太平洋会議に対する米国の正式招待







‥国










 八月十三日附を以て米国から正式の招待状が来た。新開に発表せられたる所について見るに、六月以来内交渉
                           つま
に示された所と大差無いが、念の為め簡単に其要領を撮むと次のやうなものになる。(一)軍備制限問題並に之に
関聯して太平洋及び極東問題を討議すべき会議を開催したい。(二)一般の安定、社会的正義の保層並に平和の確
保の為めには軍備に対する過大な出費を制限する実行的協定を為す事が急務だと思ふ○(三)其の為めには海軍方
面の問題が第一の急務である。がまた他方面の軍備に関する問題をも除外してはならない。(望其の外人道的見
                                                           さ
地から戦争の新式手段の使用を適当に抑制すべき案を作製する事が必要である。(五)借て平和に対する願望の熱
烈なる事は以上の仕事の遂行に非常に必要であるが、共の為めには先づ各国間に存する誤解の原因を除去する事
が必要だ。此点に於いて米国は太平洋及び極東問題に関し他の諸国と共通の諒解を見出し得ん事を希望する。
                                                   ・あらかじ
(六)太平洋及び極東に関する討議の範囲は、会議開始前に行はるべき意見交換の題目として残すべく、予め二三
                               つ
国の間に予定する事を得策としない。大体に於いて以上六項に濁きて居ると偲ふ。
 正式招待に表はれた米国の意図につき、少くとも表面日本は何等之に異議を唱ふべき点は無い。恐らく近く発
表せらるべき答弁の中にも、満腹の誠意を以つて賛同の意を表するといふ事が述べられるであらうが、独り此処
              か
に問題となるのは、日本側の予ねぐ希望して居つた討議範囲の限定、もつと具体的に云へば所謂特殊国間の問
題並に既定の事実は如何に之を取扱ふべきかの点である。出来る事なら日本側は特殊国間の問題並に既定の事実


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には、今度の会議でも触れないといふ風に云つて貰ひたかつたのであらう。所が米国は討議の範囲を予め制限す
る事を欲せざるのみならず、共通の諒解を見出したいと希望せる太平洋及び極東の間違については「既に列国の
                                                          あい
利害に関聯し来り、又現に関聯せる諸般の事項」と註釈して、日本の希望を容れるのやら容れないのやら甚だ暖
まい
昧になつて居る。其処で此点については新聞紙上等に於いてもいろいろの意見が表はれて居るが、まだ明白に彼
我の論拠を明白にしたものが無いやうだ。之について少しく予輩の観る所を述べて見よう。
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 第一に討議範囲の限定といふ事について昨今の考が従来と余程変つて居る、といふ事に注意しなければならな
い。従来の国際会議では何と云つてもお互に利害の主張に熱中し、大局の平和を何うするといふ高い見地から物
事を見るといふ訳には行かなかつた。従つて何んな問題でもなかなか協定を見るといふ事が困難であつた。され
ばと云つて折角の会合が何の効果をも奏せず物別れとなつたと云ふのも不面目だと云ふ所から、出来るだけ討議
                                          こ まとま やす
の範囲を切詰め、問題の数も少くしたのであつた。而かも難しい問邁は皆後廻しにし、極く経り易い点だけを取
つたのである。だから討議決定された問題は些細の点に渡るのが多く、国際平和の大局に重要の関係あるものは、
多く手を着けられず残つたものである。兎に角昔は討議の範囲を制限した方がい、といふ事になつて居つたので、
                                                     つま
古い頭の人は国際会議と云へば直ぐに範囲の制限、問題の限定を云々する。併し昨今は時代が一変した。畢り今
までの世の中が一時の功を急いで肝腎な間遭を残したのが間違ひだといふ事に気がついたので、難しい問題を而
かもどん〈手を着けて行かう、殊に全局の平和を熱望して居るのだから、討議の範囲の広い事、問題の数の多
い事を厭はない。実際の政治家は或は此処までの決心を持ち兼ねて居るかも知れないが、今日世界の民衆の国際
                                 まさ
令誘に対する衷心からの期待によつて見れば、将に右云ふが如くであると思はるる。討議範囲の限定は、少くと





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も今度の国際会議に於いては、会議を成功せしむる所以の前提条件ではない。否、こんな考は旧時代の間違つた
思想だといふやうな精神で会議を進めて行かう、といふのが当節の気分である事を注意せなければならない。従
って特殊国間の問題並に既定事実を除外しようといふやうな我が国の希望に対しては、其事自身が正しいか何う
 しばら               も
かは暫く別問題として、概して甚だ興味を有たないといふ事実を隠す事は出来ない。
 第二に、特殊国間の問題並に既定の事実を除外すべしといふ此原則の適用については、日本の主張と相容れざ
る思想が又かなり盛んに行はれて居る事を認めなければならない。そは何かと云ふに、日本の見て以つて既定の
事実とするヤツプ島の処分、又特殊国間の事件とする山東問題の如きを、亜米利加は純粋な既定の事実若しくは
特殊国間の問題と認めざらんとして居る。之と同じ立場を取る者が今日世界に甚だ優勢なのである。敵を知り己
れを知るの筆法で、吾々は兎に角此違つた立場を精密に諒解して置くの必要が嶽懲それは何かと云ふと、即ち
予輩が前々号に於いても〔本巻所収「臥米交渉の一間選としての山東問題」〕、詳しく説いたやうに、戦争観の一変に基
                                           ドイツ
く戦利品の観念の一変である。当初は敵に対する吾々仲間の個々の戦争の集合で、吾々の独逸との交渉は他の仲
間と独立に決定する事を得たのを、半ば頃から此戦争は共同の目的の為めに多数のカを合せて戦ふ一つの戦争と
いふ事になり、従来我国が独逸に対する単独の関係だと思つて居つたやうなものも、一緒に仲間となつて戦争に
努力した凡ての人のものといふ事になつたのであるから、ヤツプ島にしても∵山東省にしても、之はもはや昔の
         ようし
ゃぅに第三者の容噂を許さない特別の問題だといふ訳には行かない。戦勝の結果として得たるものには、共に手
を携へて戦争した凡ての国の容噂権の及ぶ所である。であるから山東閏遭にしてもヤツプ問題にしても、米国其
他一般同盟国は皆平等の権利を有するもので、其範囲に於いて「既に列国の利害に関聯し来り、又現に閑聯せる
諸般の事項」といふ事が出来る。即ち山東問邁もヤツプ問題も特殊国間の問題若しくは既定の事実といふ事は出
つへノ

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               ついで
来ないのである。之に関聯して序に三呂すべきは、米国の山東問題やヤツプ問題を再び計議の範囲に入れようと
いふのは、例へば既定の事実も之を再議するを郎げずとするの見地からするのではなく、ヤツプ問題を既定の事
実と見ないから、最終の決定を与へる為めに改めて討議しょうと云ふのである。吾々の所謂既定の事実を彼等は
既定の事実と見ないからである。米国が吾々の所謂既定の事実を再議に附せんと頑張つて居るからとて、直ちに
                          しゆくばく
朝鮮問題までも担ぎ出すであらうなどゝ誤解するのは、寂麦を弁ぜざるの愚論と云はなければならない。
                     こぞ
 第三に、今度の会合に対して世界の民衆の挙つて期待するのは、軍備制限に附帯して、世界の平和と幸福とを
                                         めいめい
事実上実現するやうな協定をして貰ひたいといふ事である。古い条約取極めに基いて各自の権利の範囲を法律的
に定めるといふやうな事はまるで要求して居ない。従つて吾々は吾々の立場を主張するに当り、何時の条約では
何うの、何時の密約では斯うのといふ様な形式的議論で押通すのは余り見好くない図であらうと思ふ。之で押通
                                       つな
しても形式上一旦の勝利を見る事はあらうが、併し之れで世界の道徳的後援を繋ぐ事は断じて出来ない。要する
                            そ
に昨今の世の中は密約其他形式上の取極めよりも、然うする事が果して世界の幸福と平和との為めになるか何う
かの標準一点張りでどん〈進んで行かうとするのである。
                    つま打ち
 第四に、日本の立場としては以上の論息を詳かに研究した上で其主張を支持して貰ひたい。敵の立場を相当に
理解せずして唯我が主張を押通さうとするのは、少くとも今日の新しいやり方ではない。尤も考へ様によつては、
             すこぶ
米国の立場は之を支持するに頗る困難なものかも分らない。例へばヤツプ島間巷にした所が、最高会議の決議に
ウヰルソンも署名した以上、今更ら之を無効なりと宣言する訳には行くまい。是等の点で正々堂々と彼等の論拠
に突進するだけの余地が吾々に残されて居ないではない。
 終りに、ノ歩を譲つて米国の立場が正しいとしても、吾々は只漠然として彼等が為す優に盲従してはいけない。
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最高会議の決定をも否認せんとする米国の立場が正しいとすれば、吾々は潔く原との白紙状能伽に選り、ヤツプ島
に対する米国の容噂権を認むる。斯くて米国の希望を卒直に云はしむれば、海底電線の国際化といふに外ならな
いと云ふだらう、そんならそれを認めてやつてもいい、但し之は或は一つの抽象的原則を認むるので、ヤツプ島
の処置は単に其原則の適用に過aない。他に同じ様な場合があつたら、督此の同じ原則の適用を受くるといふ形
に取り極めたい。而して更に吾々はヤツプ島を国際的のものとする如何なる必要あつたかを尋ねて見る。さうす
ると彼は答へるであらう、海底電線のやうな国際交通の上に必要なものは、なるたけ国際的管理の下に置きたい、
にわ
俄かに全部を同一の組織の下に網羅する事が出来ない事情もあるから、先づ以つて共同のカで敵から取つた場所.
に限り、それより漸次他の方面にも及ぼして、国際化の事業を全般に押し拡めるつもりだ、と答へるであらう。
然らば吾々は直ちに其趣意を捉へ、独逸から取つた領土の上にあつては共同勝利者の全部に、完全に均等な機会
を提供するといふ原則を立てよう、其原則の適用としてヤツプ島に関する米国の言分を立て、やると云ふてやる
べきだ。斯くしてヤツプ島に関して潔く譲歩すると共に、同時に何人も対抗し得べき「均等の機会」を承認せし
むるといふ大綱はある。かういふ風に行けば吾々は勝利を犠牲に供して大い怒る利益に浴する事が出来る。而か
                                                 かつもく
も其利益たるや実に世界の平和の進歩と相伴ふものなる点に於いて、本間邁の将来の解決は吾々の最も剤目を要
する所である。

                                        〔『中央公論』一九二一年九月〕
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