「国家威力」と「主権」との観念に就て
近時国家に関する学術の論究甚だ盛大となれるに拘らず、今猶ほ往々にして「国家威力」と「主権」との二観
念を混渚する者あるは頗ぶる惜むべき事なり0此の二観念の区別を明にすることは近代国家の法制と政治とを正
当に説明するに極めて必要なるべしと信ずる也。
「国家威力」なる観念と「主権」なる観念とは如何なる点に於て異れりや。予の観る所に依れば「主権」とは
各個人の国家的行動を命令し得る法律上のカなり、故に主権は全然各個人に臨むに其の国家的行動に対する外部
なが
的規範として服従(語を極端にして云へば盲従)を迫るものと云はざるべからず。併し乍ら各個人の国家的行動を
支配する者は此外部的規範たる主権のみなりや。他に又一種の精神的規範として各人の意思動念の実質たらんこ
とを要請する者はなきか0主権の命令は各個人をして或る国家的行動を為さしめ得ると錐も、此外にまた主権の
いわゆる
命令あるにあらずとも我より進んで或る国家的行動を為すに至らしむるものはなきか。予の所謂「国家威力」と
は実にこの各個人を統制指導し、彼をして自ら好んで行動するに至らしむる所の者、換言すれば各個人の国家的
ドイ ツ
行動の最上の内的規範たるものを云ふ也0独乙語の欝賢品等已1なる辞は彼国にては如何の意義に用ゐらる、
やは知らねども、予の所謂「国家威力」なる観念を現はすには恰好の名辞なるに似たり。要するに以上の如く解
するときは一方は法律学上に論ぜらるべき観念として又一方は国家学政治学若しくは社会学土に論ぜらるべき観
念として其開に明劃なる区別あること疑を容れざるべき也。
「国家威力」と「主権」との観念に就て
つわ−
近時国家主権鋭なる名称を唱ふる論者少からず。此名称の無意義なることは穂積八束先生毎に憲法の講義に於
いて之を説かれ、近頃復た法学新報(一月発行)に於いて之を弁明せられたり。予思ふに世人が国家主権説と云ふ
たし
が如き無意義なる名称を主張するに至りし主なる理由の一は懐かに「国家威力」と「主権」との観念を混同せし
事に在りと。夫れ主権は何人に在りや、国家を組織する一切の個人(老幼男女を閏はず)が釆て相会して国事を議
しかのみならず
せりといふ例は古今を通して未だ曾つて之れあらざる所、加之国民の大多徽が総集して国事を議すると云ふこ
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とも極めて稀なる例外を除いては現今之を見ざる所なるが故に、各個人の国家的行動を命令し得る法律的権力が
すペか
国家全般に在りと云ふは到底不通の論たるを免れず。故に問題とする所が主権の所在如何の点に在らば、須らく
国家組織上の現在の事実を観察して或は主権在君主といふべく或は主権在国会といふべく或は主権在君主及国会
等といふべき也。若し夫れ問題を一転して予の所謂「国家威力」の所在如何を問ぼん乎、即ち近代の国家に於て
は殆んど例外なく国家威力は国家全般に在りと云ふを得べし。思ふに彼の国家主権説なる提説が云ひ現さんと欲
する所のものは「主権が国家にあり」と云ふの観念にあらずして「国家威力が国家に在り」といふの観念には非
るか。然らば国家主権説なる提説は用語甚だ不穏当なりと錐も、亦一面の真理を伝ふる者といひて可なり0
国家主権論者亦往々にして日ふ、「主権(統治権といふも同じ)は常に必ず国家に在り、主権の所在は時と処と
に依りて異るものに非ず古今東西を問はず一定せるものなり主権所在論は事実問題に非ずして学理間違なり」と。
ここ
滋に所謂主権を予の所謂主権と同一の意義とすれば其謬妄や論弁する迄もなし。今若し論者の所謂「主権」をば
予の所謂「国家威力」の意義に解すれば如何、国家威力の所在は事実問題に在らずして理論問題なりや、国家威
お も え
力の所在は時の古今を閏はず洋の東西を論ぜず理論上確定不易なるものなりや。予以為らく、然らず、国家威力
の所在も時によりて変遷ありと。思ふに各個人はすべて皆受働的に国家威力の統制を受くるは疑なし。然りと錐
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9う
も自働的に国家威力の発生維持に参与する者は事実上必しも凡ての各個人にあらず。この国家成カの発生維持に
か
於ける主働的分子は人民文化の開発と共に少数より多数に及べること政治歴史上の」大事実なりと信ず。夫の古
代蒙昧の世に在りては未だ多数の人民に自主独立の念全く起らずして団体の維持は多くは比較的賢明勇武なる首
長一人の力に依り、各個人の公共的行動に対する最上の規範は実に首長一人の意思の外に在らざりき。此時に当
うんい
りてや首長の一切の云為は独り法律上のみならず倫理上亦最高の価値を有し、首長の意思は直ちに国家威力とし
や や
て一般人民の行動を支配せしなり。世の稀々開くるに及んでも団体生活の絶対的規範を作る者は猶ほ少数の貴族
こ
に限られ従つて少数貴族の意思則ち国家威力たりし也。近世以前の国家は多くは皆斯れなりと見て不可なかるべ
し。之を概括して予は国家威力在少数者の国家又は少数中心主義の国家と云はんとす。然れども近代文運の開発
は各個人の自主自由の精神を勃興し、従つて自己の行動は自家独立の判断に基きて決行せんとするの風潮を生じ、
も はや
其国家的行動に関してもほゞ各人に一定の理想を生じ、最早首長貴族の是とする所なるが故に之を是とするとい
ふ時代は去り、君主の命令と錐も各自の理想に合せざれば忽ち各個人の是非の批評を免る、能はざるの勢をなす
ただ
に至れり、是に於てか各個人は膏に受働的に国家威力の統制に服するのみならず今や又実に能く主働的に国家威
力を維持し発生せしむるものたらんとす。斯の如き国家をば予は国家威力在多数者の国家又は多数中心主義の国
家といはんと欲す。この多数中心主義といふの点は実に所謂近代国家(Mod巧ロStat仲)の最著の特質なりと信ず。
斯くの如く国家威力の所在は大体上述の如く時と共に変遷せりといふべし。現今の国家のみを観て国家威力は
常に必ず多数に在り即ち国家に在りと云ふは歴史を無視せるの言なるに似たり。国家威力の所在如何も亦事実問
題にして学理問題に非るが如し。
エユー
古代の少数中心国家に在りては主権と国家威力とは吋ぼ同一人の手裡に在りき。故に此時代に在りては始めよ
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「国家威力」と「主権」との観念に就て
り主権と国家威力とを区別せず又之を区別して観るの必要もなかりしなり。然れども近代の多数中心国家となる
に及んでは主権の所在と国家威力の所在とは必しも同一人にあらざることとなりぬ。国家威力は最早多数人民に
帰せりと錐も主権は従来の歴史の結果として依然として君主にありと云ふが如さ有様となりたる也。斯く国家威
力と主権とが同一人の手裡に在らざるの結果として、人民は最早主権者其人の其俵の意思に絶対の価値を置かず、
主権者も亦其主権的行動をして国家威力の指示する所に準拠せしめざれば以て永く一般国民の心服を繋ぐことを
得ざることとなれり。法律上より論ずれば主権は国家に於ける最高の権力なり主権者は何人の支配をも受くべか
らざるものなりと錐も、政治上より之を論ずれば主権者は実際国家威力の支配を受くること多きものにして且つ
又之が軒椚げ甘ずるを可とするものなり0何となれば主権者が能く主権者として永久に万民の尊敬を博せんとせ
ば一に国家威力の指示する所を着実に顕表するの瀾置に出でざるべからざるを以で骨故に近代国家に於ける国
家成カは単に臣民を統制するの規範たるのみならず又実に主権者をも指導するの活力たるものなり。是れ政治の
理論上主権者(又は主権団体)を以て国家威力を顕表する最高の機関なりと云ふ所以也。故に此点より云は♪二国
の君主の政治的行動の理想は国家威力の忠実なる顕表なり、理想的の首長は国民精神の忠実なる代表者たるもの
なりといふを得べきなり。フレデリック大王が嘗つて朕は国家第一の忠僕なりといひしの言は辞に多少の語弊は
はうふつ
あれども移して以て近代国家の君主の政治的地位を労音せしめ得べしと考ふ0\要するに君主の政治上の地位は近
代に至りて大に変易せしものなることを知らざるべからず。
国家威力の既に国家の分子全般に帰せし今日に於ては、主権者は須らく国家威力の指示する所に準拠するを以
て政治の大方針と為すべき也。我が今上陛下が維新の当時に「万機公論に決せん」と詔し給ひしは正に如上の聖
意なること最も明瞭なり。併し主権者はもと法律上無限の権力を掌握するのみならず又自ら万民尊崇の中心たる
9う
ものなるが故に、往々にして其地位と其権力とを利用して国家威力を躁踊するが如きことなきを保せず。主権の
すなわ
行動にして若し国家威力の指示する所と尭離せん乎、先に乃ち上下の紛乱を生じ甚しさは革命の惨禍を見るに至
ようあん
らん0近世の始めに於ける個人的自由の叫びと人民主権論の主張との如きは実に庸暗なる君主の専檀に反抗して
起れる国家威力の声に外ならざりき○所謂民主々義(D昌Okr賢訂)なる名称の下に包括せらるべき一種の主張は実
クレーム 〔尤〕
に「主権」に対する「国家威力」の要請の声たりし也○最も民主々義は一時極端に主張せられ(人民主権論、個
人本位主義)為めに久しからずして識者の排斥を蒙りしと雑も、当時の事情上或は斯くまで極端に主張せざると
きは、主権をして国家威力に屈服せしむるには足らざりしならん。要するに主権論としての民主々義が革命の失
敗と共に排斥せられたるは理の当然なりと錐も、もと民主々義の根帝に横はる所の一大真理は人民主権説なる謬
説に連坐してをめ〈其滅亡を共にすべきに非るを以て、此思想は更に姿を変じて政権運用の方面に現はれ所謂
立憲政体論となりて再び政界識者の承認を要求することとなれり。蓋し国家威力の敬重を主権者に強制するの制
やや
度なくんば、賢明なる治者は固より国家威力を重んずべしと難も、然らざる治者の下に於ては動もすれば専横の
弊を生ずる憂なきに非ず○斯の如くんば即ち国家の安寧幸福は一に治者たる自然人の賢愚明暗といふ如き偶然の
ひととなり
事実によりて左右せらるゝこと、なるを以て、滋に治者の為人如何に拘らず永遠に国家威力を無視するを得ざら
しむる永久的の制度を確立するの必要を生ずべし0斯れ実に立憲制度の政治的理由の一たり。斯くて立憲制度な
るものは一方より云へば主権と国家威力との禿離を妨ぐるの効用をなすものと云ふべき也。
以上は極めて生硬なる思索の一端を乱雑に録せるものに過ぎず。之れのみにては甚だ不十分なるを知る。此問
題は国家学上また政治歴史上極めて興味ある研究なりと信ずるが故に、更に一層の思索と研究とを積んで他日再
び大方の教を乞ふことあらんことを期するものなり。 〔『国家学会雑誌』一九〇五年四月〕