軍備縮小会議に就いて
                  いよいよワシントン
 軍備縮小を問題とする国際会議は愈々華盛頓に於て開かるゝ事になるらしい。特に此会議が我国にとつて重大
な意義を有するのは、併せて太平洋並びに極東に関する問題もが討議さるゝと云ふ点である。由来我国の対外政
     しばしば             あい王い
策は吾人の蜃々本誌に於て指摘した如く甚だ曖昧なものであつた。今や厭やでも応でも之れを明白に決定せねば
ならぬ場合となつた。或人は之を以て帝国の一大危機だと云ふ。併し考へやうに依つては、帝国の本当の進歩開
発を導き出すべき絶好の転機であるとも云へる。此の会議夫れ自身は、日本の将来を禍するとも幸するとも定ま
           むし
つて居るのではない。寧ろ政治家の技傾如何に依つて書凶禍福が定まるのである。そこで我々国民にとつて差当
り重大なる問題は、此大切なる時機に際して政府当局が如何なる態度を以て此会議に臨まんとするかと云ふ点で
ある。
                                         斗− 山f
 米国が軍備縮小の国際会議を提唱すべさ事は、今年の春以来掛か予想された事であつた。されば今年の議会に
於ても、誰れやらが政府に向つて此問題に対する能伽度を質問した者があつたが、原総理大臣の答弁は未だ正式に
何とも云つて来た問題でないから考へても居ないが、未だ研究する必要もないと云ふのであつた。愈々具体的の
問題となるまで研究をもしないと云ふのだから、今日愈々具体的の問題となつても、恐らく臨機応変の処置を執
らうと云ふ位に軽く考へて居るのではあるまいか。併し原総理大臣の一場の答弁を以て、政府の本当の態度を堆
                                                                                    くく
測するのは誤りであるかも知れない。何故ならば人の質問に対して好んで木で鼻を括つたやうな答弁をするのは、

 ヽ一
ト∨

●、





雀丁
原総理大臣の癖だからである。あれ程の人だから斯う云ふ大事な問題に就いては多少の経給はあるだらう。只彼
    な
の人と為りが不当に秘密を好むと云ふ所から、外部の我々に明知せられないのを遺憾とする者である。
 依つて我々は転じて社会の有力な階級の此問題に対する態度を観よう。之れ等の意見は亦政府の政策決定の上
                                      エノ こ さ べん
に著るしい影響を有するものであるし、政府も亦殊に外交上の問題に就いては、右顧左阿世上の思惑に顧慮する
事多いから、之れ等の世上の議論を観察する事は亦政府の態度を推定するの材料にもなる。斯う云ふ考へから昨
今の新聞紙上に現はるゝ種々の人の意見を綜合して見ると、二種の見解があるやうだ。一は米国提唱の真意を悪
意に解釈するもので、他は其反対に善意に解釈するか、又は少くとも虚心坦懐何等先入の偏見なく此会議に臨む
べしとする見解である。
 ア メ 川ソ カ
 亜米利加が軍備縮小の問題に兼ねて、太平洋並びに極東問題をも併せ議すべきを線唱した真意は、ヤツプ問葛
                 あた
等の如き日米間の単独交渉で達し能はざりし目的を、此新らしい会議で達せんとするのだと云ひ、又此会議で多
                      ヽ ヽ
数のカを借り日本の鼻先きをへし折る積りだと見、又斯くして日支両国を離間し、東亜に於ける其政治的並びに
経済的野心を充さんとするのだなどと云ふ者がある。斯かる見解の誤りである事は、我々の従来の立場を諒解せ
                               くだくだ
らる、読者諸君には甚だ明白の事であらうと思はれるから、滋に管々しく弁明はせぬ。今日の国際関係に流る、
                           おわげ さ              よ し
思想の大勢に通ずる者から見れば、こんな浅薄な動機で、こんな大袈裟な会合が開催さる、道理がない。仮令ん
ば誤つてこんな浅薄な動機で国際会議が開かれたとしても、それなら此会議で日本の立場と利害を弁明擁護する
事は一挙手一投足の労に過ぎない。此度の会議は斯う云ふ卑劣な米国の魂胆に出づるのだから、我国は大いに危
  ひん
険に瀕して居るなどと云ふ理屈が分らない。我国の運命に大関係あるのは、此度の会議が真面目の動機から起つ
たからである。不真面目の会合なら之れを一挙に蹴飛ばす事も出来る。
ュノ
9


 尤も此度の会合に於て浅薄なる動機が全然働かないと云ふのではない。従つて愈々会合となつた暁、さう云ふ
                  もた
不純の動機がチヨイ、チヨイ頭を撞げる事もあるだらう。併しながら察する所彼等は決して之れを公然露骨に主
        たくま
張する程蛮勇を達しうするものでない。腹では何う考へて居ても表面は矢張り何処までも世界全体の平和幸福と
                                                   あたか
云ふ事を目標とするであらう○故に我々も亦何処までも此標目を武器として堂々として進むならば、恰も王師の
向ふ所敵なきが如く、容易に隠れたる不純の目的を打砕く事が出来る。故に提唱者の真の動機が不純だと云ふな
                                        しかのみならす
ら不純でも構はない。我々が何処までも順にとつて進み、容易に彼等を押へる事は出来る。加之今日世界の人
々が此会議に多少の望を懸け、又陰に陽に之れを声援して居るのは、其表面執る所の目標が善且つ美なるが為で
                                               たと い
ある○隠れたる所謂不純の魂胆を後援して居るのではない。世界の民衆は欺くべからず、仮令如何に巧妙に活動
しても不純な動機は到底民衆の法廷に道徳的勝利を占むる事は出来ない。尤も会議の席上では種々の議論が戦は
れ、種々の利害が争はれて理想的な決定を見る事は出来ないかも知れない。其限りに於て我々も亦或点までは理
想の要求を犠牲にして現実に妥協すると云ふ事になるかも知れない。それにしても結局に於ける道徳的勝利は其
                                    ま
公明正大なる平和的立場に帰すべきは殆んど云ふを侯たない所だ。綱目の点に就いてはいろ〈計量すべき点は
あらう。けれども大体如何なる覚悟を以て此会合に臨むべきやの大綱は初めより明白であると信ずる。
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会議を支配する思想の如何なるものなるかが明かになつたとすれば、会議に日本を代表すべき使臣選定の方針
 おのすか                さ
は自ら之に由つて定まらなければならない。倦て方針が定まつても誰を遣るかといふ具体的の問題になれば、我
々は国民と共に大いに惑はざるを得ないのである。
 イギリス                                                      フランス
 英者利ではロイド・ヂヨーヂが行く、ことによるとカーゾン卿も同伴するかも知れない、仏蘭西からもブリヤ

 ヽ一
LV




」ハリ



ンが行くと云ふ。そこで日本では原首相と内田外相と二氏を遣れといふ議論があるが、斯ういふ形式論には全然
感服が出来ない。外国君主の戴冠式に参列すると云つたやうな、直接政治上の意味の無い会合なら、向ふが総理
大臣を出すに対して我からも総理大臣を出すと云ふに相当の理由はあるが、今度のは兎に角国家の将来の運命を
決する重大な会合だから、人選は一に其の人の能力によつて定められなければならない。ロイド・ヂヨーヂの出
るのは単に首相だからではない。ブリヤンの出るのは能力が認められて居るからであらう。能力が有るから大臣
に成つて居る。従つて会議に出掛けると云ふのであるが、我が原首相の如きは、日本のやうな変妙な政界に於い
てこそ之を泳ぎ廻る若干の能力が認められて居れ、到底世界の檜舞台に出て世界的問題を討論するの柄ではない
                              か
からだ。能力は有るかも知れないが、之を推定すべき証拠を曾つて示した事が無い、従来の言論行動を見ても、
かういふ方向にはまるで了解の無い人のやうに国民は認めて居る。凡て総理大転卦乱すと云ふ事は規則で定まつ
たとしても、我々は何かの理由を捜し出して原首相を出して世界の物笑ひと成る事だけは避けたい。
 内田外相については多く其の人について知る所なきが故に滋に之を論じないが、唯人選の方針につき一言して
置きたいのは、国際儀礼法則其他いろいろの技術的智識に通暁するを要するは勿論ながら、更にかゝる会合の指
導的精神として、深く今日の時勢の内面に動いて居る思想に通ずる者を選ばねばならぬといふことである。従来
のやうに無理にも安い金で沢山の物を買つて来るとか、是が非でも我が主張せ少しでも余計に通して来るとか、
さういふ押の強い事を以つて全権使臣の要件とした時代の頭を以つて此問題を取扱ふてはならない。
 右述べたやうな要件に適合する人物があるか否かは一つの間違であるが、よしあるとしてもさういふ人物が果
して其選に当るかを考へて見ると甚だ心細い。かゝる人材の其の選に当らんことは我々の切なる希望である。け
れども実際の形勢を云へば我々国民の希望は恐らく顧みられないであらう。さうすれば貯めて我々の希望するや
‘ヽノ
9
1

                                   パ リ
ぅな人材を正式の使臣以外の列に加へて会議地に派遣したいと考へる。先年の巴里講和会議ペも正式の使臣以外
にいろいろの人が行つた。其成績については今立に批評する限りではないが、切めて是等の人々の中にもつと世
界の大勢に通ずる者があつたなら、日本国民の真の立場を紹介するに余程都合が好かつたらうと思ふ。
 かういふ見地から予輩は政府当局に向つて華盛頓に派遣する一行の中には、是非思想家を加へて貰ひたい、而
かも各種の思想家を加へて貰ひたい事を希望する。各種のと云ふ意味は政府の好む所に偏せざるを意味するので
        あらかじ
ある。日本として予め意見を二疋しよう。其一定したる意見に調子を合せないやうな考の者は除外するといふや
うなことになつたら、其時は必ず日本の外交の失敗する時である事を知らねばならぬ。三日にして之を云へば、
我々は誰が派遣されるにしろ、使臣の言動は会議の大勢と、例によつて調子が合ふまいと想像する。それだけ之
と反対の思想を会議の内外に紹介して置くことが、日本に取つて極めて必要であると考へる。当局は或は之を以
つて日本の不為めと考へるかも知れない。然し此考が巴里講和会議の失敗を見た主たる原因なるを思ふ時、我々
は切に反対思想の表明を許すの雅量を示されんことを希望せざるを得ない。
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l
                  ヽ ヽ
世界の平和卜幸福とをいやが上にも増進せんとする希望が今度の会議を促した、少くとも今度の会議の成功を
祈つて居るとすれば、我々は出来るだけ此希望を実現の方向に此会議を利導しなければならない。換言すれば世
                                                                       一七
界の平和と幸福とを促進すべき方法を講ずる絶好の機会として十分に之を利用するの態度に出でたい。若し我々
が真に世界の平和と幸福とに熱心であるなら、発企したのは亜米利加であるけれども、我々からいろいろ問題を
掟供して然るべきだ。故に我々は米国の提唱に接するや日本としては一も二もなく之に応諾の返事を与ふべきで
あつたと考へる。此点に於て太平洋及び極東問題の意味とか範囲とかを閏ひ返したと云ふ事は、或る意味に於て

 ヽ†

●」






大いなる失態だと考へる。何となれば好い事をやらうと云ふのに、問題の範囲と種類とを制限する必要は無いか
らである。
 裁判所で物を争ふやうに、一つ一つ争点を理窟で埋めようといふのなら、問題の範囲を出来るだけ制限するの
が便利だ。然し之れでは懸案の部分的解決といふことは出来るが、世界の平和と幸福とを根本的に促進せんとす
る大希望とは調子の合はないものである。日本政府の質問の主意は何ういふ所にあつたのか分らぬが、少くとも
外見上之によつて日本の政治家の思想的調子が如何にも低劣を極めて居るといふ感を世界の各方面に起さしめた
                 まこと
ことだけは疑を容れない。塞に残念な事だ。
 大体の理窟から云つても、間邁を如何なる範囲に限るべきやは皆集まつた上で極める筈のことである。此点は
米国の回答として伝へられて居る説の通りである。よしんば米国で問題の範囲を眠るとしても、政々は之に拘束
されねばならぬ理由はない。・真に世界の平和と幸福との為めに必要だと信ずるなら、彼の意に反して討議の範囲
を拡張して差支へない。又利害の打算より云つても、出来るだけ広い範囲に当つて国際紛議の種をどん〈取扱
って行くといふのが、日本の立場としても得策だ。根本的の財政の整理をすると云ふ場合に、今度返すべき借金
         き
は何の口かと訊くのはまるで相談の趣意を了解しない能心度ではないか。
 前項の閏蓮と関聯して、世上には次のやうな俗説が行はれて居る。今度の金議には山東問題やヤツプ問題は当
然除外さるべきである。なぜなれば既定の問題であつて更に之を再議に附するのは、国際信義の上から許すべか
らざることであるからであると。山東問題とヤツプ問題とを除外するのが善いか悪いか、之は自ら別問題である。
ょし之を除外すべしとするも、其理由を滋に求むるのは宜しくない、少くとも再議に附するのは国際信義に反す
                                                     なが
るといふ理窟を引合ひに出すは滑稽である。一遍定めたことを後に至つて変改するといふ事は勿論悪い。併し乍
7
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1

ら変改にも二つの場合がある。我が僅から変改をするのは無論許すべからざることであるが、前の決定の根抵に
    こぴゆう
重大なる誤謬あることが親方に理解せられて、其上で再議に附するといふ事は、寧ろ不正なる状態を正しきに引
直すことであつて、喜ぶべき理由こそあれ竜も之を答むべき筋は無いのである。山東問題やヤツプ間遺の再議が
果して此型に入るや否やは事実を調べた上でなければ分らないが、兎に角前の決定の誤謬を理由として再議を求
め来る以上、一応之に耳を傾けるのは当然の事である。少くとも主義として或る種の再議要求は之を認めなけれ
ばならない。一概に之を国際信義に反すると云ふのは余り軽卒な妄断と云はなければ〔な〕らない。
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ハソ

 之を要するに今度の会合については、事柄の重大なる為めにや、日本に対する関係の極めて緊密なるの結果に
               ろうばい
や、之に対する国民の議論は多少狼狽気味に見える。会議の結果は局部的に見れば、或は日本に取つて損になら
ぬとも限らない。然し世界の平和と幸福との熱烈なる欲求に推されて此処まで来たからには、過去の小利小益に
未練を残さず、正々堂々の陣を張つて自発的に活躍する所あつて欲しい。新開等に観ると多くの意見が概して消
極的受動的なるは、我々の甚だ快しとせざる所である。
                                        〔『中央公論』一九二一年八月〕