して「特殊の権利又
は特典」を獲得するものある時は、両国政府は其何国政府たるを間はず一致して之に反対すべさ事 即ち日米両
国は互に支那の独立及び領土保全と門戸開放並びに商工業上の機会均等主義を尊重するを約するのみならず、更
に一歩を進めて之を妨害するものあらば一致して之が排除を期する事を約束したのである。故に例へば、戦後独
逸が再び支那に向つて領土の租借などを申込むやうな場合には、両国政府は此項目によつて飽くまで独逸に反対
する事が出来るのである。只滋に問題となるのは日本の特殊利益の承認は、此一般主義の例外をなすものなりや
否やの点である。他の言葉を以て云へば、特殊利益の承認の条件として立てられたる第四と第五の項目とは同じ
事を言つて居るのかどうかといふ問造である。若し同じ事を言つて居るのなら、特殊利益の承認は第五の原則の
例外ではない。同じ事を云つてるでないとすれば、所謂特殊利益は此一般原則の例外をなすものにして、又特殊
利益の特殊利益たる所以を明かにするものである。而して欝四に於ては支那の領土主権の完全に存在すべき事を
云へるに止つたのに、第五に於ては殊更に支那の独立又は領土保全と別の文字を使つたのは、先に何等か多少の
意味が伏在して居るのではあるまいか。
2う0
日米共同宣言の解説及び批判
      へ二)
 以上解説するところによつて見れば、此共同宣言によつて日米両国の天下に明かにせんとしたところの眼目は
二つある。;は将来列国の取るべき対支政策の根本的一般原則の宣明であつて、他は日本の支那に於ける殊に
満蒙の如き領土接壌の地方に於ける特殊利益の承認である0
 第一に将来に於ける村支政策の根本義としては、支那の独立及び領土保全、門戸開放並びに商工業上の機会均
等を掲げて居る。而して日米両国は独り自ら此根本義を尊重すると共に、何れの国をしても此根本義を侵さしめ
ざるの決意を宣明して居る。尤も此根本義は諸外国の既得の権利にまで亘るものではなからう0従つて此根本義
                          い か ん
と明白に抵触する各国の租借地の如きは今更ら之を奈何ともする事は出来ないといふ訳なのであらう○只之によ
って将来に於ける諸外国の陰謀を阻止せんとする事は明白である○元来支那の独立及び領土保全とか、又は門戸
開放、機会均等とかいふ事は各種の宣言協約に於て繰返されたる閏遺である0併しながら之に対する侵害を共同
のカを以て防止しようとする堅き決心を表明したものは今度の協約を以て初めとする0此点が実に本宣言の特色
であつて、従つて又日米両国は此種根本義の支那に於ける確立につき、如何に熱心であるかを語るものである0
而して東洋殊に支那に対して最も深き利害関係を有する日米両国が、か、る堅き決心を有するといふ事は支那の
安全なる発達乃至東洋の平和の為めに最も欣幸すべき事たるは云ふを侯たない○之れ本宣言が東洋平和の歴史の
上に一時期を劃するものなりとまで重く見らる、所以であらう0而して余輩の考ふる所によれば、か、る主義の
宣言は我日本の村支政策に於て実に一大発達を意味するものであると思ふ0何となれば支那の領土保全、独立の
尊重といふやうな事は最も必要な事であるに拘はらず、従来日本は日本其物の安全、日本其物の膨脹発達を念と
2う1

するに急にして、結局日本共物の安全並びに発達の基礎たる支那の安全と発達とを重く見なかつた嫌がないでは
ない。故に口に領土保全とか独立の尊重を唱へながら、時には自ら之を傷け、又他国を誘ふて之を傷けるに至ら
しむるが如き行動がなかつたではない。之れ我々の日本の為めに又東洋の為めに深く遺憾とする所であつた。然
るに近時支那の運命は実に直ちに我国の運命なりとするの意識が極めて明瞭となり、支那其物の安全なる発達を
ねが
翼ふの念が極めて痛切となつたのは最も慶賀すべき現象である。而して日本国民の此新らしき意識は、最近最も
  ニューヨーク
明白に紐育のある公開の席に於ける石井子爵の声明に表はれて居る。其言に日く「予は支那門戸の閉鎖は決し
て我政府の政策たらざりしものにして、将来に於ても又た然らざる事を確信する。吾人の機会均等の改善の為め
にあらゆる協力と競争とを歓迎する。吾人は善良なる政治、即ち支那に於ける平和安寧及び議会の発達を要求す
                                             ただ
るものである。吾人は常に我隣国支那の忠実なる友人且つ扶助者たらん事を巽ふ。吾人は膏に支那の保全若くは
主権を侵さんと試みざるのみならず、侵撃者に対しては結局支那の保全と独立とを防衛するの方法を怠る事は出
来ない。何故なれば吾人の国境は支那に於ける海外勢力の侵入若くは干渉によつて著るしく脅かさるべきを知つ
て居るからである」と。此確信に基いて今後の対支政策を一貫指導する事を得ば、之れ独り日本の幸福ではない。
実に東洋全体の幸福である。兎に角此見地に立つて共同宣言の発表を米国政府に促したのは、実に日本の対支政
策の一大進歩といはなければならない。
 第二、日本の特殊利益の承認については前にも述べた如くいろノトの疑問がある。此等の疑問を明かにせずし
ては其範囲も意義も明瞭でない。而して両国政府は結局に於て如何様にも解釈せらるべき空漠たる約束をする訳
は無いから、予は此種の公約に普通なるが如く、本宣言に伴つて必ず他に一種の何等かの形式に於ける密約の存
在する事を疑はぬものである。此密約によつて特殊利益の及ぶ範囲、並びに其種類性質が明かになつて居る事を
2う2
日米共同宣言の解説及び批判
信じて、深く心を傷むるの必要なしと信ずるものであるが、暫く此等の点に関する予輩一個の懲見を述べしむる
ならば、先づ第一に広く日本の特殊利益を認めらるべき一般地域は、大体支那本部と見てよい0更に分り易く云
へば直接北京政府の命令の其俵行はるべき範囲と見てよからう0或はもつと分り易く此等の地域を代表する意味
に於ての北京政府といつてもよい。而して此等の範囲に対して日本の有する所謂特殊利益とは如何なる種類のも
のかといふに、之は恐らく極く軽い意味の政治的優先権に過ぎまいと思ふ0経済上の優先権は門戸開放、機会均
等等の主義にも背く故、含まれては居るまい。恐らく支那に於ては米国は日本の同意無くしては支那に村し何等
の政治的活動をなすまいといふ位のものであらうと思ふ。斯く断ずるには無論多少の根拠がある0そは嘗て英国
公使が衰世凱に戦争参加を勧めた時日本は之れに極力反対したが、其際英の外務大臣グレー卿は今後英国は予め
日本の同意を得る事無くしては、支那に於て何等のイニシヤチープを取るべからぎ・るべしといふ公約をなし、其
後此趣意を公文を以て通告して来たといはれて居る。後仏国亦同じやうな公文を送つて来たから、仏国も亦英国
と同様に日本の此の一種の政治的優勝の地位を認めたものと云はなければならない。此れ丈けの特殊地位を日本
が領土相接近せるを理由として主張するは、決して無理にあらざると同時に、又此れ以上の積極的優勝権を主張
するのは、容易に諸外国の同意を得べき所ではあるまい。一般に主張するを得べき所謂特殊地位は大方此位のも
のであらう。
 次に領土相接壊せる地方といふのは、恐らく主として満洲蒙古を意味するものであらう0福建は台湾の対岸に
位すと錐も、領土相撲壊するといふ事は出来ない。山東は今日のところまだ何れとも極まらない0なぜなれば、
山東に於ける日本の権利が今日尚確定の状能だないからである0元の独逸領たる膠洲湾租借地が戦争後南満に於
ける関東洲と同一の地位に置かるゝとすれば、山東省は即ち満蒙と共に日本の特殊利益を主張し得べき範囲とな
2うう

る。故に山東省が所謂領土接壊の地方の中に包含せらる、や否やは、山東省の現状を以て之を断定する事は出来
ない。構和締結の後山東の地位確定するを待つて初めて極めらるべき問題である。今にして山東省の地位を本宣
言によつて確定し得べしとするのは本末を顛倒せる議論である。然らば特殊利益を主張し得べき第二の区域とし
て残るところのものは只満蒙のみとなる。然らば問ふ。我日本は米国の承認により此満蒙に於て主張し得べき特
殊利益は如何なるものであらうか。此点を明かにする為めには、先づ次の諸点に注意する事が肝要である。一、
                          もと
日本の特殊利益の主張が支那の主権に惇らず、他国が従来支那より許与せられたる商業上の既得権を無視すべか
らざる事、即ち此特殊地位を主張する事の結果他国の通商に不利なる偏頗の待遇を与へざるものでなければなら
ない。第二は、日本独り主張し得る利益であつて、他国は之を主張し得ざる種類のものでなければならぬ事であ
る。他の言葉を以て云へば、普通の国際間には存在し得ざる権利でなければならない。領土接壊の結果として特
別に主張し得べき利益でなければならない。之に関聯して一つの問題となるのは、領土接壌を理由として日本が
支那に対して主張し得るなら、支那も亦日本に対して同様の主張をなし得るかといふ問題である。北京のイーヴ
ニング・タイムスは、明白に同じやうな事は支那から日本に向つても主張し得ると説いて居る。けれども他方チ
ャイナ・ガゼツトの如きは「日本が支那に特別なる地位を占めたるは支那の従来の政治宜しきを得ざりしが為め
である。従つて支那が自ら改革し其国家をして目的あり能力あるものとする迄日本の特別なる地位は継続せらる
べし」と説いて居る。又「支那が覚醒し自由の位置を高めざる間は、如何にすとも米国も英国も仏囲も日本の位
置を如何ともする事は出来ない」と説いて居る。之によつて見れば、所謂特殊地域とは領土相接壊するの結果、
強国が弱国に対して有するところの特別利権であつて、従つて支那から日本に主張し得べき性質のものでない。
                                                                            ▼‡
第三所謂特殊利益が、日本が支那との条約に於て有するところの権利利益のみでない事亦吋ほ明かである。尤も
2う4
日米共同宣言の解説及び批判
支那政府では日米両国より所謂共同宣言の交附を受くるや、之に対して自らも亦一の宣言を発表し、其中に「支
那政府は各友邦に対し公平平等主義を取り、其の条約に基く利権を一率に尊重せり。即ち領土相接壊せる国際間
に特殊の関係を生ずるものも亦支那との条約上規定されしものを限とす」云々と言つて、出来る丈け狭く解せん
として居るけれども、之は支那としては当然の事であらうが、然し条約によつて有する権利の主張丈けならば、
何も第三国の承認は必要でない。特に第三国の承認を必要とせし所以のものは、条約によつて有する権利以外の
利益を意味するものと見なければならない。
 第四に、所謂特殊利益は商工業上の特権でないといふ事も亦之を想像する事が出来る。只誤解してならぬ事は、
日本が支那に於て領土相近接するといふ地理的関係上、商工業に関し事実上他国より優れる地位にある事は、諸
外国と共に米国も亦認めて居るところである。十一月九日米国公使の支那政府吋臥せる通告中にも「日支両国の
地理的関係により、日本の支那に於ける商工業的事業は、明かに何れの他国人民の同種の事業よりも遥かに優れ
る特殊利益を有す」と云ふて居る。併しながら、之は只事実の認定に過ぎない。事実上優勝の地位にあるといふ
事と、更に進んで優越なる特権を認むる事とは自ら別問題である0故に同上米国公使の通告中の他の部分には、
日米共同宣言の来歴を叙して「日本特使は地理的関係より生ずる特殊地位を商業上工業上に利用するの素志なき
事を宣言し」たるにより、双方の協議が円満に進んだと言ふて居る0又米国国務省が各新聞紙をして発表せしめ
たる公示の中にも「石井大使一行の来訪は我国人をして大いに見解を改めしめたり===日本の政略は侵略にあら
                               ろうだん
ず、日本は地理上支那に有する特殊関係を商工業に利用し利益を壁断せんとするが如き一点の異図なきを宣言」
云々とある。之によつて見れば、米国は日本の特殊利益を認むるも、其特殊利益たるや断じて日本の商工業の発
展の為めに利用すべからざるものとするの諒解の上に協定したものと認めて居る0して見れば、米国の考は商工
2うう

業に関しては何処までも機会均等主義で、彼等の日本に承認せんとするところの特殊利益は断じて経済的のもの
でない事が明白である。
 五、日本の所謂特殊利益は経済的のものでないとすれば、果して如何なる性質のものであるかといふに、此点
については関係両国は元より英書利などでも殊更に説明を避けて居る。之れ又一つの注意すべき現象と言はなけ
〔れ〕ばならない。米国政府の発表せる公文の中にも此点は全然明白に説明されて居ないが、駐支ラインシユ公使
が支那に於ける不安の念を鏡める為め、本国政府に特殊利益の意味を問ひ合せたるに対し、米国国務省より発せ
る返電には「之に関して特別の説明々加ふるの必要なし」とあつた。英国に於ては、下院議員スミス氏より政府
に向つて特殊利益の意味の質問があつた。之に対するバルフォアの答弁は、同盟国間の此種の協定に関し我々は
勝手に兎角の説明をすべきものではないといふやうな答弁を与へて居る。我日本に於ても此等の点については未
だ明白の説明がない。斯く説明を欠いて居るところに即ち深長なる意味が存するので、之れ畢尭説明し得ざるに
あらず、説明を避くる事が実に無用の誤解を避くる所以なる事に気がついた為めであらう。而して予輩をして率
直に信ずるところを述べしむれば、日本の所謂特殊利益は大体政治的のものであると言はなければならない。帝
国外務省筋より出た説明として各新開に一様にあらはれた記事の中に、石井大使は国務卿ランシングに対し「支
那の.安危の関する所我国の如きはなし」と述べ、ランシング氏は十分之を諒承せりといふ文句がある。之れ豊日
本の特に希望する所は支那の安危存亡に関して、普通の独立国家間に認められざる特別の地位の承認を求めんと
するものではないか。然らば之を以て大体政治的なりといふは仮りに正確の形容詞でないとしても、概ね当らず
と錐も遠からざるべしと思ふ。
 之を要するに特殊利益の如何なるものたるかに就いては未だ明確に之を劃走するの材料に乏しさも、其断じて
2う6
日米共同宣言の鹿説及び批判
経済的のものにあらず、寧ろ政治的のものたるべき事丈けは疑を容れない。而して日支両国の関係を基礎とする
事理の当然より帰結して、此政治的特権は積極的の干渉権にあらずして、日本其物の安静を擁護するといふ消極
的目的の範囲内に於て、支那の内政に干与する事を承認せらるゝといふ特別の地位を意味するに外ならない。而
して斯くの如き特殊地位は、特に満蒙に於て認めらる、事たるは又言ふを侯たない。
 以上の如く日米共同宣言の主なる内容は、満蒙に於ける日本の特殊地位の承認と、支那に於ける列国活動の一
般原則として、独立及び領土保全、門戸開放並びに機会均等主義の尊重と、此の二つである。後者を一般的原則
とすれば、前者は此原則に対する例外である。尤も条約の文字に拘泥して強いて理屈を捏ねれば、日本は支那全
体についても特殊地位を承認されて居るし又満豪に於ても領土保全、門戸開放、機会均等の主義は揉踊する事は
出来ないと云へる。成程支那全体に関しても、前に詳しく述べた通り、日本は或種の特典は認められて居る。然
             そんたく
しながら共同宣言の精神を付度すれば、上述の如く第一に一般原則を声明し、第二に満蒙に於ける除外例を認む
るものと言はなければならない。
 満蒙に於ける日本の特種地位を認めた事は、疑も無く日本に取つて一つの成功である。何となればそは元英書
利や露西亜の早く己に承認せる処であつたとは云へ、米国は未だ嘗て公けに之を承認した事無きのみならず、寧
ろ常に日本に不利益なる能違を此問題に対して取らんとして居つたからであほ。米国年来の主義は寧ろ例外なく
支那の全体に、所謂一般原則の完全なる施行を希望するにあつた。浦洲だらうが蒙古だらうが特例を認むる事は
彼の希望せざる所であつた。一人九九年の秋から冬にかけて、米国国務卿へ−が我国を初め英・仏・露・独・
襖・伊の六国に向つて発したる提議の中には、「清国に於て保有し又は保有する事あるべき勢力範囲又は租借地
内に於ては、外国の既得の権利を侵さざる事。何れの国の商品も関税上並び鉄道輸送上同等の取扱ひを受くべき
2う7

事、又其中の港湾に航行する船舶は同等の港税を徴収せらるべき事」といふやうな所謂門戸開放、機会均等主義
を厳格に行ふべき事を主張するものである。次いで一九〇九年十二月国務卿ノックスが満洲鉄道の中立を提議し
たる如きは、一方に於ては甚だ無遠慮の嫌なきに非ざるも、他の一方に於ては満洲に於ても全然一般原則の除外
例を認めざらんとする米国の断乎たる決心を見るべきである。故に今度の宣言で日本が満蒙に於ける特殊地位を
承認せしめたのは、米国から云へば非常な譲歩であると云はなければならない。日本から云へば、固より米国の
                  けんち
承認無くとも我満蒙に於ける地位に軒軽あるべからずと錐も、而かも日米親善の振興を必要とするの時、殊に戦
                                   とき
後米国の東洋に於ける地位の大いに躍進せんとするの秋に方つて、米国よりかゝる承認を得たといふ事はさう軽
々に看過すべき事ではない。支那全体に対する一般原則の宣明の方は、日本も無論多年唱道し来つた所であるけ
れども、寧ろ米国の方が最も熱心に唱道した所である。寧ろ日本は従来此宣言を唯紙の上で留めて、実際は余り
此原則の支那全体に於ける確立を熱心に考へなかつた傾がある。故に或意味に於ては此項目に関して、日本は米
国の主張に譲つたといつても差支はない。併しながら滋にもう一つ考へねばならぬ事は、米国の主張に日本が譲
つたと云ふのは、日本は之が為めに多少の犠牲を忍んだといふ意味ではない。寧ろかゝる一般原則の確立は、日
本の為めにも必要なのであつた。唯従来日本は余りに国防的見地に偏して対支経営を着眼して居つたが故に、
かゝる原則の確立の方面には興味が薄かつたのである。而して之が実に結局に於て日本の不利益でもあつたので
ある。而して今度の戦争で日本は支那と経済的に結ぶの必要が最も痛切に感ぜられ、斯くて今や我々は支那を全
体として着眼し、此全体の支那と結ばねばならぬといふ必要に覚醒せんとしつ、あつた。斯くして米国のかねて
の主張に賛同して一般原則の確立の為めに尽さんとするの新機運に向ひつゝあつたと云へる。故に正確に云へば
此点に於て日本は何も米国に譲歩したのではなくつて、本来正当の主義に復帰したまでの事である。唯米国から
2う8
日米共同宣言の解説及び批判
云へば従来此問題に比較的熱心でなかつた日本を誘うて、自家多年の宿論の主張に、新たに最も有力なる友邦を
見出した事を大いに満足に思つてゐるに相違ない。従つて日本自身から云へば何等の犠牲を払つたのではないけ
れども、米国自身から云へば可なりの成功位に考へて居るだらう。

   ぎ)
 日米共同宣言の内容につき我国一部の論客の間には、我国の多年唱道し来つた事で何も新らしい事はない、有
つても無くても同じ事だなどゝ云ふものがある。之と同じやうな議論は無論米国に於ても無いではない。言葉は
それ程極端ではないが、今度の共同宣言は米国が多年主張する所のものを、日本が受諾せしものに過ぎずなどと
云ふ説が蜃々新開などにも見える。無論見様によつては従来あり来りの事を其儀娘に表はしたものに過ぎず、之
によつて何等新らしいものが加つて居るのでは無いと云へぬ事はない。併しながら之が今後の日米外交の発展の
上に全然無意義であるかといふに、決してさうではない。
 先づ日本の立場から云ふて見ると、満蒙に於ける特殊地位を承認せしめたといふ事が決して無意義ではない。
満蒙に於て特別の地位を占有して置くといふ政策が日本の為めに真に得策なりや否やの問題は暫く之を別とする
               あまね
も、少くともか、る特殊地位を拾く諸国から承認して貰ひたいと云ふのが、我国の多年の希望であつた。第二次
第三次の日英同盟も一つには之れが為めに締結された。日露協商の如きは云ふまでもない。然るに米国は1而
かも近来東洋に於て段々勢力を張り来る所の米国は、事実上は兎も角形式上は之を承認してゐないのみならず、
やや
動もすれば之が承認を欲せざるの意を明かに表示せんとするの能伽度に出でようとする。之が日本に取つて確かに
一つの外交上の障擬であつた。今や日米共同宣言は此障擬を日本の為めに取り除いたのであるから、決して之を
2う9

無意義といふ事は出来ない。更にもう一つ此宣言の日本将来の対支政策に重要の意義を有する点は、支那の一般
領土の全面に就き領土保全門戸開放機会均等主義を、従来よりも一層有効に主張し得ることである。支那の一般
領土に以上の主義を確立すべき事は従来誰も云つて居る。日本も固より之を主張するのであるけれども、現に自
分が満蒙に除外例を立て、居る以上は、他の部に於て一般原則の確立を主張する上に、自ら多少の不便を感ぜざ
るを得ない。日本は満蒙に於ては蝕くまで特殊利益を主張し、他国が他の部分に於て日本と同様に特殊地位を主
張する事を許さざらんとする。之が地理的近接の当然の結果なりと我々は云ふけれども、他の国では之を日本の
得手勝手と見て、強く之を主張すればする程日本に侵略的野心あるにあらずやと疑ふ。斯くして日本は一般原則
          たやす
を承認せしむる事は容易いけれども、満豪に於ける除外例を承認せしむる事が実に困難であつた。ウツカリ一般
原則を以て外国に相談を持ち掛ければ、ソンナラ満蒙に於ける特殊地位を捨てよと云はる、恐れがある。けれど
も日本としては此の一見両立し得べからざるが如き両者を、等しく承認せしむる事が必要であつた。而して此日
本の希望に村し反対の急先鋒たりし米国に、日支両国の特別なる地理的関係を説いて十分なる納得を得た上、我
国の立場を完全に諒解して貰つたといふ事は、之れ実に日本外交の非常なる成功と云はずして何ぞや。斯くして
日本は満蒙に於ては特殊地位を主張しっゝ、支那一般の領土に於ては、如何なる国に向つても特殊利益の設定を
拒む事が出来る事となつた。俺丈けは特別だ、お前方は満蒙に於ける俺の真似を支那のどの部分でも為てはなら
ないと云ふ事を、従来斯う云ふ事には最も反対であつた米国の裏書を以て断乎として云ふ事が出来る事になつた
のである。
 日米共同宣言は又米国に取つても決して無意義ではない。米国は多年予の所謂原則の確立を主張し来つた。支
那に何等の事実上の根拠を有せざる米国に取つては、各国の特殊地位を承認せざる事が彼等の利益にも合する。
260

 ノ
日米共同宣言の解説及び批判
従て彼等の感情から云つても、又彼等の利益から云つても、又は彼等の所謂道義の観念から云つても、支那に於
ける或二凶の特殊利益の設定には、常に不快と不安とを感じて居つたのである。而して斯の如き不快不安の種は、
従来最も多く日本より来ると感じて居つたが、日本が此態度を改めない以上は、外の国も之に摸するものが有る
と云ふ風に考へて、日本以外にも猫疑の眼を放たずしては居られなかつた。然るに今や日本より懇切なる説明を
与へられ、一つには満蒙に於て特殊地位を主張するの己むべからざる所以を明かにし、一つには満蒙以外に於て
は日本は全妖州米国と同一の考であると云ふ事が分り、斯くして満蒙に於ては其之を経済的に悪用せざる条件の下
に特殊地位を承認しっ\他方日本と云ふ有力なる国と共同して、支那全体に於ける排他的勢力儀囲の設定を有
効に除斥する事を得たのだから、米国は之より大いに東洋問題に就いて心を安んずる事が出来るのである。即ち
 ′イ
                                             にわか
従来陰鬱なる黒雲の中に不安を感じて居つた米国の東洋政策は、此日米共同宣言ほよつて俄に光明の中に置かれ、
安心して堂々として闊歩する事が出来ることになつたのである。之れ米国に取つても決して無意義なりと云ふ能
はざる所以である。
 唯問題は米国は日米共同宣言並びに之が締結の際に於ける、石井特使一行の所謂虚心坦懐の説明に信頼して、
                ど う
全然安心を極め込んで居るか如何かと云ふことである。他の言葉を以て云へば、日本政府並に国民は此共同宣言
の趣意を十分に諒解し、又十分に之を尊重して、忠実に其の公約する所を守渇か如何かの間違である。此点に就
て遺憾ながら懸念に堪へざる事は、米国は日本従来の態度より推して多少の不安を抱いて居ると云ふ事である。
「日本従来の態度」に関する米人の観察が果して正鵠を得て居るか如何かは暫く別問邁とするも、少くとも彼等
は日本は従来表面の宣言は極めて公明正大であつたに拘らず、実際に之に忠実でなかつたと見て居る。今度の宣
言についても、之は米国年来の主張であつてそれを日本が事実上真面目に認めなかつたのを今度改めて我々の主
261

張を確認したのだと云つて、暗に日本が従来の週を改めて我々の方について来たといふやうな言説を弄して居る。
例へばイトヴニング・メールは「日米新宣言の実体はジョン・ヘー初めて国際政策を打ち建てたる門戸開放主義
並びにルート高平協約に再陳せられたる領土保全主義を単純に確かめたるものにて……日本政府の訓令を経て石
井子爵の之を公式に受諾せる事は、日本の支那に対する領土侵略の風説を永久に葬るものである」云々と云ふて
居り、又紐育タイムスの如きは「支那の領土若くは主権を尊重するの原則に対する日本側の厳粛なる誓約として
                             ワシントン
之を承認せんと欲する」と云ふやうな事を云つて居る。又華盛頓ポストが「米国の有識者は従来かゝる提議をな
すの正当なるを知つて居つたけれどヰ只日本が之を善用せざるやをのみ懸念して居つた。今回の宣言の末文に
於て支那の独立又は領土保全及び商業的機会均等主義に反する事をなさゞるべしとあるから、吾人は最早や何等
の疑惧を抱くを要せな〔い〕だらう。日本は一昨年の対支要求の如きを繰り返す事もしないだらう」と言つて居る
のも、取り様によつては一種の皮肉と思はれないでもない。紐育ヘラルドの如きは「米国の権利を地棄せず、支
那に対する其公平なる態度を変へざる範囲に於ける日米国の協議は云々」と冒頭し、次いで「支那はルート高平
協商が其領土主権を保証せるに拘らず、其後蜃々主権を侵されたる事実あるに鑑み、本回の宣言にも不信を砲く
事であらう」と言ふて居る。又前記の紐育タイムスは別の論文に於て「宣言の効果如何は寧ろ実行にある。:…・
支那に於ける日本の特殊利益を認めたるは決して支那の主権を侵害するの意味なき事は日本の須らく諒解せざる
べからざるところである」と云ふて居る。此等の論調を綜合して見れば、米国の有識者間には日本の誠意に対し
て多少の不安を砲いて居るのではあるまいかと思はれる節がある。而して以上の新開は皆米国に於て最も有力な
るものであることを思ふ時に、我等は此等の論議を決して軽々に看過する事は出来ない。我々が只一片のお座な
りとして此共同宣言を見ざらんとする以上は、此米国有識者間の疑念を一掃し忠実に宣言の趣意を実行せんと欲
262
日米共同宣言の解説及び批判
するの誠意を示す為めに尚大いに努力することなければならない。日米共同宣言は更に我々の大いなる奮発を侯
つて其真に希望する目的を達する事が出来るものである。此宣言の成立に直接の関係ある政府当事者に此覚悟な
かるべからざるは云ふを侯たざるが、真に彼等が此点を痛切に感じて居る以上、従来の対支経営の方針は滋に大
                                               くだくだ
いに緊縮を加ふる必要がある。この点あの点といふ細目についても云ふべき事は沢山あるが、今は管々しく述べ
                                          きんふYつ
ぬ。只此宣言の趣意と相容れざる事にして、政府の一挙手一投足の労を以て直ちに之を禁過し得べきやうな事は
支那の各地に沢山ある事を言ふに止める。宣言の発表し放しで従来のまゝで押し通すやうでは、我々は遺憾なが
ら此共同宣言の趣意に忠実なるものと許す事が出来ない。独り政府許りではない。国民夫自身も従来支那問題に
関して抱くところの感想も、亦概して之を言ふに、決して共同宣言の中に流れて居る根本思想と歩調を同じうす
る底のものではない。此等の点についても政府は国民の智識を啓く為めに大いに」努力するところなければならぬ。
政府が如何に宣言の趣旨に忠実ならんとするも、国民の思想が何時までも侵略方面に向つて居るやうでは、決し
て米国の識者の十分なる信頼と安心とを得る事は出来ない。故に日米共同宣言の発表は、或意味に於て我々日本
   ドイ ツ
国民に独乙と同じやうに国際間の協約などゝ言ふものは一片の紙屑に過ぎないといふやうな態度に出でるか、或
は米国や英仏等によつて代表さるゝ飽くまで道義をしてカに勝たしめようといふ思想の見方をするか、此肝要な
る問題を提供して居るものといふ事も出来る。今や日米共同宣言は、更に進んで太平洋に於ける日米両国の海軍
共同策戦の協定を成立せしむるに至つた。英書利は勿論、仏蘭西も、伊太利も、之を以て聯合図間の連絡を一層
堅くするものであると言ふて非常な満足を表はすのみならず、従来動もすれば世界共同の理義に興味がないとい
                                           しらすしらず
ふ風に見て居つた日本に対して俄かに丁転して好感を表すやうになつた。これ即ち日米共同宣言は不知不識の中
に日本をして英米側の思想の流の中に一層深く足をふみ入れしむるに至つた徴象である。して見れば、世間には
26う

随分独逸カブレの説もあるに拘らず、矢張り日本国民の思想は不知不識世界の大勢に押されて、略ぼ其方向を誤
つて居ないと言ふ事が出来る。更に之を意識的に確乎たる決心を以て進ましむるは将来に於ける識者の責任でな
ければならぬ。
264
     (四)

 従来日米間に一種好ましからざる誤解あり、最近殊に疎隔が甚だしく、双方の相当識者間に日米開戦論などが
唱へらるゝまでに至つて居つたことは、彼我両国政府側の公表せる説明書にも述べてあつた通りである。此等の
疎隔が共同宣言によつて全然一掃せられた事は殊に慶賀すべき事であるが、併しながら元来日米両国の疎隔の原
因は、双方政府筋の云ふが如く全く独乙の離間策によるものなりや否やは、尚之を慎重に考察するの必要がある。
第三者の離間策のみによる誤解ならば、双方胸襟を開く事によつて忽ち根本的の融和を見る事は出来るけれども、
然しながら予輩の考ふる所に拠れば、日米両国の疎隔はもつと深い所に原因があると思ふ。否な予輩ばかりでは
ない、少しく日米従来の関係を知つて居るものは、独乙反間策の説を以て一片の外交的辞令とするに異議がなか
らう上思ふ。然らば何が双方 − 昔は極めて親善であつた1を近来斯く疎隔せしめたかと云ふに、之にはいろ
〈ある。其中殊に我日本の側に存する原因と思はる、もの二三を列挙すれば、第一には我々多数の日本人が米
国有識階級の社会及び国家の経営に関する理想を諒解せざる事である。其結果として第二に米国の所謂帝国主義
的の思潮並に施設に対する正当なる理解の欠如を挙げなければならない。従つて第三に我国に於ては以上の不理
解に基く対米暴論が相当に横行して居る。殊に海軍拡張の急務を主張する人の間に此種の論者を見るが、之も亦
最近疎隔を甚だしくした主なる原因である。第四に支那に於ける日本人抜屁の事実も亦著しく日本に対する米国
日米共同宣言の解説及び批判
の反感を挑発した。之には米国の方にも多少の誤解はあらうが、日本人の為す所にも許すべからざる不都合のあ
った事は、我々も亦認むる所である。誤解にしろ正解にしろ日本人は支那殊に満洲に於て、正義の許す範囲を超
ぇて不当に支那人は勿論、諸外国人の利益を揉踊して居ると云ふのが、米人一般の輿論であつたやうに思ふ○第
五に今度の戦争で、米国などが最も世界的正義の為めに戦はんとして居るのに、此点に関する共鳴が我々に著し
く欠けて居る。之れ亦相互の完全なる信任を斎らし得ざる重大なる原因である0
 以上は唯二三の例を列挙するに過ぎない。要するに今日を機として双方真に大いに親善ならんとすれば、当局
者も国民も滋に又大いに反省する所がなければならない○独乙をして乗ずるの際なからしめたと一言丈けで安心
するならば大いに誤りである。且つ我々は先に一度手を携へて親善の途に踏み込んだといふ事を忘れてはならな
い。同じく不信の戟先を向けらるゝにしても、一旦親善を看板にして提携し、後之を裏切つたと感ぜしめて受く
         とが
るところの不信の尤めは、一層激しく来るを常とするからである0
 日米共同宣言は日本から云つても米国から云つても支那に対して極めて公明正大な政策を立てたものであつて、
之が誠実に守らるれば支那の之によつて受くる慶福は測るべからざるものがある0けれども、支那政府並びに国
民が此宣言の公表に対して表の不快を感ずる事は又止むを得ない0前記の支那政府の宣言も亦支那の公使が華
盛頓に於て並びに東京に於て「支那国民の希望を酌量せずして成立したる協働tは全然拘束せられざる」旨の通
告を、それぐの外務省に通告したといふのも、政府としては尤もの事である0之によつて支那国民の安全が保
障せらる、のであるから、寧ろ之を歓迎すべきであると云ふのは、準止国民の心理を解せざるの俗説である0北
京ガゼツトが「第三国の有する特殊利益の承認を何等当該国の同意を侯たずして公然発表するが如きは独立国に
           い きま
対する侮辱である」と敦固いたのは、正に支那人の感情を率直に述べたものである○それ丈け又我々は此際殊に
26う

支那人の感情をも尊敬するの態度を忘れてはならない。なぜなれば、日米共同宣言は又一面に於て日支両国の親
善提携を必要とするが故に起つたものであるからである。一時の憤激は止むを得ない。支那人は米国に対しても
今日は憤激の声を高めて居る0前記北京ガゼツトは更に続いて「米国が日本の侵略主義を裏書して自ら進んで此
                                                   せんしよう
措置に出でたのは誠に驚愕に堪へない。思ふに、米国の此措置は支那に於ける同国の威信に及ほす事抄少にあら
ぎらん。従来公平至誠を以て支那に摸し来れる同国の為めに殊に遺憾に堪へない」と云つて居る。而して我々の
更に忘れてならぬ事は、斯くても米国の側には遠からずして支那の反感を和らげ得る丈けのあるものを持つて居
る0我日本は果して何物を以て支那民心の誤解を解かんとするか。斯く考へて予輩はつくぐ我国官民が従来永
く村支政策の根本義を誤つた事を残念に思ふ。それ丈け予輩は今日を機として支那に対する考を根本的に改善せ
ん事を呉々も国民に希望せざるを得ない。
                                        〔『中央公論』一九一七年一二月〕
266