合同問題側面観


 無産階級の諸団体は最近の年次大会を機とし、或は組合の資格に於て或は政党の資格に於て、それぐ合同問
題に対する態度を表明した。無産諸政党閥に合同の機運の動きはじめたことは前号の本欄に於ても説いたが〔「無
産党合同問邁」『中央公論』二じ月号〕、九月から十月に入りてはそれが段々具体的の形に現はれたのだ。但だ其結
果が予期に反して案外合同の機運を促進して居ないことは既に新聞紙の報ずる通りである○併しそれは単に表面
だけの事で、裏面に在ては合同論にからむでの動揺は各方面に於て現に盛に醸成されつゝあるのではあるまいか。
局外に居る私共には本当の真相は分らぬのかも知れないが、この数ケ月にわたる冷静なる観察はまた私をして自
ら一種の予想を懐かしめぬでない。是れこの側面観を草する所以であるが、仮りにこの観測が当らぬとしても、
                    あん
少くとも私の立論の趣旨は、合同方策を接ずる人達に取て或は多少の参考になるかとも考へる。いづれにしても
私は、局外の第三者の地位に在る読者に公平なる資料を提供すると云ふ積りで、滋に自分の観る所を卒直に書い
て見る。
     二

先づ各団体の云ひ分を吟味して見よう。
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2

  ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
 社会民衆党は日ふ、「我等は資本主義を排すると同時に共産主義を排す」と。資本主義の排撃は各無産党一般
                                  たしか
の共通標語だから問題はないとして、共産主義の排斥といふことは憶に同党の著しい特色となつて居る。従て同
党が単一大衆政党主義を承認するものでないことも亦明白と謂はねばならぬ。
       たいしよ                  ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
 社会民衆党と対蹟的の立場にあるものは謂ふ迄もなく新党準備会である。未だ正式に政党の形をなしては居ぬ
が、之を実質的に一政治団体と観ることは差支あるまい。この派は形式上は単一政党主義者だけれども、最近に
於ては合同を呼び掛ける相手は日労党だけだと明言して居るし、従来また事毎に社会民主主義の排撃を力説して
来た関係もあるから、事実に於て真の単一政党主義者でないことは社会民衆党と異る所はない。彼等は真の無産
                                             いわゆる
階級は社会民主々義などを奉ずる筈のものではない、共産主義に十分の自覚を持たぬのは所謂指導者にあやまら
れて居る結果に外ならぬ、之等の所謂指導者の仮面を剥ぎ之を駆逐して大衆を我党の傘下にあつむるは自分達に
課せられたる重要の任務であると信じて居る。従て彼等は自分達に対立するものとしての社会民主々義の論理的
独立性を承認しない。故に彼等の主観に於ては、無産階級の政治運動といへば単一結成の外にあり得ないのであ
る。併し彼等の主観的信仰が果して客観的にも妥当なりや否やは、少くとも局外者に取ては全く別の問邁だ。疑
                                   げんそん
のない眼前の事実としては、何人も共産主義に対立しての社会民主々義の條存を認めざるわけには行くまい。是
れ独り我国のみの現象ではない、欧洲諸国に於ても同様だ、否、欧洲諸国に於ける最近の形勢に促されて我国に
於ても二者の対立抗争が漸次尖鋭になりつ、あるとも云へるのだ。兎に角斯うした二つの立場がある以上、その
一方を固執して他方を排撃する者を単一政党主義者と呼ぶ能はざるは当然であらう。
一故に私は日ふ、社会民衆党と新党準備会とは最も明白に単一政党主義を否認するものであると。
 右の二党に対し正反対の立場を執るものを日労党とする。左右の分裂を非として起つた日労党1所謂中間派
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なる別名を自他共に許して居つた日労党が、初めから偏執的立場を執り得ぬは分つて居るが、最近の中央委員会
の決議は更に一層鮮明にこの点を表白して居る。日く、大右翼結成或は大左翼結成の名の下に行はるる統一論は、
無産政党を永遠に分裂せしむるものであるから、飽くまで単一大衆政党の実現を目標として之が達成に必要なる
                                                        さまた
行動を開始すと。之を表面から真ツ正直に解すれば、日労党は単一大衆結成に熱心なるの余り、之を碍ぐるもの
として凡ての部分的結成に反対せんとするものの如くである。今後之を目標として必要なる行動を開始すると云
ふだけを聞けば、同党に単一結成可能の確信と並に之に関する相当の成算があるやうだが、事実果して然りやは
大なる疑問の様でもある。
  ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
 無産大衆党のこの点に関する宣明は、理論に於て明確を欠くも、実際に於ては最もよく其の現在の立場を語る
ものと私は観た。日く、右翼結成を克服しっゝ可能な範囲に於ける順次的合同に歩を進めると。更に実際問題と
して速に日労党との提携を成就せしめ同時にまた社会民衆党内の先進分子とも協動するを辞せないと附言して居
                                               ど
る。右翼結成の克服と云ふことは新党準備会の主張する社会民主々義の排撃と云ふことと何れ丈の相違あるかは
分らないが、合同の範囲の社会民衆党にまで延びることを厭はぬ点から観れば、此と彼とは必しも実際方策を同
ぅするものではないらしい。右翼結成に捲き込まれるのは嫌だ左翼結成に捲き込むのはいゝと、頗る虫のい、所
に目標を置いて居る所に、無産大衆党の特色を見るべきである。
 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
 日本農民党は最近の大会に於て現状維持の宣明に落ち付いたが、会議の席上に唯ならぬ波瀾が捲き起り、遂に
一二幹部の脱退を見るにさへ至つたことを思へば、所謂現状維持の宣言は或は迂闊に合同問題に手を触れられぬ
と云ふ所から来た窮余の一策かとも思はれぬでない。合同問題に付き各種の意見の紛糾して居る点から、或は日
農党を以て今日の無産政党界一斑の縮図なりと観てい、のかも分らぬ。但し合同問題が盛になればなる程、斯う
‘ヽノ
∠U
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した政党は益々不安動揺の地位に陥る運命を免れないものである。
      三

 以上の状勢から合同問題が今後どう発展するかを考察するに当り、我々の脳中に先づ次の諸問題が湧起する。
一、無産政党の四分五裂の現状は何れの点より観ても此上いつまでも寛過し得ない。もツと大きなものに纏つ
て欲しいと云ふ事は、一般状勢の要望であり又直接之に関係する者の熱求でもある。この事に付てはまづ一点の
疑もないと謂ていゝ。
 二、合同が必要だからとて、それが単一結成でなければならぬか否かは別問題である。理論としても単一でな
ければならぬとするものと左右両翼に二大結成に纏まるのが必然の帰結だとするものとあるが、実際の勢は今の
ところ左右両翼の村立は到底避け難いやうだ。理論の問題として又実際状勢の判断としてこの点は今後我々の最
も慎重な省慮を要する所であらう。
                                              いで
 三、仮りに近き将来に於て兎も角も左右両翼の大結成を見るものとすれば、それは現在の無産政党の孰れかを
中心とする」」となくして実現するだらうか、又さうでないとすれば孰れの政党が左右両翼の各々の中心となるだ
らうか。この点に関する私の観測を卒直に語ることを許さるるなら、第一に右翼結成は必ずや社会民衆党を中心
                      やや
とするに間違なかるべく、第二に左翼結成は補弱い意味に於て無産大衆党を中心とするだらうと思ふ。左翼無産
運動の活動カとしては或は新党準備会の方に許さねばならぬのかも知れぬが、彼れが合法的政党と云ふ地位にま
                                           あきた
で堕して来るなら別に無産大衆党外に異を樹てるの理由はなく、無産大衆党に快らずとして別派をなすの必要に
立脚する限り不幸にして官憲の公認を得る見込はない(そは或意味に於て何れの方面から観ても好ましいことで
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はないが)。従て左翼結成の任務は今のところ無産大衆党に課せられて居ると見るの外はないやうだ。唯この点
は此大任を果すべく未だ十分の陣形を為して居ない。今後新党準備会なり日労党なりより大に有力なる新分子を
誘致するの必要があらう。
 四、事態を冷静に政察すれば、.今日既に左右両翼の大結成の為の機運は大に動きはじめて居る。現に先き頃の
大会に於て日農党では、社会民衆党と合同すべきや日労党と合同すべさやが閏遺となり、又その日労党でも、無
産大衆党と合同すべきや社会民衆党と合同すべきやが〃劉しい問題となつたではないか。斯うした内部の胱蹴が
今後恐らく益々盛になると私は観て居る。人或は之を以て併合党の陰密なる策動に帰するものあ滝も、必しもさ
                       はし
ぅばかりとは限らない。機運一度醸成すれば勢の趣る所如何ともすることが出来々いのである。而して斯かる機
運の進展に由て直接に多大の影響を蒙るものは、謂ふ進もなく日労党と日農党と・である。この両党の今後の形勢
は吾人の最も注目を要するものであらう。
 五、右の如き新機運に対し敢然反抗の態度を表明したものは日労党である。彼れは左右両翼に纏まるのは無産
階級を永遠に分裂せしむるものだからとて、単一大衆結成を標梼して堂々と独立の陣を張らうとして居る。単一
                 しばら
大衆結成と云ふことの理論上の当否は姑く別として、現に左右両翼の異分子を包含する日労党としては、さうし
         かかわ
た特殊の構成にも拘らず渾然たる一体を成せるの実蹟を先づ以て自ら天下に示さずしては、その単一結成主義に
                       も
も何となく影が薄い様な感がする。若し道路伝ふる所の如く、党内に左右両翼の見解の相違あり或は右翼結成を
                                     おもんばか
可とし或は左翼結成を可とし、而して論争激越を極むることの不祥なる結果を慮り暫く現状持続と云ふに妥協
点を求めて遂に単一結成論を標置したの・だとすれば、事実に於て日労党は既に単一結成主義を棄てたものと謂は
なければなるまい。この点に於て日農党の方は、負け惜しみを云はない丈け、局外の我々に取ては状況鮮明頗る
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分りがよくて気持はいゝ。
 六、して見ると、日労党と日農党との将来は合同機運の進展に大関係あるものと観なければならぬ。日労党の
一部と社会民衆党の一部との接近よりして直に右翼大結成を期待したり又日労党の単一結成主義の宣明によりて
早くも右翼合同の頓挫を説くが如きは極めて皮相の見だ。外部の動きの何であれ、合同の機運の左右両翼に於て
 うつぽつ
大に鬱勃たるものあるは具眼者の看過し得ざる所である。只問題はこの当然の要求が合同の機運に対する実際的
障碍を如何に克服するかに在る。然らばその実際的障碍とは何か。次に項を改めて説かう。
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つ一
 合同問題に対する実際的障碍の第一は指導精神の明確ならざることである。指導精神明ならざれば何が味方で
何が敵か分らないことになる。一身の去就を全然感情に托することから無産階級を救ひ出すには、何よりも先づ
この指導精神を明にすることが必要であらう。
 左右両翼といふ。一体左翼とは何か又右翼とは何か。所謂左翼は社会民主々義を排撃すると云ひ又所謂右翼は
共産主義を胡斥すると云ふ。謂ふ所の社会民主々義と共産主義とは一体何の標準に依て分けるのか。私はよく其
々は共産派だと云ふことを開かされるが、未だ何故に共産派なりやを説明して貰つたことはない。社会民衆党に
籍を置く其々君の社会民主々義者と呼ばるるを別に怪みもせぬが、被れの奉ずる主義が何故に無産大衆党の其々
                    しばしば
君と殊別せられねばならぬかを疑つたことも屡々ある。我々の真に敵とせねばならぬものは何か我々は如何なる
人達と安じて協動することが出来るのかをはツきりと突きとめたら、モ少し広く提携協力の範囲を開拓し得るや
うに思ふ。之に付ては私に一つの見解があるが別の機会に説くことにしよう。








(ソ
∠U
2
 合同問題に対する実際的障碍の第二は党派的因循である。折角集つたものを解体するに忍びずとなし理義の要
  おもて       こうあん
求に面を背けて†時の萄安を貪ることである。日労党と日農党とが丁度之れだと云つたらお叱りを蒙るかも知れ
ぬが、私は無産階級の政治的進展の大局の上に非常な妨碍を与ふるものと信ずるが故に、斯く思ふ所を率直にい
ふの外はない。無産政党が本来全国的に単一結成を為すべきものとすれば日労党の如きはその正当なる小模型で
あつたに相違ない。そしてその各種の異分子を集めた特殊の構成を提げて一党としての統一ある行動を為すに見
事な成功を示しでもしたなら、如何に単一主義者を喜ばしたであらう。それはどうでもい、として、今や無産政
党の運命に関する理論上並に実際上の決論が単一結成主義を容れぬことになつた以上、日労党の如きは到底永く
                                                び はちノ
その存在を続け得るものではあるまい。それを折角集つたのだからとて無理に解体を回避して一時の弥縫に腐心
するは、大勢に逆行する無用の努力の外の何ものでもないと考へる。無産階級運動の大局より打算し小党派的偏
執をすててその当然の途を勇敢に進まんことは私の切に希望する所である。
                            なかんでく
 以上の二大障碍の外更に細かいものを挙ぐればまだ沢山ある。就中両翼の中心勢力たるべき社会民衆党及無産
大衆党に構成上多少の不純分子を交うる如きは、速に清算されねばならぬのであらう。之は事柄の小さい割に案
外大きな効果を有つても居る様である。切に幹部諸氏の猛省を煽したい。
                                         〔『中央公論』一九二八年一一月〕