露国の満洲閉鎖主義
◎露国が何故に満洲の門戸を開放せざるかは前段に述ぶる所を以て明なりと雖も、更に之を詳説せんに、
◎総じて支那帝国の消費力は実に盛なるものにして世界の工業品を一手に吸収して猶余裕あるの有様也。現今すら斯くの如し、将来更に交通の便も開け土民の生活の度も高まらば市場として絶好無二の場所となること世界の等しく注目する所なり。故に各国は競ふて夫れ/"\の方面より手を伸ばして利益を収めんとするなり。
◎支那は各国の競ふて着目する処なるが故に、此処に市場を求めんとせば他国と競争するの覚悟なかるべからず。而して工業に於て卓越せざる国が自由貿易主義を採るを得ずして関税の障壁に依りて外国品の競争を杜絶するが如く、工業上劣等なる国が支那の如き各国の等しく着目する土地に市場を求めんとせば、是非外国の競争を其土地より排斥せざるべからざる必要あるなり。即ち所謂勢力範囲を劃し武力を以て他国を排斥するの外なき也。
◎露国は海上の勢力に非ざるが故に其膨脹するや陸地よりヂリ/\と推し寄するの主義なり。従つて彼は其領西比利亜の南隣たる満洲に着目せる也。
◎満洲に於て彼の経済上の必要を充たさんとせばこの中より外国の経済力を排斥せざるべからず。併し外国の競争を排けて己れ独り貿易の利益を壟断せんとするが如きは、現今国際の通義に反する行為として各国の黙認を得ざるべきを以て、之に備へんがためには満洲に於て之等の故障に対抗すべき口実を作るの必要あり。而して之等の口実としては同地に資本を放下するに若くはなし。
◎且つ夫れ露国の満洲経略は這般経済上の理由のみに由るに非ることは前述の如し。其尤も切なる理由としては旅順大連の辺りに海港を占めんとするに在り。而して旅順等を海港として十分に活用せんには西比利亜銑道を旅順まで分派せしめざるべからず。露国の満洲経略は実に政治上并に経済上の目的に出づるものにして而して満洲縦貫鉄道の布設は実に此二つの目的をして十分に達せしむるの方法たり。去ればこそ露国は此数年来あらゆる手段を施して満洲に実力を布設することを務めたるなれ。既に実力を扶殖すれば之が保護を名として兵力をおくを得べく、又其後援によりて外国排斥策を断行するを得べし。アルフレッド・ステッドが銀行(露清銀行)と鉄道(東洋鉄道)とによりて露国は満洲を占領し了んぬと評せしも偶然に非ず。又昨秋来欧洲の輿論が満洲に於ける露の既得権を認めんとするに傾きしは全く露国の成効なりしといはざるべからず。
◎要するに名は租借といふも何といふも、全然満洲を自己の政権の下におき、又貿易上閉鎖主義を断行するに至ることは当然明白の事情也。斯の如きは露国より云へば殆んど自存の必要といふに近きもの也。彼が屡々世界に向つて撤兵を公約し乍ら之が実行を拒み、而かも満洲内部に於て我国の商人などを迫害するの甚しかりしは怪むに足らざる也。(翔天生)
〔『新人』一九〇四年三月〕